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メルヒェン25 潰えた幻想、マグヌム・オプス

「さあ! フィールドのメンテも終わって第二回戦! 選手の入場です!」


 司会進行まで務める魔法少女アイドルの声にあわせて、二人の選手が入場した。

 一人は……小さな妖精だった。

 手の平くらい? 肩にちょこんと乗せられるくらいの、羽の付いた妖精。

 あれは確かピクシーって妖精だったはず。イタズラ好きだけど、親切な時もある気まぐれな妖精さん代表。

 コガネムシみたいな色の髪と透き通る羽は、空中を踊るたびにキラキラと輝く。


「小さな身体に大きな魔力! 人間嫌いの大妖精、<喪失した幻想、最後の寄る辺>、ファイナルフェアリー・ロストファンタズム!!」


 どこからどこまでが名前なのか分からない。

 でも、伝わってくるものはある。

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるあの妖精は、とても狂暴な気がする。

 ルナちゃんに会ったばかりの時と同じ雰囲気がある。


「妖精……ですか」

「そういえば、花園さんも妖精使って……妖精の友人がいましたよね?」

「ありがとう。ええ、花を愛する心があれば、妖精を心を通わせることは難しくないんです。ただ、噂で聞いたことはあります。人間を恨む幻想がいると」


 気になる。いったいどんな理想を抱いて、どんな戦い方をするのかが気になる。

 理想の力、理想の形を見たい、知りたい。戦いなんて好きじゃないはずなのに、それが気になって待ち遠しい。


「現代科学と錬金術の次世代の形をご覧あれ、<サイボーグアルケミスト>、ゴールドマン・マグヌムオプス!」


 白衣を纏った長身の男性だ。

 舞台に上がるまでの動作のたびに、モーターみたいな駆動音が響く。

 おそらくサイボーグなんだろうけど、錬金術っていうのを私はよく知らない。


 丸眼鏡にマスクをしているから顔はよく分からない。黒髪はオールバックにしている。

 なんというか、不気味だ。


「ニンゲン! ニンゲンガイッパイ! クサイ、キタナイ! ミニクイネ!」

「なら森へお帰りなさい、妖精さん。君の居場所はここには無い」

「シカモウザイ! ウザイ、ウルサイ、ヤカマシイ! ツマラナイカラ、イタズラスルネ!」


 なんというか、強烈な妖精さんだなぁ。


「それでは両者、準備はいい? ではでは……バトルスタート!」

「キャハハ!」

「実験に遊びは無用、すぐに終わらせよう」


 妖精はまっすぐにゴールドマンの方へ飛んでいく。

 対してゴールドマンは懐から何かを取り出した。


「我が理想は錬金術の再興。科学へと成り果てた神秘を取り戻す……おお、我が魔石よ!」


 ゴールドマンの手にある黒い石が眩く光を放った。

 それを妖精めがけて投げつける。


「皆さん目を閉じて!」

「イリス、目を隠せ!」


 解説の声とアヤメの声が届くのとほぼ同時に、急に視界が真っ暗になった。

 誰かが私の頭を抱き締めているみたいだった。な、何が起こっているのか全然分からない。

 と思っていたら、鼓膜を破りそうなほど凄まじい音が響く。


「わ、わぁあああ!? 何!? なんですか! 何が起こっているんですか!?」

「落ち着いてイリスちゃん!」

「ああ……あれ?」


 不意に視界が元も戻った。

 でも景色は数秒前とまるで違う。控え目に言って地獄みたいな光景が広がっていた。


「な、なにこれ……」


 会場の真ん中に出来た大きなクレーター。焼けるような熱気が会場を包んでいる。

 舞台には妖精の姿はなく、ゴールドマンが会場の端に立っているだけだった。


「消し飛んだか……いかに神秘なる存在といえど、これほどのプラズマ現象を受けては微塵も残るまい」

「こ、こんな恐ろしいことに……」


 折れた。

 何がって、私の心がぽっきりと折れてしまった。


 いやダメでしょこれは、死んじゃうでしょ。

 なんかすごい大きいクレーターできてるし、空気熱いし、妖精さん焼け死んじゃったみたいだし……。

 逃げよう。すぐにここからお暇しよう。棄権しないと、命がいくつあっても足りない。


「いや、お前の魔法なら防げそうなものだが……アリスのジャバウォックやルナの力もこれに引けは取らないはずだ」

「むり……死ぬ……」


 絶望を思い知らされている私を他所に、会場は堰を切ったように大盛り上がりだ。

 派手な演出に馬鹿みたいな威力を目の前にして、お客さんは大興奮。

 とはいえゴールドマンは興味がないらしく、不機嫌な様子で実況席を見る。


「何をしている審判。決着はついたが?」

「いいえ、まだ勝負は付いていません。勝利条件は相手が戦闘不能になった場合です」

「戦闘不能もなにも、肉片一つ残さず消し飛んだのに、戦闘が続行できると?」

「キャハハ! スゴイスゴイ! カミナリミタイ、タイヨウミタイ!」


 その声は、あの強烈な錬金術? の音を聞いた後だというのに、よく耳に届いた。

 どこからともなく、キラキラと輝く色々な光の粒が一箇所に集まっていく。

 光は一つの塊になったかと思うと、卵のように罅割れて、中から何かが突き破って出てきた。


「ピカピカ、ギラギラ、アツアツ!」

「化け物め……物理的に殺したのでは死なんか」

「ヤッパリニンゲン、ニンゲンフゼイ!」


 ふと、甲高い声が止んだ。


「本物の魔法を見せてあげる」


 それは清浄な声だったけど、冷徹な殺意に満ちた声だった。

 据わる瞳にあるのは憎悪と侮蔑の篭もった灯火。

 純粋な殺意に似ながら、しかし嗜虐願望を宿す黒色の炎だ。


「人類の魔法など、所詮は贋作の二次創作。錬金術、黄金を得るための、欲に塗れた魔術を蔓延らせて、迷惑なことよ」

「ぐうの音も出ないが、それで救える物も確かにある。黄金練成、偉大なる威光は金色に違いない」


 再びゴールドマンが魔石を取り出す。黄金の光を放つ石を前に、妖精は動揺一つ見せない。

 これから、とんでもない戦闘が始まる気がする。

 観客席は一応、防護魔法が張られているらしいけど、観客の安全は保障されていないので、自力で身を守らなければならない。強烈な光を前に、自分の手で目を覆うように。







 そして妖精は、その姿をどろりと溶かした。

 それは無数の蝶となって散らばっていく。


「小癪ッ!」


 ゴールドマンは空中に黄金を放ると砕け散る。

 いくつもの破片が火花を散らして電光を放つ。


 流星群のような電光が向かってくる蝶の群れに穴を穿つ。

 しかし数の暴力を前に、砕けた黄金は呆気なく弾切れを起こす。


「なんという変幻自在、まさに幻想の化物……仕方ない。このままでは錬金術の再興はならない」


 ゴールドマンは一際大きい黄金の玉を取り出す。


「悪魔の石、マグヌムオプス:マクスウェルオーブ」

「魔法モドキでは幻想は殺せない。殺させない……この裏切り者の人間畜生共め」


 蝶はバチバチと帯電しながら集い、様々な姿を形作る。


 ひとつは、とある獣だった。

 その顔は牙を剥く狂猿きょうえん

 その胴は剛毛なる大狸おおだぬき

 手と足は尖り鋭き猛虎もうこ

 尻の尾は劇毒滴る毒蛇どくじゃ

 それは奇怪にして奇妙、奇々怪々の不気味にして下手物の幻想。


 ひとつは、漆黒の夜だった。

 空を覆う闇黒はよく見れば蝙蝠の群れ。

 一部は溶解し腐臭を放つ液体となって地面に落ちたかと思えば、反吐呂から湧き出る腐った肉の者たち。

 そしてその中に一際目立つ、死体のごとく白い肢体。

 長い黒髪はドレスのように纏い、歪む口元からは鋭い牙が覗き、鮮血を溜めた月の様な眼が瞬きする。


 ひとつは、首の無い黒き死体。

 胸に開いた傷からは心臓が脈を打っている。

 自身の身体よりも遥かに大きい斧を片手で引きずり、裸足のまま舞台をヒタリ、ヒタリと迫る。

 細腕は大斧を軽々と振り回し、その身のこなしはただの死体ではありえない武技を備えていることが見て取れる。

 漆黒の体躯は今にも跳ね出さんと頭部を低く前傾の姿勢を保って構える。


 それはあまりに異様な光景ながら、未だに新たな何者かが現れようとしている。

 無尽蔵に湧き出る何か。あらゆるものに変化する、あらゆるものたち。


 そんな光景を前にして、ゴールドマンの心に湧いたのは恐怖ではなく、疑問だった。


「これは、なるほど、伽話にのみ存在する幻想の存在たちか。だが、これは……」


 ただの妖精が、これほど膨大な魔力を持つはずがない。

 いかに理想の力といえど、こんな異質で異様な力があるならば、見た目から察することが出来るはずだ。

「見た目……まさか、そういうことか?」


 たった一匹の妖精。その姿こそが偽りだった。

 あれは妖精の姿をとっていただけで、妖精ではなかったのだ。

 では、自分が対峙しているのは……そこまで考えて、ゴールドマンは考え直す。


 すべては試合じっけんが終わってから考えればよいこと。

 ともかく、相手がただならぬ相手だと分かった以上、こちらも出し惜しんでいる場合ではないと。


 黄金のオーブはこれまでの石とは比較にならない光を放つ。


「手繰るのはエフイー、そしてエージー


 錬金術師の周囲に、銀のナイフと鉄の刀剣が宙に並ぶ。

 虎の牙に劣らぬ鋭さの切っ先が敵方に向けられる。


「破邪なる銀と安価な鉄……錬金術の応用、魔力を物質へと変換し、物質を魔力で操作する。科学があらゆる神秘と魔法を否定して、いったいどれほどの時が流れたものか。愚行といえばそれがもっともだ」


 神秘の否定、魔法の拒否。物理と化学、そして力学は幾層もの理論という地層で磐石を成している。

 誰もが信奉する科学は、かつて錬金術だった。

 しかし今や、誰もが錬金術を科学の劣化版と見下している。

 水銀を飲んで長寿を求めた者を愚かと蔑み、黄金の練成を試みた者を阿呆と哂う。


 人の傲慢が許せなかった。

 礎を軽んじる者たちに、復古をもって偉大さを示したかった。

 だからこそ科学と錬金術を魔力で融合し、新たなる力をもって錬金術の力を示したかった。

 新旧を入り混じらせた力を示すことこそ、理想的偉業……マグヌム・オプスであると。


 眼前に迫った巨大な斧を、異様に滑らかな挙動で何本もの鉄の剣が受け止める。

 一瞬の静止を逃さず、銀のナイフはその刃を勢いよく射出する。

 純銀のスペツナズナイフ、その刃は弾丸のように放たれて首なし戦士を襲う。


 しかし首なしの戦士は身軽な動きで飛び跳ねて刃を回避し、大きな斧を盾の代わりにして防ぐ。

 後ろへ退く首のない戦士の代わりに、あべこべの獣が襲い掛かる。

 先ほどと同じように飛び掛った所を鉄の剣で受け止め、銀の刃を射出する。


 だが、獣はくるりと空中に飛び上がって、地面に着地した瞬間に走り出した。

 動きを追って射出するが、獣の姿を捉えきれない。

 それはまるで雷光のような素早さ。


 ふとした瞬間に、尻尾の蛇から飛沫が噴出して降りかかる。


「グゥ!!」


 咄嗟に鉄の剣を網目のように重ねて飛沫を防ぐが、鉄の剣は見る見るうちに腐食していく。


「溶解液かッ……!」


 滴る液体から避けるために飛び退ると、そこに獣は待ち構えていた。

 思わず振り払おうとした腕に獣は容赦なく噛み付いた。

 だがゴールドマンは落ち着いた様子。


「いいだろう。左腕はくれてやる」


 ガチャリという音と共に、ゴールドマンの肘から下が外れた。

 そして剣が盾となった瞬間に、ゴールドマンの左腕は獣に加えられたままに爆発した。


 腹から先を失った獣は蛇すらも力を失って地面に倒れ、液状に崩れる。


「さて、次はどの玩具だ」


 周囲を見渡すと、いつの間にか死人の群れが輪を作っていた。


「歩く死人とは……粗末なものだ」


 ピービーで作られた弾丸を火薬で弾く。

 鉛玉は正確に死人の頭を次々に消し飛ばし、次々に倒れていく。


「ネタも切れたか。ならばしばらく、ここで決着としよう」

「ええ、そうね。私の悪戯はもう終わっているもの」

「なんだと……」

「人は夢を見るわ。自分の好きな夢を見る。それはとても素晴らしい事。その夢こそが幻想で、私たちの住処だった……あなたたちが神秘を暴き、魔法を踏み躙りさえしなければ」


 何に思いを馳せるのか、冷徹な瞳に哀愁が混じる。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに冷えた視線が向けられる。

 それは飽きた玩具を見る子供のよう。


「幻惑のフェアリーテイル」


 妖精の言葉を機に、空は落ち、地は歪み、色は混じる。

 ゴールドマンは全てを悟った。

 力なく、だらんと落ちる手から金色のオーブが零れた。







 ケラケラと笑う妖精は、はたと興味を失ったみたいだ。

 するとゴールドマンの手から金色のオーブが落ちて、床を強く打った。

 遅れて跪くゴールドマンは、この瞬間に勝敗が決したことの証だった。


 決着の宣言は行われて、妖精はさっさと舞台から去ってしまった。

 呆然としているゴールドマンは、数人の係員に運ばれていく。


「幻惑の、フェアリーテイル……」

「妖精の悪戯です。人を惑わせ、嘘と本当を分からなくする」

「それって……」


 まるで胡蝶の夢みたいだ。

 アリスちゃんや眠り子さんの胡蝶の夢は、夢と現実を本当にごっちゃにする力だった。

 これも嘘と現実に関わる力。胡蝶の夢と違うのは、何の現実か、ということ。


 妖精さんのは見せる夢を現実と思わせる力で、夢を現実にもってくる力じゃない。

 つまり幻覚で錯覚、何もかもが、最初から覚めてしまうことが決まっている泡沫の夢。


妖精フェアリーらしい悪戯の魔法ですね。でも強力です。<悪戯>だから許されているようなものの、あれは人の心を狂わせて、もしかしたら壊しかねない」

「……でも、あの力は」


 あの力の源も、きっと理想に違いない。

 ならその理想はきっととても悲しいもののような気がする。

 そして私は、妖精さんの理想に強く惹かれている。


 なんていうか、他人事のような気がしない。

 あの妖精さんの理想は、きっと私の想いに関わることだ。


 でも次に妖精さんと戦うのは花園さん。

 どんな戦いになるのか、私の想像力じゃ何も見えてこない。

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