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メルヒェン57 妖幻刈り取る刀巫女・その2

 私が夜闇に身を投げて、大太刀振るって妖幻を絶つ。

 花見月が温かい料理とお風呂を用意して、私の帰りを待っていてくれる。


 私の人生の中で、これほど充実した日々はなかった。

 使命を終えてから神社に帰るまでが、こんなに浮き足立つものになるとは思わなかった。

 彼女のことを思えば、刃と技が鋭さを増すようにさえ感じた。


 こんな日々が永遠に続けばいいと、そう願っていた。





 しかして平穏な日常は脆く崩れ落ちた。


「跡継ぎ、ですか」

「はい、巫女様。ご両親が亡くなられてしばらく、神無月様お一人でこの村を御守りくださったこと、大変感謝しております」


 私の神社に訪れたのは、集落の長たちだった。

 長老という言葉が相応しい老齢の男と、その背後には顔立ちの整った若い男性が一人。


「しかし、昨今は妖幻も増えておりますようで、いつ不幸が訪れるかも分かりません。そうなれば……」


 端的に言えば、私に子を孕めということだ。

 何のことは無い。刀巫女の血族である私が、集落の者から気に入った男性を選び、その子を孕む。

 それを育てることで、次代の刀巫女を育てるのだ。


 良心的なことに選択権はこちらにある。

 当然だ。刀巫女の意にそぐわないことをしたならば、妖幻から守ってくれる存在を失うのだから。


「我々の集落で最も顔立ちの良い男を連れてまいりました。ほれ、挨拶をせぬか」


 長老に促されて、好青年は名乗る。

 なるほど確かに、誠実そうな青年だ。

 肉付きもよく健康的、清潔感もある。


「話は分かりました。私も昨今の妖幻の多さには危機感を抱いておりました」

「おお、それでは……!」

「はい、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

「僕の方こそ、貴女みたいな素敵な人の助けになれて嬉しいです」


 人当たりもいい。これなら強い子を産めるはずだ。


「では、いつ頃になさいましょうか。巫女様」

「子を孕めば、私は戦えなくなります。結界と護符の用意が整ってからが良いでしょう」


 ひとまずは方針も固まり、お客は帰っていった。

 日も落ちる。そろそろ役目を果たす時間になる。


 ふと、背後の気配に振り返る。


「なに? 空いた湯飲みなら今持っていくところ」

「今の話……」

「ああ、こういう辺境の地ではよくあることだから、気にしないで。私もそうやって生まれて、育てられたから」


 人口の少ないこの限界集落では、こんなことは日常茶飯事だ。

 花見月はそこそこ栄えてる場所の出身みたいだから、違和感が強いだろうけれど。


「心配しないで。さっきも言ったとおり、刀巫女の子宝は集落にとっての子宝。貴女に負担をかけることはない」

「……本当にそれでいいんですか?」

「どういう意味?」

「好きでもない男の人と、その、そういうことをして、平気なんですか?」


 好きでもない男の人、と言われても……分からない。

 それはきっと恋の話なのだろう。でも私は妖幻を刈ることだけで生きてきた。

 普通なら誰もが通うという学校も行ったことが無いし、恋と言う概念もインターネットで知ったくらいだ。


 きっと花見月は、恋を知っているんだろう。

 私の知らない、きっと誰もが大切にしているのであろうそれを。


「幸い、そういったこととは無縁の人生だったから。問題ない」

「そんな……」


 どうして花見月はそんなに切なそうな顔をするのだろう。

 色恋を知らなかったくらいで、死ぬわけじゃないのに。


 それから花見月はしばらく笑顔を失った。

 正確に言えば、笑みに影が差すのだ。


 それは、私に対する何かしらの負の感情……というわけではない。

 むしろ、自分で自分を苦しめているような、見ているこちらが切なくなるような。


「ただいま」

「おかえりなさい。ご飯は、作っておきましたから……」

「花見月、どうかした? 最近様子がおかしいように見えるけど」

「いえ……ううん。ちょっと疲れてしまったのかもしれませんね」

「無理はしなくて良い。先に休んでいても構わない」

「……はい、ありがとうございます。先に失礼します」

「ええ、おやすみなさい」


 この調子だ。そして、そんな彼女を見ていると、こちらまで苦しくなってくる。

 妖幻も、前よりさらに数を増して活発になってきてる気がする。

 一体なにが、どうなっているのやら。





 そして、日程が決まった。

 集落全員に御守りが行き届き、結界が出来上がる。

 集落の人々はこれから、私という刀巫女の助けなしでしばらくを乗り越えなければならない。


 妖幻は人の心の闇に潜む。

 この世に人が居る限り、その闇を妖幻は住処とする。

 人の心の闇を抑制するのが御守りであり、抑制された妖幻を阻む人々の協調性が結界だ。

 私はそれを反映させるだけの役割。実際に妖幻を刈り取るよりは簡単な役目だ。


 そして、子作りを明日に控えた夜。

 私は眠りから引き戻される。


「起きて下さい。起きて……」

「んっ……花見、月?」


 青い月明かりの夜。

 照らされる花見月が、私に覆い被さるよう覗き込んでいた。

 その表情は真剣そのもので。


「……どうしたの? 眠れないの?」

「夜這いに、来ました」

「よばい……?」

「ごめんなさい……でも、私もう抑え切れないんです」


 状況がつかめない。

 夜這いとは、どういう意味だったか。

 確か……。


「私、神無月さんのことが好きなんです」

「好きなのは、知ってるけど」

「そうじゃなくて、その友達としてはもちろんなんですけど……こ、恋しちゃってるんです!」

「恋? 貴方が、私に?」


 おかしい。私は女で、花見月も女だ。

 女性同士の恋愛があるという話はインターネットで見たけれど、それは空想の中だけでの話ではないのか。


「最初に出会った時から、刀を振るう神無月さんのことをずっと綺麗だと思ってて、側に居たいと思ってて……」

「あなたは、本当に私に恋を……?」

「神無月さんの顔を見るだけで、胸が幸せでいっぱいになるんです。隣に居るだけで、満たされていたんです。でも……やっぱり、嫌なんです」


 闇の中で、何かが私の頬に落ちた。


「あなた、泣いてるの?」

「嫌なんです……好きな人が、他の誰かに抱かれるなんて、私っ……」


 搾り出すような声が、その気持ちに嘘が無いことを物語っていた。

 ぼろぼろと落ちる涙に、嗚咽が混じる。


「あの話があってから、いつもそれがちらついて……神無月さんの顔を見るたびに、嫌な想像が頭の中に広がって、胸が苦しくなるんですっ……!」

「私も、貴方に出会ってから楽しかった」


 一緒に暮らしていて幸せだったのは花見月だけじゃない。

 私も花見月に日々を満たされていた。


「本当に炊事掃除洗濯してくれて、私の帰りを待ってくれてる貴方を、愛しいと思っていた」

「うそ……本当、ですか?」

「私が美味しいっていうと、嬉しそうに微笑むでしょう。あれが愛らしくて、素敵だと思った。花のような、あんなにも愛らしいものを、私は初めて見た」


 そうか、これが恋愛の感情だったのか。

 私は、もう彼女と恋愛をしていたんだ。


「でも、これは私の役目なの。貴女の気持ちは嬉しい。けれど、私は刀巫女」


 逃れることは許されない。背けることは許されない。

 私を生んだ母のためにも、刀巫女の血を残さないといけない。


「なら……なら、せめて私に、あなたの初めてをください」


 そう言うと、花見月は私にしがみ付くように体を預けた。

 それは縋りつくようで、私を誰にも渡したくないという切ない想いが伝わってきた。


「私は貴女から、たくさんの幸せを貰った。それで恩返しが出来るなら……」

「神無月さんっ……!」


 その夜は、夏にしてもひときわ熱い一夜だった。


 恋する花見月は私を求めて、愛する私は求めに応えた。

 私の知らないことを、彼女はたくさん教えてくれた。

 たくさんの幸せと温もりを私に教えてくれた。


 その次の夜でのことが、色褪せるほどに。



 ああ、それでも、それでも私たちを繋ぎとめるには、あまりに足りなかった。




 集落の若い者と交わった翌日の夜。

 結界は破られ、集落は全滅した。


 百鬼夜行と呼べるほどの妖幻が、何もかもを飲み込んで。

 私は戦った。

 妖幻を刈り取る大太刀を必死に振るった。

 集落に生き残りが居なくとも、私は戦った。

 彼女の声が、私を止めた。


「神社で待っていてと言ったのに」

「……お願いです、神無月さん。私と一緒に逃げてください」

「出来ない。私は妖幻を刈る使命がある」

「それは集落を守るためですよね。でも、もう集落は……」


 死の匂いが立ち込める。

 火の手も上がっているところがある。生存者は恐らく一人も居ないだろう。


「それでも……私は使命のままにしか生きられない」

「……分かりました」


 そう言うと、花見月は空を見る。


「月が綺麗……」

「花見月?」

「さようなら、神無月さん」


 花見月は振り返って走り出す。

 それを追いかけようとすると、なぜか妖幻の群れが私を阻んだ。


 それを刈り取りながら、私は怖ろしい想像をしてしまった。

 この妖幻は、もしかして彼女が生み出したものなのではないか、と。


 妖幻の群れを切り抜けて、花見月の後を追う。




 しかし、そこに彼女の姿はなかった。

 その代わりに、既に事切れた彼女の身体だけがあった。


 桜の木で、花見月を首を吊っていた。






 妖幻は消えた。

 集落を全滅させた大量の妖幻は、その日を境に姿を現さなかった。

 人間が居なくなったから、という理由もあるのだろう。

 でも、それは少し違うのだと、私は知っている。


 それは彼女が残した手紙が教えてくれた。


 簡潔に言えば、今まで大量に発生していた妖幻は、彼女の求めた物だと言うこと。

 彼女の人生において、長きに渡った幻想への執着に妖幻が応えたのだということ。

 それを知ったのは、集落が全滅した夜、妖幻自身から教わったということ。


 それだけで、今日までのすべてに納得が行った。


 妖幻が徐々に増えてきていたのは、花見月がこの集落に近づいていたから。

 そして私たちは出会って、彼女は私に恋をした。

 彼女は妖幻を斬り捨てる私の姿を美しいと感じたらしい。その姿を幾度も再現するために、妖幻は増加することになった。


 それだけならば良かった。

 だが、それをきっかけに私が集落の男との子供を作ることになってから、彼女の心は妖幻の源となった。

 私が他の男と寝たその翌日に、百を超える妖幻が発生したのはそのためだ。


 そうすれば、私はもう集落のために子供を作り、育てる必要はなくなる。

 私があの時、花見月と一緒に集落を後にしていれば、また二人きりで暮らすことが出来たのだ。


 だが、私は知らなかった。

 妖幻を放置し、花見月と一緒に遠くへ逃げる。そんな選択は私の想像の範疇を超えていたのだ。


 だから私は彼女の誘いを、不用意に断ってしまった。

 その結果が、これだ。


 恋を知らない私は、彼女の恋を満たす愛を与えてあげられなかった。

 その事実だけが、私の心を蝕み続けた。

 心の闇は、妖幻の元となる。


 だから私は……。

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