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メルヒェン52 戦場楽都メガアトランティス

 大きな豪華客船は、さらに大きな海上要塞のドッグに飲み込まれた。

 いったいどんな科学力があれば、こんなに大きなものが海に浮かぶんだろう?


 係員の指示に従って、私たちは船を下りた。

 しっかりとしたコンクリートの感触。むしろ船よりも安定してる。

 これなら船酔いを防ぐ魔法もいらないかな。


 魔法を解除しても、特に問題は無かった。

 案内されて、並んだ列にしたがって進んでいく。


 ガチガチなドッグを抜けると、そこは軍事基地みたいなところだった。

 広い敷地内を戦車や二足歩行の巨大ロボットが闊歩していて、まるでアニメの中みたいな光景が広がっている。


 そこからは何台ものバスがお出迎え。

 それに乗って居住区へと運んでくれるらしい。修学旅行の気分だ。


 そして辿り着いた居住区は……普通だった。

 アトランティスという割には、まったく普通。

 アスファルトの地面とコンクリートで出来た建物。

 屋根は瓦だったり、パネルみたいなのだったり。


 室外機もあれば窓もある。

 門の内側には犬がいるし、塀の上では猫が寝ている。


 窓の外から眺めていると、バスガイドが説明を始める



「皆さんには避難民用の居住区にて生活していただきます。定められたルールを遵守してください」


 手渡された分厚いルールブックは、ちょっと他の人に読んでもらって……。

 ああ冗談です! ちゃんと自分で読むからお説教はやめてアヤメ!


 そして私たちは木々の多い立地に建てられた、大きなマンションに辿り着く。


「ここに来てからなんにでもスケールの大きさに驚かされている気がするけど……マンションも大きいなぁ」


 木々に囲まれた自然の多い環境。

 その中にドンと聳え立つ巨大な建物は、さながら大型ショッピングモール。


「避難民用にしては、随分と豪勢に見えるな」

「だね。もっと簡素なのをイメージしてたけど」


 でもたとえここでの生活がそこそこ上質だからといって、私たちはここでひっそりとしているわけにはいかない。

 私たちには行かなきゃいけないところがある。





「ある……けど、その時がくるまでは力を溜めてていいよね」


 戦時は不慣れな環境ゆえにストレスが溜まる。

 そのことに配慮されて設置されたらしいビーズクッションに体を預けることが、今の私に出来る最善の行動なのです。たぶん。


 私たち三人でちょうどいい広さのリビング一室。

 個室はないけれど、お風呂もあるしトイレもあるし、エアコンも完備だ。


「まあ遠出だから無理は禁物だ。リラックスできるよう環境の変化に順応できるようになるのも重要だな」


 白兎さんとアイスさんの二人は、ガンダーラ行きの船を手配してくれるらしい。

 仲間になってくれて本当に助かった。

 私たちじゃあ小難しい書類には悪戦苦闘するのが目に見えていたから。


「でも休みすぎも良くは無い」

「分かってるよ。もう少ししたらアトランティスの中を探検しよう」


 無理も焦りも禁物だけど、油断もやっぱり禁物だ。

 それにせっかく新しい場所に来たんだから、見て回って歩いて回って楽しんでおかなきゃ損だ。


 アヤメ、ルナちゃんと一緒にマンションの外に出る。

 道は完全にアスファルト。石で出来た塀に、コンクリートの建物。

 向こうの方には青い天井を突くように聳え立つビルの群れだ。


「わー……なんか懐かしいね」

「あ、あのビル私が最後に飛び降りたビルに似てる」


 うわぁ、えぐいことを……。


「シリアスなジョークでイリスを困らせるな」

「あはは! ごめんごめん。そろそろお昼だし、何か美味しい物たべたい!」


 確かに、そろそろお腹がすいてきた。

 アトランティスで食べれる食事がどんなものなのか、今から期待で胸が膨らむなぁ。


 都心? に向かう途中、白兎さんとアイスさんの二人と遭遇した。

 というわけで、一緒に外食だ。


「うぅ、またデートにならない……あっ、これ美味しい!」


 ルナちゃんはすごい不服そうだったけど、すぐに食べ物に夢中になった。


 連れてこられたのは、完全に酒場。


 橙色の薄暗い照明、其処まで広くない空間に所狭しと並ぶテーブルの先には横長のカウンター。

 西部劇に出て来そうな酒場だった。お客の誰もが銃を持っているから余計にそう。


 私たちはカウンターに座っている。

 できればテーブル席が良かったんだけど、アイスさんはせっかくだからと、カウンター席に座っていた屈強な男達に頼み込んで譲ってもらっていた。


「頼み込んで……?」

「もぐもぐ……?」


 睨み付けていたり、銃をチラつかせていたように見えていたのはきっと、気のせいだと思う。


「もうちょっと飯を充実させとけって言ってるでしょう、マスター」

「酒場で出すもんなんてツマミで十分じゃないすか。飯が食いたいならレストランに行きゃいい。それにほら、そのキムチ美味しいでしょう」

「ああ、病み付きになる味だ。どこで見つけた業者なんですか?」

「地道の努力の賜物ってヤツですよ」

「よく言う……変なもん入ってないだろうな」


 なんていうか、すごい会話だ。

 遠慮のない棘のある冗談と、それなのに円滑に進められるコミュニケーション。

 私にはちょっと難易度の高いやりとりだなぁ。


 と思っていると、アイスさんの前に氷の入ったグラスと茶色い液体のボトルを受け取る。


「えっ、それ……」

「ん? ああ、すみません。気がきかなくて」

「いや……なんでもないです。私はお水で」


 アヤメを凌ぐ実戦能力を持ち、修羅場を潜り抜けた鋭い顔つきをしているとはいえ、私と外見はそう変わらない。

 そんな少女が酒場でごく自然にこうも……。


「大丈夫、ノンアルですよ」

「えっ?」

「私お酒飲めないんですよ。プチ強化の副作用で」


 それは冗談? それとも本当なのか。

 でも、今はそれより気になることが一つあった。


「あの、さっきから着ているその銀色の服は……」

「ああ、これか。多機能防弾ベスト。ここの管理AIの新作です」


 メタリックな多機能ベストと管理AI。どっちを先に突っ込んだものか。

 うんと悩んだ後に、私はベストの性能を聞くことにした。


「えっと、便利なんですか?」

「アイツが言うには防弾防刃に加えて、対衝撃緩和装置があるので至近距離のからのショットガンを受けても行動に支障が無いとか。あと装備も収納できます。マガジンとか」


 左の三つに分かれたポーチを開いて、黒くて細長いケースみたいなものをチラッと見せてくれた。


「まあ機能的には便利そうだけど、欠点が二つある。まず色が銀色でやたら目立つ」

「た、確かに……」

「これじゃロボットだ。それともう一つ。イカレAIの子機が取り付けられてる」

「誰がイカレAIなのかな?」


 突如聞こえてきた音声は、どこかで聞いた記憶のある忌まわしい声だった。

 なにせルナちゃんまで驚きのあまり目を丸くしながらベストの方を見ているくらいだ。


「なぁるほどぉ。これが噂の過剰回復オーバードヒーラー、そしてオリジナルの新しい最高傑作の狂想の月ねぇ」

「どうして……」

「なんであなたがそこに居るの? ドク」


 ルナちゃんは躊躇いもなく、ドクの声を発するアイスさんのベストに話しかけた。


「あー、ざっくり説明すると、私はアレのコピーさ」

「コピー?」


 ルナちゃんは私の方に身を乗り出して会話する。アイスさんはコピードクに全てを任せてノンアルドリンクを飲み始めた。


「私はこのアトランティスの制御、住民のライフラインを管理、提供しているのさ。他にもオリジナルみたいに新しい兵器を開発してここの傭兵に提供したり、バトルフィールドを用意してあげたり」

「ってことは、このアトランティスもアイツの作品ってわけね?」

「まあそうだね。とはいえ最初はただの流刑で島流しだった。ユートピアで増えすぎた人工をなんとかするために、戦火から逃れる避難場所として住民を誘導した巨大な棺桶。まあ実際は海上要塞なんだけど」


 ドクの話を整理すると、このアトランティスはユートピアの人口を割くための姥捨て山みたいなものだったらしい。

 ただそれだけだと元が取れないから、戦争の道具としても使えるように海上要塞として設計し、アルカディアが海から進攻してくるのを迎撃するための拠点。


「まあ、なんやかんやあってアルカディアに制圧されて、挙句の果てには傭兵にとっての理想郷として落ち着いて、今に至るというわけさ」

「へー、それじゃああなはユートピア側じゃないのね。あっちのドクとは違うの?」

「もちろんだとも! 一応は防衛拠点の管理者として設計された私は、あそこまでマッドサイエンティストじゃない。せいぜい食糧事情のために家畜のクローンを作るくらいしかしないんだよ私は」


 そのあたりは、私にはなんとも言えない。

 アルカディアでは色々な種族が、それこそ人間が主食の種族もいる。

 そんな種族のために人間を養殖している企業もあるらしいし。


 私は食べたこと無いけれど、人間が食べても美味しいらしい。


「むずかしいことは分からないけど、あなたは比較的まともってことはよく分かった」

「ああ、私も同じアレの製品だ。今後とも仲良くしてもらえるとありがたいね?」

「ルナちゃんは製品じゃないよ」


 私はコピードクにそれだけは言っておかないといけないと思った。


「へぇ……まあ、そう言うなら改めよう。なんにせよ、ボクとアレは今や別のものだということだけ理解してもらえれば幸いさ」

「あーん! 王子様は本当に王子様なんだからぁ!」

「わっ、ルナちゃん! 抱きつかれたら飲み物零れる!?」


 幼くも柔らかい、成長途上のルナちゃんの感触。

 私は遠慮なく身を預けるルナちゃんに困惑しつつ感謝もしながら、零れる前に飲み物を飲んでおく。


 その後は、お客さん同士が突然殴り合いの喧嘩を始めたり、それにアイスさんが飛び入り参加したり、最終的にアヤメまで加わって見事に拳をクロスして相打ちになって両方ノックダウンしたりとてんやわんや。

 ルナちゃんは終始こわーいと言いながら私に抱きついていたし、白兎さんは喧嘩の勝敗で賭け事を主催して大儲けしていた。


 酒場からの帰り道、白兎はサンタクロースみたいな白い袋とは別に大きなアタッシュケースを抱えている。


「いやぁ、やっぱりアトランティスは金稼ぎに事欠きませんね!」


 白兎はホクホクとした表情で札束の詰まったアタッシュケースを抱き締める。

 見た目は天使だが、やってることは逞しすぎるほど金稼ぎだ。

 私もこういうの見習った方がいいのかな……。


「クッソ……ナイフしか取り得が無いなんてとんだ見当違いだ。なんでこんなに拳が重ぇんですか貴女」

「素手でならそう簡単には殺せないだろう。殴り殺す殺意があればなんとかなる」


 殺意は極めて個人的な感情なので……きっと前回の負けをよっぽど取り戻したかったんだろうなぁ。


 私の魔法なしで屈強そうな男を真正面から打ち破っていったあの姿は、もうなんか私の理想とはちょっと違うけど、かっこよかった。


「お疲れ様アヤメ、かっこよかったよ」

「それは……良かった」


 アヤメから喜びの感情が流れ込んでくる。

 アヤメが嬉しいと私も嬉しい。この感情共有はお得だ。


「あ、そうそう。君たちが無何有の郷に行くというのなら、こちらは協力を惜しまないよ。明日の朝からならいつでも出発できるようにしておこう」

「あ、ありがとうございます……」


 不気味だ……いや、分かってる。

 この人はオリジナルのドクじゃないし、協力してくれるのはありがたい。

 でも、コピーというにはあまりにも……親切すぎて変な気分だ。


「なに、このアトランティスにとって、未知の戦力というのは他の理想郷に比べて脅威なんでね?」

「どういうことでしょう……?」

「ああ、なにせここアトランティスにいる理想人は装備依存の戦い方しか出来ませんから。鉛玉ぶち込んだり、ロケットぶっ放したり、ミサイルぶっ飛ばすくらいしかできない」


 十分だと思うけど。アマゾネスは色んな武器を使えるらしいし。

 戦士とか、斧使いとかいるからあまり変わらないのでは?


「肉弾戦が得意な理想人は身体能力が人外なんですよ。いつだか山のような巨大な魔物を素手でぶち抜いたデタラメ格闘少女がいたんですよ」

「素手……素手!?」

「だから、私たちが出来るのはせいぜい技術を磨くことくらい。銃撃の命中精度、連射速度。戦闘機や人型兵器の操縦技術、戦況を読み取ったり、戦術や戦略を増やしたり、格闘技を習得したり……」


 弛まぬ努力がモノを言う。それがこのアトランティスに住まう傭兵たちの在り方。

 それは私にとって一番苦手なことだ。それが出来るのはすごいと思う。


「それと、傭兵の理想は基本的に一緒だよ。戦争で殺戮の限りを尽くすとか、生死の境でスリルを味わうとか、蹂躙するとか、似たり寄ったり。途中で変わることもあるけどねぇ」


 そういえば、アルカディアにあったあの喫茶店、猫カフェの店主は元々傭兵だったってどこかで聞いたことがあるような。


「だから情報は多いほうがいいのさ! 狼男に銀の弾丸、吸血鬼には白木の杭って具合にね。そのためにボクは無何有の郷にまで子機まで使って行くわけさ」

「開発した兵器、売りに出してみませんか? 僕に任せてもらえればがっぽがっぽ……」

「武器依存のアトランティスの住民が不利になるようなことは出来ないなぁ」


 なんか商談が始まった。白兎さんは本当に隙あらば商談を始める。


「それでイリスさん、出発はいつ頃の予定で?」

「えーっと」


 どうしよう。もう少しここを見て回りたい気もする。

 でも今は急ぎの用がある。ファンタちゃんの友達を、神無月さんを助けないといけない。


 しかし、本当にそれでいいのだろうか。

 頼りになる仲間が増えて、心強くはなった。

 けれど、本当にこのまま何も考えずに突き進んでもいいのか……。


「明日、ちょっと皆で計画立てませんか?」

「賢明だ。私もそうしたほうが良いと思う」


 やっぱり、過信は禁物だ。

 辿るべき道筋や決めておいたほうが良いし、迷わないよう道標は立てておきたい。


「了解です。僕も必要なアイテムとか知りたいですし」

「なら、会議室を使わせてもらおう。構いませんねドク」

「もちろんさ。それじゃあ明日の朝にでもバスを手配しておくからね」



 こうして、私ははやる気持ちを抑えて、会議をすることになった。

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