メルヒェン12 アンノウン
どう考えても致命傷だったエルフやアマゾネスが、ものの数分で完治する。
これがなんだかものすごいことらしくて、私はすぐに注目の的になった。
こういう経験は初めてで、どうしていいのか分からない。
自分がアイドルになるなんて妄想はしてこなかったなぁ。
「私の命と理想を救ってもらった以上、人間だからといって邪険にはしません。あなたの命、この森の中でなら保証しましょう」
「エルフなんてアテにしてたらそれこそ命が幾つあっても足りねーぞ? そんなのよりアタシと組んだほうが絶対いいぜ?」
「原人と蛮人なんかとつるむなんてどうかしてるわ。私と一緒なら空を飛べるけど?」
「やかましい! 傷が癒えたならさっさと散れ!」
最初の方に助けたエルフとアマゾネス、それに白い羽の天狗。
ご飯が終わった後にばったりと出くわした後、こうしてずっと勧誘され続けている。
誘ってくれるのは嬉しいんだけど、さすがに初対面同然の人たちとチームを組むのはちょっと……。
アヤメも最初は面白がって傍観してたけど、いい加減飽きたのか、私と三人の間に立ってくれている。
「あー、さっそく人気者になってるねー」
「あっ、シャトーブリアンさん。助けて……」
シャトーブリアンさんはくすくすと笑うだけで、特に何かする気はないみたいだ。
「そういえば、イリスちゃんはまだ誰とも組んでなかったよねー。これを機にチームを結成したらどうかなー?」
「ち、チームですか……」
あんまり人とは関わりたくないんだけどなぁ。
気を使って疲れるし、疲れるし、それに疲れるし、やっぱり疲れる。
結論、人間関係は疲れる。
「まー、性格に難があるのもいるかもしれないけど、別に遠慮したり譲ったりする必要はないと思うから」
「ん?」
「理想人は理想において平等なんだよー。相手の態度が気に食わないなら、お互いに理想を比べて白黒ハッキリさせればいーんだよー」
「んー……」
でも理屈がそうでも、今までの経験があるからなぁ。
この世界がそうだとしても、私の認識が変わらない限り、私にとっての世界も変わらない。
簡単に言うと、みんながそうでも、私にとっては違うってこと。
「だがまあ、少しくらいは交友関係を広げても良いとは思う」
「アヤメもそう思うの? でも、チームなんて何をどうするのか……それに、共同はやっぱりめんどうだよ」
「あっ、貴女はここに来たばかりでしたね。なら色々教えてあげましょう。回復魔法と物理攻撃だけでは、この先行き詰るかもしれませんよ」
「ハッ、属性ありの武器使えば問題ないっての。それよりアタシを選べば、そっちの黒いのと組んで攻撃力倍増だぜ?」
「なら尚更私でしょ。アマゾネスを越える移動速度と、エルフを越える風の主よ?」
なるほど、これが魔窟の森で行われる三つ巴の戦い。魔窟三国志。
正直なところ、あまり関わりたくない。というか私のメルヒェンにそんな争いごとを持ち込まれると困ります。
「あの、私はそういうの今はいいんで……」
「そうですか……でも、私はこの恩を忘れません。気が向いたら連絡をください。すぐに駆けつけます」
そう言うと、美人のエルフさんは私に一つの宝石を渡してくれた。
曇り一つない綺麗な緑色で、滑らかな表面はまるで水滴みたいに柔らかそうに見える。
受け取ると、やっぱりいつまでも触っていたくなるほど、優しい手触りだ。
「その石に魔力を通せば、私と会話ができます」
「えっ」
うそ、それって私がアリスちゃんに渡したのと同じってこと?
偶然? それとも運命?
私の妄想と似た現実、私がアリスちゃんにしたことと、同じことが起きた。
デジャヴのような感覚、とても不思議だ。
「クッソ、エルフめセコい真似しやがって……」
「アマゾネスは不便ね。私のはこれね。用があったら使いなさい。疾風の速度で向かってあげる」
天狗から手渡されたのは、一枚の羽だった。
この天狗が背中に生やしている翼と同じ色、白の羽だ。
「あの、これはどうやって使えば」
「適当に扇げば、風が私に囁いてくれるわ」
なにその言い方、ちょっとかっこいい。
それはともかく、つまりは召喚アイテムを手に入れることができたわけだ。
これなら私も何とか頼れそうだ。けどアマゾネスは……。
「まあいいや……私からはこれだ」
あっ、何かしらくれるんだ。
と思って差し出されたものを受け取ると、それは紐のついた笛だった。
「なんか見たことある。何の笛だっけ」
「犬笛だ。この森の中でなら音は届くはずだぜ。そしたらすぐに助けに行ってやるぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
なんだか色々と貰ってしまった。
でもなんかおとぎ話みたいでいいかも。助けた代わりに魔法のアイテムが貰えるっていうのは。
「あー、そろそろ作戦会議が始まるよー。イリスちゃん、ついてきてー」
「あっ、はい。それじゃあ皆さん、私はこれで」
私は三人と別れて、シャトーブリアンさんの後に続いた。
「いやー、お肉たくさん食べたから、頑張って仕事しないとねー」
「お肉好きなんですね」
「前世で食べられなかった分、今生はたくさん食べたい」
肉をたくさん食べることが理想になるような前世……考えただけで不憫な気持ちになる。
「どうしてシャトーブリアンさんは……」
「シャーリアでいいよー。何かなー?」
「あっ、はい。シャーリアさんはどうして魔法使いになったんですか?」
お肉を食べたいという理想なら、別に貴族の娘とかでもよかったんじゃ。
「小さい頃に読んだおとぎ話のせいかな。この世界に来たらもう魔法使いだったんだよー」
「おとぎ話ですか?」
「うん、その魔女は、良いことや悪いことをして、主人公の少女を幸福へと導くの。その自由さをちょっといいなって思ったからかもねー」
「魔女、幸福……」
それはきっと、童話のことだ。
姉に灰を被される少女や、茨の奥で眠り続ける少女のお話のことだ。
でも、そうなんだ。
みんなは幸福になる主人公に憧れるものかと思っていたけど、魔女に憧れる人もいるんだ。
「珍しいですね。私は主人公の女の子に憧れます」
「よく言われたよー。でも私はやっぱり魔女がいいかな。だって、魔女は何でもできるもん。きっとお肉も食べ放題だよー。そんな自由気ままで、幸せだからこそ、女の子を導けるんだよ」
私たちは会議室に辿り着いた。
会議室といっても、迷彩柄の大きなテントが設営されただけのものだった。
「おっ、来たな二人とも。こっちだこっち」
「ジムさん!」
「よぉ、活躍は聞いてる。すごい戦果じゃねえか」
「戦果? 別に戦ってないですけど」
「何言ってんだ。お前は命を庇いながら迫り来る死を退けたんだぜ? いわば女神だよ女神。戦士を守護する女神様だ」
す、すごい持ち上げ方をされてる。
でも褒められるのは嬉しい。もっと褒めてくれても良いよ。
「さっ、そろそろ会議が始まるぜ。座った座った」
ジムさんに促され、私はパイプ椅子に座る。左にシャトーブリ……シャーリアさん、右にジムさん。
テントの中は人でいっぱいだ。
その誰もが銃や剣を持った戦士か、兵士か、魔法使い。
前の方からこっちに向かって手を振ってる三人の魔法使いには、すぐ気付いた。
愛想笑いを浮かべながら手を振ると、向こうも笑ってくれた。
ささやかなやり取りがなんだかこそばゆくて、愛想笑いと心からの笑いが半分ずつってところだ。
間も無く、会議が始まった。
壇上に立っている鎧を来た兵士は、おそらく原稿であろう白い紙を手に話を始めた。
最初はアルカディアから来てくれた志願者への感謝と激励。
次に、今回の騒動についてだ。
「生き残った負傷者から情報を集め、偵察部隊に調査してもらった。まだ確定ではないが、恐らくはユートピア側の新兵器だ。その情報は手渡した資料にあるとおりだ」
そういえば、なんかテントに入る時に紙束を渡されてた。
見ると確かにソレに関する情報があった。
正体不明に関する負傷者の証言。
・其は金髪であった。
・其は悪魔のような笑みを浮かべて戦闘していた。
・其は白いドレスを返り血で汚していた。
・其は楽しそうに哄笑っていた。
・其はあらゆる属性の魔法を使っていた。
・其はあらゆる属性の魔法を弾いていた。
・其は血液を操っていた。
・其はスライムのように不定形で、物理が通じなかった。
・其は霧のように実体がなくて、魔法すら効かなかった。
・其は幻のように朧気で。打開は難しかった。
・其は見る者を惑わせ、一部の者を狂乱させた。
……情報量が多すぎる。ちょっと絵本に直してほしい。
でも、エルフや天狗があんな目にあって、誰も太刀打ちできなかったってことは、かなり強い敵ってことだよね。
やっぱ帰ったほうが良いかもしれない。ていうか帰ろう。この会議終わったら逃げよう。
妄想の中でアヤメがなんか言ってるけど、関係ない。命あってのなんとやらっていうし。
「その情報に加えて、偵察部隊がアンノウンの撮影に成功した」
「アンノウンの……」
「資料の最後のページから開いてもらいたい。その画像が載っている」
「っ……」
それはエルフや天狗を軽々と吹き飛ばし、その肉を裂いて骨を砕いた狂暴な存在。
その異形、異型なる者の姿は如何なるものか。
私は恐る恐る指定されたページを開いた。
まるでホラー小説、怖ろしい怪物が背後に迫った、次の瞬間を目の当たりにするような気持ちで。
「っ……!」
「目を瞑ってたら見えないだろうが」
心の中からアヤメにツッコミをいれられて、私は観念して瞼を開ける。
「えっ、これって……」
見たことある。私、この子をどこかで見たことある……。
いつ? どこで? 今朝、夢の中で。そう、<彼女>だ。
「金色の髪、白いキャミソールとスカート、赤眼、少女の姿。これが、今回の難敵だ」
まるで夕暮れの海みたいな黄金の髪と、爛々と光るルビーみたいな瞳。
服は確かに白色だったかもしれないけど、返り血でほとんど赤く染まっている。
白く柔らかそうなほっぺたにさえ、まるでやんちゃな子供みたいに血痕をつけて、口元はにんまりと楽しそうに開いている。
間違いない。夢の中で出会った少女はこの子だ。
でも、どうしてここに?
「以後、この少女は金色と呼称する。この金色の現在位置は掴めていない。警戒はしているが、各自、己の理想をしっかりと見直して欲しい」
理想を手放さなければ、この世界ではなんとか生きられる。
でも別に体が治癒するわけじゃない。誰かが治すまで、永遠に死に掛けの状態が続くだけ。
それはあまりにもむごすぎて、悲劇的で、だからこそ私にはそんなバッドエンドを見過ごせない。
「一応、アルカディアにも派遣要請はしてあるが、すぐに来る保証も無い。気を引き締めてかかってくれ。以上、解散!」
でも、私ならもしかしたら……そんな考えが、自分の中で過ぎったことがなんだか怖くて、私はすぐに宿を取って引き篭もった。
拠点からちょっと戻って宿場町、私は今日の疲れを癒すために、アヤメと一緒に宿をとった。
紘輝さんたちのチームが任されたのは私の案内だけで、別に私はチームの一員でもなんでもない。
一応誘われたけど、なんとなくで断ってしまった。
「どうして断った? 囮くらいにはなったぞ?」
ベッドに寝転がる私に、端っこに座るアヤメが問いかけてくる。
アヤメは基本的に効率しか考えない。
殺意を向けることになった相手を確実に殺すための効率。
私の回復魔法に、基本的に弾切れは無い。仲間が多ければ多いほどに囮として機能して、アヤメの殺意は敵の懐に入りやすくなる。
「まあ、共に戦う仲間の厳選くらいは、しておいて損は無いか」
「別にそういうんじゃないもん」
私が仲間になることを断ったのは、そういう理由じゃない。
そんな曲がりなりにも、もっともそうな理由があるわけじゃない。
「そうか、まだ慣れないか。人と関わるのは」
「んっ……」
慣れないというか、馴染めないというか。
仲間というと、やっぱりそれは特別なものだと思う。
なら、この人と仲間になりたいという、特別な思いがないなら、仲間になる意味が無いと、思う。
「難儀な性格だな」
アリスちゃんや眠り子さんは夢の世界だし、他に仲間と言うと相棒みたいなアヤメだけ。
それ以外に、私の心を惹くような理想人は知らない。
人が嫌いだとか、関わるのが嫌いっていうわけでもないんだ。
たぶん、きっと億劫なんだ。
したいと思わないことをする労力が勿体無く感じて、それなら好きなことを妄想していたい気がして。
それは自分でもとても傲慢で怠惰だと、分かってはいるのだけれど、やっぱり無理すると疲れちゃう。
まあ、それはそれとして、そろそろ夕飯が食べたくなってきた。
気付けば窓の外の空はオレンジ色。夕日は大地の向こうに僅かに見える水平線に沈みつつある。
「夕暮れ、金色……」
金色と呼ばれる少女は、一体何者なんだろう。どうして私の夢なんかに入り込んできたんだろう。
今までずっと考えてきたけど、答えは出ない。
というかお腹がすいた状態で考えてもネガティブなことしか頭に浮かばないし、妄想も捗らない。
「アヤメ、何か食べにいこ」
「ああ。何を食べる? やはり山林が近いから山の幸か?」
「山の幸ってなんだっけ。キノコとか?」
「私は鹿肉とか猪肉が食べたいところだ」
「お肉かぁ。シャト……シャーリアさんと出くわしたりしてね」
私は宿屋の店員さんにオススメのご飯屋さんを聞いて、そこに向かうことにした。
「いた……」
「あー、イリスちゃんも夕飯?」
カウンター席で偶然隣の席に座ってしまった。どおりで肉料理がたくさん並んでると思った。
「お肉たくさんですね。他の人たちは?」
「私、お肉食べられるところが良いんだけど、あの人たちはお酒飲めるところがいいって言うから、今日はもう解散したよー」
かなりマイペースっぽい人だと思っていたけど、ここまでわが道を行く人だったんだ。
まあ理想がお肉をたくさん食べることだから、仲間よりお肉を優先することもあるんだ。
「ここは特に肉料理が美味しいところでね。アマゾネスが店主の丼物屋さんなんだよー。オススメは野人肉丼」
「や、野人肉って……」
「鹿肉と猪肉、それに馬と犬の肉が入ってる。おいしーよー」
「店主、野人肉丼一つ」
「アヤメっ!?」
即座に注文するアヤメに驚いてしまった。
気を取り直して、メニューを開いて、私でも食べられそうなものを……。
うーん、どれも私にはちょっと重そうだ。なんて思ってみると、見覚えのある名前がひょっこり見つかった。
「あっ、牛丼がある」
一瞬、前世に戻ったのかと思った。
牛丼なら何度か食べたことがある。あんまり覚えてないけど、食券買うところの店が好きだった。
食券機の前でどれを食べようか悩んだ末に、ボタンを押して食券が出てきて、それを手にとって店員に渡す。
あの行程がとても好き。すごいわくわくした記憶がある。
ここはそういうタイプじゃなくてちょっと残念だけど、私でも食べれそうだからこれにしよう。
少なくとも顎が強くないと肉が噛み切れなさそうな肉ではない、はず。
「すいません、牛丼ください」
注文した牛丼は、かなり味が濃かった。
塩分、油分ともに申し分なく、きっと肉体労働者にはピッタリかもしれない。
私はインドア派なので、あまりこういう味付けは好きじゃない……と思ったけど、妙に箸が進んだ。
魔法の使いすぎで意外と体力を使ったみたいだ。
一口に魔法といっても、この色々な理想郷が存在する、理想像が交錯するこの場所では、魔法の仕組みも様々らしい。
私にとって魔法は不思議な奇跡で、神秘的な力だ。それ以上でも以下でも無い。
願うこと、祈ること、想い描くことで実現う、理不尽を覆す不条理で、不条理を押し退ける理不尽。つまりなんでもできる。
でもそうじゃない魔法もあるみたい。
それは色々な属性や方法に細分化されていたり、私にとってはどれも同じ魔法なのに、それが魔法、魔術、妖術、呪術とカテゴリが別々になっていたり。
物理法則の再現だったり、物理法則を破るものだったり、無属性の魔法があったり、自分の魔力を使ったり、空気中の魔力を使ったり、科学とコラボしてたり、魔石を使ってたり……とにかくたくさんあるらしい。
まあ、それはそれで、私は私と違う魔法をもっと見てみたいし、もっと触れてみたいと思う。
アリスちゃんの世界も、ある意味魔法みたいなものだしね。
「そういえば、シャー……リアさんの魔法はどんな感じなんですか?」
「私の魔法はねー、割と何でもできる感じ。魔女だからねー」
「そういえば、魔女に憧れてるのに魔法少女なんですか」
「あー、魔女だと年齢的にお肉は胃にきつそうだったから」
割と合理的だけど地味な理由だった。
「イリスちゃんはどうして魔法使い?」
「私はメルヒェンに憧れてて、魔法ってキラキラしてて素敵だと思って、でもお姫様に憧れてて……」
「魔法が使えるお姫様って感じなんだねー。じゃあそっちの子は王子様かな?」
「私は女だ」
「あー、そういう……」
シャーリアさんが意味深な笑みを浮かべて何か察したみたいだけど、それはきっと誤解というか、違うんだよ。私は別にそういう趣味はなくて……。
「あ、アヤメは私の友達です! 弱虫な私と一緒に戦ってくれる、私の親友です」
「イリスは私の友達だ。私の体のデザインで胸が無いことだけを除けば最高の親友だ」
「胸に対してコンプレックス抱きすぎじゃないかな」
「……持ちうる者に、持たざる者の痛みは分かるまい」
そこまで深刻に考えていたなんて、ごめんねアヤメ。
でもかっこよさ最優先だったから、おっぱいはちょっと不釣合いだったんだよ。
私の憧れ、クールでスマート、スタイリッシュでアクロバティック。
可愛い治癒の魔法使いの対極、格好良い殺意の黒騎士。
「なるほどー、確かに仲良しさんだねー」
「えへへ」
それからも他愛もない話をして、すっかり暗くなった頃に解散した。
シャーリアさんも明日は早いから帰って寝るらしい。
私も満腹になった途端、いきなり体が重く感じるようになった。
きっと魔法の使いすぎだ。夢の世界から帰ってきた時も、ご飯を食べたら酷い眠気に襲われたんだった。
あまりの眠気にアヤメに寄りかかってなんとか宿屋について、柔らかなベッドに沈んだ。