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ワールド・オブ・アイディール:夢見るメルヒェン少女  作者: めんどくさがり
CP5 ラヴァーズ・ロマンス・ガーディアン
45/98

メルヒェン41 ネバーエンディング

 メルヒェンの繋がりを得た以上、私たちは同志であり友人だ。一蓮托生と言ってもいい。

 困ってるヒルデさんを助けるのは、もう当然というか。当然なんですよこれは。


「それで、いったいどうしたんですか? あ、アイスコーヒーください」

「つい先日ひと段落ついたばかりだろうに、理想郷ここどうなってるんだ。ブラックコーヒーを」

「あ、いえ。別に事件が起きたとかそういうのではないんです。ただ、ちょっとしたお願いというか……アイスミルクお願いします」


 木造で造られたカフェの中は、香ばしいコーヒーの匂いでいっぱいだ。

 相変わらず、青空に浮かぶ日の光が天窓から差し込んで、カップルの行き交う通りが明るく照らされるている。


 ヒルデさんは二人だけで話がしたいらしく、ルナちゃんには今日一日だけ自由行動ということにしてもらった。

 ごめんねルナちゃん。明日はちゃんと付き合うから。


「このヴァルハラを築くまでに、色々な場所で色々な色恋を見届けてきました。ささやかな恋が、やがて大きな愛へと実らせるように、護れるようにこの地を築いた……ですが、それは堅固な守護であると同時に各地に散らばる幼き恋を助けに行けなくなりました」

「ヒルデさんはここを動けないんですか?」

「このヴァルハラは私が治めていなければ力が弱まります。ですが万が一にでも、一組の恋愛だって悲恋にしたくはないのです」

「その気持ちは分かります。それで私は何をすれば?」


 堅固な愛想守護。決して墜ちない堅牢な理想。

 それでもなお、願い、望むものがある。欲し求めるものがある。

 それはどこまでも素敵な、終わらない物語のようで。


「この理想郷の宣伝をして欲しいのです。ヴァルハラはまだ出来て間も無く、存在を知らない者が多い。前世で離れ離れになった者たちも、この場所に訪れば会えるかもしれないと」


 宣伝と勧誘。

 この理想郷の存在と役割を知らしめて、各地を彷徨う者たちを繋ぎ合せようってことだ。


「あの、それって相手に恵まれない人が来ても大丈夫ですか? 理想の相手に会えない人とか」

「むしろ大歓迎です。理想とは関係なくとも、新たな恋が芽吹くのは素敵なことです。とはいえ、そのためにイリスさんの貴重な時間を費やさせてしまうわけにも行かないので、私の力を貸与できれば……」

「あー、理想が繋がったんで出来ないことも無いかも。ヒルデさんの想いと合致する宝石を探し出せれば、そこにヒルデさんの想いを叶えられる魔法が付与できるはず……ちょっと待っててください」


 宝石はたくさんの種類がある。そして恋愛に加護があるといっても細かい違いがいろいろあるって話で。

 つまり、まだ種のような状態の恋愛に芽を吹かせたい、儚い恋を実らせたいという想いに最も近そうなニュアンスを持った相性の良い宝石が必要だ。


 離れ離れになっても、運命の人と人とを惹きつけあうような……

 そう、それは赤い糸のように深くて……希望の地平、空に架かる虹の橋、繋ぐ絆、紡がれる物語。


「そしてこちらがその宝石になります」

「これは……赤茶色の宝石ですね」

「一見するとただの赤茶のガーネット。でもこうすると、ほら」

「あっ、表面の色がキラキラ変わって……虹みたいですね」


 これこそパパラチアサファイアに負けず劣らず恋愛の石にして、真実の愛と縁を繋ぐ至宝。

 虹柘榴、レインボーガーネット。

 私の特に大好きな虹色宝石の一つだ。


「これならヒルデさんの需要にも応えられると想います。夢を現実にする力を持つ、誠実さと地道な努力を実らせる。遠距離であればあるほど、互いを惹き合わせる。パパラチアサファイアが最高にして至高の愛ならば、虹柘榴は究極に真っ直ぐで直向ひたむきな恋心で、それは夢のような愛ともいえます」


 おっといけない。静かさを装って説明に熱が入りすぎちゃった。

 オタクの饒舌な話を、興味の無い誰かがそう思うのと同じように、私の宝石トークもきっとどうでもいいことに決まってる。

 ヒルデさんをそれに付き合わせてしまうのはとても申し訳ないので、ここはスパっと。


「つまり、この宝石は恋愛の片割れを感知して光ります」

「なるほど、それならこのヴァルハラに導くべき人間を簡単に探し出せますね」


 ちょっと過保護すぎるんじゃないかとも思う。

 ヒルデさんがしたいのは恋愛の守護と成就の手伝い……いや、もっと言えば恋愛の管理だ。


 将来的な運命の赤い糸を人為的に巻き取って、アンダーアウトのもたらす障害から護る。

 運命の赤い糸で結ばれているから、多少の仲違いがあっても仲直りできる。


 でもそこまでする必要があるのだろうか。

 好きが理想になるのなら、その理想で戦うべきなのではないのだろうか?


「お前にしてはシビアな意見だなイリス。力がついて弱者にも厳しくなれるようになったか」

「うぐっ……ち、違うもん。私は理想を抱く人たちの強さを思い知らされてるから」


 アリスちゃんもルナちゃんも彩花さんも、とても強い理想を持った、強い人たちだ。

 もちろん、他の人たちも強い。アルカディアの人たちも、魔窟の森で戦ってる人や人じゃない人たちも、魔法使いの人たちも、みんな強くて、それを目の当たりにしてきた。

 確かにアンダーアウトの犠牲者は出ているし、私もそうなるところだったのは分かる。


 でも、だからといってここまでする必要があるだろうか。

 ヴァルハラがあって、恋愛を護っているなら、それで十分なんじゃないだろうか。

 って思っていると、ヒルデさんは視線を落とした。


「やりすぎ、とお思いですか」

「あ、いえ! そ、そんなことは……」

「かつてあなたを襲ったという輩、そしてこのヴァルハラで蔓延っていた輩……アンダーアウトとしてはまだ序の口なのですよ」

「序の口……」

「この世界で理想の力に差があるように、アンダーアウトにもそれがあります。ゆえに、理想でそれに対抗できるかどうかは分からない。なにせそれは理想比べではなく、一方的な欲望だから」


 理想の優劣を決めるだけじゃ収まらないっていう意味なのかな。

 確かにこの世界では理想は比べるだけのもの。他人を害そうとするわけじゃない。

 対してアンダーアウトは汚す、犯す、害す、殺すことに抵抗が無いどころか積極的。一方的に降りかかる天災のような存在から、恋愛の芽を守りたいと思うのは私にも分かる。


「分かりました。私に出来る範囲でなら、任せてください!」

「ええ、構いません。どうかよろしくお願いします」


 私も恋愛の悲劇惨劇を守れるものなら守りたい。

 お互いの理想が繋がった以上、私たちはメルヒェンの同志として助け合わないといけない。

 それが素敵なメルヒェンの世界を築くのに、大切なことだと思うから。


 するとヒルデさんは、はっと両手を合わせて笑みを浮かべた。


「あっ、そうだ。引き受けて頂けたお礼に、私にこの国の案内をさせてくださいませんか?」

「えっ、えぇ!? ヴァルハラのご主人様が、じ、直々に!?」

「引率という形で、お二人をご案内しましょう。北に位置する恋焦れ鐘。西に架かる虹色橋や、東にある懇々神社」

「あー……」


 全部行ったことあります……とは言いづらい。


「全部行った。今ある観光名所はすべて」


 あ、アヤメーっ!? 容赦がなさすぎるよぉ!?


「そうでしたか……では、あなたたち二人に特別に、この館の中をご案内しましょう」

「館の中って……下層ですか?」

「下層は通路、それぞれの世界への入り口に過ぎません。これから案内するのは、この理想郷のもう一つの存在意義」

「理想郷の、存在意義……」

「ええ、きっとイリスさんの役に立てると思いますよ」





 私はヒルデさんの案内されるがままに、また下層の通路に足を踏み入れることになった。

 夕暮れの太陽みたいな色の廊下に、巨木のようにずっしりしっかりとした扉が連なる。


「出来たばかりなので空き室ばかりですが……素敵なカップルのために、工事を勧めています。例えばこの部屋」


 ヒルデさんが適当に扉を開けると、その向こうにはあまりにも予想外な光景が広がっていた。


「はっ……えっ? えぇえええっ!?」


 ここは確かにヴァルハラの中で、つまり屋内のはずなのに。

 なぜか扉の向こうには清清しいほどの青空と眩しい太陽があった。

 緑色の平原が地の果てまで続く。


「これって……」

「このヴァルハラは館の形をした理想郷であると同時に、もう一つの世界なのです」

「もう一つの世界……他にもこういうのがあるんですか?」

「そうですね。知られているのは夢世界……夢の中に自分の世界を持っている理想人ですね」


 夢の中に自分の世界……それってアリスちゃんのことかな。

 そういえば、どこかで夢の国を持つエルフがいるって話も聞いたことがある。


「私はこの理想郷を完成させ、恋の熱と愛の深さに満たされた世界を創ろうと思っています」

「世界を、創る?」

理想世界こことは別の世界ということか?」

「その通りです。遠き理想を遂げるための世界とは別。ささやかで強かな恋と愛を育み、実らせる世界を私は望んでいます」


 恋愛成就、愛想愛護。それはもともとヒルデさん自身の願いだった。

 失恋に屈さず、悲恋を覆して、それが叶って、幸せでいっぱいになって、そこでハッピーエンド……そのはずだった。


 それでもヒルデさんは終わらなかった。

 自分のなかで溢れる幸福を、他の人にも分け与えようとしている。恋愛の楽園を築いて、脅かされる恋愛を護ろうとしている。

 彼女は一つの理想を叶えた後、次の理想を手に入れたんだ。


 ふと、私の心に小さな不安ができた。

 私はメルヒェンの世界を創った後、どうしたらいいんだろう。


「こっちは平原ですが、別の場所もあります」


 ヒルデさんに案内され、扉の開かれる先は万華鏡みたいに色々だった。

 それは紅葉を着飾った山に護られた場所、もしくは白い砂浜と紺碧の海。

 草木が豊かに寄り添う小屋、華々しい和の都……すべてが理想郷と呼ぶに相応しい美しさだった。


「次は少し特殊な場所です。散ってしまった儚い恋を慰めるは雲の上、鎮魂と安寧の天上」


 ヒルデさんは扉を開く。その先に見えたのは、無限の空。そして永遠の雲。

 それはあまりにメルヒェンチックな雲の上。ふかふか雲海が広がる場所だった。


「ここは、どういう場所なんですか?」

「儚く散った恋を慰める場所。新たなときめきを探すための旅路に出るための、羽を休める場所」

「新たなときめきを探すための……」

「本当はこのような場所を創りたくはないのですが、恋愛は時に弱肉強食、残酷な面も確かにあります。ハーレムでは納得できないという人々もおりますれば、必ず勝者と敗者が存在する。ここはその敗者のための場所、言わば本当の役割に近いヴァルハラ」


 ヴァルハラは確か、強くて逞しい戦士が死んだ後に集められる場所。

 なるほど、確かに近い。

 恋愛というのが幸せばかりでないということを見逃せなかった、ヒルデさんの優しさが表現あらわれだ。


「こんなところですが、まだ未完成のものです。もしかしたら変更したり、何か追加することで不要になる場所もあるかもしれませんが、参考になれば幸いです」

「とんでもないです! こんなに素敵なものを見せて下さって、ありがとうございます!」


 確かに、私が考えるべきことはまだまだたくさんあるみたいだ。

 より強く想いをこめるためにも、理想は大きく、そして細かく作りこんでいかないといけない。

 そして、私自身も……。






 私は少し早めにホテルに戻った。

 帰り道はずーっと次の理想のことを考えていた。

 答えは出ないまま、一人で過ごすには広すぎる部屋のふかふかベッドに辿り着いた。


「次の理想……ダメだ。全然、なんにも浮かんでこないよ」

「そう焦ることもないと思うけどな。今は目の前の理想へとひたすらに突き進む。小難しいことを考えるよりはお前に合ってる」

「遠まわしに馬鹿にされてる気がする」


 とはいえまあ、アヤメの言うとおりなのかもしれない。

 私は確かに頭が良い方じゃないし……悪いわけじゃないし。


「考えてたらもやもやしてきた」

「なら風呂にでも入ってさっぱりするといい。まだ当分帰ってこないだろうしな」

「そうだね、ちょっと汗もかいたしね」


 脱衣所に入るまでに服をすべて脱ぎ終えた。

 浴室もまた広い。広いのに小さな汚れの一つもなくて、気持ちがいい。


「アヤメも一緒に入る?」

「いや、私は必要ない」

「私には必要だよ。たまには、ね?」

「……まったく」


 アヤメは観念して私の背中に背中を流されることになった。

 普段が黒い服しか着ないアヤメだから、肌がより一掃白く見える。


 二人で頭、顔と洗ってから、いよいよ体を洗う。


「というわけで洗いっこします」

「そう来ると思った。手をわきわきさせるな」


 そう言いながら、アヤメは浴室の椅子に座って背中を向けた。

 私はボディソープを手に馴染ませて、アヤメの背中に塗りたくる。


「どうアヤメ、気持ちいい?」

「んっ、悪くない」


 ぬりぬり、ごしごし、首から肩、背中、お尻のラインぎりぎりまで攻める。

 すべすべの白い肌の下はそれでも引き締まっていて、やっぱりよく動く人の体付きだ。


 ちょっとムラム……ドキドキしてきた。


「そのくらいでよくないか?」

「そうだね、背中はもうこのくらいでいいかな。それじゃあ次は……」

「背中はって、おいイリスおまうわぁっ!?」


 アヤメが逃げられないように、背後からしがみついて捕縛する。

 ついでにアヤメの体の感触も堪能する。まさに一石二鳥!


「次は前だよね」

「お前なにやって……がああ! これでもかとたわわな得物を押し付けるな!」

「ぐっへっへ、アヤメのスレンダーな身体、私は好きだよ」

「あっ、下卑た笑いをやめろ! はぁああ! 胸を撫で回すな! 腹に手を這わすなぁ!」

「暴れすぎだよアヤメ、ちゃんと洗えないでしょー」


 しかし、うん。アヤメが気にするほどガリガリってわけでもない。

 引き締まった筋肉はかっこいいし、そんなに激しいでこぼこじゃないから抱きつくのに邪魔にならないし、癖になりそうな撫で心地だ。


「あっ、アヤメ、いい加減に……なんか、手つきが変だぞ……」

「んー? そんなことないヨー、丁寧に洗ってるヨー?」

「ここぞとばかりに本性を現しまくってるな、この欲求不満ご主人め。あ、んっ!?」

「誰が欲求不満ご主人だってぇ?」


 口の悪い子は念入りに洗っておこう。特に汚れそうなこっちのほうとか。


「はっ、あっ……だ、ダメだイリス、それ以上は……抑えが、効かなくなる」


 こっちはとっくに歯止めが利かなくなってる。

 それにまだメインが残ってるし、ここで終わるわけにはいかない。

 アヤメのメインは……そう、お尻だ。


「さ、アヤメ。隅々まで洗ってあげるからねー」

「こ、この……この私がいつまでもされるがままだと思うかっ!」

「ふふん、この状態でどうやって……あーだだだ! 痛い痛いよ! 小指は反則ーっ!」


 するとアヤメは、ぬるりと反転して私と抱き合う形に収まった。


「あっ……」

「っ……!」


 近すぎる顔と顔、肌と肌。

 アヤメの背は私より少し、高くて、私を見下ろしている。

 イケメンみたいにすっ、と通った鼻筋、切れ長の鋭い瞳。でも女の子っぽさが残る唇。

 暖かい浴室で騒いだせいか、それとも私のイタズラのせいか、白い頬に赤みが差している。


 抱き締めていると、細身なのに力強い感触、強い鼓動と熱い体温が伝わってくる。

 すれ違う呼吸が微かに肌を擦れさせるたびに、体の奥底から甘い感覚を呼び起こされそうになる。


「わ……」

「わ?」

「悪ふざけがすぎるぞ、イリス……」

「ごめん。アヤメはこういうの嫌?」

「いや……ではないけど」


 ああ、良かった。嫌じゃないんだ。


「ありがとね、アヤメ。今回も護ってくれて」

「なら私の胸をもう少しだな……」

「最近アヤメはよく胸のこと気にするよね。前はそんなに気にしてなかったのに」


 アヤメはクールな性格キャラだ。

 私の中でそうだったし、アヤメ自身それに納得していた。

 さすがに少しは胸が有ったほうがいいかなと思ったけど、動くのに余分な肉は少ない方がいいって自分で言ってたくらいだよ。


 最近になってからだ。アヤメが思春期の女の子みたいにスタイルを気にし始めたのは。


「私は別に……いや、ここで誤魔化す意味もないか」

「アヤメ?」


 アヤメはすごく真剣な表情で私を見ていて、それがまたなんとも凛々しくて、かっこいい。

 その凜は私の憧れで、その逞しさこそ私の理想だ。

 ルナちゃんじゃないけれど、憧れの王子様みたいな……とにかく私はアヤメのことがとても好きなわけで。


 そんなアヤメが、こんな場所で、こんな時にどうしてこんなに改まっているのか、親友の私でもちょっと想いあたるものがない。


「イリス、よく聞いてくれ。私は、どうやらお前のことが……」


 なんだか愛の告白でもするかのような緊張をしているアヤメに釣られて、こっちまで緊張しちゃいそうだ。というかしてる。

 あれだけ敏感だった肌も、鼓動のほうが際立って感じる。


「お前のことが、その……」

「もしかして、アヤメ……羨ましいの?」


 私は確信をもって、アヤメの心中を察して、紡がれる言葉を先読みした。


「……なに?」

「今更、私の胸が羨ましくなっちゃったと、そういうことなんでしょう?」


 そうだ、そうに違いない。考えてみれば、アヤメは基本的に戦闘にしか興味のないバトルジャンキーみたいな性格でもあった。

 それがこの世界に来て、色々な理想や人々と関わっていくうちに、戦い以外のことに魅力を感じ始めたんだ。

 石の輝きや、花の香り。星の瞬きと夢の響き。

 楽しいこと、気持ちいいことは戦いだけじゃないってことが、やっとアヤメにも理解できたに違いない。


 そうなると、今までどうでもいいと思えていた物が欲しくなったり、事を見過ごせなくなったりする。

 アヤメにとって一番最初に気になったのが、胸の大きさだったというわけだ。

 うーん、私にしては中々の推理力だと自画自賛してしますね。これは。


「そうだよね、アヤメも男装の麗人を基準に考えてはいたけど、やっぱり女の子らしくもしたいよね……分かったよアヤメ、ちょっと肉体からだのデザイン考え直してみるね」

「残念だが微妙に違う」

「えっ」


 どうやら違うらしい。でも微妙ってことは割といい線はいってるのかな。


「私は、なんだか妙にお前が女性の胸によく関心を抱いているように見えたから……」

「ち、ちち、違うよ! 私はそんな、女の子のおっぱいを撫でたり揉んだり愛でたりするような趣向はないよ!?」

「いや、誰もそこまで言ってないだろ……だから、私もお前の好みに合わせてみようかと思ってだな」

「私の好みに合わせる?」


 んー? これはどういうことか。

 もうなんか私が女体好きだということは完全に露呈したというか、墓穴掘った感じだからもう誤魔化すのはやめよう。

 そうですよ。私は女体大好きですよ。でも女の子っぽい系のいわゆる男の娘も嫌いじゃないというか。


 いやそれよりも、アヤメが私の好みに合わせようとしているとはどういうことか。

 つまり、私に好かれたいと言うことで、それを吸ったり揉んだり、すったもんだしてもらうためで……。

 えー、あー、それは要するに、アヤメが私に向けている感情は?


「……ほ、ほんとに?」


 ちょっと震え気味の声が出た。

 でもアヤメは笑うでもなくそのままこくりと頷いた。


 そっか、そうなんだ。

 もう、そうなっちゃったか。


「こんなに早いだなんて……しかもアヤメからアプローチされるなんて完全に予想外だったよ」


 照れくさくて顔がにやけちゃうな。


 アヤメは私の妄想であって、理想でもあって、願いでもあるから。

 ルナちゃんの抱いていた理想とそこまで違わない、ほぼ同じだ。


 素敵な人と一緒に過ごしたい。違うのは王子様ではないことと、それがお互いの交友の中で少しずつ育まれていくような形でありますようにと想い描いたこと。


 おそらく、私がこのヴァルハラに導かれたのも、やっぱり偶然じゃないんだろう。

 でも……


「でも、でもねアヤメ。まだ私はその気持ちには、応えられないんだ」

「それは、どうして? お前はあんなにもハッピーエンドを望んでいたというのに」


 アヤメの腕の中は本当に居心地が良くて、ずっとこうしていたいと思う。

 ああ、愛する人と触れ合うことが、恋愛がこんなにも素敵なものなら、守りたくなるのも分かる。


「確かに、今ここでアヤメと結ばれれば、きっと私にとってはハッピーエンドかもしれない。でも、きっと私の物語は、そこで止まっちゃう気がする。それは、私の理想じゃない」


 アヤメと共に過ごす日々は、確かに素敵なものなのだろう。

 手を繋いで道を歩き、喫茶店で話し合って、買い物をして、料理を味わって、それは絵本の中の王子様とお姫様のように、安らかで幸せな時間なのかもしれない。


 だからきっと、私はそこで満足してしまうかもしれない。だからこそきっと後悔もするに違いないんだ。

 甘い生活が続く限り、同じくらい手放した理想の幻肢痛げんしつうに苛まれる気がする。


「私の理想は、メルヒェンの世界。繋いで紡いで物語。バッドエンドを追いやって、幸福呼び込む青い鳥……だから、私は居心地の良い森を離れて、また青い空を歩まないといけない」


 この場所を離れて、また新たな理想を探さないといけない。

 私を必要としているメルヒェン、メルヒェンを必要としている私。


「だから、私は……私たちは行かないと」

「そうだな。それもそうだ。お前はここで乗り換えられるほど柔軟な奴じゃない。頑固者だ」


 アヤメの少し呆れたような笑みに、私も釣られて笑った。


「でも、アヤメがどうしてもっていうなら、少しだけ大人の階段を登ってもいいかなって」

「人を色情魔みたいに言ってくれるな。ところで結局、胸に関してはスルーなんだな」

「だってそこがアヤメの良さだし……それにね」


 平たく硬い胸とは正反対。

 ツンとハリがあって小ぶりな、引き締まった柔らかいお尻を丹念に確かめる。


「やっぱりアヤメはお尻だよ、お尻」

「おっさんかお前は」

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