メルヒェン20 魔窟の森で観光デート
私達はさんざん服を買いあさって、店を出た。
「ふぅ、満足したー。今日はもうおしまいかな」
「これからでしょうが!」
空から喝と一緒に降りてきたのは千早。どうやらここからスタートらしい。
「さあ、準備はいい? まずはアマゾネスの方から行くわよ」
「チッ……」
ルナちゃんが舌打ちした。こわい……。
私とアヤメが運んでもらった時みたいに、千早は私とルナちゃんの手を握る。
「時間が惜しいわ。振り落とされないように、あと舌噛まないようにね!」
「お、お手柔らかにゃあああああああ!?」
「わぁ! はやーい!」
暴風に晒されているような圧力と轟音が私を叩く。
というか勢いが強すぎて私の握力が持たないんですけど!?
手の力が限界を超えたかと思った瞬間、すべてが止まった。
「……へっ」
空は青くて、雲は白くて、緑の木々が山々を覆う絶景。
それが足場一つ無い空中でなければどれだけ……。
「ほら、これで安心でしょ?」
「えっ、あっ、……はっ」
さっきの暴風みたいな勢いが嘘みたいに、そよ風が私を包む。
気が付くと、千早は私の脇に腕を回して抱えてくれていた。
「ほら、遠慮しないで掴まりなさい」
「は、はい……えっと」
「いい景色でしょ? 森の万人や狩人だってこんな景色は知らないわよ」
「そっか、飛べないから」
東の方向に見える大きな山、南のほうには広大な群青の海が水平線まで続いている。
「海……」
「海にも理想人はいるわ。海ならではの魔物や妖怪もね」
「人魚とかいるんですか?」
「ええ、魚人も半漁人もいるわよ。もしかしたら竜宮城とかもあるかもしれないわね。効いたこと無いけど」
竜宮城……おとぎ話の一つに出てくる素敵な場所。
美味しい海の幸と可愛い乙姫がいるという。
なにより海底の城から見る景色は珊瑚と魚群で彩られて、水面の天上から差し込む日光が柱となってきらきらと照らす様は、きっと絶景にちがいない。
「行ってみたいなぁ」
「海もいいけど、山の方が素敵よ。川もあるし、山の幸は魚だけじゃないしね」
「ねーまだー? 私お腹すいたんだけどー」
「花より団子なんてお子様らしいじゃな、痛っ、いたたた! 手が潰れる!」
緩やかな滑空がふらふらしながらも、なんとか体勢を立て直す。
「ここは魔窟の森の南部、アマゾネスが支配する領域よ。こうして上空を飛んでても撃ち落されないようになったのは最近なの」
「ずいぶん物騒だったんですね……」
「そりゃ縄張り争い、つまり戦争だったし。まあ私も詳しくは知らないんだけどね。興味も無かったし。どっかの誰かのくだらないプライド合戦に付き合うのも面倒くさかったの」
千早さんって本当にクールで、かっこいいお姉さんって感じだ。
ちょっとアヤメに似てるかも。
「あっ、肉が食べたいならここで食べておいたほうがいいわ。天狗の縄張りでは鳥肉は出ないし、エルフの縄張りにいたっては肉料理の存在がタブー扱いよ」
「ベジタリアンかぁ」
「お肉が食べられないなんて……人生の八割は損してるでしょ……」
ルナちゃんはお肉が好きみたい。
ちょうどお昼ごはんの時間だし、ここでたくさん食べておこう。
「ちょっと離れたところに降りるわ。そこからはジャックスが案内するわ」
「あれ、千早さんは?」
「さすがに天狗が大手を振って歩けるほど寛容じゃないってことよ。住み分けは大事って事ね」
魔窟の森の事情はなんだか複雑みたいだ。
ここの人たちも皆が理想人で、それぞれの理想のために生きている。
この場所で起きる戦いもきっと、そういうものなんだと思う。
ふと、森の空に口笛が木霊した。
遠く、遠くへと響く甲高い音色はちょっと前に聞いたジャックスの口笛だ。
「あっちか。降りるときにスカート押えといてね」
木々の間を縫うようにしてすり抜けて、地面にふわりと着地する。
押し上げられるような風が下から吹いて、慌ててスカートを抑える。
「イリス、今こっち見たでしょ?」
「み、見てないです……」
「嘘、ぜったい見てた」
「べ、別に見る必要もないし……」
チェック柄のスカートの裾がふわりと浮かべば、誰だってそっちに気を取られると思うんです。
ただでさえ肌色が多くて気が散りそうになるのに、その向こうにピンク色の布地があるかと思うと……。
「くすっ。もう、王子様はむっつりなんだからー」
「うぬぬ……」
「まーだイチャコラし足りないってか……でもこっからはこっちに目を奪われてもらうことになんぜ」
おっとと、いけない。また変な発作がでちゃった。
にしてもジャックスがすごい自信満々だ。なんだか期待が膨らむなぁ。
「じゃあ、二時間後くらいに迎えにくるから」
「あいよ、そんじゃ行くとしようか、イリス」
「あっ、えっと、よろしくです」
ジャックスに連れられて、私たちはアマゾネスの集落に足を踏み入れる。
アマゾネス。それは密林に住む女性だけの種族。
全員が並の男性より屈強で、筋肉質だけどスタイルも豊満な人が多い。
小柄なアマゾネスでも弱いわけではなくて、小柄だからこそすばしっこく動くことが出来る。
全員が狩人で、集団で野生の動物とかを狩って生活している。
「……って感じであってる?」
「おー、詳しいな。まあその通りだ。例外もいるけどな」
「例外?」
「私みたいな一匹狼のことさ。私はこの集落には住んでなくてな。家はちょっと離れたところにある」
集落は大体木と石を使った建物が多く、物見やぐらみたいなのもあった。
歴史の教科書で似たような絵図が載ってたのを見た気がする。
ふと、視界の橋に畑を耕している男性を見つけた。
「あれ、男の人がいる?」
「昔はどっかから攫って奴隷にしたり種元にしてたが、最近は自分からそうなりたがる男も多いんだ。不思議なもんだな」
すると男性はこっちに気付いた。
「こんにちは、珍しいですねジャックスさん。そちらの子は……まさか噂の?」
「ああ、死なせずの魔法使いさ」
「えっ、死なせず?」
「イリス、オマエが救ったアマゾネスのほとんどはこの集落の奴だ」
「私の旦那様を助けていただいて、なんとお礼申し上げればよいか」
男性が女性を旦那様と呼ぶ光景の異様さも相まって、ちょっとどう返せばいいのか分からない。
「あー、えっと、た、大したことしてないので、ほんとに。はい」
「それにしても、死なせずの魔法使いがこんな若い女の子だったなんて。やっぱり女性は男性より強かなのでしょうね」
「私はか弱い乙女だよ」
ルナが私右腕にしがみつく。
ジャックスが男性にたずねられると、少し考えてからこう応えた。
「ええっと、友人? だよ、友人」
「なるほど、お友達と一緒にご観光というわけですね。魔法使いさん、アマゾネスは恩義に篤い種族です。きっとよくしてくれますよ」
「は、はあ」
違和感がすごすぎてなんとも言えない。
屈強なアマゾネスとは対照的に、不気味なくらい親切な男性。
アマゾネスは女性中心の社会だっていうから、こうなっているんだろうけど。
この環境に慣れるには、結構苦労しそうだ。
次に私達が辿り着いたのは、おいしそうな匂いのする家だった。
「うわー、良い匂いがする!」
「お待ちかねの昼食だ。存分に食っちおうぜ」
「お店、とは違うような」
まず、看板が無い。
店なら看板があるはずだし、仮に隠れ家的な店だとしても違和感があるような。
中に入ると、そこは多彩な調理器具が並べられたキッチンだった。
カウンター席の奥にキッチンがあって、そこに一人の男がいた。
「よう舌鼓! 飯作ってくれ!」
「……なんだぁ、どこのアマかと思えばテメェか。今日はどんな食材を持ってきた?」
「ああ、今回はこれだ」
そう言うとジャックスは持っていた荷物をカウンターの上で解いて、大きな塊を取り出す。
その塊もまた紙の様なものに包まれていて、それを一枚一枚剥がしていく。
出てきたのは、真っ赤な肉だった。
「これは……怪鳥ズングリムングリの肉だな。目にしたのは久方ぶりだ」
「だろう? こんなレア食材、料理人として調理しない手は無いよな?」
「ズングリムングリ……」
なんか可愛らしい名前だ。面白おかしい感じがする。
「どんなのなんですか?」
「竜みたいな巨体で、灰色の羽毛は遠くからみると岩石に見える。でかいのに中々見つけにくいレアなヤツだ」
「ど、どうやって倒したんですか?」
「<金色>は無差別に攻撃するっていうから、食糧がたくさん手に入ると思って追いかけてたら案の定だったぞ」
「ったく、ジャッカルの名に恥じないメシのありつき方だな……では預からせてもらおう」
舌鼓さんは肉を持って、キッチンに持っていく。
「あの、ここは……」
「ここは調理場舌鼓。狩りや戦闘で体力を使い切って料理が出来ない女に代わって、材料を提供することで絶品料理を提供してくれる料理人・舌鼓の戦場さ」
あの舌鼓さんはさっきの男性とは違って、なんだか刺々しい。
私の中の男性のイメージとよく合っているから不気味じゃないけど、やっぱり怖い。
でも真剣な表情で肉を切る姿は、確かに戦場の男って感じだ。
「舌鼓はもともと料理人を目指していた理想人だったんだが、アマゾネスに拉致されて種元にされそうになってな。それを啖呵と挑発で煽って、その腕で作った料理を食わせてからは、もう誰もがその味の虜になったってわけよ」
「人の過去をベラベラと喋ってんじゃねえよ」
「まぁ、そう言うなよ。アマゾネスと対等に立てる数少ない男の一人なんだ。別に吹聴されて困るもんでもないだろ?」
そうこうしているうちに、香ばしい匂いが漂ってくる。
鼻をくすぐる香辛料の香りがしたかと思うと、ジュゥ、という音が鼓膜の上で弾む。
「こ、この食欲をそそる匂いは……」
「うーっ、待ちきれない! お腹すいた!」
「精々泣き喚けガキ共。ついでにほっぺた落す覚悟もしとくんだな」
アマゾネスを虜にした料理の腕と、ジャックスが持ってきたレア食材。
これはとんでもない絶品が出て来そうだ。
「さぁ……出来たぜ」
そして皿が出てくる。
程好く焼け目のついたチキンステーキ。トッピングにジャガイモの揚げ物。
贅沢にも三つの小皿に三種のソースがついて、今にも喉から手が出そうなほどに胃が嘶く。
コトリと置かれる食器を手にとって、最後に残った理性で手を合わせる。
「い、いただきます」
ナイフで肉を切り取って、とりあえず一口。
「お、おお……」
「うん、まーいっ!」
「くぅっ! たまんないなこれは!」
美味しい、という言葉が出ない。
喋るよりも次の一切れを口に入れたい。
肉を噛んだ瞬間、まるで果実のように旨味がはじけて口の中に広がって、表面の香ばしい焼き目と混ざり合う。
赤いソースはトマトガーリック。
揚げたニンニクを砕いたものが混ざっていて、トマトの甘味とニンニクの香りがハーモニーを奏でる。
冷たい赤黒いソースは大根おろしと醤油の優しい口当たりがやみつきになる。
緑色のソースはピリリと辛いワサビ味。鼻にツンと来る刺激がたまらない。
「はぁ……幸せ」
ほ、骨抜きにされちゃった。アマゾネスが虜になるのも分かる。
というかアマゾネスが虜になるのだから私が虜にならないわけがなかった。
「おいしかったぁ! 待った甲斐があったね、イリス!」
「そうだねぇ……ありがとうございます、舌鼓さん」
「礼は必要ない。対等な取引だからなこれは」
「取引……」
「戦闘力のあるアマゾネスが材料を俺に寄越し、その中の二割で奴らに美味をくれてやる。それだけのことだ」
舌鼓は最期までクールだった。
その後はアマゾネスの訓練場を見学したり、アマゾネス特有の武具を見たりしたけど、私には役に立ちそうにない。
アヤメならちょっと興味あるかもしれないけど、今も私の中でぐっすり眠っている。
「そろそろ時間が近いが、最後に私の家でお茶していかないか?」
「そうですね。このまま飛んだら……ちょっと食べたものが戻って来そう」
「ハハッ! 確かになぁ、千早は雑な飛び方するからな。お茶で落ち着かせたらエルフのところで薬を貰った方が良いかもな」
集落を離れて鬱蒼とした森の中を歩く。
リスや兎、小鳥がそこかしこにいて、ありったけの自然を感じることが出来る。
でも、何より見かけるのは犬や狼だ。
「アマゾネスは犬狼を相棒にすることが多い。犬狼の類には手を出さないから、ここらへんは犬狼が多い」
「へぇ。犬かぁ」
「私は猫の方が好きなんだけど」
「虎なら東の山にいるな。世捨て人が虎になったりとかもするらしいし、全部が自然の虎ってわけじゃないだろうが」
国語か何かで似たような物語を聞いた気がする。
「あと稀に言語を解する獣もいるらしい。私は見たこと無いけどな」
あれこれと話しているうちに、私たちはジャックスの家に辿り着いた。
「あの……なんかリスがめっちゃくっついてるんですけど大丈夫ですかこれ」
「別に害はないはずだけどな、まあ糞を撒き散らされちゃ困るし……ファングス!」
ジャックスが誰かを呼ぶと、家の扉がゆっくりと開く。
奥から現れたのは茶色の毛並みの中型犬。
なかなか愛くるしい見た目ながら、どこか迫力のある威風を放っている、ような気がした。
「わっ、あっ!」
するとリスが一目散に散ってしまった。
犬が現れるだけでこの怖がりようだ。きっとよほど活躍している犬なんだ。
「というわけで、コイツが私の相棒、ファングスだ」
「ワンッ!」
「か、可愛い……」
「うん、かわいい」
狩猟犬というからもっと凶暴そうなのをイメージしてたけど、なかなか馴染み深い犬が出てきてしまった。
私たちは居間に案内される。
犬はぴょんぴょんと飛び跳ねて、私達のことを歓迎してくれてるみたいだ。
「はいよ、素人の入れた茶で恐縮だが、ぐいっといってくれな」
「あ、どうも。アマゾネスって犬と一緒に狩りするんですね」
「一応、馬にも乗ることもあるんだけどな。なにせ馬への扱いが乗り物だったから遊牧馬人とエルフに抗議を受けたらしくて」
緑茶だった。
私はティーカップに入った緑茶を一口飲んで、気になる単語を口にする。
「遊牧馬人?」
「ケンタウロス族さ。馬の扱いが酷いってんで流鏑馬勝負をして惜敗けたアマゾネスは、半分以上の馬を失うことになった。」
「つ、強いんですね」
「いやぁ、馬がね、言うこと聞かなくなって勝負にすらならなかった。その上、動物がエルフは動物に優しいって言うもんだから……」
なんとなく展開を察した。
アマゾネスは動物の扱いが雑で、仲良くするというよりはただの道具みたいに思っていたんだ。
それにくらべてエルフは動物と触れ合い、扱いもいいので馬がストライキして、ケンタウロスは馬が雑に扱われているのを見過ごせず敵対することになった。
その二つの条件が重なって、アマゾネスは大事な勝負に負けてしまうことになった。
「哀れな話だよなぁ。自分の力に酔いしれて、友好を築くってことをしなかったんだから」
「友好……そういえば、この森ではエルフとアマゾネスと天狗は仲が悪かったんですよね」
「あー、昔は本当にひどかったらしい。アマゾネスが森の動物を乱獲して、森の守護者であるエルフの怒りを買って、プライドの高い天狗には癪だった。迷惑な話さ」
そういえば、ジャックスは、エルフや天狗と仲が悪い、という風には見えないのはなんでだろう。
「でも、敵対してるアマゾネスとエルフの中でも、手を取り合おうとする賢い奴等がいたんだ。アマゾネスの女王レイア、エルフの女王の一人ティタニア」
「王族……?」
「当時の女王、レイアの母だったリューテはお日様並にプライドが高くてなぁ。まあ相応に実力もあったから余計に歯止めが利かない状態だった。あとエルフも一枚岩じゃなくて、メイヴっていう夢の国の女王はアマゾネスを完全に敵視してた」
争いってどこの世界でも絶えないんだと思うと、なんだか悲しくなる。
「でも、とある人間のおかげで友好派は報われたんだぜ。それまではエルフもアマゾネスも人間なんてゴミクズ以下だと思ってたのにな」
「それって……安全無欠の勇者ですか?」
「おっ、さすがにその名前は知ってるか」
「安全無欠の勇者?」
ルナちゃんが頭の上に?マークを浮かべていた。
「もしかして、安全無欠の勇者って聞いたこと無い?」
「アルカディアでは有名なの?」
「あっ、そっか。ルナちゃんはユートピア出身だったね。っていっても、私も名前くらいしか知らないんだけど」
理想戦争と呼ばれる出来事で、大陸の魔物はすべてアルカディアへと避難した。
その時に人間と魔物が共存する道を創った、というのが一番有名な伝説だ。貰った冊子に書いてあった。
「人間と魔物の共存……なんだかロマンがあっていいね!」
「そのロマンを実現しちゃったんだよね……すごいなぁ」
「イリスだってそんなおっかない奴を仲間に出来たんだ。十分似たようなこと出来てるぜ」
「えへへ……」
でも、まだまだこれくらいじゃ全然足りない。
最高のメルヒェンを創るために、もっと頑張らないと!
「っと、昔話ばっかりしてたらもう時間になっちゃったな。そろそろ千早が迎えに来る頃だ」
「あっ、本当だ。今日はありがとうです、ジャックス」
「おうっ! 私たちはもう仲間さ。いつでも頼ってくれていいぞ?」
「はい!」
私たちはジャックスの家を後にして、次は北部。レナ・クローバーのところへ飛ぶ。