メルヒェン51 殺める刃先を研ぎ澄ます
まだ日も登らないうちに、あの子を起こさないように外に出る。
ホテルを出てからまっすぐに海岸へ向かうと、程好い大きさの流木を見つけることが出来た。
砂浜に突き刺せば、程好い感じの的になる。
持ってきた投擲ナイフを砂の上に広げて座り込む。
「……とりあえず」
スマートなナイフを選択。
平らな剣身、宝石のような剣先の角度。
ひとまず思うとおりに投げてみる。
「……ンッ!」
くるくると回転しながら流木の的に向かっていくナイフ。
的に刺さることはなく、柄が当たって砂地に立つ。
「……ふむ」
次は手裏剣。
柄のあるナイフとは違い、どこをどう持てばいいのか見当がつかない。
とりあえず折り紙の手裏剣のように指で摘んでみる。
何回か素振りで感覚を得て、投げ込む。
手裏剣は一応、刺さった。
だが浅い。力がきちんと伝わってないのか、速度も威力も微妙だ。
それこそ、実力者相手には呆気なく叩き落とされる。
「摘む力を鍛えるべきなのか、それともちゃんとした持ち方があるのか……」
「手裏剣はやめておいたほうがいいですよ。それは専門家の道具だ」
「……そうか」
気配はなんとなくあった。
殺気を隠すべきところだろうに、背後を取っている時に最も殺気が露になっている。
振り返ればそこに白髪の幼き傭兵の姿。
「投げナイフ術ですか。昨夜ほどの鋭さが無いところを見ると、殺意で身体スペックに強化が施されるといったところか」
そう言うと、アイスは無造作に銃を構えたかと思うと、一切の躊躇いもなく連射した。
サイレンサーというやつの効果か、エアガンのような音しかしない。
なのに倒木には見事な風穴が空いたばかりか、ご丁寧に私のナイフを弾いて飛ばした。
「銃ほどの威力はなくとも、投擲による攻撃が出来るというだけで相手のリズムを崩し、隙を作ることは出来る」
「何か用か」
せっかく人目のない状況で訓練が出来ると思ったのに、これでは台無しだ。
できればさっさとどこかに行ってほしい。
「いえ、こんな朝早くに起きて、守るべきご主人様も放置して何をしようとしているのか気になっただけです」
「……ならもう用は済んだだろ。さっさと消えてくれ」
「ふむ……」
凶悪な笑みが消え、物憂げに俯き始めた。
さっさとどこかに行けというのに、なんでこんなところで考え込む。
「投げナイフ、教えられますけど」
これはまさか……私にナイフの投げ方を教えようとしているのか?
だが、なんというか。
「そうか」
私は的に向き直り、ナイフを選んで素振りをする。
端的に言えば、気に入らない。
というか頼みづらい。
よくよく考えてみればこちらから勝手に敵視した上にボロ負け。
もう本当にみっともないというか、気まずい。
「えっと……」
今度はアイスは私の横に立った。
その手に握られたナイフはどこに向けられているのか。
少なくとも、今はもう殺気を感じないが。
「ふぅ……っ」
そして、アイスはゆっくりとした動作で振りかぶり、瞬間的な加速でナイフを矢のように投げた。
その速度、威力ともに申し分ない見事な投擲は、私の目を見開かせた。
「食事に使うナイフのような形で持ち、刃先がなるべく上を向くように。投げるときは大きく、全身を連動させて、遠くに打ち出すように」
独り言のように、アイスの口は投擲のコツを紡ぐ。
しかし、アイスのナイフは一本しかないようだ。
深く突き刺さったナイフを取りに行くのだろうと思っていると、アイスは右半身をぐんと引いた。
するとナイフは的から引き抜かれてアイスの右手に戻って収まる。
「尾に紐をつけると距離は制限されるが、投げたナイフを迅速に回収できる」
コイツ、徹底してやがるッ……!
ここまで見せ付けられて、いつまでも気後れしている場合ではない。
イリスの理想として、少しずつでも磨けるものは磨き上げ、研げる物は研ぎ澄ます。
残るナイフを、見よう見真似で投擲する。
一本目は勢いをつけすぎて下方向に飛ばしてしまった。
二本目は安定して飛ばすことに意識したら、的に浅く刺さって落ちた。
「となると、この辺りか……」
探るように、三本目を投げる。
あまり派手に動かさず、ナイフの重量に対して必要な量の力を込めて、人差し指の腹で押して滑らせるよう。
スコンッ、と心地よい音がした。
刺さり損ねることなく、落ちる事もなく。
綺麗にまっすぐ突き刺さっていた。
「なるほど、この感じか」
「その感覚を忘れないように……ちょっと?」
必要なプロセスさえ把握できれば、あとは照準制度とタイミング次第だ。
それを掴めば、あとは応用力だ。
ナイフを引き抜いて、もう一度。
「あ、あの? アヤメさん?」
「タイミングは掴んだ。次はコントロール。もう一度だな」
タイミングは掴んだ、もう一度。
次は投げたい場所に投げられるように。
「アヤメ、貴女は……」
突き刺さる音は鋭さを増していく。
上手くいってるみたいだ。この調子でもう一度。
一つ、二つ、三つ。
「なるほど、これは面白い」
「すごい集中力……いや、これはむしろ熱中力というべきか。忍耐という言葉が霞むほどに、真剣に楽しんでる……!」
「そろそろ慣れたな。あとは連打が出来れば」
「教えてないことまで、探り当てようとしている……!?」
なかなか楽しくなってきた。
連打は少し狙いが定まらない。ここからは応用か。
多少バランスが崩れても的確に命中させられるように。
「あの、アヤメさん」
「教わった投げ方以外にも何かあるのか……ここからは試行錯誤か」
「あ、あの! おいちょっと!」
「どこかで調べられるか、教えてくれる人間を探すか。その間にこれを日課にして他の投擲も……ん? ああ、どうも。何か?」
全然気付かなかった。
ああ、そういえば彼女から教わったんだった。
手裏剣以外はアイスから教わればいいか。
「そろそろ朝食の時間になるから……」
「あっ。仕方ない……ところでアイスはなぜ口調がいちいち変わる?」
「えぇ……今更それを?」
どうやら時間切れらしい。
こんなに何かに熱中したのは久しぶりだった。私がイリスの為にナイフを扱い始めた頃を思い出す。
じゃあ、ひとまずは戻るとしよう。
ホテルに戻ると、入り口のところでイリスと合流した。
「あっ! アヤメどこ行ってたの?」
「早朝の散歩だ。海辺の町というのもいいものだな」
「えぇ、ずるい……なんで起こしてくれなかったの!」
「いや、あまりに気持ち良さそうだったからな」
ぷんすか、と擬音の字が飛び出しそうだ。
ああ、本当にイリスは変わったんだな。
私の記憶にあるイリスは、あらゆることに臆病で、自分の創った妄想の世界だけを愛して、外の世界に臆病な、それでも優しさと愛らしさを忘れない、か弱い少女だった。
寝起きも悪かったし。
今も臆病さはあるけれど、人並み程度に抑えられている。
意欲を抱いて、時間と労力を割く。
バッドエンドを捻じ伏せる意思をもって、己の力を振るう。
それはきっと環境のおかげなのかもしれないが、成長したという結果はイリス自身が成し遂げたことだ。
いや、そもそも私を心の支えとして創りだせた時点で、それは彼女だけが持つ強さだったのだろう。
だから私がイリスの力になるために技を磨くこと、己を研ぎ澄ますことは至極当然の話だ。
「そう怒るな。回復魔法という重要な役割を担うお前には睡眠は特に大切なのだから」
「むぅ……もう、しょうがないなぁ。それより今日はアトランティスに乗り込む日だからね。ここから西の方に大きな専用の港があるからそこに行くんだって。荷物は白兎さんに持ってもらったから」
「はい、きちんと預からせていただきました」
本当に強かになったなぁイリス。
「分かった、私はいつも通り引っ込んでるから、用があったら呼んでくれ」
返答を待つまでもない。
私は影のように、風に吹き飛ばされる燃え滓のように消えた。
イリスの中には一つの世界が広がっている。
私がこうして引き篭もれるのもイリスが自分の世界を持っているがゆえだ。
未だに此処のことを誰かに明かしたことは無いのは、イリスにとってこれが普通だからだ。
皆、誰しもが自分だけの世界を持っている。
それはいたって普通のことで、自ら明かしていく必要はない。
アリスの夢世界やヒルデのヴァルハラと同じように考えているのだろう。実際は少し異なるのだが。
さて、ここがどんなところかと言えば、それこそ至って普通だ。
日常を健康平穏に過ごす人々が暮らす街があり、広大な平原があり、その先には人間を近寄らせないためにダンジョンと化した自然がある。
それを討伐するために魔法使いとその他が居て、私とイリスのようなペアが日々モンスターを狩っては生計を立てている。
至って普通のファンタジー世界、ごくごく平凡の異世界。
それがかつてイリスが抱いたささやかな夢であり、生前抱き続けた幸福な妄想だった。
が、そこはただの表舞台に過ぎない。
私の居場所はそこから下層。私の役目は、そこにある。
なにせそもそも私は彼女にとって殺すべき物を殺すために生み出された。
それは彼女にとっての忌避するべき弱さであり、負の感情だ。
例えば、未開なる場所へと踏み込む時の恐怖。
或いは、未知なる外敵へと斬り込む時の臆病。
知らない誰かと関わる時の足の竦みや、布団のように覆い被さる倦怠や、足元に絡みつく怠惰。そして静寂のような孤独。
身の竦むような敵意や、怖気の走る害意、冷たく差し込まれる殺意。
それらが私の本来の役割なのだが、今となっては此処はただの静かな仄暗い場所になってる。
なにせ心強い仲間が出来て、自らの力を信じられるようになって、バッドエンドを捻じ伏せられる我侭も覚えた。
もうイリスは私だけに頼る必要はないのだ。
だから、この場所に悪い何かが湧くようなことは当分ないだろう。
とはいえ私は永らくこの場所で過ごしてきた。
つまるところ、私にとってここは非常に居心地が良いのだ。
ただ、この妄想空間はたまに境界が曖昧になる。
妄想、夢想、空想と理想。そこに明確な境い目などなく。
「今日は夢見が悪いわね」
「それは気の毒に」
ほら、落ちて来た。無想の夢を目指しながらも、時たまこちらに紛れ込んでくる。
この仄暗い空間にして、漆のように艶めく黒髪を毛布に包まるが如く身に纏っている。
というかコイツ、寝るとき何も着ないんだな。
「夢を見るなら起きてる時だけで十分なのに。貴女のような辛気臭い女の夢とはね」
「人の領域に入り込んでおいて酷い言い草だな。それに辛気臭いのはお互い様だと思うが」
「確かに、お互い人の醜い部分と関わってるものね」
そこまで見るのか。
私はイリスの殺意だ。しかし同時にイリスへの殺意でもある。
負の感情は、紛れもなくイリスのものだ。
醜い物を見て、醜いと感じてしまうのは自分。
不快や憎悪、嫌悪まで。私は私を殺しているようなものなのだ。
いわば私はイリスの醜い部分を殺意と称して集約させたもの。
そんな私を理想などと呼ぶ彼女は、何を考えているのやら。
「別に不思議なことじゃないでしょ。怖ろしくて逃げて、誰かにそれを押し付けるよりは、自ら立ち向かえる勇気ある者を理想と呼ぶことに違和感はないわ」
「ふむ……そういうものか」
「怖いわね、無自覚って」
習得したナイフ投擲を披露しようかと思った。
が、それはまた次の機会にしよう。
「お出かけ?」
「イリスが呼んでる。私がここを去れば、この悪夢もこの悪夢からはじき出されるだろう」
「そういうことならさっさと行きなさいな」
こいつ本当に態度がでかいな。
いや、そうか。生前もそうやって嫌われてきたのか。
「フッ……気の毒だな」
「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ。もう眠気覚めたわ。ちょっとこっち来てみなさい」
眠り子からそこそこ強い殺意を感じる。
おおかた獏で甚振ろうというのだろう。頭に血が上ると周りが見えなくなるのか、ここは夢の世界ではない。
私は背後から出しなれていない大声のせいで咳き込む彼女を無視して、イリスの元へと浮上する。
暗闇が晴れれば、そこはイリスの隣だ。
この状態では私の姿はイリスにしか見えない、まだイリスが象る妄想の状態だ。
「どうしたイリ……おお、これは」
専用の港を端から端まで埋め尽くすような、巨大な海上要塞が沖に君臨していた。
そして、それに比べるとあまりに小さく見える、しかし決して小さくない豪華客船じみた白い船舶がこちらに迫っている。
「豪華客船ってはじめて見た。なんか側面がマンションみたいだね」
「役割はマンションというよりはホテルだな」
ルナが興奮のあまりイリスの腕に絡みつき始めた。
そろそろ追い払うか考えていると、よくよく見回せば随分と人が多い。
ああ、そういえばあそこに乗り込むのはイリスだけじゃないんだった。
仕方ない。周りに迷惑をかけてイリスに悪い印象をもたれても困る。
ここは大人しくしていよう。あと実体化もしばらくは避けよう。
「私は戻る。また用があったら……」
戻ろうとしたが、イリスに手を取られた。
私がイリスの妄想である以上、意思はともかく行動は制限されてしまう。
「アヤメ、私にとってあなたはただの道具じゃないよ」
私たちだけが通じる声で、イリスは私を引き止めようとしているのか。
「それともアヤメは私のことなんて……」
「それは違う。私はお前のことを大切な親友だと思っている」
「ほんと? 良かった。なら一緒に行こうよ?」
「だが、役割はある。普段の護衛は死なないルナで十分だろう。向けられた殺意があればすぐに知らせる」
すると、イリスの握る手が強まった。
「じゃあ尚更、私と一緒に新しい場所を歩いてよ……ねぇアヤメ、今までずっと一緒だったでしょ? これからも一緒に居たいよ」
「うむぅ……」
不安そうな表情で、必死に訴えかけてくるイリスの姿は、胸を容赦なく締め付けてくる。
この庇護欲をかき立てる仕草は、もしかしたら私の理想なのかもしれないが。
「アヤメは私の殺意である前に親友なんだよ? 親友と一緒に居たい。一緒に新天地を冒険したいって思ってる」
ああ、また私は殺すことばかりに意識を割いてしまっていたのか。
そうか、また……。
「……アヤメ?」
「いや、なんでもない」
殺意である私は、時たまこうして殺すことばかりに重点を置いてしまう。
イリスの親友としていることよりも、殺意としての役割に没頭してしまう。
私がもしイリスの友であることを忘れるほどに殺意しか考えなくなった時こそ、私は……。
「分かった。だが人ごみのなかは嫌だ。実体化しなくてもいいか?」
「もちろん!」
イリスに手を引かれ、私たちは豪華客船へと向かう。
まったく私としたことが、すっかり騙されてしまった。
確かに外見は立派な豪華客船だった……しかしここは理想郷にして理想国のアトランティス。そこがただ単純な理想郷、などと言うはずがなかった。
「アヤメ、これ沈まないかな……」
「一応は動いているようだしな……しかしすごいなこれは」
壁、床、天井と、どこを見渡しても必ず銃弾の痕がある。もちろん扉にも。
壁紙も廃墟かと思うほどに剥げているし、これはもう間違いなく戦場として使われているものだ。
私たちは適当に割り当てられた部屋で待機している。
人ごみと言うわけでもないので、私もここでは実体化している。
私たちの反応を嘲笑うが如く、白銀の傭兵は犬歯を見せつける。
「ははっ、アトランティスは傭兵の国ですからね。私も住民なので、ここでよく遊んだものです」
拳銃の手入れやらナイフ研ぎやらを手際よくこなしながら会話に参加するのは、さすがといったところか。
「幽霊船みたいですけど、到着までさほど時間はかかりませんから、今のうちに観光でもするといいでしょう。さて、私はちょっと仲間のところに顔出してきます」
「護衛を放棄しないでいただけませんかね?」
「何行ってるんだか。どうせ物売りするんでしょうが。さっさと支度してくださいよ」
「では、そういうことで皆さん。僕は人の多いところに居ると思うんで、何かご入用でしたらお気軽にー」
武装したアイスと化物リュックを背負った白兎は退室した。
部屋にはイリスと私、そしてルナだけ。
「どうしよっか、アヤメ」
「どうするかな……朝食食べたばかりだからな。休んでもいいし、歩き回るのもいいだろう」
「私は歩きたーい!」
ルナは相変わらず元気でやかましい。
私としてはそこの窓からゆったり海を眺めてもいいと思うのだが。
なんだろう、イリスの様子がちょっと変だ。
「イリス?」
「う、ん? どうかした?」
「具合が悪いのか?」
「んー……まだ大丈夫そう」
まだ、と来たか。
無意味に強がったりしない正直なところはイリスのいいところだが、彼女の自身を大丈夫そうと言う場合、あまりアテにならない。
「どしたのイリス? なんか顔色悪いみたい?」
「だ、大丈夫だよ。うぅん、だいじょぶ、だいじょぶ……」
イリスはちょっと頑固なところがあるから、こちらが気を使ってもギリギリまで耐えようとするだろう。
「そうだイリス。せっかくの船の旅だ。外に出て広い海を眺めてみないか?」
「外……ああ、そうだね。海だもんね」
イリスに肩を貸して、外へ出る。
銃弾痕の絶えない廊下を抜けて、扉を開ける。
そこに広がっていたのは、鮮やかな青い世界。
永遠に広がる蒼穹、無限に続く紺碧の大海。
「うわぁ……」
「これは、いいな」
「スカイブルーにマリンブルー! フルブルー!」
ルナは好き勝手に動き回ろうと、この広さならば問題ない。
海を眺める者、潮風にあたりながら一服ついてる者、テラス席でティータイムを過ごす者。
風呂敷を広げて商売を始める者。
様々な人々が好き勝手やっている。ルナがはしゃぐくらい問題にもなるまい。
とりあえず私はイリスを端っこに連れて行く。
頑丈な鉄柵だ。寄りかかっても大丈夫だろう。
「ほらイリス、遠くの景色を眺め……」
「青い、真っ青だ……真っ青だよアヤメ」
どうやら心配は要らなかったようだ。
初めて見る青鮮やかな絶景は、イリスの船酔いを一瞬で消し飛ばしたらしい。
「イリスー! どう? 船酔い治った?」
「うん、心配かけてごめんねアヤメ、ルナちゃん」
「心配くらい、いくらでもかければいい。人を思うにはそれくらいがちょうどいいだろう?」
「アヤメ……うん、ありがとう」
そう、私が殺意だけの存在にならないためには、イリスへの想いが必須だ。
惨殺意欲、友愛好意、私の心を占める二つの意味がせめぎ合っている中で、イリスを思うことは欠けてはならない。
「それにしても、王子様にも意外な弱点があったんだね。船酔いなんて魔法で何とか出来そうなのに」
「えっ? あー、そっかぁ」
そっかぁって、気分が悪すぎて魔法が使えないとか、船酔いを治すだけのピンポイントな魔法は無いとか、そういうのではなかったのか。
もしかして、魔法で何とかできる範疇だったのか?
「イリス?」
「え、えへへ……」
船は、大きなドーム状の鋼鉄で出来たような島にまっすぐと向かっていた。