メルヒェン6 緋色の竜
アリスちゃんの空間に、私とアヤメは無事に辿り着くことができた。
「こんばんは、でいいのかな?」
「……って寝てるぞこいつ」
アリスちゃんは真白な部屋の中央で、抱き枕を抱えて眠っていた。
気持ち良さそう。今から私も眠りたくなってきた。
「ミイラ取りがミイラか。おい起きろ、アリス・メアリアス」
「んぐぅ……あー、来たわね。もう少し遅くても良かったのに」
「助けを求めていた割には緊張感がなさ過ぎるだろうが」
眠たげな目をこすり、アリスちゃんは身を起こした。
そしてにこりと微笑んで、一言。
「おはよう、イリス、そしてアヤメ。ようこそ私の空間へ」
「前置きはいい。さっさと用事を済ませて私たちは帰る」
「つれないわね」
「お前が勝手にイリスを厄介ごとに巻き込んだんだろう」
ちょ、ちょっとアヤメ、そこまで敵意をむき出しにしなくても……
ごめんねアリスちゃん。
「そうね、じゃあ最後に確認よ。私とアヤメは前に出て獣を攻撃。イリスは後ろから魔法で補助」
「うん、任せて!」
「問題ない」
「よろしい。それじゃあ……行きましょうか」
アリスちゃんが瞳を閉じると、その背後に白い扉が出現した。
まるで最初からそこにあったみたいに。
アリスちゃんが扉を開ける。
その先の景色は、広い草原と快晴の空。
私たちは扉を抜けて、草原の世界に足を踏み入れる。
ここが夢の世界、緋色の獣が潜む場所。
でも、見回しても誰も居ない。
竜なら大きいはずだけど、影の一つも見当たらない。
「気をつけて。もうかなり近くに居る」
「えっ、でもなにも……」
見えない。そう言いかけて、ふと日の光が途絶えて影が落ちているのに気付いた。
「上だッ!」
アヤメの声に、はっ、と見上げる。
竜はそこに居た。
狂人のように目を見開いた眼。
耳に届くのは、狂人のような咆哮。
日を遮るその姿は影で黒く染まって、悪魔のよう。
「あっ……あぁ……」
手足が震えだす。
一目見て分かる、あれは強い。
あんなものを相手にして戦わないといけないなんて、自殺行為だ。
今からでも遅くない。別の誰かに変わってもらおう。
……と、昔の自分なら、きっと思ったんだろうなぁ。
「くっ、ぬぅ!」
奥歯を噛み締め、悲鳴を胸に押し込める。
それは半ば泣き声みたいだったかもしれないけど、ここは譲っちゃいけない。
雪原に一人置き去りにされたように、震えは止まらない。
それでも、私にはもう力がある。敵と戦う力が。
たとえ敵わなくても、戦う術があるのなら……
「こ、来い、化け物っ!」
私の渾身の勇気を振り絞って、私は叫んだ。
でも耳を劈く咆哮で、体が勝手に縮こまる。
「ひうっ!」
「怖れるなイリス、私がついている」
「アヤメ……うん」
「殺意を忘れるな。お前の殺意が、私の力だ」
分かってる。アヤメは私の殺意。立ちはだかる邪魔者を退ける冷徹な刃。
その切れ味は、私の心次第だ。
なら、私は怖れている場合じゃない。この恐怖さえも、私は殺さなきゃいけない。
「分かったよアヤメ。アイツは絶対に殺して。私はアナタを絶対に死なせないから」
私は恐るべき敵を見据える。
アレは私の理想すら脅かす相手だ。
ならば排除すべき障害に他ならない。
アヤメの刃と私の魔法、今の私が持つ理想の全てで、この夢で押し通る!
アリスが紫色の蝶をたくさん振り撒き、ドラゴンの注意を惹き付けているうちに私は後退する。
アヤメに施す魔法は三種類。
「命の源泉、湧き出す生気、精霊の癒しは永久に。<ニンフォース・リジェネ>」
一つは常時回復。命ある限りは回復し続ける。
自然に溢れる魔力と守護する精霊の加護を得られる
「失われる命を拾う、定められた運命を覆す、妖精のいたずら。<起死回生のフェアリーテイル>」
これは妖精の加護。
私の妄想が作りだした妖精の力で、アヤメは魔力が続く限り死ななくなった。
というか、死んでも生き返るようになった。
受けた致命傷を妖精が無かったことにしてくれるという、奇跡みたいな魔法だ。
でも一度癒すと魔力を使い切っちゃうから、もう一度付与しないといけない。
「気をつけてね、アヤメ」
「お前こそ、心配のあまり前に出すぎるなよ」
「ちょっと、そろそろ手伝って欲しいんだけど?」
アリスが呼んでいる。
アヤメの目が、殺意に染まる。
「ではまた後で」
ゆっくりと駆け出して、次の瞬間には流星のように飛び出していく。
アリスとすれ違い、蝶の群れをすり抜け、竜の尾に飛び乗った。
「アヤメっ……!」
「心配性だなイリスは」
尾を駆け上がり、翼に刃を突き立てる。
「まずは地に落とす」
蝙蝠のような翼は軽くも頑丈。
皮は切れても骨が断てない。
「イリス!」
「う、うん、設定、選択、イメージカラーは銀。肉厚で長大、一太刀に全てをかける片刃」
斬断一閃振るう太刀、夜空に駆ける彗星みたいに。
想いを込めた一太刀は、遮る全てを切り裂いて、阻める物などなにもない。
<条理覆す魔剣邪刀・ブレイドバージョン>
「堕ぉ……ちろォッ!」
背丈を越える大太刀を軽々と一閃し、双翼の片方がバサリと落ちる。
痛みがあるのか、一際激しい咆哮が空気と大地を震わせる。
「もう一ォつッ!」
小さな刃を背中に突き刺し、背にくっついたまま片手で太刀をもうひと振るい。
翼は付け根に近い部分から削がれて、竜は飛翔の術を失った。
「ッシ!」
アヤメの確信と共に、竜は真っ逆さまに堕ちる。
「このまま、絶命るぞッ!」
重力のまま地面に衝突した竜。
後を追って落下するアヤメは剣を大きく振り上げる。
それは一刀両断の構え。
「っ! イリス、アヤメを下がらせなさい!」
「えっ!? ちょ、あ、アヤメ! ストップ!リターン!」
「構うな!」
竜の顔が落ちてくるアヤメを向く。
そして牙が剥かれ、喉の奥から光が漏れる。
「構うかぁ!」
噴出す炎は火山が爆発したかのように天まで昇る。
極大の炎が青空を埋め尽くす……アヤメごと。
「一度死ねるからこそ、捨て身は活きる」
炎の柱を抜けて、アヤメが姿を現す。
竜は口を閉じて、素早い動作で鋭い爪で襲い掛かる。
衝撃みたいな咆哮の中で、剣と爪が互いを削りあう。
「刃が通らないッ……」
「うそ、ちゃんと創ったのに!」
「理想同士の対決は、こういうものよ。究極の一打も、必殺の一撃も、勝敗を決するのは理想の強さ」
互角なわけがない。
私の理想は誰にも負けない。私のアヤメは誰にも負けない!
祈るような思い。でも空中で無防備なアヤメに、尾の先端が槍のように迫る。
するとアヤメは足場のない空中で更に跳躍する。
「少しは、背を預けられるか」
「ここで死なれたら私も困るのよ」
紫色に輝く蝶を足場に、アヤメは空中を飛跳ねる。
爪を跳び越え、尾を潜り、右に跳び、左に跳ね、少しずつ切り刻んでいく。
竜は鳴き声を轟かせながら……
「なにか……なにか違う。あれは……」
咆哮は、きっと感情の発露だ。
今の竜が吐き出す咆哮は、猛り狂う憤怒のはず。
なのにどうしてか、私にはあの竜が泣き叫んでいるように見える。
何かを伝えたいのに、伝える方法が分からない子供のような。
理解して欲しいのに、何の言葉を話せば分からないみたいな。
「あっ、待っ……」
「狩ったッ!」
すれ違う瞬間に、その長い喉に深い切り傷を作った。
溢れんばかりの力を体現していた竜は、流れ出る血と共に地に伏せる。
血がどくどくと湧き出している。
命が流れ出している。理想が、薄れ始めている。
「アヤメ、下がって。トドメは私の手で」
「好きにしろ」
そういえば、あの竜にも理想はあったのだろうか。
この理想世界には元々人間だったけど、理想の影響で人間じゃなくなった人もたくさん居るって椿さんから聞いた。
鬼になったり、ゴブリンになったり、機械や人工知能になった人まで居るらしい。
じゃあ、きっとこの竜もなにか理想を持っているんじゃ……。
気になる。この竜が抱いていた理想が、気になる。
「待って……待って!」
私は衝動に突き動かされるがまま、緋色の竜へと駆ける。
でもアリスちゃんは竜の頭を前で、トドメの一撃を刺そうと手を翳している。
「ようやく貴方を殺せるのね……さようなら、私の忌まわしいジャバウォック」
「待っ……」
次の瞬間、無数の蝶が竜の全身を埋め尽くした。
咄嗟に望んだ。
心の底からアヤメに叫んだ。
「お前が望むなら、私はそれを為すまでだ」
「なにをっ……!」
アリスは間一髪のところで腕を引いた。
あと少し遅ければ、右手はポトリと地面に落ちただろう。
「悪いが事情が変わったんでね」
アヤメは容赦なくアリスに斬りかかる。
たまらず後退するアリス。すると竜を覆っていた蝶はぶわっ、と散り散りになる。
「イリス! どうして邪魔をするの!?」
「こいつは私が相手する。イリスは早く手当てをしてやれ。もう息もないぞ」
「うんっ! ありがとう、アヤメ!」
辿り着くと、本当に竜の呼吸は止まっていた。
すぐに両手を喉の傷口に触れて魔法をかける
「お願い、貴方の理想を聞かせて……アルティマ、アルトラ、積み重なる悲劇の終幕、チェックメイトの終盤上、私の魔法が覆すっ!」
絶対に死なせない。
私の理想にかけて、メルヒェンにかけて、バッドエンドで終わらせない。
「極度の極光、ギラギラ光輝る。<永久不滅エンド>ッ!!」
深い青と眩い緑が交互に明滅する、鮮やかな光が傷を照らす。
「お願い、お願いだから、もう少しだけ……!」
「無駄よ。もうジャバウォックは私たちに屈した。理想は折れたわ。理想無き者はこの世界にはいられない」
「それでも……っ」
自分勝手なのは分かってる。
だって、この竜の、ジャバウォックの理想を挫いてしまったのは私だから。
それを私が気になるというだけで、その命を永らえさせようとしている。
本当に自分勝手。ちょっと自分のことが嫌いになってしまうくらい。
でも、アヤメは応えてくれた。
私の願いを肯定してくれた。
それだけで、私は大丈夫だ。
「何が自分勝手だ。もとより理想なんて自己満足じゃないか。今更だな」
「貴方達、わかってるの? それは全ての理想人にとっての天敵なのよ!?」
「天敵? 妙なことを言うなアリス」
ふと振り返ると、アヤメは無数の蝶の群れを切り裂き、時に僅かな隙間を潜って、避けている。
「構うな! 集中しろイリス!」
「は、はいっ!」
「私の言葉の何が妙だと言うの?」
私は竜の傷に向き直り、更に魔法へと理想を込める。
どうやら効果が出てきているみたいだ。呼吸をし始めた。
「お前が言ったんだぞ。この世界は理想の強さで全てが決まる世界だと。どうして私の斬撃と互角だった?」
「それは、イリスが私の夢と干渉できる、特別な……」
「そもそも、そんな存在をこの世界の管理者が赦すはずが無い。それならこの理想を叶える世界に何の意味がある」
「そんなの、私が知るわけないでしょ!?」
アリスの声から怒気が露になってきた。
構わずアヤメは言い続ける。
「それに、私はお前を最初から信用していない」
「ど、どうして……」
「イリスの記憶を覗いたが、お前が理想を語るときに蝶の話なんて一度も出てこなかった。話の内容からして、私がイメージしたのは夢喰いの獏なんだがな」
アリスからの返答はなく、返答も無い。
こっちは後もう少し、だから、後もう少しだけお願い、アヤメ。
「夢……そうだな。蝶で夢というなら胡蝶の夢か。ここからは憶測だが、お前の理想は、このジャバウォックを殺すことだった?」
「貴方……本当にイリスの妄想なの?」
「その通りだ。イリスの妄想だから、イリスに無いものを持ってるんだろう。そしてイリスが持っている優しさは私にはない」
ジャバウォックの致命傷は完治しつつあった。
呼吸も安定しているし、脈もちゃんとある。
良かった、これでこの子の理想が……あれ?
「あ、アヤメ! この子が!」
「っ!」
振り返ると、蝶の動きがピタリと止まり、アヤメはこちらに退避してくる。
スタントアクションみたいな飛び込みで転がってきて、すっぽり私の隣に収まった。
「お、おかえりアヤメ」
「間に合ったか。それでどうし、た……?」
私の目の前にいる巨大な竜が、みるみる縮んでいく。
それはやがて、色も姿も形も変わって、それは小さな少女になった。
「こ、子供だ」
「子供だな」
それは私やアヤメ、アリスよりもやや幼い少女になった。
でも、少女は似ていた。あのアリスに瓜二つだったのだ。
「どういうことなの……」
「キナ臭いにも程があるぞ、これは」
「んぅ……」
寝起きが弱いのだろうか。ちょっと親近感が湧いちゃうな。
でも私よりも格段に早く身を起こして、眠たげな目をこすった。
髪が真っ白なこと以外は、やっぱりアリスに似ていた。
「私、どうして生きてるの……?」
「あ、あの、私がやりました。その、お願いがあって」
「おねえさんは……?」
「あっ、はい。イリスです。こっちが友達のアヤメ」
さっきまで死闘を繰り広げていたのに、なんでこんなに呑気な挨拶を交わしているんだろう。
でも挨拶は大事だよね。理想を聞かせて欲しいとお願いするのはこっちだし。
「どうして、助けてくれたんですか?」
「え、えと、その……」
「お前、本気で戦ってなかっただろう」
「えっ」
アヤメちゃんの言葉に、私は驚くしかなかった。
私はかなり本気だったんだけど……。
「あの炎のブレスで一度は死ぬだろうと思っていた。だが実際はリジェネ状態で十分補える程度のダメージだった」
そういえば、妖精の加護が消えていない。
そうか、でもどうして?
「イリスは、どうしてアリスを止めたんだ?」
「私は、なんだかこの子が何かを言いたそうにしてた気がしたから」
「そう、でしたか……お二人とも、姉のために協力してくださって、本当にありがとうございました」
姉? と首を傾げる私と違って、アヤメはやっぱりな、と呟いた。
ところで、さっきからアリスから攻撃がこない。
「年貢の納め時という奴か。ネタ晴らしの時間だ。アリス・メアリアス」
「はい」
返事をしたのは、白髪の子だった。
ふと見ると、黒髪のアリスは苦虫を噛み潰したような、ひどい顔をしていた。
「いいえ、まだよ……まだ終わってない」
「ううん、終わりだよ。お姉ちゃん」
黒髪のアリスは、ぺたんと座る白髪のアリスに気圧されてしまっている。
「私は私、貴方は貴方。私はアリスで、貴方は誰?」
「ぐ、ぐぅあっ……きゃああああ!!」
悪魔が聖なる光でも浴びせられたかのような悲鳴を上げながら、彼女の傍らに何かが浮き出てくる。
尖った鼻に丸みを帯びた胴、四足で立ち、そして白黒の毛並み。
それはさっきまで戦っていた竜と同じくらいに大きな……獣?
「やはり、獏か」
「バク……確か、夢を食べる」
「私の理想は……この悪夢のような現実を全て喰らい尽くし、飲み干すこと。この肥溜めのような世界を、肥溜めすら残さぬように」
紫色の蝶、白黒の獏。
「お姉ちゃん!」
「バイバイよ、私のアリス。一緒に朽ちて行きましょう、諸共に……」
「ダメ! 戻って!」
何をするのか見当がつかない、というか展開についていけない。
一体なにが、どうなって……。
「ちょっ、なに、を……」
獏と愛しげに触れ合っていた黒アリスは、ふとした瞬間にひと呑みにされてしまった。
蝶がわらわらと獏へと集まる。
それらすべてが枯葉のように落ちる頃、白黒の獏に紫色の羽が生まれていた。
歪だ。そうとしか言えない。
こんな、こんなおぞましい理想があっていいのか。
いま目の前にある者がなんなのか、私には感覚で分かってしまった。
「構えろイリス。とにもかくにも、今の敵はアイツだ」
「う、うん……」
「私にも手伝わせてください」
ふと背後の白アリスが立ち上がる。
「足手まといだ」
「大丈夫です。イリスさんの治癒が効き過ぎな位で、ほぼ力は戻っています。でも……」
「なら遠距離からの支援に留めておけ。奴の狙いは……お前だな?」
「……二人とも、来ます!」
蝶の羽が羽ばたくと、紫色の鱗粉が輝きながら吹き荒れる。
すると、空が、地面が、景色がぐにゃりと捻れて歪む。
それと同時に白アリスが膝を着いた。
「うぅっ……」
「ど、どうしたの?」
「ね、眠い……なんて、眠気……」
眠気、言われてみれば、自分が少し落ち着きすぎているような気がする。
感覚が鈍感になっているというか、とにかく、何もかもが鈍っていく。
瞼が重く、体はだるく、心は落ちるところまで落ち着いて、風の音さえ遠くの出来事のようで……。
「イリスッ!」
「……ふえっ!? ね、寝てた私!?」
きっと催眠か何かだ。状態異常回復の魔法を……いや、違う。
「迫り来るもの、襲いかかるもの、侵して入るもの。呪い、災厄と禍事を打ち払い、安寧は守護られる……ネバーエンド・ネバーランド」
物理的な干渉を完全に防ぐ私の魔法は、本来ならアヤメの胸と同じくらいの絶壁と鉄壁の守り。
それでも、あの黒アリスの理想は私の理想を脅かすほどの力をもっているみたいだ。
「マシになったが、まだ眠気は残るか」
「ご、ごめんアヤメ」
「上々だ。これくらいなら体を動かしてれば寝落ちはない。気をつけるのはお前たちのほうだ」
「任せてよ。私だって、いつまでもおんぶに抱っこじゃないよ」
アヤメは小さく笑って、獏へと駆け出す。
「スペード、ジャック、クインにキング! とにかくあの子を守ってあげて!」
アリスの言葉に従って現れたのは、トランプだ。
たくさんのトランプがアヤメの後を追う。
どんな効果があるかは分からないけど、とにかく信じるしかない。
「ごめんなさい、イリスさん。貴方を巻き込んでしまって」
「あはは……正直、なにがどうなってるのか把握できてないから、なんで謝られてるのかも分からないんだよね」
「でも、私のせいでイリスさんはこうして危ない目に……」
「あっ、これは違うよ。私が好きでやったことだよ」
「……はい?」
白髪のアリスは首を傾げる。
私よりも幼い少女の頭に手を置いて。
「アヤメがそう感じたから、私もそう感じたのかもしれないけど、やっぱり貴方からは殺意がなかったもん。だから私は貴方の理想が気になった。そして助けて、結果的にこうなった。それだけだよ?」
きょとんとしているアリスは、黒アリスよりも子供っぽさがあって、たいへん可愛らしい。
一緒に布団に入ったらぐっすり眠れそう。抱き枕にしたい。白いし。
「……アヤメさんには少し時間を稼いでいただきますね」
アリスの瞳は力強くて、それはきっと理想なのだと思った。
でも、いくら理想でも、こんなにも固い決意をしなければならないほどのものなのだろうか。
アリスは、アリスの理想は……。
「手短にお話します。私の理想と、お姉ちゃんの理想を。お姉ちゃんを止めるために」