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メルヒェン17 少女の夢を叶えるために

 超特急で駆けつけたのに、辺りは不気味なほどに静かで。

 聞くだけで心が震えるような、狂ったような絶望と嗚咽の音だけが響いていた。


 機械仕掛けの人形が互いに傷つけあう。

 傷つけた傷も、博士ドクの最新技術が見る見るうちに修復して、また争いを繰り返す。

 そんな地獄みたいな場所の中心に、ルナちゃんは立っていた。


「あの子の前に、ルナちゃんのところに降ろしてください」

「敵陣のど真ん中よ!?」

「大丈夫です、たぶん」


 私の想像通りなら、別に確証も無いんだけど、きっと大丈夫だ。

 千早さんは一つ溜息を零した。


「分かったわ。無理だけはすんじゃないわよ」

「ありがとうです、千早さん」


 ルナちゃんの前に降ろしてもらって、千早さんはまた夜空に戻っていく。


「迎えに来たよ、ルナちゃん」

「……出来れば、こうなる前にあなたと会いたかった」

「今からでも大丈夫だよ。私と一緒に行こう?」

「ううん、もう時間切れ。私はもう夢見る乙女ではなくなっちゃったわ」


 すると両手を広げて、ゆっくりくるくると回り始めた。


「私はこの素敵な血祭りの主催者。現実を押し付けられた私が押し付ける、現実殺しの夢」

「知ってるよ。そんなの」


 くるくると回るルナちゃんが止まって、目を細める。


「私にだって、憎悪くらいあるもん。ね、アヤメ?」

「ああ、私がその証拠だ」


 アヤメが私を庇うように前に出て、ナイフを構える。


「私はイリスの殺意だ。イリスが持っている殺意だ。お前が抑え込んでいたものと同じ」

「そっか、それも私があなたに惹かれた理由の一つだね。でも、私のは殺意じゃないよ」

「似たようなものだ」


 殺気も狂気もそこまでの違いは無い。

 私たちみたいな、素敵な夢を見ることだけが生き甲斐な少女にとっては。


「もういいんだよルナちゃん。あなたはもう十分に頑張ったよ。もう報われてもいい頃だよ」

「ううん、イリス。私はもうダメなの。私が、私を見限ったの。だからあなたに殺して欲しいの。美しい夢のままの王子様あなたに」

「ルナちゃん……」


 ルナちゃんに何が起こったのかは分からない。でもルナちゃんが何を想っているのかはなんとなく分かる。


「じゃあ私が殺してあげる」

「ほんとう?」

「でも、それはあなたをじゃない。現実に狂わされたあなたを、狂想のあなただけを殺してみせる」

「……すごいわ。夢を見るって、美しくて、綺麗で、尊くて、誇らしくて……私には届かなかった」


 お互いを傷つけあう音が唐突に止んだ。

 代わりにたくさんの視線が私に集まってくるのを感じる。


「なら殺して見せてよ。現実諸共殺して見せてよっ!」


 悪夢を見せられた機械人形が、一斉にこちらへと迫り始める。

 今、彼らが見ているのは悪夢だ。

 無限に迫り来る悪夢を前に、現実では成す術もなく苦しめられて、傍から見ればそれは狂ったように見えて、他人を悪夢と誤認して攻撃し続ける。


「……答えて、私の親友。私のボルダー」


 なら私はまずその悪夢を払う。

 目を閉じて、あの子へと想いを馳せる。

 夢の支配者、夢想世界の住人、夢幻の獣を従える少女。


「応えて、アリスちゃん」

「はい、イリスさん」


 すると機械人形がぴたりと動きを止めた。

 さすがアリスちゃん、夢に関しては最強だ!


 ゆっくりと目を開ければ、そこには彩色の宝石が一つ、照明に照らされている。

 それをしっかり握って、胸に抱く。


「もう狂った夢は見させないよ。ルナちゃん!」

「あはっ、はは、なるほど、なるほどね。でもあなたじゃ私は倒せないよ? どうするの? ねぇ!」


 背から噴きだす炎の翼。弾丸みたいにルナちゃんは飛び出してくる。

 それをアヤメがナイフを投げて迎え撃つ。

 心臓、喉、額に刺さって、姿勢を崩したルナちゃんは地面に転がった。


「うぐっ……この!」

「私はただの殺意だ。だからお前と真っ向からやりあうつもりは無い」


 ルナちゃんは起き上がって、アヤメの姿を探す。


「どこっ! どこに隠れたっ!?」

「逃げもするし、隠れもする。ただ殺すために」

「うしろか!」


 猛火の翼を羽ばたかせるルナちゃん。確かにアヤメは背後に居た。

 でもアヤメはそれを伏せて避けると後ろから膝を蹴り抜いた。

 今度は仰向けに倒れるルナちゃんは後頭部を強く打ったみたいで動けずにいる。

 そこに落ちてくる一本のナイフ。


「がっ……」


 ズンッ、と喉に突き刺さって、アヤメは即座にそれを捻ってから引き抜く。


「ごぼっ……フフ、無駄だよ。私は誰にも殺せない」

「だろうな。今のお前は不死身だ。私の殺意も暖簾に腕推し、糠に釘……だが、それも今のうちだけだ」

「何を……」

「死なないことが理想の力なら、その理想を殺してみせる」


 理想を殺す。それが不可能じゃないことを私は知っている。


「立て、そしてかかって来い。死なないだけのナマクラの理想でな」

「このっ……私を馬鹿にするなぁッ!」


 立ち上がるルナちゃんを見て、アヤメが指示を出す。


「イリス、次だ」

「その身軽さは疾風のように、その威力は迅雷のように。星の雨を受けても砕けない大地、底知れない海溝、栄枯盛衰の最果ては遥か遠く、私は夢を見続ける。この命尽きようとも、私の魔法は永遠に輝く。いま! <限界突破のフリーダム・スカイ、フライハイ・エスト!>」

「鈍いわっ!」


 炎の翼が猛火の巨腕となってアヤメを襲った。


「焼け死ね!」

「硝子の心が壊れないように、幼子の肌が傷付かないように……いま! <不可侵ネバー領域ランド>」

「残念、もう手遅……れ?」


 するりとアヤメは炎の中から飛び出して、滑らかな身のこなしと足運びでルナちゃんの懐へと入り込み、胸にナイフを突き刺すのでした。


「なっ……」

「死なない程度でいい気になるな。私のイリスは死なせないことに定評のある魔法使いだぞ?」


 なんかやたらかっこいい自慢をされて、私はどう反応したら良いのか……。

 呆気に取られていたルナちゃんが後ずさると、アヤメが横蹴りで突き飛ばす。

 今度は後ろ向きにごろごろと転がった彼女は、口に砂が入ったのか唾を吐きだしている。


「うぅ……」

「弱い、弱いな」


 アヤメは容赦なく、言葉のナイフを差し込む。

 傍から見たら苛めているようにしか見えないけど、これでも少し気を緩めたらこっちが殺される。

 辛いけど、ここは堪えなきゃ。


「確かに不死身に届く理想、その不屈な心は脅威とも呼べる。だが弱いのもまた事実だ」

「また、馬鹿にして……」

「馬鹿にしているのはお前のほうだ。そんな貰い物の力で私たちの理想を相手にしようなどと」


 そう、ルナちゃんの理想は貰い物だ。

 苦痛を伴う実験、それが力を得るための方法だっていうなら、じゃあルナちゃんが最初に持っていた理想の力はなんなのか。

 今はまだ分からない。でも、それが素敵なものだということは分かる。


 少なくとも、わざわざ地獄みたいな苦痛を味わう必要なんかなかったはずだ。

 まだルナちゃんは本来の理想の力を使っていない。もしくは使えない。

 おそらく、いま行使している力は、その理想と相反すること何だと思う。


「私にはお前のことは分からないが、一番大切なことを二の次にしていないか?」

「うるさいっ、うるさい! 私は、ワタシ、はっ……!」

殺刃招導さつじんしょうどう魔呪通まじゅつたまのははきり


 アヤメが私の魔力をナイフに通して、それを無造作に振るう。

 ルナちゃんの体は崩れ落ちる。


「なっ、に?」

「魔法とは便利だな。濃い目に殺意を乗せれば離れた相手でも殺せるのか」

「割と魔力消費は激しいよ?」


 今の技は強力だけど、身に纏っている加護の魔法を源にしているから、一度使ったらもう一度魔法をかけなおさなきゃいけない。


「あんまり油断しないでね」

「なに、少なくともアレには負けない。そろそろ気付き始めるだろう」

「……っ?」


 ルナちゃんの体が、ぐにゃりとゆがみ始めた。


「なに、なんなのこれ、どうして、嘘でしょ? 嘘よ!」

「どうやら気付いたらしいな」

「そんなの……あれだけ耐えたのに、あんなに痛かったのに!」


 胸が締め付けられる。

 ルナちゃんが今感じているのは、たぶん私たちにとって一番怖ろしいものだから。


「容赦はするなよイリス、最後までは」

「分かってる、分かってるよ……」

「何をしたの、何を!?」


 致命傷を負ってから元に戻るまでの時間が延びつつある。

 ナイフが急所に差し込まれるごとに、その間は確実に伸びていった。


「さて、そろそろ仕上げか」

「やだ、やだ、やめて、これ以上は、やだ……」

「妙だな不死身、何をそんなに恐れている?」

「っ……」


 アヤメは私の殺意、純粋な殺意だ。だから敵に情けをかけるようなことはしない。

 私にはあの子の涙が苦しい。でも、目を逸らしちゃいけない。

 アヤメは私のために戦ってくれているんだから。


「恐らくこれで最後になるな。観念するんだな」

「あぁ、あぁああああ!! 死にたくない! もう死にたくない! 死にたくない!! た、たすけてよ王子様! たすけて、たすけて! たすけっ……」


 喉が切り裂かれ、声が途切れる。

 掠れた叫びは、胸に突き刺さるナイフが止めた。





 私は不死身のはずだった。

 何度殺されても蘇る。この狂想を抱き続けて、復讐の炎を絶やさない限り。

 そのはずなのに、あの黒騎士に殺される度に、私の手から理想が零れ落ちていくのが分かってしまう。


 こわい、こわい、こわくて、泣きそうになる。

 くやしい、くやしい、くやしくて、死にそうになる。

 こんなにも不死身なのに、二人は私を怖がらない。


 それどころか、余裕の表情と言葉で私を挑発して、何度も何度も、まるで蟻を踏み潰すような気楽さで私を殺す。

 ひどい、ひどいよ。どうしてこんなひどいことをするの。

 私は、あいつらに復讐したいだけなのに。


「お前は弱い」


 そう言われた時、私はデジャヴを感じた。

 それはそう、現実を見ろと言われた時の。

 でも少し違う。あれは向こうから一方的に押し付けられたんだ。でもいま押し付けているのは私だ。

 私が自分の理想を二人に押し付けようとしていた。


 私も二人みたいに強ければ、現実を弱いと笑えたなら、こんなに狂わなくても済んだのかな。

 きっと私には無理だけど。


 私は弱い。あの二人には勝てない。思ってしまった、綻んでしまった。

 固く縛り上げた復讐の理想が、ゆるりと綻んでしまった。

 心が、体が諦めて、理想を手放していく。不死身じゃなくなっていく。


 ああ、私はまた、自分の夢を裏切っちゃったんだ。

 そうだね、もう疲れたよ。恨んだり憎んだりするのって、こんなに疲れるんだね。

 ありがとう王子様、こんな私を殺してくれて。


 醜い私、現実に負けた私、私を殺していいのは、あなたみたいな夢に輝く人だけだから。

 さようなら、さようなら、さようなら……。




「えっ?」


 誰か、呼んだ?


「気のせい、かな」

「……て」


 違う、気のせいじゃない。かすかに聞こえる。


「……ちゃ……て」


 うるさい。眠れない。

 でも妙に惹かれる。何を言っているのか気になる。


「ルナ……ばして……ルナちゃん!」

「っ!?」


 聞き覚えのある、恋しい声。

 私をちゃん付けで呼ぶ、馴れ馴れしくて、怖いもの知らずな女の子の声が。


「手を伸ばして! ルナちゃん! 手を!」

「王子、様?」


 明るい光が瞼を通り抜けて、私の眠りを邪魔してくる。

 ふと目を開ければ、そこには一本の手があった。


 そうだ、これが私が求めていた。私が夢見ていた理想の……。


「ルナ、ロマンシアぁああッ!!」

「イリスっ!」


 咄嗟に手を掴むと、もう一つの手が私の手首を掴んだ。

 それから凄い力で、私は引っ張り上げられて……


 気が付けば、抱き締められていた。


「良かった……本当に良かったっ……! 私の手を取ってくれた!」


 ああ、そっか。全部このための。私を助けるための……。

 思わずイリスを抱き締め返す。柔らかな胸に顔を埋めさせてほしい。めいっぱい甘えさせて欲しい。


「わっ、ルナ、ちゃん?」

「今だけ……今だけだから……」

「今だけなんて、これからいくらでもさせてあげるよぉっ!」


 私の夢見たことって、こんなにも気持ちよくて、あったかくて、素敵なことだったんだ。

 初めて私の手を掴んでくれた人、初めて私に温もりをくれた人。

 ありがとう、ありがとう……ありがとうっ!





 私はルナちゃんとしばらく抱き合った。

 女の子の感触が心地よくて、金髪少女の愛らしさはアリスちゃんとはまた違うなとか、抱きしめ返してくれたときはもう変な母性に目覚めそうだったとか、そういうのはとりあえず後回し。


「でも良かった。ちゃんと生きててくれたんだ」

「よく分からないよ。私は、確かに死んで……たよね」

「うん、えーっとね、なんて説明したらいいか」


 私はアヤメと相談しながら、なんとか分かってもらえるように説明した。

 アヤメが最後の一撃とどめを刺した時、ルナちゃんは確かに死んだ。

 ルナちゃんの心は控え目に言ってズタボロになって、あまりにどうしようもないことに心が折れて、不死身である理由、怒り狂った復讐の理想、つまり狂想を手放した。


 私はそのタイミングを見計らって、急いでルナちゃんが倒れた場所に向かった。

 ルナちゃんの体はどういう理屈かは分からないけどドロドロに溶けていて、水溜りみたいになってた。

 私は真っ先に過剰回復の魔法をかけて水溜りの中に手を伸ばした。


「ルナちゃんなら絶対に私の手を取ってくれると思ってたよ」

「それって……」

「手を伸ばした時、あの水溜りに触れた時に、見ちゃったんだけど……」


 どうしてルナちゃんがあんなにも狂ってしまったのか、私はその時に全てを理解した。


 それはルナちゃんの過去、彼女の一世一代の賭けの後のことだ。


「ルナちゃんは、屋上から飛び降りることで王子様に助けてもらおうとしたんだね」

「……そう。待ちきれなくなった私は、夢を叶えるために、夢を信じているって示すために飛び降りたの」


 だからルナちゃんは夜空に手を伸ばしながら飛び降りた。現実という名の舞台から飛び降りた。


 でも彼女の生きる現実に、その手を掴む王子様は訪れなかった。

 それは、ルナちゃんの夢が現実に敗北したことを、王子様が現実に居ないことを証明してしまった。


「気付いたら、私はこの世界に居たの。飛び降りて、地面にぶつかった瞬間に。でも、私の中にある記憶には続きがあったの」


 そう、それは彼女が飛び降りた後の話。


「クケカカ! いやぁ、見事だったよイリス! 私の想定を僅かに上回る結果だ!」


 鼓膜を痛めそうなキンキンと煩い声が響く。

 それは私の背後に立っているロボットからだった。


「想定って……」

「まさか理想を失った者すら留め置くとはね。一時とはいえ、この世の法理への叛逆にも近い大偉業だよこれは!」

「もう実験は終わったんでしょう? ルナちゃんも狂想を捨てたし、もう帰ってください」

「いいや、まだ終わってない。次の実験をしなければならなくなってしまったからね」


 もうこの人本当に嫌い。

 たぶん結果的に良い方に運んでくれるんだろうけど、やっぱり好きになれないタイプだ。


「ルナ・ロマンシアは飛び降りの後、奇跡的に一命を取り留めた。だが彼女はそれまでの一切の記憶を、性格には夢を見ていた記憶を忘却してしまっていた。夢見がちな乙女を卒業し、しかもその後の人生が割と幸福だったのだから、夢見の乙女であるルナには堪らなく屈辱だったことだろう」


 そのせいで、ルナちゃんは自分のことを憎んでいた。

 現実に敗北した自分を、現実を幸福に過ごした自分を憎悪していた。

 だからドクの惨酷な実験で自分を痛めつけることに躊躇もしなかったし、後悔も無かった。


 現実への復讐、それは自分自身すらも含まれていた。


「さて、彼女の夢はここに叶い、夢想は復活した。狂想を乗り越えた夢想がどれほどの力なのか、デイドリーマーのサンプルが欲しいんだよ」


 さっきまで静かに静観していたロボットたちが、一斉に動き始めた。

 連続で弾丸を発射する大きな銃火器を全員が所持している。


「る、ルナちゃん、アヤメじゃ生きてないロボットは殺せないんだけど……」

「……ごめんなさい。まだちょっと力が戻ってない。あと、もう不死身じゃない」

「うわぁ……」


 死んじゃう。これ死んじゃうヤツだ。

 こんなんじゃ下手に千早さんも呼べないし……何か、何かないかな、何かー!?


 って、あった。でも間に合うかな……?


「なぁに、これでダメならデイドリーマー1号は残念ながら廃棄処分ということで」

「あ、あの、ちょっと待ってもらっていいですか?」


 よし、翡翠に魔力は通した、あとはアマゾネスの笛だけ。


「なんだい?」


 私はすぐにアマゾネスから貰った笛を取り出して、めいっぱいに吹く。

 すー、っと空気が漏れる音がする。そういえば犬笛って音でないんだっけ。


「ぶはは! イリス、笛吹くのへたー!」

「えっ、えっ?」

「かして、かして! 私がやったげる!」


 なかば強引にルナちゃんに笛を取られて、今度はルナちゃんが笛を吹く。

 すると甲高い音が遠くまで響き渡る。


「ねっ?」

「すごい、ドヤ顔」

「そっちじゃないでしょ!」


 あははは、あはは、あは……誰も来ない。


「待ってましたぁああああ!!」

「「!?」」


 緊張した場面に対して、あまりにハイテンションの声に、私はルナちゃんと抱き合ってしまった。

 でもそれと同時に何かが私たちとロボットの間を横切った。

 目の前のロボットの首がぼとんと落ちて地面にめり込む。


「ようやくアタシを呼んだな! これで私たちは戦友だな!」

「えっ……あっ、はい」

「反応が寂しい……」

「いやでも、この状況が好転してないというか」


 アマゾネスは強い。でも不死身のサイボーグを単独で何人も相手に出来るとは思えないし。

 松明と刀剣を持って駆けつけてくれたこの人でも、さすがに絶望的な気がする。


「そう思うか? じゃあ盛大に驚いてもらおうかっ! 総員、放てぇッ!」


 次の瞬間、無数の火矢が的確にサイボーグたちの体を貫いて、炎が体を覆う。


「綺麗……なんだかメルヘンチック」

「なんだかロマンチックね、イリス」

「お前たちも大概呑気だな」


 おっとそうだった。とにかく今はルナちゃんの回復に専念しよう。


「私もいますよ。イリス」


 地面から伸びる木の根っこみたいなものが、二足歩行の兵器に絡みつく。

 声は聞こえるけど、エルフの姿は見えない。


「今のうちに早く逃げてください!」

「エルフさん……」


 とにかく、今は弾が飛んでこないところに逃げたほうがいいみたいだ。

 私はルナちゃんと一緒に森の中に逃げ込む。


「私の空想なら、あんな人形なんか簡単に蹴散らせるんだか、らぁ……」

「む、無理しちゃダメだよ!」


 ふらりと膝を着くルナちゃんを受け止める。


「うぅ、ダメ、なんか力でないし……」

「えぇ……じゃ、じゃあもっと回復を」

「たぶんそういうのじゃない。私が力を取り戻すには……ちょっと耳を貸して」


 私は隣に膝を着いて、ルナちゃんに耳を傾ける。


「今です!」

「へ、むっ!?」


 あ、あわ、あわわわ!?

 やわっ、やわらか……いい匂いがする。


 な、何が起こってるのか分からない。

 ただでさえ可愛いルナちゃんの顔が触れてしまうほど近くて、幼いふにふにとした体が密着して、唇はスイーツのような甘い感触で満たされる。


 血の匂いなんてもうしない。

 ルナちゃんは、もう狂想に囚われたりしない。


「んっ……むはっ」


 私とルナちゃんの口から露が一滴。


「えっ。る、ルナちゃ……な、何を……!?」

「お姫さまを目覚めさせるのは、やっぱり王子様のロマンチックな口付けだよね?」

「せ、せめて一言前置きくらい……」

「ふふ、ごちそうさま。とてもロマンチックな味だったよ」


 小首をかしげる動作があまりに可愛らしい。

 この幼女、お姫様というより小悪魔だ。

 

「ほう……」

「あ、アヤメ! いや、これは、ちがっ……」

「慌てなくても分かってる。目覚めの口付けか。確かに夢の鍵にはなるだろう。ただな、ルナ。一つだけ忠告しておく」


 この世界に来てから、たぶん一番強い殺気を放った。

 

「次、私のイリスに勝手なことをしてみろ。その理想ごと必ず殺す」


 ただ怒りが混じってるから、相手に気付かれずに相手を殺す戦法がやりづらくなりそう。隠密性のランクががた落ちするかなこれは。


「で、でも、人の唇を勝手に奪うのは良くないよ。もうやったらダメだからね?」

「なんか凄い子ども扱いされてる気がする……まあいいや。じゃあ、後は私に任せていいよ。ロマンチックに決めてあげる!」


 タンっ、と立ち上がってステップを夜闇に踊るルナちゃんの瞳は、夜空に浮かぶ満月のように、綺麗な金色だった。

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