7話:その♀、友達はいりません。
制服の襟口に当てた手をモジモジと動かしながら、三條さんは立っていた。
なんで、彼女がここに……?
というか、思ったよりも背が低いんだな。普段座っているイメージが強いせいか、彼女が立っているだけで新鮮な気分だ。
いかん……つい余計なことを考えてしまった。突然の出来事にちょっと混乱気味だ。
「さ、三條さん……どうしたんだい?」
「あの……同じクラスの茅野くん、ですよね? それと……雨宮、さん」
「うん、そうだけど……」
三條さんの消え入りそうな質問に答えつつ、隣に立つアリスを盗み見る。
「――――」
予想通り、アリスは固まっていた。
口を開けて、目のハイライトまで消え失せ、心なしか顔も若干青い。
完全な機能停止だ。まるで蝋人形のようだな。
「突然……すみません。あの、その……たまたま近くを通った時に、私の名前が聞こえてきたので……」
たしかに、三條さんの名前を出してしまっていた気がする。いくらここが死角といえど、三條さんが滅多に席を立たないとしても、不用意だったかもしれない。
それと……、三條さんって意外と気弱な子なのだろうか。
教室で見るぶんには、背筋もすっと真っ直ぐで凛としていて、もっと堂々としている子、というイメージだった。
「それで……、お話し、聞いてしまいました。盗み聞きのようなマネをして、ごめんなさい……」
「い、いや……それは」
なんと答えればいいものか。
三條さんはどうやら、ぼくたちが自分の話しをしていることに気づいたらしい。
そしておそらく、今朝のアリスの行動の真意も察しているだろう。
……でも、待てよ。
よくよく考えてみると、これはむしろ事態の好転ではなかろうか。
今こそ、三條さんの知らないところで動いていたけど、最終的には彼女と直接話しするのも目的なんだ。
なら、戸惑うこともない。
「こちらこそ、コソコソとすまない。ぼくたちは、三條さんと話しがしたかったんだよ」
「は、話し……」
「うん。クラスも一緒だし、それに、三條さんがよければだけど……友達になれたらって――」
「……ご、ごめんなさいっ!」
「っえ?」
さっきまでの消え入りそうな声とは裏腹に、とつぜん三條さんは大きな声でぼくの声を遮った。
自分でも意外な音量だったのか、三條さん自身も少し驚いたような顔をしていた。
「あ……す、すみません」
「いや……」
でも、三條さんの"ごめんなさい"とは、何に対してなのだろうか。
話しを聞いていたことにはさっき謝ってたし……やっぱり……。
眼鏡をよしながら、しばらく俯いていた三條さん。
再び顔を上げた時には、いつも窓を眺めている時のような虚ろ気な表情だった。
「茅野くんの提案は、う、嬉しいのですけど……ごめんなさい。私は、あなたたちの友達にはなれません」
「そ、それって……」
「私には、もう関わらないでください……ごめんなさい……では」
「あ、ちょっと待っ……!」
制止もかなわず、三條さんは逃げるように階段の向こうへと去ってしまった。
ぽつんと静かになった踊り場で、ぼくは空を掴んだ手を下ろしながらひとつため息をつく。
「友達にはなれない……か」
それに、関わるなとも言われてしまった。
今までまるで親交のない彼女だけれど、真正面からそう言われるとちょっと胸に刺さるものがあるな。
でも、だ。
「アリスはどう思う?」
「――――」
……そうだった。
アリスは絶賛稼働停止中だったな。
肩を揺すぶりながら起きろーと耳元で声をあげてやる。
すると間もなく瞳に光が宿りはじめた。
「そうですね。先ほどの三條さまの様子、挙動……あれはかなり不審なものがありました。明らかに何かお抱えのようでした」
「いきなり話しはじめた!?」
それに今までの流れをちゃんと理解している!
完全にブッ飛んでたと思ったけど意識はちゃんとあったんだな……。
「……で、これからどうしよう」
とは言ってみたものの、ある程度自分のなかでは今後の目処がたっていた。
そして、アリスも予想通り、期待通りの応えを返してくれた。
「調査は、このまま続行しましょう。ただし……」
「こっちからのアクションは控えて、だな」
「ええ」
アリスと頷き合う。
さっきの三條さんの様子、そして「関わらないで」という言葉。
そこに含まれる真意はわからないけど……
とりあえずは、今は待つしかなさそうだ。