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メルヒェン58(1) 妄想少女は無味乾燥を生きた

「そして私は気がついたらこの世界に居た」


 神無月さんは、淡々と語っていた。

 どうしてこんなに冷静でいられるのか分からないほどの悲劇を。


 涙が溢れそうになるけど、なんとか堪えきった。

 だってまだ終わってない。悲劇をひっくり返す余地はあるんだから。


 せっかくなら、嬉し涙がいい。


「最初はどうして自分がこの世界に来たのか分からなかった。理想と呼べるものを私は抱いたことが無いから。でも、きっと……私は彼女に会いたかったんだと思う。あの選択を、もう一度やり直すために」


 しかし、花見月さんは変わってしまった。

 幻想を求めた旅人である彼女は、妖幻を引き寄せる者から、妖幻その者となっていた。


 妖幻そのものだから、妖幻を刈り取ることだけで生きてきた神無月さんにとって、あまりに辛い。

 それでも、これはチャンスでもあるんだ。


 神無月さんが妖幻だとしても花見月さんを受け容れることができれば……これは、神無月さんにとって紛れもなく、大きな大きな試練だ。


「貴女は、本当に私を手伝うつもりなの?」

「はい、そのつもりです」

「お礼やお返しは出来ない。それでも?」

「私がしたいから、するだけです」


 したいからする。したいことをする。

 ハッピーエンドのためならば、私はやる。


「分かった」


 神無月さんは短くそう言うとベッドから立ち上がる。

 いきなり服を脱ぎ始めてびっくりしたけど、どうやらシャワーを浴びるらしい。


 私たちは仙境の中でも治安の安全なところに移動して、宿屋を取っていた。

 ビジネスホテルに似た、あまり仙境っぽさを感じない宿泊施設だ。


 私もあんな不気味な空間を歩いて気を張り詰めていたので、少し休みたい。

 ルナちゃんたちは大丈夫かな。さすがに負けることは無いと思う。

 でもあんな山で夜を越えるというのを思うと、こんなちゃんとしたホテルに泊まるのが気が引ける。


(他はともかく、ルナは自分の意思で敵になると選択したんだ。お前が気に病むようなことは無い)

「それはそうなんだけど……」


 そこを斬り捨てられないのが私というか。

 まあ結局すやすやと寝息を立てるんだろうけれど。


「ところで、今の見た……?」

「見たって、何をだ?」

「神無月さん、サラシ巻いてた……巫女さんって本当にサラシなんだね」


 サラシが巻かれた胸は、随分と窮屈そうに押しつぶされていた。

 あれは中々のサイズの予感……。


「確かにスタイルはいいだろうが……ふむ」


 どうしたんだろう、アヤメの心のざわつきが珍しい感じだ。


「どうしたのアヤメ」

「いや……キャラが若干被っているような気がして」

「嫉妬?」

「意味が分からない」


 さて、これからのことを整理しよう。

 私たちはまずこのホテルでゆっくりと休息を取る。

 魔力も精神力も回復させて、出発は明け方になる。


 夜に最も近く、しかし夜から最も遠い時間帯。それが明け方だって神無月さんは言っていた。


 特に花見月さんの方から時間の指定はされていない。

 とりあえずは順調だと思う。


 どうか、この二人もハッピーエンドを迎えられますように。





 天にあった日は落ちて、夜の帳が全てを包む。

 窓の外に見える不夜城は文字通りに、夜天さえも明るく照らしていた。


「そういえば、貴女の前世を聞いてなかった」

「えっ?」


 振り返ると、そこには長くて綺麗な黒髪をバスタオルでわしゃわしゃと拭いている神無月さん。

 ごしごしと腕を動かすのにあわせて、白くて柔らかな膨らみが揺れる。

 なんというか……えっち。


「……まあ、人の趣味に口出しする趣味は無いけれど」


 視線に気付かれてしまった。


「あう、その、ごめんなさい……」

「いいえ、こちらが配慮が足りませんでした」


 神無月さんは私に気遣ってバスタオルを身体に巻いてくれた。残念だけど、これはこれで……。


「それで、聞かせてはもらえないかしら」

「えっと、信頼してもらえた……ということでしょうか」

「貴女は何かを企むような性格では無さそうだから、疑うだけ労力の無駄」


 言い方がちょっとキツイけど、まあ結果的に信用は得られたみたいだ。


「私の前世……聞いても面白くないですよ?」

「別にいい。フェアでいたいだけだから。つまらなかったら聞き流す」


 私は苦笑するしかなかった。

 そして、神無月さんの望みどおり、自分の過去を語る。


 きっと前世の私の物語は、誰よりもつまらない、取るに足らないものだと思う。

 ルナちゃんのように夢想ロマン一つで現実に立ち向かった蛮勇さもなく、アリスちゃんや眠り子さんのように大事な人がいるわけでもなく、彩花さんのように好きを貫いた結果成功したというわけでもなく、かといって、ヒルデさんみたいに悲恋を経験したわけでもない。


 そう、私には何もない。

 自分の中で育んできた妄想以外、何も無いんだ。


「私に出来るのは、自分の妄想の世界をずっとずっと創り続けることだけでした」


 子供の頃に描いた夢、子供の頃から描き続けた世界。

 御伽の国の夢物語、絵空事の冒険譚。

 生きれば生きるほどに、妄想の世界は広がり続けて。其は人生の如く右往左往。


 キラキラ纏ってピカピカ放ち、自ら希望の光を創る。

 私のための、私たちの世界。

 それは生きれば生きるほどに広がっていく。


 他なる空想や幻想、妄想さえも巻き込んで、世界と世界とが繋がって、異なる世界と一体化するほどに連結していく。


 そしてそれは、今でも変わらない。


「私はただコツコツと、私の世界を創りつづけて、広げ続けているだけ。妄想してるだけなんです。誰かに誇るようなことは、何も……」

「……なるほど」


 神無月さんの返答は素っ気無い。初めて私の予想通りの反応が返ってきた。

 当然だ。ただずっと妄想してましただなんて、誇れるはずが無い。


「私には関係の無い話……とはいえ、手を貸してくれる恩義に報いましょう」


 そう言うと、神無月さんは私の向かいのベッドに腰掛ける。


「貴方は随分と自分の事を過小評価しているようだけれど、そもそもこの世界に来れたという時点で相当のものよ」

「それは……はい。何度か聞いたことがあります」

「だけど、あなたには圧倒的に欲が足りない。主に自己顕示欲が」


 巫女さんが欲の大切さを語り始めた……それは、いいんですか?


「欲、ですか?」

「その卑屈さが貴方の力に枷となっているのでしょう。あまり無責任なことは言えないけれど、私の見込みでは……」


 神無月さんは品定めするような目で、私の体に視線を這わせている。

 端整な顔立ちで真剣な表情、ちょっと恥ずかしい。


「まあ、そのままの貴方だから得た仲間も居るでしょう。でも覚えておいた方がいい。貴方の妄想は、貴方が思っているよりも遥かに凄まじい」


 なんだか大げさに言われている気がする。

 私の前世での妄想は、あくまで妄想だ。アヤメも妄想だけど、彼女はイマジナリーフレンドとして同じ現実を生きてきたからこうして一緒にいられるだけで。


「とかく私は彼女に会わないといけない。力を貸してくれるというのなら、存分に使わせてもらう」

「は、はい!」

「分かったら、今日はゆっくり休みなさい。私の過去を聞いておいて、役立たずで終わられても困る」

「えと、とりあえず死ぬことはないかと……」

「私のイリスを見くびるなよ。死にたくても死ねないぞお前」

「威嚇をしないでアヤメ!」


 いきなり顕現して牙を剥き出しにするアヤメを宥めるときに、ちらりと見た神無月さんの口元が笑っているような気がした。

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