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メルヒェン32 ウィッチとウォーロック

 コロシアムを抜け出したファイリーの前に、一人の巫女が立ち塞がっていた。


「えーっと、何かボクに用かな? ニンゲン」

「あなたに訊ねたいことがあります。花見月という名前に覚えはありませんか」

「無いよ。というかボクはニンゲン嫌いだし、どうでもいいよ」

「あるいは神秘と幻想に関わる理想の持ち主」

「だから知らないってー……」

「人間じゃない、と言うこともありえます」


 ファイリーは少し驚いた表情で、刀巫女を見る。

 その瞳からは切実な思いが溢れ出ているのを感じ取る。


「お願いです。失われた幻想、最後の妖精。そしてその幻を操る理想の力ならば、きっとあの子と交わっているはず……お願いです、どうか私に教えてください。神秘と幻想に関わる理想を……!」

「ふーん」


 懇願する巫女に、ファイリーは少し考えてからさっきの花屋のことを思い出して笑う。


「まあ、ニンゲンといってもマシなのはいるみたいだし、教えてもいいよ」

「本当ですか!?」

「でもボクも噂で聞いただけだよ」

「構いません、あの子の手がかりがつかめるなら、なんだって」


 さすがのファイリーも、そこまで言われては断れない。

 巫女だというのなら、彼女もまた神秘と関わる存在。神に通じる者だ。

 でもそれを信じる者がいたのも、きっと昔のこと。それは自分たち幻想と似ているようで……。


「ここから西にある山脈を越えて、理想郷ユートピアの手前、南に砂漠がある平原を北に進むと、無何有むかうさとって森がある。そこは仙境とか蓬莱って理想郷が霧と雲海の奥に隠れているけど、それとは別の理想郷があるらしいよ」

「別の理想郷……それはどんな?」

「現実を喰らう幻想の地。その地に足を踏み入れた者は、理想ではなく幻想で戦わないといけなくなって、そこから生きて帰って来た者はいない……とかなんとか」


 理想世界、ネクストワールド。この場所だからこそ理想は力を持つ。

 その根底を覆す謎の理想郷、その名は……。


「人はその場所を<戻り得ぬ幻想の秘境>、マヨヒガと呼んでいるらしいよ」





 試合開始直後、藤咲真樹は得意の魔法速射と臨機応変な技術でロックウォードを攻める。

 だが、茶色の外套がそれを吸収し、無力化してしまう。


「さすがの雷耐性ね。でも私はソーサラーみたいな一辺倒じゃないわ。砲火ファイア!」


 真樹は杖を向けて狙いを定め、巨大な火の玉を撃ちだす。


拡散分裂スプリット!」


 火の玉は一瞬にして弾け、無数の小玉に分裂する。

 火の玉は一つ一つがその場に漂う。


 魔法使いが敷いた仕掛け。対する者は恐れ慄くに決まっている。

 魔法の本来は力をぶつけることではなく、万全な仕掛けにある。


「構わない。僕は行く」


 ロックは自らの周囲に小石を生み出し、一斉に射出する。

 最短距離だけこじ開けて、あとは接近戦に持ち込もうという算段。

 しかし、小石が火に触れた瞬間、消失するかと思われた火の玉は輝きを増した。


「なっ……」


 驚く間も無く、舞台の半分が爆炎に包まれた。

 会場を焼け付くような空気が埋め尽くす。さすがにこれは勝負ありかと誰もが思った。


 しかし真樹は静かに防御魔法を唱える。


魔力障壁シールド……」


 逆五角形、半透明の青い障壁が真樹の前に現れる。

 めらめらと燃える炎の奥に、真樹は目を凝らす。


 瞬間、爆発にも似た音が鼓膜を叩いて、真樹の体は跳ねた。

 砕けた石が足元に転がっている。


「やっぱり、まだやれるみたいね……ッ!」


 連続で射出され、障壁に激突する岩石の弾丸。


「無駄よ! 生半可な攻撃じゃ、この障壁は突破できない! 魔法の基礎、空間固定、物質強化の応用。現実をすべて概念として捉えることが魔法の要。頭を使わないソーサラーやウォーロックにこの発想は……」


 すると砲撃が止んだ。

 火の海に耐え切れなかったか、空気を失って倒れたか。どちらにせよ、決着はついた。

 そう思った瞬間、たった一発の弾丸が障壁に突き刺さった。


「……はっ?」


 それは土塊の手が握るサバイバルナイフだった。

 そう、魔法を切り裂き振り払う刃。


「うっそでしょ、魔法ならなんでもいいっての!?」


 真樹はすぐさま下がろうとするが、足が動かない。

 見ればそこには土塊の手が足に絡み付いていた。

 そして間髪いれずに背後の地面が砕け散り、そこからロックが現れた。


「はぁっ!? どっから来たのよ!」

「地中から。これで勝負ありです」

「それは、どうかしらね!」


 真樹は手帳サイズの本を真上に投げた。


全魔解除オールディスペル! そして喰らえ、我が魔本!」


 障壁が消失し、土塊の腕も塵に還る。

 元々魔法だった火の海も、射出される寸前だった石の弾丸も、全てが魔力へと回帰し、魔本へと集まっていく。


「くっ、だが……」


 ロックはその手に再び魔力を集中させ、手の平に石の弾丸を作り出そうとする。

 しかし、形を変化しかけた魔力は強引な吸引力で魔本に奪い取られた。


「ナイフを手放したのは失策だったわよ」


 トン、とロックの胸に杖の先端が触れる。

 真樹は魔本を手放したままロックの懐に踏み込んでいた。


「魔法が使えないのはそちらも同じはず……」

「状況判断も三流ね。露出した魔力が吸われるだけで、魔法が使えないわけじゃないのよ。其は刺し穿つ刺突剣エストック、我が五指の先の先に宿れ衝撃の電光」


 魔法が使えない状況、逃げたあとに戦う術が無いことへの同様が、ロックの逃げ足を遅らせた。


雷電衝撃ショックボルト


 ロックの体がビクンと跳ねて硬直し、力なく倒れた。





 あれ、なんで雷魔法がロックに効いたんだろう?

 あの茶色のローブには電撃を防ぐ効果があったはず。


「そのローブというのも魔法なのでしょう。ということは、魔本が吸収してしまったのでしょう」


 えぇ……そんなことされたら、少なくとも私は無力化されて手も足も出ない。

 と思ったけど、防御しか出来ないから最初から手も足も出してなかった。


「イリス、不安か?」

「ううん、ありがとうアヤメ。大丈夫だよ」


 アヤメは私を気遣ってくれているみたいだ。

 でも私はもう昨日の私とは違うから、本当に大丈夫。


「だって、私の理想はあれくらいでへこたれたりしないから」

「イリス……そうだったな。お前は強い、何も怖れることはなかったな」


 そして真樹さんは帰ってきた。

 満足そうに勝ち誇る真樹さんは、思いっきりドヤ顔だった。


「どうだった? 私の努力の結晶、研鑽の成果は」

「なんていうか、努力する天才って感じで非常に見苦しかったっすね」

「あの、さすがに泣くわよ」

「す、凄かったですよ! なんていうか、力でごり押しするんじゃなくて、魔法にも、その使い方にも創意工夫があって、見ていて面白かったです!」

「イリス……あなたいい子ね」


 真樹さんは指でほろりと零れる涙を拭う。

 努力を認められるって嬉しいからね。


「その魔本をギリギリのところまで隠し通したのは凄いと思います。魔法を解除して魔力を食べる魔本……噂には聞いていましたけど」

「これはまあ、いちおう私の使い魔。悠魔のリムリルと同じね」

「格が違うっすけどね」


 確かに悪魔と意思を持つ魔本じゃ、ちょっと差がありすぎる。

 とはいっても、魔力を吸収するなんて能力をもった魔本は、魔法使いにとっては反則も反則。

 対魔法使い用特効兵器……。


「今更隠してもしょうがないから言うけど、この魔本は悪魔の側面と道具ツールの側面を持っているの。悪魔の魔本は魔力を喰らう。存在している魔法を分解し、その胃袋に溜め込む。その分の魔力は私が魔法を行使するときにその都度必要分を取り出すってわけ」

「なんか、凄い便利ですね……自分で作ったんですか?」

「そう! そうなのよイリス! これは私が努力の末に開発した、いわば人造の魔物!」


 私の質問に、真樹さんは急に興奮しだして答えてくれた。

 今までのドライな印象が引っくり返ってしまった。

 この人はもしかして、努力を褒めるとすごい嬉しがる人なのかもしれない。


「これを作るのには苦労したわぁ……まずは外郭を魔物の素材で集める必要があったし、生命を宿らせるとなると人工精霊とかホムンクルスあたりの知識が必要になってくるでしょ? 肉体は乾燥させた火竜の胃袋に精霊の髪の毛を編みこんで羊皮紙に魔法陣と魔術式を慎重に書き込んで……精神は人工精霊、つまりイマジナリーフレンドを採用して丹念に反復想像を繰り返して、魔法で本に複写。魂は魔女らしく悪魔崇拝からの召喚で……」


 留まることを知らない真樹さんのマシンガン苦労話。

 退屈はしないけど、このテンポで一方的に喋られるとちょっと気疲れしそう。

 でも、真樹さんは楽しそうに喋っている。


 きっと何度も挫折しかけて、もう無理だと嘆いた夜もあったはず。

 それを真樹さんは楽しそうに語っている。

 私は気になって、真樹さんに尋ねる。


「あの、真樹さん」

「次は魔宝石の装飾で出力アップを……あっ、質問?」

「怖くはないんですか?」

「怖いって、何が?」

「その、心が折れるあの感触とか、行き詰る絶望とか……」


 すると真樹さんはきょとんとしたあと、鼻で笑った。


「そんなのしょっちゅうよ、もう慣れた」

「な、慣れるものなんですか?」

「真樹さんほんとマゾっすね」

「違うわ馬鹿悠魔。理想としてやり遂げたいと思うことなんて、どうやったって諦めきれないもんでしょ? ならどれだけ心が折れようと、絶望に打ちひしがれようと、やる気は問答無用でムズムズ湧いてくるもんよ」


 それが本当に当然であるかのように。

 ごく自然なことがらの一部であると、真樹さんは言った。


 抱いた理想を手離せない。掲げた理想を諦めきれない。

 それくらいの、ナイナイ尽くしの理由でいいんだ。


 諦めないことが強さだというのなら、きっと私には縁のないことだと思っていた。

 でも、違った。それが勝手に湧いてくるというのなら、それに従うのもしょうがない。


 だったらもう大丈夫。

 あとは慣れだ。幼い頃にはたまらなく痛いと思っていたことも、夢は耐えさせてくれる。


 なら、傷も痛みも恐れることはない。

 どれだけの傷や痛みに苦しめられようとも、きっと私は諦めない。私はそうだと私を信じる。


「そういうわけだから、あなたも挫けることを怖れずにガンガン努力しなさいよ? 百の善き努力は、一の才覚に勝るんだから」






 いよいよ、次は私の出番だ。

 新しく生まれ変わったに等しい私の力がどれくらい通用するのか、少しだけ不安だけどわくわくのほうが勝っている。


 次の私の対戦相手は神無月かんなづき きょう

 動きが一瞬すぎてどう抜いているのかまるで分からない、あらゆる魔法を切り裂く大太刀。

 あらゆる邪気魔力を寄せ付けない結界。巫女とは思えないほど俊敏な身のこなし。

 攻防無欠の巫女、私がどうにかできるのだろうか……。


 ううん、違う。どうにかするのは、私と私の理想次第だ。

 私は理想に力を貰って、貰った力で理想を守り貫く。

 どんな理想とぶつかり合っても、この理想は守りきってみせる。


「えー、ここで残念なお知らせがあります。神無月選手は急用が出来たため、棄権を申し出ました。こちらはそれを受理し、神無月選手の棄権が成立しました。よって、次の試合はイリス選手の不戦勝となります」

「……えーっ!?」


 私の決心は一瞬で無駄になった。


「イリス選手は自動的に決勝戦進出となります。本日はこれにて終了です。明日をお楽しみに」

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