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メルヒェン53.5 月と摩天楼の思い出

 そう、あの時もこんな深い暗闇の夜空だった。

 そして残酷なほどに月の明るい夜空だった。


「アハハ、高いなぁ。こんなところから飛び降りたんだねー」


 見下ろすと、キラキラと人が営む明かりが見える。

 自動車が蟻のように並んで走っていて、人々は蛆のようにわらわらと蠢いている。

 私は前世で、あの地面に真っ逆さまに落ちていったんだ。


「っ……」


 自由に飛べる今でも、あの瞬間のことはよく覚えてる。

 身体が死を確信したあの感触。心が失敗したと焦燥するあの感覚。


 ずっとずっと前から、私は狂っていたんだ。

 この薄ら寒い夜の世界で、白馬の王子様が私をこの摩天楼から連れ出してくれるって空想と約束したあの日から。

 月からお迎えが来るんだと、幻想に縋り付いて、しがみつき続けたあの時から。


 私はどうしようもなく我侭で、狭量で、強引で狂暴だった。

 あはは、こんな私のことなんか迎えに来てくれる人、いるわけがない。

 

 透明な天井から見える月と星。そしてこの摩天楼を見てしまったら、どうしてもあの頃の記憶が呼び起こされてしまった。

 あの夢も希望も無い、灰色の世界のことを。




 夢を見続けていた。空に待ち焦がれていた。

 狂っていると言われても、壊れていると言われても、私は決して諦めない。


 王子様は必ず私を迎えに来てくれる。

 虚構なんかじゃない。嘘なんかじゃない。


 絶対にあの人は来てくれる。王子様は来てくれる。

 何度も何度もそう叫び続けた。何度も何度も描き続けた。


 白い壁に、色とりどりの世界を、私が彩って……。


 そして、白い世界が埋まった。

 最後のひとかけらもなく、白い世界は彩色に染まって、私の世界は終わった。

 そう、それがあまりにも怖くて、怖くて、怖かった。

 私の想い描いた物語は、ここで終わりなのだと告げられたみたいだった。


 いやだ、終わりたくない。いやだ、いやだ、いやだ。

 助けて、誰か助けて。私の描いた夢は、偽りなんかじゃない。


 絶対に誰かが私の手を取ってくれる。お願い、お願いだから助けて。私を連れ出して。お願いだから……

どうして、どうして誰も助けてくれないの?


 胸が焦燥に犯されて、世界が私の夢を拒絶する。

 何も無いこの世界が怖ろしくて、この世界で生き続けなければならないという現実が怖すぎて……。


 そう、だから、だから私は……?


 追いかけたの? それとも、逃げたの?





 でも、今はもう夢が叶ってしまった。

 こんなに落ち込む必要なんて無い筈なのに……。


「イリス……ごめんね。こんなことにつき合わせて」


 ふわっと浮いて、重力に身を任せて落下する。

 明かりが隆盛のように流れていく。

 ぐんぐんと地面が近づいているのが分かる。


 ああ、誰か。誰かこの手を掴んで。私を繋ぎとめて。

 離さないで、放さないで、捨てないで、誰か私を……。


 分かってる。都合のいい妄想のとおりになるわけがない。

 こんな身勝手が通じるほど、世の中は甘くないんだって。


 だから、私は甘んじて痛みを受けよう。

 心が先走り、体が壊れる痛みを。死ねないこの身で……。


「る、ルナちゃん」

「……あれ?」


 イリスの声に、ふと瞼を開いた。

 困ったような顔でこちらを覗きこんでいる王子様が見える。


「だ、大丈夫? どこか具合が悪かった?」

「王子様……うーっ……!」


 なんかすごい泣きたくなってきた。

 こんなに優しい人を試すようなことをして……私は何にも見えてなかった。


 私の王子様は、イリスは引っ張り上げてはくれない。

 というか、引っ張っていくような性格じゃなかった。


「えっ、えっ!? どうしたの!? もしかして、私の魔法が失敗してどこか痛くしちゃったんじゃ点々」

「ごめんなさい王子様ぁ!」


 不安そうになるイリスの顔を見ていたら、胸の奥がぐちゃぐちゃになるような罪悪感と、暖かさに襲われて。

 気がついたらイリスに泣き付いていた。

 涙が嗚咽が止まらない。どうしてこんなに苦しいんだろう。


「えっと……うん、大丈夫だよ」

「私、もう十分幸せなのに……王子様が受け容れてくれただけで満足だったのに……!」


 こんな、試すようなことをして……私は最低だ。お姫様失格だよ。こんなの。


「ううん、私も気持ちは分かるから」

「イリス……」


 ふと思い出した。イリスの過去を。

 あれはきっと、私には耐えられない。

 疲れ切った体と擦り切れた心。

 それでもその手に握り続けて、胸の内に秘め続ける。


 鳥かごの中で、それでも心は、妄想は夢を追い続けている。

 そう、妄想だ。妄想だけが彼女にとっての……。


「イリス、ごめんなさい……私は悪い子だった」

「大丈夫だよルナちゃん。大丈夫……大丈夫だからね」


 優しく頭を撫でてくれるイリスの胸に、顔を埋める。

 ああ、どうか私と同じように、イリスの理想が叶いますように。

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