メルヒェン23 バトルフェスティバル・イン・サバト
しばらくバトル展開
気持ちの良い朝日が窓から差し込み、私はベッドから身を起こして伸びをする。
「うーんっ、いい寝起き!」
トースターにパンをセットして、手早く歯磨きを済ませたら、レナから貰ったハーブティーを淹れる。
香ばしいパンの匂いと、さわやかなハーブの香り。
窓を開けると心地よい風が吹き込んで、新鮮な空気が運ばれてくる。
「なんか、ささやかな幸福を一身に味わっている気がする」
穏やかな日々、平和な日常。
やっぱりワクワクドキドキの騒乱は楽しいけれど、こういうのんびりした時間も理想的だよね。
「確かにそれも理想的だ。戦士にも休息は必要だしな」
「アヤメもそう思う?」
「だがな、いつまでもこのままと言うわけにも行かない。自分の理想を叶えるためには、また戦いに赴かなければならない」
「そうは言ってもなぁ……やることがないんだよ」
ルナちゃんという脅威を無力化したことによって、私はもうしばらくは食べるのに困らないお金を稼いでしまった。
その結果、次に何をすればいいのか分からなくなってしまった。
私が興味を持てるのは魔法とかエルフや妖精とかだけど、魔窟の森はルナちゃんがいるから行けない。
じゃあ、私はどうすればいいんだろう。
特にやることも思いつかないし、とりあえずはだらだらしてよう。
「まったく……少しは散歩するなり、散策するなり、やり方は色々とあるだろう」
「そうは言っても……私の体力じゃあ一日中歩き回るなんて無理だし、あんまり食べ歩いてると太っちゃうかもしれないし……」
アヤメは呆れたような溜息を零して、部屋から出て行ってしまった。
静かな時間が流れていく。
小鳥が囀り、ハーブティの香りが気を晴らし、暖かな日差しが体をほぐす。
「なんか、のんびりしすぎて眠くなってきた……」
昨日もこんな感じで昼過ぎまで寝ちゃったんだっけ。
でもこういうのも悪くないというか、うん、良いよね。こういうの……。
「うとうとしてるところ悪いが、お前宛に何か届いているぞ」
「……ふぇ?」
せっかく気持ちよく入眠出来そうだったのに。
仕方ない、私はアヤメから大きな封筒を貰って、びりびりと封を開ける。
中にはカラフルな印刷のされた紙が一枚、へんな申込用紙みたいなのが一枚、薄い冊子が一つ。
「ん、んー?」
とりあえず冊子は読むのが面倒だから、カラフルな方を見てみよう。
「バトルフェスティバル・イン・サバト、開催のお知らせ?」
「バトルフェスティバルというと、北区のコロシアムで定期的に開かれる大会じゃなかったか」
「なんでそんなののチラシが私のところに……」
物騒すぎて、私にはぜんぜん縁のないことのはずなのに。
もう私の興味の対象からは外れてしまったけど、アヤメは熱いバトルの匂いを感じ取って真剣に冊子を熟読している。
そんなに読んでも、私がそれに参加する理由はないよ。観戦なら別にいいけど……。
と思っていると、アヤメは静かに冊子を閉じて机の端に置いた。
「……なるほどな。これは間違いなくお前宛だ」
「え、なんで私が?」
「今回のバトフェスはイン・サバト……つまり、出場できるのは広義とはいえ魔法使いのみだ。つまり私は参加できない」
「……へっ?」
ちょ、ちょっと何言ってるか分からないですね?
アヤメが参加できないんじゃ、私どうやって戦えばいいの?
「あの、アヤメちゃん? 私たち、前世からずっと一緒だよね」
「そうだな。長い付き合いだ。この付き合いに末などないだろうな」
「う、嬉しいな……でも、そんなに長い付き合いなら、ほら、分かるよね? 私の魔法は……」
「回復と防御、及び各種バフに特化した魔法使いで、魔力量は底無し。ただし攻撃手段が皆無」
そう、その通りですアヤメちゃん。
私には攻撃手段が無い。ファイアボールとか、ブリザドとかメラとか使えない。
あとオマケにデバフ魔法はあまり使えない。人を強くする魔法は使えるけど、弱くする魔法はあまり特異じゃない。
あと状態異常の治癒や蘇生は出来ても、相手のバフを解除することは出来ない。
「そんな私を一人で戦わせようだなんて、そんな無茶苦茶な話が……」
「攻撃手段がないだけで、戦闘が出来ないわけではない。その辺りは私がセコンドとしてレクチャーするさ」
「セコンドだかセメントだか知らないけど、私には無理! 出来っこないよ!」
するとアヤメは本日二度目の溜息を零す。
「お前はどうしてそう尻込みするのか。失敗するのがそんなに怖いか?」
「そりゃ怖いよ! 火で炙られたり、水に沈められたり、風で吹き飛ばされたり、地に叩き付けられたりするんだよ? 怖いでしょ普通」
「でもお前はジャバウォックの吐く炎に耐える防御魔法と、不死を殺しきるほどの強化魔法が出来るだろう。魔力も尽きないし」
そ、そうだけど。やっぱり怖いものは怖いし……。
どうしても戦わなきゃいけない理由があるなら我慢出来るけど、そうじゃないし。
アヤメみたいな血の気の多い子はいいけど、私はそうじゃないもん。
私のそんな心情を察したみたいで、アヤメは深い溜息を零す。
「はぁ……イリス、お前はもう自分が強いのだという自覚がないんだな」
「うぅ、強くても怖いし、戦いたくない……」
「イリス、お前の理想は、お前一人で達成出来るものではないこと、分かっているだろう?」
「それは……」
「ルナの時のことを思い出せ。理想をぶつけ合って、初めて互いの理解が深まった。戦いは新たな絆を生むんだ」
それは、確かにそうだ。
最初、ルナちゃんは不思議で、出会った時には不気味に感じて、理想を交わしてあの子に愛着が湧いた。
「理想に出会い、理想を交わして、理想を分かち合うことで、お前はまた一つ理想を実現させる。このバトフェスで戦うことも、まったく無意味な戦い……にはならない」
「でも、さすがに私だけっていうのは……攻撃手段一つもないし」
「皆無とは言ったが、どうしようもないというわけでもないだろう。それに、戦っている最中に成長して攻撃魔法の一つや二つ、思いつくかもしれないぞ?」
「どうしてアヤメはそう楽天家というか、自信家というか……すごいよね」
「当たり前だ。お前の殺意を司る友として、邪魔な不安など殺しなれているからな」
私の友達ながら、すごいメンタル強度だ。私も見習いたい。
「というわけで、さっさと参加申し込みに行くぞ」
「うぅ、気が進まない……」
私とアヤメは椿さんと一緒に朝食をとった後、一番楽なコロシアムへの行き方を聞いてから馬車に乗って北区のコロシアムへと向かった。
コロシアムは前に来たときよりも人が多かった。
広場はたくさんの人が行き交い、誰もが楽しそうに笑って幸せそうだ。
ところで、コロシアムの横には管理棟がある。
パンフによると、このバトフェスに参加するにはそこで手続きをしないといけないみたいだ。
人の海を掻き分けて、私はなんとかそれっぽいところに辿り着く。
「えっと……ここ、だよね?」
「恐らく」
古めかしいコロシアムとはあまりに不釣合いな、近代的なビル。
入り口は回転する奴で、両隣には屈強そうな警備員が立っている。
「なんでビル?」
「さあ……? それより、さっさと手続きを済ませよう」
「う、うん」
返事はしたものの、なんか入り口は警備員居るし、すごい入りにくい。
「ねえ、やっぱり一緒に……」
「子供じゃないんだから一人で行け。私は別に必要ないだろ」
「いや、一人よりは心づおいと言うか」
「妄想としてこうして一緒に居るだろう。危険があればすぐに実体化する」
そう、今のアヤメは私の妄想の中に引き篭もっている。
私が人見知りで人ごみが苦手なのを知っていながら、なんて酷い仕打ちを……。
この状態で誰かに声をかけられでもしたら、もし不審者扱いされて職質とかされたらもう心臓止まるよ。
「あのー、ちょっとよろしいでしょうか」
「は……はひ!?」
ほら止まった! いま私の心臓止まったよ!
背後から声をかけられて……これはもう職質に違いない。私は不審者としてお縄を頂戴するんだ……。
「コロシアムの管理棟? というのは、ここであっていますでしょうか?」
「わ、わわ、わた、私も、ここ、よく知らないですので!?」
「あらー、そうだったんですか。私と同じですね」
なんか、聞いているとすごく落ち着く声だ。あと優しい花の香りがする。
「は、はい……えと、その!」
思い切って振り返ると、そこには可憐な女の子が居た。
柔らかな桃色の髪、優しそうな瞳と、花のような笑み。
肩が見える白いワンピースは、慎ましやかだけど可憐な遊び心を感じさせる。
歳は私と同じくらいだと思うけど、比べ物にならないヒロイン感。
「あ、の……」
「もしかして、貴方もバト……なんとかに参加するんですか?」
「えっ、あっはい。バトフェス、はい」
「やっぱり! 私もなんです。ほら」
そう言って、桃色の乙女は手持ちのパンフレットを見せてくる。
仲間を見つけて嬉しそうだけど、実は私もほっとしている。
やっぱり一人よりは二人の方がいいから。
「あ、あの、よかったら一緒に……」
「はい、ぜひご一緒させてください!」
よ、よかった。なんとか仲間を作ることが出来た。
アヤメは少し不満かもしれないけど、やっぱり一人で見知らない場所をずかずか歩く勇気はまだ出せない。
「いや……前までのお前なら仲間も作れなかっただろうさ。これも立派な進歩だ。認めるしかないな」
嫌々認めるみたいな言い方だ……。なんて、まあいつものこと。
それにしても、この人の放つ香りを嗅いでから、心が全然ざわつかなくなった。
「なんだかいい匂いがしますね」
「ラベンダーですよ。リラックス効果があるんです。お花に興味があったらぜひ私の店に寄ってください」
「お店……?」
「って、ごめんなさい! そういえば自己紹介もしてませんでしたね」
桃色の髪の乙女は、ランチバスケットのような入れ物から一本の花を取り出して、両手でこちらに差し出した。
花畑の真ん中で、色とりどりの花を愛でる少女のような可憐な笑みで。
「初めまして、私は花園彩花。東区でお花屋さんをしています。これはお近づきのしるしに」
青紫色の花だった。
私は宝石は好きで知ってるけど、お花はあんまりよく知らない。
なんか虫とか来るから……。
「あ、ありがとうございます。えと、これは……」
「それがラベンダーです」
「あ、ああ……えと、私はイリスって言います。理想は素敵なメルヒェン世界を創ることです!」
少しずつ、本当に少しずつだけどなんとか人間関係を構築できてる……出来てるよね?
大丈夫。私はエルフやアマゾネス、天狗とも友達になれた。まだコミュ力は足りないけど、何とかできるはず。
「それもいいが、主目的を忘れるなよイリス。手続きを済ませよう」
「あっ、そうだった」
ビルの中身は市役所みたいで、とりあえず受付の人に事情を説明して、担当の窓口に案内してもらう。
ビシッとスーツで身を固める女性が奥から現れて、資料を手渡される。
「今回はバトルフェスティバル・イン・サバトの記念すべき第一回目にご参加頂き、ありがとう御座います。参加手続きは受け付けましたので、ここでは基本的なルールや重要事項の説明をさせていただきます」
資料を見ながら説明を聞いた感じ、ルールそのものはシンプルだった。
ルールその1:参加者は魔法を扱えること。
ルールその2:参加は一名のみ。ただし使い魔の使役は可で、数に制限もない。
ルールその3:どちらかが降参、継続して戦闘不能になった時点で決着とする。
戦闘不能の定義は、単純な気絶や失神、状態異常の石化や麻痺によって攻撃や防御が出来ない状態で一定時間での経過。または攻撃が通用しない場合。
つまり、私みたいな攻撃魔法が使えない魔法使いでも、防御と回復魔法をひたすら繰り返して倒されなければこちらの勝ちということになる。
この大会に私を参加させようと考えた人は、きっと私のような魔法使いのこともちゃんと考慮してくれていたんだ。
ちなみにルールが少ないのは今大会が第一回目だからで、二回目から必要に応じて追加していくらしい。
次に重要事項。
その1:参加は各自の責任による。ダメージの治療は全力で行うが、参加者が何らかの損害を被ったとしても、当方は責任を負わない。また、物品等の賠償はなされない。
その2:不正が確認された場合、その参加者は失格となる。
その3:今回のルール、重要事項は、いかなる場合であれ今大会においては変更されない。
細かい内容は、帰って各自で読むようにと言われ、その日は帰ることになった。ちなみに大会は3日後だった。
帰り道、同じ東区に住んでいるからか、同じ馬車に乗り合わせた。
「あっ、イリスさんも東区ですか?」
「えっと、はい。東部住宅街、100番地の1号棟です」
「私は108番地なんです。そこそこ近いですね」
ラベンダーのいい香り。レナさんのところでハーブティー飲んだ時と同じ、身体の奥にじんわりと沁みこんで行くような……。
それにしても、やっぱり会話がない。今も必死に話題を探しているけど、なにをどうすればいいのか。
「私の理想は、お花屋さんだったんです」
「えっ、だった?」
「ええ。もう叶ったので、今は私の花で多くの人を幸せに出来たらなぁ、と思って」
「なるほど……ん?」
そういえば、この人もバトフェスに参加するんだ。となると、この人も魔法が使える?
「えっと、花園さんも魔法が使えるんですか?」
「花に関する魔法だけですけど……花って綺麗ですけど、それだけじゃないんですよ」
ランチバスケットの中から取り出したのは色とりどりの花。
青赤黄色、紫に緑……虹のような色彩は、宝石の煌びやかさとは違う、鮮やかさを放っている。
こんなにまじまじと花を見る機会なんてなかったけど、意外と綺麗。
「それぞれが違った個性を放つ、見ているだけで癒される花の色。でも薔薇や仙人掌には棘があったり、麻痺や昏睡、人を死に至らしめるような毒があったり……花を媒介にして、そういう効果を相手に付与するのが私の花魔法です」
「こ、怖いですね……」
「ふふ、お花は実は怖いんですよ? でも、綺麗なお花で人を死なせてしまうなんて悲しいことはしたくありませんから。基本的には致死性は取り除いて使っています」
「そ、そうなんですか」
花に関する魔法だというから可愛らしいものを想像していたけど、バトフェスに参加するだけあってなかなかえげつない……。
「実は、この香りも実は魔法なんですよ」
「えっ、これも?」
「花の効果を強めるために、魔力を使っているだけなんです。リラックスできる香りで、喧嘩を止めたりできる。花魔法は素敵な魔法でもあるんです。薬にもなりますし」
「すごいなぁ、色々出来るんですね」
「イリスさんはどんな魔法をお使いになるんですか?」
うっ、答えづらい。
でもせっかく話してくれたんだし、私だけ話さないのも悪いし……。
「私は、その、強化系と回復系の魔法……」
「強化と回復……だけですか?」
「うっ……あと、宝石の魔法なんですけど、攻撃には、ちょっと使えなくて……」
うぅ、無言が辛い。
攻撃はアヤメ任せだしなぁ……いやでも、魔窟の森では結構活躍できたし、自信もっていいよね……?
「素敵ですね! 癒しと護りの魔法、人を傷つけない優しい魔法使い……でもそれでバトフェス二参加して大丈夫でしょうか」
「友人に勧められて、アドバイスしてくれるって言うんで……」
「そうでしたか。考えてみたら、今回は有名になり始めた実力者だけを招待してますから、杞憂でしたね」
えっ、そうなの?
有名になり始めたっていうのは分かる。魔窟の森では色々して、活躍もした気がする。
でも実力者と言われると、それは違うと言いたい。
ルナちゃんを倒したのは私とアヤメの二人がかりだし、私は回復と強化しかしてない。
「いや、このパンフをどういう理由で送ってきたか知らないが、お前でも勝ちようがあると判断したのだろう。ルールも中々融通が利きそうだ。勝ち目は見えてきた」
そうかなぁ。まったく勝ち目が見えてこない。目の前にいる花屋さんの魔法使いにも勝てる気がしないのに。
アヤメの中にいったいどんなプランがあるのか分からないけれど、どうかなんとかなりますように……。
心の中で考えていると、私のアパート前の馬車停に到着した。
「よっと……それじゃあ花園さん、お元気で」
「ええ。お互い、頑張りましょうね。あっ、お花のことならぜひ私のお店に来てくださいね。色々お教えします」
「えっと、はい。機会があれば」
手を振る花園さんにお返しをして、馬車の扉を閉める。
ゆっくりと動き出す馬車を見送ったら、握っているラベンダーをふと見て気付いた。
「これって、どうすればいいんだろう」
人と別れた後に、聞くべきことを思いついてしまう間の悪さ。
自分の間抜けさは有名になっても治らないみたいだ。