メルヒェン22 カミング・ネクストナイト
部屋を出ると、シャーリアさんや無尽鎧さん、それに紘輝さんが迎えてくれた。
場所はフェアリーテイルって酒場。店長も店員も全員が小さな妖精さんという私に得しかない店。
「ルンルン、おかわりいかがですかー♪」
「あっ、ありがとう」
「ランラン、はいどぞー♪」
ひらひらと宙を舞いながら、小さな体で瓶を何人かで持って、危なっかしく器に飲み物を注いでくれる。
その愛らしい姿からネコカフェに似たポジションを築き、現在流行になりつつあるという……話があったりなかったり。
シャーリアさんは不満そうだったけど、お別れ会だからということで二人に合わせたらしい。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
「いやー、イリスちゃんは十分お世話したほうだと思うけどなー。救った人数で言えば英雄クラスだよねー」
「正直、俺も嫉妬せざるを得ない。まさか新人が、しかも回復魔法しか出来ない奴がここまで活躍することになるとは……俺も精進しないとな」
「我が斧、未だ振るえず。伝説、刻み付けることあたわず。我が伝説を築くための災厄を欲す」
「へ、平和が一番だと思います……」
お別れ会という名目で集まったお酒好きの人々が騒ぐ中、私はふと気になったことをシャーリアに聞いてみることにした。
「そういえば、シャーリアさんってどんな魔法使ってるんですか?」
「私の魔法? うーん、基本的に何でも出来るけどー……」
魔法使いは、魔法使いなんだから、基本的になんでもできるはずだ。
何か特殊な場合でも無い限りは。
そう、私のような回復魔法や強化魔法しか使えないようなポンコツもいるのです。
一応、夢の世界や魔窟の森でたくさんの命は救えたけど、だからといって私自身に戦闘力は皆無なので。
私独りじゃ戦えないんだ。誰かがいないと私は生き抜くことすらままならない……。
「とりあえず、肉の火加減は重要なんで、火の魔法は得意だからよく使うねー。あとは適当に呪いとか、状態異常系? 眠らせたりとかする」
「なるほど……」
バフ・デバフ。それは時にレベル以上の武器になるって聞いたことがある。
私はバフ系だけど、彼女はデバフ系?
デバフ魔法はイメージが難しい。
「あと仲間の強化も出来ます」
あっ、私の立場半分以上食われちゃったよ。
もうダメだ、私この世界でも没個性として生きていくんだ……。
「いやー、さすがに私の魔法じゃ一夜でほぼ死体を蘇生させる回復力は真似できないねー」
「あっ、いや、その」
「顔を見れば分かるよー」
顔に出てたみたいだ……恥ずかしい。
「イリスはもっと自信を持っていいよー。この世界、力は理想の現れ。あなたの魔法は、きっと凄まじい」
「そ、それほどでも……」
「自分の理想を信じること。あなたが理想を裏切らない限り、理想はイリスちゃんを裏切らないよー。この世界は、それが許された世界だからねー」
おっとりとした口調で、シャーリアさんは私を励ましてくれた。
私は照明のあまり明るくない店内をぐるりと見渡す。
ここには人間と友好的なエルフやアマゾネスがいる。
基本的にはエルフやアマゾネスは排他的だけど、人間と友好的なのもいる。
そして人間とともに生活する人たちも、少ないけどいる。
明日でこの森ともさよならだし、もっと他の種族と仲良くなりたい。
でも、いきなり知らない人に声をかけるなんて私には出来ないです!
た、確かに私はエルフやアマゾネスを助けたけど、それで急に馴れ馴れしくするなんてあまりに図々しいというか、恩着せがましいというか。
ましてや守護者の体裁がアレになってアマゾネスのプライドもアレになってアレがアレで……。
「初めましてっ!」
もじもじしていると、元気な声が酒場に響いた。
ふと見ると、カウンターに仁王立ちするルナちゃんの姿。
「私はルナ・ロマンシア。元ユートピアで、今はあなた達の大恩人で私の王子様、イリスの仲間だよ!」
一切悪びれることなく、合切に見下ろして威張り散らすように周囲に小さな胸を張る。
「まず最初に言っておくわ。私は何も悪くない! 謝ることなんて何も無い!」
「る、ルナちゃーん!」
「文句があるなら、理想で私を打ち負かせばいいわ!」
ルナちゃんの言葉はあまりに横暴だ。
それでも誰も言い返さないのは、きっと皆がそれで納得しているからだ。
とはいえ悔しいものは悔しい。その上、負けた相手に挑発されたら……。
「理想比べならいつでも受けて立つわ! でもイリスは明日には帰っちゃうから、私も殺さないように手加減してあげる。でももし死にかけたら助けに来てくれるように仲良くしておくことね!」
ちらりとルナちゃんがこっちを見てウィンクを送ってきた。
まさかルナちゃん、私のためにわざと憎まれ役を……?
あぁ、そんなの、そんなの……私が情けなさすぎる! あとルナちゃんかっこよすぎる!
いつの間にか酒場の全員が私に注目していた。
その中から、一人の長身の男性エルフがこちらに歩み出てきた。
うわぁ、イケメンだ。絵に描いたようなイケメン。王子様ってこっちのことなんじゃないかって。
いや、王子様というか王様。アルカ王もなかなか美男子だったけど。
「ああ、貴方が……失礼しました、魔法使いさん。私たちは人間と生活を接にさせて頂いていて、戦争には参加していなかったので、噂で聞いた程度だったのですが」
あ、そっか。
実際に戦った人たちはいわゆる現地の住民で、人間と一緒に生活している人たちとは違うんだ。
ここに居る人達は、積極的に人間と友好を築こうと交流している人たち。
安全無欠の勇者のお供と同じみたいに、人間と共同して活動する人たちなんだ。
となると、ルナちゃんのさっきの挑発は微妙にずれてた。
「我々の仲間の命を救っていただいたのが、まさか本当に新人の魔法使いだとは思わず。今までの無礼をお許しいただきたい。時間さえあれば、我等が女王、ティターナにお会いしていただきたいところなのですが……」
「い、いえそんな。私はその、助けたくて助けただけなので!」
エルフの女王ティターナ。私も一目見たかった。
「故郷の危機にのうのうと人間達とともに暮らしている私たちは、もはや同族としての価値なんてないのかもしれませんが」
自嘲げに、エルフの青年は苦笑した。
「えと、ティターナ様? は、皆で仲良くできることを理想にしていたんじゃないんですか?」
「えー、まあ、端的に言うとそうなりますね」
「じゃあ、ここで皆さんが人間と一緒に仲良く暮らしていることに、きっと意味があるんじゃないんですか? むしろ、とっても誇らしいと思います。私だったら、そう思うんですけど……」
「……そうですね。その通りだ。私たちにも理想はある。ここでの私たちにも、意味はあるんだ。ありがとうございますイリス。きっと良い理想をお持ちなんでしょう」
私には理想の良し悪しは分からないし、もしかしたらお世辞なのかもしれないけど……。
うん、喜んでもらえたなら、私も嬉しい。
そして私たちはお腹いっぱいになって、落ち着いた頃にルナちゃんと抜け出した。
息を切らしながら見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。
「はー、走ったー!」
「ひっ、はひ、ひぃ……」
「だ、大丈夫?」
食べたものが中でたぷたぷと跳ね回って、危うく戻ってくるところだった。
適当なベンチに座って、私は呼吸を整える。
「ふぅ。なんでいきなり……」
「イリス、私たちはここでお別れだよ」
整えていた呼吸が思わず止まる。
繋いでいた手を急に払いのけられたようなショックが、私を襲った。
「え、っと……」
「大丈夫。前に言ったでしょ? ちゃんと待てるって」
「でも、そんな急に!」
分からないけど、私はなぜか怒っていた。
いや、違う。分からない。この感情を、私はたぶん初めて味わってる。
「明日にはイリスはアルカディアに戻っちゃう。なら、別れは今がいいの。だってほら、綺麗でしょ?」
ルナちゃんは星を見上げる。
その瞳が静かな青さを讃えている。まるで、今も空に浮かんでいる蒼月みたいに。
本当に、本当に綺麗な夜空だ。
思い出にするには、絶好で、だからこそ切なくて、やるせない思いに、耐え切れる自信が無い
するとルナちゃんは両手を胸に、恋する乙女みたいに。
「王子様、私は貴女という光がある限り、決して諦めず、追い求め、そして辿り着きます。もう狂乱に堕ちて、妄想に振り回されるようなことにはならないと誓います」
「ルナちゃん……」
「貴女がくれた蒼月の石と、私が送った明星の石に誓って。だから、どうか待っていてください。私が貴女の元に辿り着くまで」
希望に満ちた笑みと、朧に潤む月影。
差し出された小指を、私は自分の小指を絡めて応える
「……ありがとう、イリス」
「そういうことは、最初に言ってほしかった」
「ごめんね。どうしようか、ずっと迷ってて……」
「なら、御守りをあげる」
私は絡めた小指を解いて、ルナちゃんの胸に手を当てる。
「いっ、イリス!?」
「動かないで」
ルナちゃんの胸から赤い光が漏れて、スッ、と光の源を抜き取る。
息荒く紅潮するルナちゃんの目の前に、私は手の平を差し出した。
「赤い、宝石? ルビー?」
「これはアンデシン。赤いけど、ムーンストーンの親戚みたいなものだよ。効果は変化と調和」
「変化と、調和」
アンデシンはルナちゃんの手に渡って、それを月に透かして見たりしている。
「綺麗だけど、なんか……」
「その石がルナちゃんにとって変化になるか調和になるかは、ルナちゃん次第。もし怒りに我を忘れそうになった時はこれを見て思い出して、考えて。ルナちゃんがどうなりたいのか、どうありたいのかを」
「どうなりたいのか、ありたいのか……もしかして、これは私の……」
「ルナちゃんの最高の理想は、ルナちゃんにしか描けない。それを忘れないでいてほしいな」
どう変化りたいのか、どう調和りたいのか。
それはルナちゃん自身が考えて、悩んで答えを出すしかない。
自分の中に抱えたもの全てと、とことん向き合って、どうするのかを決めていかないといけない。
それが、本物の理想になる。
「ありがとう、大切にする」
ブルームーンストーンは、私にとってのルナちゃんに過ぎない。
自分がどういう宝石になるのかは、ルナちゃんが辿り着いた先にある。
「じゃあ、私は行くよ」
「うん、ルナちゃん」
ばいばいなんて言えない、さよならなんて言えない。
物語は続くから、バッドエンドではないけれど、こんなに悲しいことを乗り越えないといけないなんて。
ふわりと宙に浮かぶルナちゃんは、とびきりの笑顔で唐突に叫んだ。
「イリス!」
「は、はい!」
「また会える夜まで、ステキな夢を見てね!」
ああ、そうか。
今度は私が待つ番だから。私が信じる番だから。
私がルナちゃんと会える夜を夢見る番なんだ。
「うんっ! ぜったいに迎えに来てねーっ!」
ベンチを立って、ルナちゃんが夜の闇に紛れて見えなくなるまで。
夜風が頬を撫でたのかと思ったら、アヤメが指を添えていた。
「アヤメ……」
「楽しみだな、イリス」
「……うん。そうだね」
別れは辛い。でも、悲しくなんか無い。
また会えることが決まっているのだから、今はその時を楽しみに待つだけだ。
それが夢を見るってことなんだから。
夢見心地のままに、私は宿屋へ向けて蒼月の下を歩く。
私はいつものようにアリスちゃんに私の物語を聞かせてあげに、夢の中へと落ちる。
全部がいつも通り。白いテーブルに茶菓子を並べて、アリスちゃんは私を待っていた。
唯一つ違う点があるとするならば、その場には私とアリスちゃんの他にもう一人いるということ。
「やっほー! 元気してた? イリス!」
「んー……」
私がアヤメに慰めてもらって、添い寝してもらってやっと眠りにつけたっていうのに。
こんな、こんなことって……。
「ふふ、びっくりした? 私たちが初めて出会った場所がどこか忘れてた?」
アリスちゃんの横で、ルナちゃんがすごいドヤ顔をこっちに向けていた。
嬉しい、嬉しいけどこれは……どう頑張っても素直に喜べない。
「うっ、うぅ……」
「あ、あれ? イリス、嬉しくないの?」
「うわぁーん! ルナちゃんのばかーっ!」
いよいよ私の我慢も限界で、大泣きしてしまった。
嬉しいけど悔しくて、憎らしいけど喜ばしい。
とにかくなんでもいいから、ルナちゃんに一発キツイのをぶつけたい。
「私のイリスを泣かしたな。命を差し出してもらおう」
「げっ、アヤメもこっちこれるの!?」
「ルナ・ロマンシア……お前はやりすぎた。ここでくたばれ」
「め、目が本気……ご、ごめんねイリス! ごめんなさい! 許してください! 何でもするから!」
なんでもする……んっ? なんでも?
今、なんでもするって言った?
「うっ、うぅ……ほんと?」
「わ、私に出来ることなら!」
「それじゃあ……」
なら、やることは一つしかない。
「アヤメっ!」
「うわっ!」
アヤメは目にもとまらない素早さでルナちゃんの背後に回って羽交い絞めにする。
「今回ばかりは仕方ない、存分にやれ」
「うぇっ!? なに、何が始まるの!?」
「あの、私の中で淫夢を繰り広げるのはちょっと……」
べ、別に私はそういうことがしたいわけじゃなくて、悪戯がすぎたルナちゃんを懲らしめるためにやるだけで。
そう、これはつまり、アレだよ。懲らしめてるんだよ。決してセクハラとか、そういうのではないよ。
「あははっ! くすぐったい、くすぐったいってば!」
「この、このっ! 人の心を弄ぶ小悪魔め!」
「あひっ! ひーふふ、うふははっ!」
ああ、でも、幸せだ。
こんなにステキな夢が見られるなら、私もルナちゃんも、きっと大丈夫。
また会える。蒼い月の夜に、また……。