メルヒェン28 超感覚夢想系魔法アイドル、綺想の刀巫女
「えー、実況が出場するため、今回は私が実況……って言うほど実況も解説もしてなかったわ」
あまりやる気の無い魔耶さんのナレーションも仕方ないと思った。
なにせ司会者が参戦するなんて。この後にももう一試合残ってるのに、ちゃんと実況できるのだろうか。
いや、その試合は私の試合だし、もしかしたら一種でやられてしまうかもしれないけど……。
舞台の上には今までどおり、二人の選手が向かい合っている。
片方は茶色の髪にツインテールの少女。魔法少女……じゃなかった。
魔法アイドルと言う割には、マスクとサングラス、青いガウンに黒いジーンズと言う地味な服装。
なんか自分が有名人であることで人の目を意識しすぎた結果、逆に不審者みたいな格好になったみたいな。
「ふふふ……魔法少女といえば変身。そして私は魔法アイドル! ならば私だって変身する!」
と思ったら、サングラスとマスクを一瞬で外して投げ捨てた。
「甘やかしてスウィーツ、弾け飛んでピーチ! 恋焦がれればキャラメリゼ!」
そして……キャリーはガウンを脱ぎ捨てた。
体は桃色の光に包まれながらもくっきりと、幼くも育ち盛りのラインを見せつける。
そこはかとないエロさを匂わせながら、光は弾けてドレスとなって、少女の身体を飾っていく。
モモ色の布にホイップホワイトのフリルがついたドレス。
ぱっちりパインの瞳がウィンクして、みずみずしいホワイトイチゴなリップが甘酸っぱい笑みを浮かべる。
「うぐっ……!」
リンゴのように滑らかな丸みが浮き出る胸元にはハートのジュエル。
白いロンググローブとニーソックス。くるりと回ればスカートがふわり。ソックスとスカートの僅かな隙間から覗く肌色がたまらないほど扇情的で、もうなんというか……もう!
「ぐ、ひぃ……」
「さっきからどうしたイリス」
「いや、もうなんか可愛すぎて……ファンになっちゃう。ちょっとえっちだし、落ちちゃいそう」
おっとりしとやかなアリスちゃんや熱烈ラブリーなルナちゃん、クールビューティなアヤメとも違う。
もうこれでもかっていうほどにキューティでエッチーなので、もうこれはどうしようもない。
ああ、なんとかお近づきになりたい……私が一回戦で頑張って勝てば、次でキャリーさんと……。
「ちょっとやる気出てきた」
「……まあ、動機はともあれやる気が出るのはいいことだな」
「いえーい! みんなおまたせー!」
観客席の一部が凄い熱狂している。きっとファンクラブの人たちはあそこに集まっているんだ。私も入ろうかな。
「私はどちらかというともう一人のほうに興味があるんだがな」
「もう一人って……」
キャピキャピとアピールする魔法少女とは対照的に、見ているだけで心を落ち着かせる巫女の姿があった。
漆のようにツヤのある長い黒髪と、白と赤の巫女装束。その手には、あの白い紙みたいなのが付いた棒は無い。
代わりに、黒い鞘に収められた大太刀が一振りあった。
切れ長の目は眠たげに細く、筋の通った鼻は一切の歪みが無い。
というかこのアルカディアで、こういう和装系の人は見なかった。
私が外に出なさ過ぎるにしても、今まで一度も見てないほどに少ないのは確かなはずだ。
そしてなぜか、アヤメの言うとおり目を引く。
キャリーみたいな視線を鷲掴みにするようなタイプではない。
むしろじっと釘付けにされるような、静かな雰囲気の吸引力。
「一言も喋らないのね、巫女さん」
「……必要ありませんから」
「連れない態度。そんなんじゃ友達できないわよ」
「必要ありません」
「そ、そう……」
キャリーはなんとかコミュニケーションを取ろうとしているが、上手くいってはいないみたいだ。
「キャリーちゃん優しいなぁ」
「いや、あれはむしろ好感度稼ぎでは?」
「アヤメは冷めてるなぁ」
きゃるん♪ と可愛らしい効果音と光のエフェクトと共に、キャリーの手に魔法のステッキが現れる。
下部の握るところから、中部は三本が螺旋を渦巻いて、上部には可愛らしいハートの魔石。
見た目は可愛らしく、放つ魔力は見た目だけじゃないということを言葉なく示している。
「せっかく出会った縁だし、戦いが終わっても仲良くしてね?」
「花見月」
「えっ?」
「花見月という名に覚えはありませんか。あるいは幻想に関わる力を持つ理想人」
「さ、さあ。ちょっと分からないかな」
「そうですか、ありがとう」
それっきり、巫女さんは黙ってしまった。キャリーちゃんは意味が分からないと首を傾げている。
そうこうしているうちに、魔耶さんが進行を始める。
「はい、それでは第……えー、試合を始めます」
「キャリーちゃんより雑だ……」
「自称、<歌って踊れる桃色魔法少女>スウィーツ・P・キャラメリゼ」
「自称は余計でしょ!?」
プンスカしているキャリーちゃんも中々可愛い。怒る姿も可愛いなんて反則すぎるでしょ。
「かつて滅んだはずの南国より来訪した謎の美少女。<幻想心綺・百鬼調伏の刀巫女>神無月 境」
キャリーちゃんはステッキを構える。
それでも巫女さん……境さんは微動だにしない。
「では、試合開始です」
今までにない素っ気無さで、試合は始まった。
「いっくよー!」
ステッキを横に振り払うと、桃色の光の弾が四つ出現したかと思うと、境へと高速で放たれる。
それに応じて、ようやく境は動き出す……抜刀。
それは身が凍えるほど冷たい白刃で、抜かれたと思った時には四つの光弾は既に切り裂かれた後だった。
「なっ、まだまだ!」
繰り返し、キャリーは光の弾を炸裂させる。
だがそれらすべてが、境の一瞬の動きで切り落とされていく。
身体が一瞬ブレたかと思うと、光の弾丸をひとつ斬っては鞘に収め、また一つ斬ってはまた鞘に収める。
魔法少女の光弾が雨のように降り注ぐ中、大太刀を軽々と扱う刀巫女が刀を鞘に収める音は、やけによく響く。
「試合が膠着しているので、ここで魔法少女というものについて解説したいと思います」
「ちょっとまって! もう少しで……あーもう切るな!」
「まず、魔女にはスタイルとしての魔女と種族としての魔女がいますが、魔法少女も同様です。とはいえ両者にそこまで違いはありません。魔法を行使するのに、基本的に詠唱は必要なく、魔力とイメージだけで魔法を実行できます」
キャリーは光の弾をやめて、光の線、つまりレーザーに攻撃方法を変更する。
しかし魔法の光線は刀に斬られると共に幻のように消えてしまう。
「魔女と魔法少女の違いはまあ個人差はあれど、もっとも顕著なのは魔法少女は魔法しか使わないということでしょう。魔女は私や先の藤咲真樹のように魔術に魔法、魔女術、召喚術となんでも扱えるスタンダードかつオールマイティなのが基本形ですが、魔法少女は魔女より魔法の出力が高い代わりに魔法一辺倒です。その代わり応用もしやすいですが……藤咲真樹が見せたあの応用力の魔術はかなり特異な例です」
いくら攻撃しても一向に進展しないことに、いい加減キャリーはキレた。
「ええいもう! こうなったら! 」
ステッキの尖端にあるハートジュエルが眩い桃色の輝きを放つ。
そして光は新たな装飾となってキャリーの両手両足に装着された。
それは黄金のバンクルだった。途端、キャリーの魔力は倍々に跳ね上がった。
続けてハート型の宝石が四つ、空中に現れた。
赤、青、黄、緑のカラフルなハートは魔力と光を同時に湛えている。
「いっけぇ!」
ステッキを振るうと、四つのハートは一瞬で境を取り囲む。
境は何かを察知して背後に飛んだ。
次の瞬間、境の居た場所は無数の光が縦横無尽に奔った。
青いハートが拡散するシャワーのようなレーザーを放ち、赤いハートが極太の熱線を放つ。
黄色が瞬きのような乱射で追い、緑のハートは逃れようとする境を追尾するように軌道を自由に変える。
白刃が巧みに光を捉えれば、光は力を失って消え果る。
しかし物量が多すぎる。刀一本で捌き切れる量でないのは一目瞭然だ。
「打ち、払い、清め給う……」
境は大太刀を抜き身のままに構えた。
振り下ろし、振り払い、横薙ぎ、払い降ろし、斬り上げる。
すると、光の弾幕は見えない壁に阻まれ、境には一筋も届かなかった。
「なっ、どういうこと!?」
「あれは恐らく結界の一種でしょう。さっきの言葉は……なるほど、今大会ではそれも魔法に含めるのね」
「ちょっと解説! 自分だけ納得してないでちゃんと解説しなさいよ!」
「見れば分かるでしょう……あれは巫女。つまり、邪気穢れを払う霊力に天魔を切り伏せる和風の大太刀。とくれば、彼女はそういう魔法の使い手ってことになる」
「そういうって……じゃあ私に勝ち目は?」
魔耶は少し考えた後、この世界の常識を改めて語った。
「それは、理想次第ね」
この世界、相性の有利不利は確かにある。
それでも力の根源は理想と想いの強さなら、いかにそれを押し貫けるかという問題でしかない。
「やっぱりそうなるのね……いいわ! だったら飛び切りのやつで!」
瞬間、底知れぬ異様な魔力が顔を出した。
膨大な魔力を内包している、のではない。
今この瞬間、無尽蔵に魔力を湧き起こしている。
まるで理想そのものが魔力を生み出しているかのような、不可思議な在り様が魔力を可視する者には見えていた。
キャリー自身から漏れ出す魔力を、キャリーは操って凝縮させている。
錬金術の最新も、悪魔を喚起す天才の所業も、実った努力の賜物も途轍もない魔力量を誇っていた。
それらと比較してすら、これは別格だった。
無限に魔力が生産され続ける様を見せ付けられ続け、さすがに危機感を抱く者も出る。
ただし、あまりに時間をかけすぎた。
「勝負あり」
「……あっ?」
唐突に響いたのは魔耶の声。
気付けば、白刃の切っ先は魔法少女の目の前に置かれていた。
誰もがその異様さに目を奪われていた間、四色のハートが放つ光を頑丈な結界で押し切り、ハートを容赦なく両断していた。
後は大太刀片手に、軽い身のこなしで巫女は魔力生み続ける魔法少女の前に舞い降り、隙だらけの額にひとまず刃を向けてみたのだった。
「えっ、えー!?」
ようやく現状を把握したキャリー。しかし決着はついてしまった。
それなら後は用無しとでも言うかのように、境は踵を返して会場の出入り口へと向かう。
「ちょ、ちょ! ちょっと待って! なんでなんで!」
「……えっ、私ですか」
「そうですあなたです! なんで!? どうしてそんな真似を!?」
「そんな真似、と言いますと?」
「いやいや! あの展開ならそっちもなにかこう、大技をぶつける流れだったでしょ!? 自分の理想がどれだけ強いか、示したくなかったの!?」
この大会にそうしなければならないというルールは無いし、もちろんこの世界のルールとしてもそうしなければならないという義務はない。
自分の理想が強いことを示せば得になる部分は多いものの、それをしない自由も確かにある。
が、こんな競い合いの場に出るような理想人がそれをしないのも、少し不自然に感じるのも確かで、観客も同じ感想だった。
「別に、そういうのは興味が無いので……」
「って、そういえばあなたの理想も聞いてないし、私の理想もまだ言ってないじゃない!」
「私の理想……そうでしたね。さすがにマナー違反でした」
境は向き直り、細めていた目を開いた。
珍しい灰色の瞳に、キャリーの顔が映っている。
「私の理想は、昔の友人と再会すること。今はそれだけです」
「友人……生前の?」
「ええ」
素っ気無く答えて、境は舞台から足早に去ってしまった。
生前……この世界に来る人間は全員一度死んでるから間違いではないけれど。
今の自分たちが死人みたいな言い方でちょっと好きじゃない。
「生前の友人かぁ……」
私は生前親しかった相手と再会できた二人を知っている。
誰も見つけられない夢想の世界で、残酷な前世を越えた二人は夢のような幸福の時間を過ごしている。
二人はお互いを大切にしていた。そして来世の今も大切にしあっている。
来世でも会いたい大切な人。
そう思える人が居るって、きっと幸せなんだろうなぁ。
それはとっても素敵で、綺麗で羨ましい。
ふと、アヤメのことを思い出した。
彼女は私とずっと一緒だった。
現実ではないけれど、ずっと妄想の中で、私の隣に居てくれた。
ああ、そっか。今の私も凄く幸せなんだ。
最高の親友と過ごす時間、今こうしていられること。私たちもきっと素敵だ。
「また妙なことを考えているな」
「べ、別に妙じゃないよ!」
「ふむ……まあいい。それよりイリス、次はお前の番だ。気を確かに持てよ」
幸せな気分は、最高の親友の心ない一言によって呆気なく切り崩された。