メルヒェン26 電光と石火
フィールドはひどい状態だったのに、さっきと変わらない時間で完璧に仕上がった。
たぶん今のところ、一番魔法っぽい現象がコレだと思う。
「さあ、テンポよくドンドン行きましょう! 第三回戦!」
フィールドに立つ二つの姿。
片方は砂みたいな布で全身を包む謎の魔法使い。
見た目からはどんな魔法を使ってくるのかまったく想像がつかない。
「経歴不明で正体不明! ヒントは<魔性万障を切り裂く玉石金剛>、ロック・ウォード!」
対するは、見た目に関して言えば完全に逆。
長い金髪は良く手入れされているみたいで、綺麗な女性化と思いきや、その顔はかなりの美形。
加えて瀬も高くてラインもすらっとしている。つまりぐうの音も出ないほどのイケメンさんだ。
ただ魔法使いというよりはミュージシャンみたいで、手に持つのは箒でも杖でもなく、なんとギター。
「び、ビジュアル系バンド……」
「クールアンドクレイジー! なぜそのナリで魔法使いなのか!? <雷光疾走、電音石火のプラズマイザー>、レオ・ライネルン!」
レオは、ぐあしっと片腕を上げる。
黒いジャケットに指開きのブラックグローブが最高にオシャレ、なんだと思う。
「なるほど、シンプルイズベストというわけか。ミスターロック?」
唐突に話しかけたレオだけど、ロックは一切反応を示さなかった。
困惑しているんだろうか。私なら絶対困惑して動揺もする。
「ロック……うん、いい響きだ。決めたぜロック、俺と一緒にバンドを組もう。お前ならきっといいドラマーになれるぞ」
なんか勝手に言っているけど、ロックは何も答えない。
というかお互いにマイペースすぎる。
「その無口さも再興にクールだッ……俺が勝ったら、お前はドラマーとして俺とバンドを組む。俺が負けたら、お前にボーカルを譲ろう。オーライ?」
「勝手に決めるな」
しゃ、喋った!?
このまま完全に沈黙を貫くのかと思った。
「バンドの話はこの後もう少し詳しく」
結構乗り気だった!
無口でちょっと恐いキャラかと思ったら、思わぬ意外性を発揮し始めた。なにこれは……。
「だが、それとこれとは話が別だ。なんであれ全力で来い。全力で叩き潰す」
「さすがドラマー、そう来なくてはなッ!」
レオがギターをジャリーンと鳴らす。
なんか聞いたことがある音。確かエレキギターみたいな?
しかもすごくクセになりそうな、力ある音だ。
この二人の戦い、花園さんはどう見るんだろう。
「って、何してるんですか?」
「お花に音楽を聞かせるといいという話があるので、この子たちに聞かせてあげようかと」
バスケットから顔を出す色とりどりの花。
でも結構激しそうな曲になりそうだけど、大丈夫なのかな。
「それでは両者、アーユーレディ? レッツ、ロックンロォール!!」
実況までもがなぜか感化されてるし、もしかしてもう魔法が発動している……?
恐るべし、レオ・ライネルン。
電子の音色を響かせ、雷鳴を轟かせるレオを意にも介さず、ロックは外套から腕を伸ばす。
するとロックの周囲に拳大の石が次々と出現する。
続けて現れたのは銃砲に似た鉄製の筒が四本。
上部の口が開き、そこから石を装填。魔力を織り交ぜた空気を超圧縮させ、装填と同時に炸裂させた。
石造りの豪速砲弾。一斉掃射の計四発。
それは瞬時にレオの身体を穿つか削ぐかと思われた。
石の砲弾は二人の間合いの中間ほどで激しく爆発した。
「ガンスリング、いいな、クールだ。でもそれじゃあ俺には届かない」
「次弾装填」
間髪居れずにロックは再装填を行い、即座に発射。
結果は同じ。だがロックの目は二度目にして起きている現象を捉えた。
「雷撃……」
「そうだドラマー。いかに弾丸が速くても、雷は越えられない」
いかに魔力を用いたところで、空気を圧縮させただけの射出方法では音速も越えない。
火薬を用いてもマッハ3に届くかどうかというところ。
二回戦の錬金術ならばそれに届くものはある。妖精との相性が悪すぎただけで、この雷撃を打ち払う術はいくらでもある。雷を越える術も当然ある。
では、ロックはどうか。
「……なるほど」
石の魔法を使った時点で、よほどのイレギュラーでない限りは雷を越える術はないと明かされたも同然。
使うのは地と石の魔法。詠唱入らず、才能で魔法と魔力を操るウォーロックタイプ。
スタイルは魔法使い、魔術師、精霊使い、召喚士?
「だが、まだ勝ち目はある」
「さすがだ。クールな上にホットだぜ。それで、どうするロック?」
「こうする」
外套の内側に一度手をしまい、取り出したのはナイフだった。
それは曇り一つ無い鏡面仕上げに、紋様が刻印された太く肉厚の刃。
ナイフとしてはあまりに異質。儀式用としか思えない、とても実用的に見えないナイフではある。
しかしこれを魔法使いが持つとなれば話は別。
この世界には神秘も魔法も存在する。
「僕の石は……鋭い」
ロックは這うような前傾姿勢をとったかと思うと、ぐんと加速してレオへと突っ込んだ。
「なっ……ロックンロォオオル!」
ガトリングのような雷の連打は、まるでドラムのラッシュ、飛び跳ねるギターソロ。
重低音と超高音が響き、共に青い雷光と紫の電光が瞬く。
決して捉えられない破壊の光、必ず遅い来る射手の矢が、次の瞬間ロックの身体を貫く。
「切り拓く、僕達の絆は金剛の刃」
素早い動作で、ロックで眼前を切り開く。
瞬間、幾筋幾本の閃光が斬撃を避けるように飛び散った。
「もっと鋭く……」
中間だった地点を越えて、更に奥へと突き進む一歩。
「やるなぁ! だがッ……!」
鳴きの音が響く。
もっとも強く瞬く青い電光、もっとも速く迸る紫の電流
二つを束ねる黄色の雷電。
三つの光は絡み合い、巨大な極光の玉と化す。
ロックはそれでも躊躇いなく進む。
「最高にロックだぜ、ロックぅッ!」
「ッ!!」
鏡面のナイフを逆手の向きに両手で握り、巨大な極光の球に振り下ろす。
ナイフが持つ謎の力と、極光の電撃が干渉しあって火花が迸る。
「示せ、僕達の絆を!」
物静かな印象だったロックが声を上げる。
瞬間、電光は硝子の割れるのに似た音と共に砕け散った。
眼前の障害を、文字通り切り拓いた。ロックの目の前にあるのは、この魔法を使う者の姿。
その手にある得物の尖端を向ける男の姿。
尖端は二本、コンセントプラグのような形状の狭間に、電光は逐電している。
「ジ・エンド」
光と音の瞬きは、どれだけ小さくともそれが落雷だと理解するのに難は無い。
そして落雷など、人間が受ければただでは済まない。しかし……。
電撃はロックの外套を伝って地面へと流れた。
「何ッ!?」
思いもよらぬ電撃の挙動に動揺した隙を、ロックが容赦なく突き進む。
レオは咄嗟にギターを持ち替え、棍棒のように振り回してナイフと打ち合う。
「クッ、予想以上だなロック!」
電気を無力化する外套、魔法を消失させるナイフ。
そして身体強化の魔法でもかけているのかと思うほどの機動性。
レオはそれでも対応してみせる。
ロックのナイフ裁きは鋭く無駄が無い。
しかしレオは素人じみた動きながら、見事に凌いで見せている。
ロックが間合いを詰めたら、すぐにギターで弾くか横に回避して後方に下がって距離を取り直す。
間合いが離れたところで電撃を放つが、ロックの巧みなナイフ捌きがすべて弾き落す。
「チッ、さすがだ。でもまだだぜ!」
ギターをかき鳴らし、尖端から雷光が天上へと駆け上る。
それは弾けて雨のように、ロックの周囲に降り注ぐ。
上方からの攻撃にはさすがにナイフが降りづらいか、外套で防いだ。
「雷電が届かないなら、仕方ねえ。奥の手だ」
レオはふと立ち止まり、深呼吸をする。
ロックが落雷に足止めを喰らっている間、ついにギターをかき鳴らし、加えて歌を歌い始めた。
低音でハイテンポ、ハードでビジュアルな曲調。
歌詞は世を嘆き、社会に失望し、しかし希望を持って友と戦うような歌詞。
聞くものの心を震わせ、闘志に火を灯すような歌。
「どうだ俺の歌魔法は。最高にクールだろう? 攻撃力、防御力、俊敏さ、傷の治癒力まで高める」
「あ、ああ、それは構わないが……いいのかそれは。僕の能力まで向上しているみたいだが」
「ん? ああ、まあそれは……でもクールな歌だったろ?」
より素早くなったロックは一気に加速し、すれ違いざまにナイフの尻柄で腹部を打った。
「ぐっ、選曲をミスった、か……バタン」
「なんなんだこいつは」
前のめりに倒れるレオを見届け、ロックは決着の宣言を背に受けながら会場を後にした。
レオは医務室のベッドの上で目を覚ます。
「あぁ……もう二、三曲披露したかった」
「曲を公開したかっただけなのか?」
「おお、ロック」
レオが横を見ると、椅子に座るロックが水を差し出していた。
身体を起こして、水を受け取り一気に飲み干す。
「っぷはぁ! いやぁ、反省点が多いライブだったな」
「あの場でライブをするほうが無理があると思う」
「やっぱ俺の歌魔法は戦闘には向かねぇか……」
歌魔法。歌詞は呪文の役割を果たして、音調、曲調によって様々な変化を起こす他に類を見ない魔法形式。
それは聞く者に力を与え、あるいは力を奪うシンプルなものだ。
「そういえば、レオの理想を聞いてなかった」
「ん? ああ、そういえばそうだな。ライブのことで頭がいっぱいで、理想もなにも話してなかった。俺の理想は最高のメンバーを集めて、最高のバンドを結成して、最高の音楽をかき鳴らして、天才ウィザードミュージシャンとして歴史に名を刻むことさ」
そしてレオは、己の過去をロックに語り聞かせた。
レオ・ライネルン。
前世ではプロのミュージシャンを目指していた。
灰色の世界、寂れた社会で生きることを良しとせず、音を奏で、夢を謳い、もたらす者として在りたかった。
レオはロックをもっとも好むが、音楽自体が大好きだ。
渋い演歌や静かなバラード、甘酸っぱいラブソングに重厚なヘヴィメタル。
ラップやオペラ、民謡、ゲームのBGMをも含め、音楽というものを愛していた。
音楽とは一つの世界だ。
メロディの喜怒哀楽、紡がれる歌詞の言の葉が織り成す、とある一つの世界の片鱗をお披露目するのだ。
ロマンアンドキューティ、クールアンドビューティ!
ぜひとも俺にも創らせて欲しい。
最高にロックな歌詞を最高にクールな音色で彩り、最高の音楽を。
そのために、レオはひたすらに歌の技量を鍛え上げた。
メンバーを集めて路上でライブしたり、オーディションを受けたり、自費でCDを出したりした。
結果、レオは大成した。
莫大な利益を得て、みごと社会的成功者となった。
だが、レオが求めていたのは豪邸が立つような金でも、褒め称えられるような名声でも、ましてや社会的成功者となることでもなかった。
レオは好きだから歌ったのだ。それ以外に何も要らないとさえ思っていた。
結果、何が起こったか。
まず金が欲しかったベーシストは、作詞作曲を自分がしたことにした。
レオはそれを了承した。自分で作った自覚がある以上、誰が作ったことにされようと問題なかったからだ。
ドラマーは一生遊んで暮らすのに十分な金を得たので引退した。
レオはそれを承諾した。その頃には、もはや作詞作曲はコンピューターで出来る時代になっていたからだ。
キーボードは音楽性の違いで脱退した。
レオはそれを了解した。気持ちが篭もらないのでは、強要しても良い音楽にはならないと思ったからだ。
そしてレオは一人になった……というよりは、元々一人であったことに気付いた。
レオは音楽を奏でる仲間を軽んじていた。
曲を作ることに没頭していたレオではあるが、演奏することの楽しさも経験していた。
音楽という世界を創るのに夢中で、自分の生きる世界を蔑ろにしていた。
だから、今度は自分の世界を楽しみたい。
出来ることなら、創った世界の幸せより、自分が生きる世界で幸せになりたい。
そんなささやかなものが、レオの理想の本質であった。
「ゆえに、まずはメンバー集めからというわけだ。俺もこの世界に来てまだ日が浅い。まずは俺の存在とクールな音楽を知らしめるべきだと思ってこの大会に臨んだ」
「なるほど……」
「そういうお前も、随分と特徴的だな? 人のことを言えないが、魔法使いにしてはこう、アグレッシブというか」
今度はロックが語る番だった。
まずは何も言わず、あの鏡面仕上げのナイフを取り出す。
「お、魔法を切り裂くクールなナイフだ」
「……これは僕の友、土と石と鉄の民が創り上げた親なる証。あらゆる魔性万障を切り裂く鏡界の刃」
「へぇ、ドワーフのダチからの贈り物か。そういえば石の魔法をよく使ってたな」
「ああ。僕の前世には魔法があり、精霊があった。精霊と心通わせ、共に歩む魔法使いたちが居た」
鏡面のナイフはその具現。魔力ではなく、純粋に精霊の加護が込められた業物。
「しかし、人々は精霊を愛でることを忘れ、科学に没頭した。科学に没頭したものの心は、精霊から離れていった。僕たちは悲しみ、やがて住処を奪われた」
人間は精霊と共に暮らすことをやめて、科学を駆使して生きることを選んだ。
精霊に関心をなくした人間たちは、やがて科学をもって精霊の住処を奪い始めた。
繁栄のために、文明のために、人が人の力を刻み、地に満ちて己満たすために。
「そして戦い、逃れ、失い、果てた。僕達が想ったのは、人間と精霊の永劫京」
「人間と精霊がずっと別たれない場所……なるほど、ワイルド、ウェット、エキサイト!」
レオはベッドの上に立ち上がり、ロックを見下ろす。
その表情に不敵な笑みが浮かぶ。
「音楽だ。音楽で結束して限界突破さ!」
「……よろしく頼む」
「じゃあまずはお前がその理想を掲げないとだ。二回戦、ホットに行こうぜ!」
理想と理想が競い合うこの場所で、新たな理想が繋がっていく。
出会いが理想の形を変えて、しかし想いは強まるばかり。
理想の世界、理想郷は今日もつつがなく回っている。