メルヒェン10 王様からのスカウト
こんにちは、イリスです。
現在、私はとんでもない場所にいます。
「ほう、それで、この女の子がこの世界を救ったと」
「はい、アルカ王」
絢爛豪華な玉座の間。
目の前の玉座には、ここアルカディアの王様である金髪の青年アルカ王。その横にはキチッとスーツで身を固めた真剣な表情の椿さん。
そして私は恐れ多くも普段着。
まだこの世界に来て間もない私にとって、王様と謁見する時に切れる服なんて持ち合わせていなかった
どうしてこんなことになってしまったのか……というか私はこのあとどうなってしまうんですか、椿さん。
「そんなに怯えないでほしい。私は確かに王だが、この世界では理想の下に全てが平等だ」
「は、はぁ」
「私はただの、この国の管理者なだけだ。さて、先ほどの話だが、本当なのかい?」
「は、はい。本当です」
私が夢での戦いの後、椿さんと一緒に夕飯を食べに行った時に私は夢の中での出来事をちょっぴり自慢げに話した。
私は夢の中で無明さんと出会って、夢想の獣が全ての夢と理想を食い散らかしてしまうと。
それを解決できる人間が限られているというので、私が協力したこと。
それから無明眠り子のこと、アリスのこと、夢の理想のこと。
「なるほど、報告どおりだ」
「えっ、ちょっと待ってください。報告って」
「私の知人に、エルフの友人を持つ勇者がいるんだけどね、彼からの報告だと夢想空間に歪みがあったらしい」
「む、夢想空間……?」
「つまりは我々が今いる空間とは隔絶された、一種の別空間。有り体に言えば異界だ」
ちょ、ちょっと待って。それはつまり、この世界に危険が迫っていることは、この人は知っていたってこと?
「エルフという種族のうち、夢想空間に国を持つエルフがいてね。なんらかの異常が発生しているというのは知っていた。」
「えぇ……」
「それに、仮にその獣が解放されたとしても、それが理想である以上、一方的に食い殺されるということはないだろう。無論、理想比べによって決まるものだが」
「じゃ、じゃあ、私がやったことって……」
なんてことでしょう。私は完全に働き損だったのでは……?
「そんなことはないだろう。現に、君は自分の理想に一歩近づいたのだろう?」
「そ、それはまあ、そうですけど……」
「夢想空間にある理想は異質だ。我々でも未だに解明は出来ていない。よほど独特な理想なのだろうが……しかしイリス、君の活躍は称賛に値する」
「えっ?」
「さっきも言ったとおり、夢想空間は未知だ。異常を知りながら、迂闊に手を出せなかったがゆえに対応が遅れていたが、君は迅速に危機を取り除いた。君はこの世界における何人かの理想人を救ったことになる」
「救った……私が、誰かの理想を?」
なんだか知らないけど、たぶん前世でもこれほどほめられたことは無い。
というか、私って結構すごいことした? もしかしてお手柄?
まあ、少なくともアリスちゃんを救ったことにはなるよね。
確かに私は、人を救ったんだ。
「で、あるからして、王様としてはこの国の民を救ってくれた君に対して、無碍な扱いは出来ない」
「い、いえ、そんな。私は自分の理想のために……」
「この世界では誰もがそうだ。その上で利のある活躍をしたならば、それこそ称賛されるべきだろう。善効するものがそれを当然としても、善行されるものがそれを当然などというのは乞食の発想だ」
難しいことを言われてよく分からないけど、とにかくお礼を言われているということは分かった。
「イリス、君には報酬を与えよう。とりあえずは相応の金は当然として……何か望みはあるか?」
「その、ちなみにお金はおいくらくらいですか?」
「少なくとも北区の高級住宅を手に入れて、向こう5年は贅沢の出来る額は用意しよう。女の子ならオシャレもしたいだろう?」
「あ、あわ、あわわ」
北区というと、あのやたらセレブリティで高級感溢れる宅地だ。観光のときに見た。
高所にあるから景色も綺麗、アルカディアを一望できるものすごい贅沢な立地だ。
「アルカ王、あまり女の子をからかっては」
「これくらいの報酬は当然、というか足りないくらいだと思うけれどね。私はともかく、戦う力の無い理想からしたら恐怖でしかない存在を倒してもらったんだからな」
「それは確かにそうかもしれませんが」
「そういえばまた婚活失敗したらしいな。またビジネススーツみたいな格好で行ったのか?」
ちなみに椿さんの婚活は失敗していた。
容姿は良いものの、相手の抱いている理想がちょっとアレで、一流のミュージシャンになりたいとか。
椿さんは共働きが嫌らしく、専業主夫と結婚したいらしい。
「主婦業ならむしろ女性の方が望みそうなものだが」
「私は支える方より支えられる方が……アルカ王、そろそろ」
「そうだな、本題に入ろう。イリス、すまないけどもう少し時間を貰いたい。残る用件は二つだ」
若々しい金髪の青年の姿の王様は、どうやら遊び心が満載らしい。
それとも私の緊張をほぐそうとしてくれたのだろうか。やさしい王様だ。
「金の他に、なにか望みがあるか?」
「あー、いえ、特には無いです」
「……欲が無いな」
「えっと、私が欲しいのは、誰かから与えられるものじゃないですから」
するとアルカは機嫌を良くしたようで、一掃楽しそうな笑みを浮かべた。
なにかおかしいこと言ったかな……。
「逆だったな。君は存外欲深い」
「あっ、ご、ごめんなさい。なんか偉そうなことを……」
「いや、むしろそれは理想人としては理想的だ。精々その心意気で理想を実現してくれ。さて……残る一つだが」
途端にアルカの表情はこれまでにないほど真剣なものになった。
見た目は青年なのにも関わらず、その威圧感は覇王のレベルで……思わず漏れそうになった。
「ここからはスカウトだ。君は見たところ魔法使い系のようだが」
「は、はい。でも回復しか出来ませんです」
「だがその回復力は絶大だ。その能力、アルカディア軍の衛生兵となって活かしてみないか?」
アルカディア軍の、衛生兵?
えっと、それはつまり……
「あの、すいません、一つお聞きしたいんですけど」
「福利厚生のことなら、納得のいくところまでゴネて貰ってもかまわないが」
「衛生兵ってなんでしたっけ?」
衛生兵というのは、つまり戦場のお医者さんのことだった。
「報告によると、夢の世界そのものを復元、維持するほどの回復力をもった魔法を行使できるらしいな」
「は、はい。回復しか出来ませんけど……」
「現在このアルカディアは、交流の意味も込めてユートピアと模擬戦争をしている。が、こちらの戦跡があまり芳しくない。なにより回復役が不在なのが痛い」
つまり、私に戦場でお医者さんをしてほしいということだ。
正直ぜんぜんやりたくない。
いやだって戦場って、メルヒェンの欠片もないというか、怖そうというか絶対怖いでしょ。
「えっと……」
「心配は要らない。お前は拠点で引き篭もって負傷者の救護をしてくれればいい。勿論、働きに応じた報酬は約束しよう」
「いや、まあ、そうなんですけど、ちょっと私には荷が重いというか……」
すると王様はフッ、と口元を歪めた。
「今すぐここで決めろなどとは言わない。年頃の女の子を戦場に送るのも酷な話だからな。だが、お前が一刻も早く己の理想を叶えたいというならば、こういう機会には積極的になったほうがいいというのが一人の理想人として私からのアドバイスだ」
「は、はい、どうも」
「気が向いたらいつでも声をかけてほしい。いつでも歓迎しよう」
王様の笑みは、どことなく悪魔的で、まるでこれから起こる全てのことを見通しているかのような余裕に満ち溢れていた。
アルカ王との面談は終わった。緊張で背中がびっしょりだ。
私が死ぬほど緊張していたのを見抜いていたのか、変えるときに椿さんを付き添いでつけてくれた。
「お疲れ様でした」
「あぁ、椿さん…」
私の顔を見た途端、さっきまで一流のキャリアウーマンみたいな表情をしていた椿さんは柔和な笑みを浮かべてくれた。
「すみません。仕事となると手を抜けなくて」
「い、いえ、私は全然、大丈夫ですんで!」
広すぎて迷いそうな城を椿さんの案内で簡単に抜け出す。
今日も空は青く澄んでいて、理想に挑戦するには良い日和だと思う。
とりあえず休憩ということで、私と椿さんは城の近くにあるファミレスに入る。
犬耳の店員に案内され、蛇人が注文を取りに来て、豚鼻がポークステーキを持ってくる。
豚肉が調理されて平気なのだろうか。
「食肉はすべて養殖されたものですから、理想人とは関係ありませんよ。人間も同じです」
「その、倫理的には……」
「この世界は理想が全てですから」
悲しいけれど、この世界はそうなんだ。
でも私の世界では、誰かが地を流すようなことはなくしたいな。
魔法の力でたくさんのお菓子を出せるようになれば、誰も死なずに済むからね。
そう思いながら、ポークステーキを切ってぱくりと食べる。
「おいしいっ!」
「たまには理想から離れて息抜きすることも大切ですね」
醤油ベースのソースがステーキによく絡む。香ばしい匂いとリンゴの甘味、ガーリックの辛味と多様な旨味が私の舌を包み込む。
「さて、今回のアルカ王の話ですが、受けてみてもいいと私は思います」
「えっ……」
ちょっと何を言っているのかよく分からない。
そんな、だって戦場なんて危険な場所に行かなくったって、理想は少しずつ実現していけば良いと思うんです。
「イリスさん、お話から察するに、恐らくその理想が実現するまでには恐ろしく過酷な道のりが予想されます。そして、それは理想を叶える上でどうしても避けられないでしょう」
夢を叶えるために、理想を実現させるために。
私の前には、まだ現実が立ちはだかるらしい。
「自ら理想へと手を伸ばすか、降りかかる試練を待ちながら備えるか。どちらにせよ、この世界に居る限り、理想を叶える機会は必ず訪れるでしょう。ただし、理想を諦めてしまえば消え去るのみです」
厳しい現実だ。
この世界は確かに不思議で素敵なものに満ち溢れている。
色々な世界観が交差しあって、魔法や妖精もたくさん存在している。
それでも、私の理想とは別物だ。
この世界は通過点で、目指すべき理想はやっぱり自分の内にあるんだ。
「理想の叶え方に正解はありません。無理して戦争に行く必要も無いとも思いますが、最近の模擬戦争は使者が出にくい比較的安全な戦争ごっこです。参加してみても損は無いかと」
「うーん」
戦争ごっこ。そこまで言うなら参加してみようか。
いや、でも試練の方から来てくれるというし、そんなに急ぐ必要もないかも。
「私は行きたい」
「あっ、アヤメ」
アヤメは私の隣に突然姿を現した。
最近はアヤメを妄想から出し入れすることが出来る様になったんだけど、この子は私の呼びかけに応えるだけで、呼ばなくても自分で出てこれるんだよね。勝手に出てくる。
「こんにちは、椿」
「こんにちは。アヤメさんは参加を希望されているのですね」
「当然だ。なにせ私はこういう役割だからな」
腰から引き抜いたダガーナイフを見せて、アヤメはくるくると上に放ってはキャッチする。
「死線の数を潜った分だけ強くなるものだ。私が技を磨くには絶好の機会と言える」
「一応、殺傷は禁止なんですけどね」
「そのためにイリスがいる」
あー、なるほど。と椿さんは素で感心したような反応。
「行くならアヤメ一人で行ってよ……」
「別に構わないが、その間はどうやって自分の身を守るつもりだ?」
「ま、魔法でなんとか……」
「魔法を無効化する能力や技術があるかもしれないぞ?」
「ありますよ。理想によって色々と」
椿さんは完全にアヤメの味方だ。
ひどいよ二人とも、私に友人なんて一人もいなかったんだ。
「裏切り者ぉ……」
「安心してください。僅かでもアルカ王に反応させた夢想の理想を相手に、こうして勝利し生き延びているわけですから、イリスさんの理想は十分に通用します。並大抵のことでは潰されたりはしないでしょう」
椿さんはもう私が行くこと前提で励ましてくれている。
アヤメの言うことも分かる。アヤメは私の殺意だから、殺意を向ける対象が居ない状況が続くと活躍できなくて困るんだ。
「あーもう分かった。分かりました! 行けばいいんでしょ!? 行けばぁ!」
「大好きだぞイリス」
もう、私の親友がこんなに遊び心を得ているなんて思わなかった。
私の妄想も、ここに来てからちょっぴり変わったのかもしれない。
「……ってことがあって、なんかガンダーラって所に行くことになったよ」
「戦争ごっこ、ですか。物騒なような、そうでもないような」
机の上に置かれた、オーロラの幻色揺らめくボルダーオパール。
そこから響く声は夢の中で出会った夢の少女、アリス。
彼女とは住む世界が違うけど、この宝石を介して繋がることが出来る。
「アリスちゃんってこの世界のこと見てたんだよね。ガンダーラのこととかも知ってる? どんなとこ? 資料貰ったけど読むのめんどくさくて」
「イリスさんは割りとものぐさなんですね」
「えへへ」
ガンダーラ、アルカディアや大陸の西端にあるユートピアと同じ理想郷だってことは知ってる。
ここは中世のファンタジックな場所で、ユートピアは近未来な場所らしい。
「ガンダーラはこの大陸の中央から最南端にある砂漠地帯の理想郷です。アラビアンな街並みで、魔物は乾燥に強い種類が多かったです。かつてはジンなど色々いましたが、理想戦争によって野生のモンスターはアルカディアに避難した者以外は全て駆逐されました」
「く、くちく?」
「今でもあまりモンスターは戻っていなくて、野生動物の方が全然多いです。理想の傾向は牧歌的なものが多く、それが原因でユートピアとの交戦ですぐに陥落してしまってました。それがキッカケか分かりませんが、好戦的な理想人が増加傾向にありますね」
「ちょ、ちょっとタンマで」
思ったより本格的な解説が始まって、情報量の多さに困惑してしまった。
とりあえず、砂漠にある理想郷で、意外とのんびり出来そうってことは分かった。
「それで、戦場っていうのは?」
「戦争ごっこには何種類かのフィールドがあります。大別して陸海空。陸のフィールドはガンダーラ付近砂漠地帯、大陸を西と東に分ける山岳地帯、ユートピアから東にある平原地帯。魔窟の森の森林地帯があります」
結構色んなところでやってるんだなぁ。
キラキラと輝くオパールの光。
見ているだけで、永遠の夢を思わせて、込み上げてくる不安を忘れさせてくれる。
戦場への恐れとか、未知な理想たちへの畏れとか、敗北への懼れなんて、獏に食べられてしまったみたいに。
「イリスさん、自分の理想を信じてください。私や眠り子お姉ちゃんを乗り越えたあなたなら、きっと大丈夫です」
「うん、ありがとうアリスちゃん。私はそろそろ寝るよ」
「はい、おやすみなさい。楽しい夢が見られますように」
オパールから明るさが失われ、普通のキラキラと光を反射する普通の宝石に戻る。
宝石は妄想の像、私が意識しなければ簡単に消えてしまう。
眠気が本格的に襲ってきた。
明日は早い、さっさと寝てしまおう。
「終わったのか。もう寝るぞ、明日は早い」
「うん、アヤメ」
椿さんは変に気負うことはないと言ってくれた。
王様も、他人と関わるとしても他人を意識する必要はないと言ってくれた。
もう何の憂いもない……というわけにはいかないけど、でも、何とかなる気がする。
「アヤメもいるしね」
「なんの……悪い癖を発揮したな? まったく心配性の治らない奴だ」
「もう大丈夫だよ。ここまで来たんだから」
理想を叶える機会を与えられ、理想の世界に転生するなんてことが、とっくに奇跡みたいなもので、おとぎ話みたいなものなんだ。
そしてこんな私でも、誰かの理想を乗り越えて、救って見せた。
なら、恐れ知らずの自信くらい、もってもバチは当たらないよね。
「そうだな。だが、もう一つ肝心なことを忘れている」
「えっ、肝心なこと?」
「楽しむことだ」
私は呆気にとられて、少し考えて、あっ、と声を漏らした。
「せっかく私と一緒になったんだ。もう少し楽しんでくれ」
「うん、そうだね。せっかくこんな夢みたいなことにめぐり合えたんだもん。楽しまないと損だよね」
「そうとも。さあ、もう寝ろ。期待に夢を膨らませながらな」
今日はきっと素敵な夢が見られる気がする。きっと。