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メルヒェン31 千幻万花・ロストファンタジー=ラストシャドウ

 宿屋を出てから、コロシアムで朝食をとる。

 今日は良い気分なのでおいしいものを食べよう。


 おっきなバーガーにたくさんのポテト、どっぷりコーラで締める。


「思いっきりジャンクフードだな」

「だ、ダメですよイリスさん。ちゃんと水分も取らないと! 甘い飲み物だけでは十分な水分補給ができませんよ」

「花園さん、お母さんみたい」


 お腹いっぱい、幸せいっぱいになったあとは、花園さんと別れて観客席で試合を待つ。

 次の試合は花園さんとあの物騒な妖精さん。

 大丈夫かな、花園さん。あの妖精に花魔法は効くのかな……。


「アヤメはどう思う?」

「今まで偉そうなことをさんざん言ってきておいてなんだが、魔法はさっぱりだからな……」

「ようやく見つけたわよ」


 不機嫌そうな声に身体が震えた。

 ふと見れば、そこには見覚えのある白黒服の女の人。隣にはコテコテな魔女。


「どこ行ってたのよ。せっかく勝利者だけで打ち上げパーティに誘ってあげようと思ってたのに逃げ出すなんて」

「次戦うかもしれない相手と打ち上げって頭おかしいのでは?」

「負けたのにホイホイ付いて来たあんたの図太い神経よりはマシよ」

「えっと……すみません。昨日はちょっと気が動転しちゃって」


 確か、訝しげにこっちを白黒の人の名前は藤咲真樹ふじさきまきさん。隣でどうでも良さそうにストローでジュース飲んでるのが大間木悠魔おおまぎゆうまさんだったっけ。


「……まあいいわ。今日は大丈夫そうだし」

「っていうか聞いてくださいよ。真樹さんの言う打ち上げなんですけど、誰一人としてこなかったんですよ! 笑えるでしょ?」

「笑うな馬鹿」

「岩石少年は自称天才と楽器買ってセッションとかなんとか。妖精のアレはどこにもいないし、花屋さんとあんたは早々にコロシアムを出たっていうし。可哀想だから超絶優しい私が付き合ったわけっすよ」


 意地悪そうな言い方をしているけれど、純粋に面白かったから笑ってるだけで、悪意はないみたい。


「隣、いい?」

「あ、はい。どうぞ」


 花園さんが座っていた隣の席に、真樹さんが座る。そのまた隣に悠魔さん。


「さっ、どう見る?」

「どうって……」

「あの花屋とは知り合いなんでしょ? あの妖精に勝てるかどうか」

「それは……難しいと思います」


 未だに妖精さんの魔法はよく分からない。

 幻覚を見せる魔法、確かに妖精の悪戯と呼べるし、相応しいと思う。

 けれど、あの妖精はどこかおかしい。

 人間が嫌いな妖精。その魔力から伝わる侮蔑と敵意は、憎悪とも呼べるほどに怖ろしい。


 あの妖精が使えるのは幻覚の魔法だけとも限らない。

 とにかく得たいが知れなさ過ぎて、不気味すぎるのは確か。


「そうね。あの妖精がヤバいのは間違いないし、こんなところで勝ち進むような妖精……」

「そっすかね? なんだかんだ言って妖精っすよ? 幻覚除けの護符でも持ってでかい魔法一発ぶっ放せば吹っ飛ぶっすよ」

「天才の割に脳筋すぎるでしょあなた」


 本当に仲が良くて羨ましい。私も仲良くなれるかな。


「まあ、花屋もこんなところに招かれてるから普通じゃないんでしょうけど」

「えっ、こんなところって、普通じゃないって……」

「知らないの? コロシアムで招待される理想人は、最近で目立って躍進を見せる奴ばかり。平凡な理想の持ち主はそんな緩急なくコツコツと積み重ねるものなのよ。つまり、ここで開かれる大会は物好きが変人をかき集めて、理想の促進と面白いもの見たさのためのイベントなわけ」






「クス……クスクス……」

「こんにちは、妖精さん。仲良くしてくださいね」

「オハナノニオイ、カクシタニオイ、ステキナヨソオイ……アハハ!」


 舞台の上、魔法使いの花屋と謎多い妖精が対峙する。

 試合は既に始まっていた。


「オハナヲツム、ワルイヒト? ウウン、ヒトハワルイ! ミンナワルイ! ダカラタベチャオ!」


 妖精が両手を広げると、光る鱗粉は幻想を撒き散らす。

 小さな粒の一つ一つがすべて、玉虫色のイナゴとなって花園に襲い掛かる。

 応じて花園もバスケットに手を入れて、魔法の呪文を唱える。


「からみつく視線、甘い罠、愛しい人を捕まえて、蕩けあう。来てください、ネペンテス」


 無数のイナゴの前に突然現れたのは、巨大な緑色の壷たち。

 それは意思を持っているかのように蠢いて、開いた口の中から甘い匂いを漂わせる。

 玉虫色のイナゴたちは誘われて、残らず壷の中に引き込まれた。


 妖精は、それを唖然とした表情で見ていた。


「……嘘だ」

「ふふっ。はい、嘘ですよ。こんな大きいウツボカズラありません」


 人の一人や二人、簡単に飲み込んでしまいそうなほどの大きさ。

 それは見る見るうちに成長して、無数の木の実にもにた花を咲かせた。


「これは、私が創ったネペンテスちゃん」

「魔法、創造、植物……スゴイスゴイ!」


 妖精は興奮した様子を見せ、花園は応えて微笑む。


「喜んでもらえて何よりです。よければもっと色々お教えしますよ?」

「ホント? ナラ、コレハ?」


 妖精は宙に揺蕩いながら、初戦で錬金術師に差し向けたのと同じ幻想の化物たちを生み出した。

 あべこべのぬえ。不死身の吸血鬼、首なしの戦士。


「さて……ここからですね」


 花園はバスケットから花を取り出し、危機がすぐそこまで迫っているのにも関わらず落ち着いた様子で花の香りを堪能する。


「んー、甘い香り……」


 次の瞬間、首なしの戦士が持つ黒い大斧が振り下ろされる。


「私は幻を見ている。故に、幻は私のものです。千幻万花トリップドロップ


 大斧は、花園の身体を両断した、かに見えた。


「その幻はもう私のものです」

「ナッ、ナ……なんてことをするのかな、君は」

「おー、よしよし。可愛いですねスポーティングは」


 歪な獣は、人懐っこく喉を鳴らして頭を低くする。

 花園が撫でると、気持ちがよさそうに鵺の鳴き声を響かせる。


 首なしの戦士は斧をフライパンに持ち替え、幻で作った台所で幻のチャーハンを炒めている。


「クックック……あともう少しで出来上がる。今しばらく待つがいい、ご主人」

「ありがとう、カミリア。とても楽しみです」


 吸血鬼は大きな蝙蝠になっていた。

 

彩花さいかー、おなかすいたー。チーちょうだい。チー」

「アンティ、そろそろご飯だから我慢しましょうね」

「はーい」

「人の幻想を使っておままごとをするなんて、人間の割にはユニークな悪戯を思いつくんだね」


 妖精は素で感心していた。

 そして会場の観客たちは自分達が何を見せられているのか理解できず困惑していた。


「いやぁ、ボクもここまで驚かされると人間とはいえ放っておけない」

「ようやく心を開いてくれましたね、妖精さん」

「滑稽すぎてボクの怒りも冷めてしまった。それにキミはボクがイタズラをする必要のないニンゲンみたいだからね」


 妖精はふわりと軽やかに舞いながら、花園の目の前にまで近寄った。


「ああ、懐かしいな。キミみたいなニンゲンがまだ居たなんて。嬉しいな。あの頃と変わらない……」

「えっと、とりあえず食事でもしながら」


 そうして花園と妖精、そして幻の三体は幻の卓を囲んでチャーハンを食べはじめた。

 審判は止める様子も無く、その行く末を見守っている。


「人間、お嫌いなんですか?」

「好きだったよ。ニンゲンがキミみたいだった頃はね」

「私みたいな人間……自己紹介が遅れましたね。私は花園彩花。東区で花屋さんをしています」

「へぇ。お花屋さんかぁ。どおりで妖精や私の幻まで手懐けられるわけだよ」


 幻を手懐ける。

 その言葉に、実況どころか解説もお手上げだった。


 あまりに特異な理想は、もはや既存の常識では語りえない。

 理想の持ち主、本人の口から直接聞く以外に、それを理解することは出来ない。


「えっと、妖精さんはなんて呼べば……」

「ウーン、ボクには厳密な呼び名は無いんだ。好きに呼んでくれていいさ」

「ふぁいなるふぇありー、ろすとふぁんたずむ……ファイリーちゃんとか?」

「あはは! 安直だなぁ」


 妖精……ファイリーはくすくすと笑う。

 最初に見せていた冷徹と残忍な雰囲気とはまったく違う、感情豊かな妖精らしい妖精。


「私の理想は、花の都を作ることです。妖精たちも楽しめるような、綺麗な都を」

「……なるほどね。それは素敵なことだね」

「ファイリーちゃんの理想を聞かせてもらっても?」


 ファイリーは食事の手を止めて、目を伏せた。

 少しの沈黙の後に、小さな口から言葉が紡がれる。


「ボクの……私たちの理想は、幻想を蘇らせること」

「幻想、ですか?」

「ニンゲンたちが葬り去ってしまった幻想を、暴いてしまった神秘を復活させること。安息の地、秘境魔境、幻想の桃源……そして、そのために私たちはニンゲンから奪い返さなければならない」

「それは、何を」

「暴かれた私たちを、ニンゲンが奪ってきた、私たちの居場所を。ニンゲンが科学の力を得る代わりに捧げた、幻影の全てを恐怖と言う形で味わわせなければならない」


 それは紛れもなく、深い怨恨。

 でもそれは理想ではなく、彼女が持つ個人的なもの。本当の理想は、幻想を蘇らせること。


 失われた幻への憧憬。人が幻を想うことを忘れてしまったことにより、幻たちはその存在を失った。

 彼女達には居場所が必要だった。

 人の生活に寄り、関わり、あるいは助け、あるいは脅かす……。


 妖精ならイタズラをする。吸血鬼なら血を吸う。首なし戦士は首を刈り取り、鵺なら正体不明の声を上げる。


「それで、科学の基である錬金術の使い手に当たりが強かったんですね」

「ううん、ボクはニンゲンは基本的に嫌いだよ。だってキミたちは絶対に科学に行き着いてしまうからね」

「そうでしょうか?」

「楽を求めて、便利を欲して、キミたちは科学を頼る。時が経つに連れて科学は力をつけて、幻想ボクたちを遠い場所へ追いやってしまう」


 強すぎる科学力は、幻想という概念を殺してしまう。

 雷は神の怒りでもなんでもない。岩を切り裂くような神秘の剣も、超常現象じみた魔法の力もありえない。

 物理は法則からはみ出すことはなくて、質量は保存される。


 そうやっていくうちに、人は幻想を抱くことをやめてしまう。


「私はそうは思いません。科学は神秘を失わせないし、幻想を抱き続ける人間だっているはずです」

「そうかもしれないね。でもニンゲンは変わってしまう。ボクたちは変わらない。ボクたちは……もうボクだけさ」

「それでも、私は変わりません。いつまでも花と愛でて、妖精と戯れる花屋さんでいます」


 花園の言葉は希望を、瞳は意思の強固かたさを語る。

 あるいはそれは、夢見る少女のようにも見えて、幻想の手を握って離さない乙女のようにも見えた。

 ファイリーは自分でも分からないままに微笑んでいた。




 ボクは幻想。人を欺く妖精であり、人を化かす獣の妖怪あやかしであり、夜更けに地を頂く吸血鬼であり、つぎはぎ紡がれた正体不明であり、千の貌であり、万の名を持つ神である。

 ワタシは幻想。人知れず家事を手伝う妖精であり、人の死に際に幸福をもたらす一つの灯であり、恋する人魚姫であり、海底の乙姫であり、人を惹き付ける月姫であり、女神であり悪魔である。


 まだ架空が架空でなく、神魔と共に魔法と神秘が信じられていた頃、幻想ボクたちもまた人々の生活に寄り添っていた。

 ニンゲンが心の中で抱く幻想。それは信仰。

 現実に生きていく中で希望や絶望を抱くとき、期待や恐怖を向ける先がボクたち幻想だ。

 現を想う時に幻想が生まれ、心に描かれた幻影でボクたちとニンゲンは交流する。


 科学が発展し、幻影が遥か遠くに追いやられたとき、ボクたちは迷信や妄想と呼ばれる。

 昔は現実の中で幻想を抱いて、夢を見るようなニンゲンはたくさんいた。

 しかし長い時間のなかでニンゲンたちをすっかり変わってしまった。


 神に祈らず、呪いに頼らず、魔法に願わず、神秘を望まない。

 不思議を求めず、不可思議を絶滅させる

 万物万象を全知し、万障万全に備えてみせるニンゲンたちは。ああ、ニンゲンたちは……。


 そう、夜闇を照らす光を放つ様は、世を遍く照らす神の威光。

 そうか、ニンゲンたちがもう既に幻想になり始めてる。


 生まれた科学という力を操る、ニンゲンという種族。

 思考と電子の海に創世すら成すのだから、その力は神に等しい。

 幻想の域に達した者たちに、幻影であるボク達はもう必要ない。


 なら、そうだね。幻は幻らしく、霞んで消えるのもしょうがないかもね。


「そんなことはありませんよ」


 誰? ここはボクの記憶、ボク以外の誰がいるの?


「綺麗な記憶ですね。豊かな自然、色彩の花々、広い草原に深い森、春夏秋冬はるなつあきふゆ……たとえ全てが科学によって暴かれたとしても」


 甘い匂いがする。

 心安らぐ、遠い昔に馴染みある花の香り。


「幻想がその輝きを失わない限り、私たちは幻影あなたたちに恋が出来る」

「恋……? 誰が、ニンゲンが?」

「乙女が恋焦がれる限り、幻影は消えたりしません。だから、見損なわないでください。私たちがその輝きを見失わないように、強く」


 それが、最後の妖精が懸命のイタズラの果てに手に入れた居場所なのだと、ファイリーは気付いた。





 短い夢が覚める。

 ほんの一瞬、走馬灯みたいな夢。


「今のは、ファイリーさんの……」


 複雑な表情を浮かべる花園に構いもせず、ファイリーは髪をツインテールのような形にすると、羽のように空気を打って宙に浮く。


「なんだか飽きちゃったや。ボクはもう帰るね。ごちそうさま」

「あっ……はい、お気をつけて」

「うん、じゃあね」


 ファイリーは空へと昇っていく。

 このままだと試合放棄と見做されて、花園の勝利となる。


「あ、あのー!、良かったら私の花屋さんに遊びに来てくださーい!」

「気が向いたら行くよ」


 そしてコロシアムの舞台には花園だけが残され、やがて試合は終了した。





 結果的に、花園さんは試合に勝てた。

 そうか、あんな勝ち方もあるんだ。気まぐれな妖精だからこそ出来た勝ち方のような気もするけれど。


 それにしても、失われた幻想、最後の妖精……それらが最後に宿るのは、きっと前世では私の心の中だけだ。

 私は現実に居場所をなくした幻想の最後の居場所なんて、現実に否定されても、それを信じたいと思う人の心のなかくらいしかないと思う。

 御伽噺のなかで跳梁跋扈する神秘、夢物語で百鬼夜行の姿をした幻想。


「いや、あの勝ち方は予想できないでしょ」

「そ、そうですね」


 妖精ファイリーの幻を、花園さんが制御したかと思うと、いきなり理想を語りあって、ファイリーは勝手に帰ってしまった。


「そもそも妖精は軒並み精神が幼児、よくて悪ガキ程度なんで、周囲と協調なんてできないっすからね。飛んでも行動くらいするでしょう」

「まあ、ああいう自由さも多少は見習うべきかもね……でもまあ花屋もなかなかやるじゃない。幻覚を乗っ取って制御するなんて聞いたこと無いわ」


 確かに、発想の奇抜さでいえば、花園さんはずば抜けていた。

 というか、幻覚を操るなんてことができるとは思えない。普通は。


「ほら、噂をすれば、よ」

「ただいま戻りましたー。あら? 皆さんお揃いで」

「花園さんおめでとうございます! 幻覚を操るなんて凄いですね!」

「ちょっとギリギリでしたけどね。それに妖精さんと友達だったおかげで、どれがファイリーちゃんの幻覚イタズラなのかが分かったので助かりました」

「なるほど、妖精を味方につけると幻覚の判別がつくのか……参考にさせてもらうわ」


 そして、藤咲さんは立ち上がる。

 次は確か藤咲さんと、ロック・ウォードの試合。


「さて、私もそろそろ行かないと。じゃあねイリス、花園、お互い上手くやれるといいわね」







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