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2話:その♂♀、クラスメイト。


 ――"お金持ちのボンボン"がゆえの苦労。


 それは総じて、そのステータスに起因する。


 まるで別世界の人間であるかのように、ぼくから一線を引いて身構える者。

 少しでもその財力にあやかろうと、媚を売り下手(したて)下手に近寄ってくる者。

 この十数年の間でも、そんな人間が非常に多かった。


 彼らの目には、ぼくは一人の"茅野祐人"という人間ではなく、"資産家の息子"という風にしか映っていないのだろう。


 そのせいで、どうしても周囲との"壁"を意識してしまうことが多々あったのだ。


 ……だが、そんな悩みも最近は感じなくなっていた。


 両親に勧められたこの学園に入って以来、ぼくのそんな悩みなど些細なものだと、そう思えるようになったのだ。



 ♂ ♂ ♂



 アリスの茶番劇テロの影響で結構ギリギリになったが、なんとか登園。

 息を整えつつ廊下を歩いていると、うちのクラス、1-A教室のすぐ近くで異物を発見した。


 学園の白い廊下。それに合わせたのか、髪や肌、制服までも白色に染めた異物……いや、人物がその床に仰向けに寝そべっていたのだ。

 クラスメイトの影井(かげい)くんである。


「おはよう、影井くん」


「……」


「返事がない。ただのしかばねのようだ」


「……違う。違うんだよ茅野くん。俺はそんな言葉が欲しいんじゃないんだ」


 くわっと目を見開く影井くん。床に目がついているようで若干不気味だ。


 ぼくのクラスメイトである影井くん。

 彼は事あるごと、あらゆるものに擬態することを生き甲斐にしている、いわば"擬態♂"なのだ。


「というと……」


「俺が欲しかったのは朝の挨拶ではなく、蹴り、だ」


「影井くんはドMだったのかぁ」


「いや、そうじゃなく……いや、まぁでも……ごほん。……正確には、知らずに俺を蹴ってしまい『うわ! こんなところに人が! 廊下と同化していて全く気づかなかったよ!』……的なリアクションが欲しかったのだ」


「そうだったか。気が利かなくて申し訳ない」


「いや、いいんだ。今回は俺が未熟だっただけ……。う~ん、前回の"天井擬態"はうまくいったんだけどなぁ」


「あまりの同化っぷりに欠席扱いになってたもんな」


 今回はたまたまぼくにバレてしまったのだが、普段はその存在を容易に気づかせたりはしない。彼は高等な擬態術の持ち主だ。

 そんな彼を人は"影の同化師"と呼んだりもする。


「でも……そろそろ控えないと出席日数ヤバイんじゃないか?」


「ふ……、擬態のためなら留年すら甘んじて受けるさ」


「漢だな、影井くん」


 でもはたして、八年後の強制退学までその意志はもつかな?

 ……あ、そうか彼はドMだからいいのか。



 ♀ ♀ ♀



「――っ!」


 再び目を閉じた影井くんに別れを告げ、教室の扉を開く。するととつぜん、謎の"影"が飛んできた。


 咄嗟に上体を逸らすも、ぼくの片頬には一筋の赤い液体が刻まれてしまっていた。


 あ、危ない……、影井くんのこともあって少し気を抜いてしまっていた……。


「茅野く~ん! おかえりなたいまてー♪」


 と、"影"の飛んできた方向から聞き慣れたもえもえ声。その主ともバッチリ目が合ってしまう。


 予想通り、クラスメイトの土居(どい)さんだった。

 見た目だけでいえば、メイドさんの格好をした小柄で可愛らしい女の子である。


 だが、メイドはメイドでもうちの使用人であるアリスとは似ても似つかない。

 アリスは、本来メイドの意味である"家政婦"、"ハウスキーパー"の名にふさわしく、淡々とうちの用事をそつなくこなす。まぁ、総合能力的には一般の使用人レベルを大きく逸しているのだけど、そこはいいだろう。


 対して、土居さんは典型的な"アキバ風メイド"の容姿。制服をフリフリに改造したり、頭に猫耳や狐耳のカチューシャをつけたり……完全にエンターテイメントの方向に突っ切っているのだ。


 ……くわえて、その能力や趣向もたいへん偏っている。そこが怖いところなのだ。


「アタシの"もえもえびぃむ"を避けるなんて、ヒドイよ茅野きゅ~ん」


「扉を開けて早々奇襲かけてくる方がよっぽど酷いんだが……!?」


 抗議しつつ後ずさりながら、頬についた赤い液体……トマトケチャップをティッシュで拭う。


 そう……彼女は誰かと目が合うと、見境なく「○○くんっ♪ もえもえびぃ~むぅ♪」と言いながらケチャップを飛ばしてくるのだ。クラスメイトたちは皆、彼女のことを"飛ばし()"と呼ぶ。

 それを朝一で浴びたものは心の底から"しゃーわせ"になれるというのは本人の談だが、それを実証した者は今のところいない。


「よ~し、茅野きゅんっ! 次はマヨネーズとケチャップの"だぶるびぃむ"だよん♪ 今度は避けちゃダメだよっ?」


「ひっ! た……助け……!」


「萌え萌えキュンキュン~……、だぶるびぃ~~~むぅっ♪」


 ぼくの乞いむなしく、土居さんの両手にもつチューブからそれらは放たれた。

 螺旋状に絡み合うトマトレッドと卵色の二重奏。それは"バビュビュッ"と、萌えという言葉に全くそぐわない音を奏でながらぼくの方へと一直線に向かってくる。

 ……ば、万事休すか。


 そう思われた時、ふいに人の気配がした。


「……う~む、今日は本格的に同化は失敗だなぁ。仕方ない、今日は久々にちゃんと出席する――」


「あっ」


 なんと! ぼくのすぐ隣にさっきまで話していた影井くんが現れた!


「あ~♪ 影井きゅん~! 堂々と教室に入ってくるなんて久しぶりだねん♪」


 そしてさらに! 影井くんの登場に驚いた土居さんの手元が揺れ、ぼくに向かっていたはずの紅白色がその軌道を変える!


「ぶ、ぶきゃぁぁぁ――――!! 目が……目がぁぁぁぁぁ――!!」


「あっ♪ ……ふっふっふ~。よかったね、影井くん! これで今日一日しゃーわせに過ごせるよんっ♪」


 軌道の行き着く先で、土居さんは楽しそうに跳ね、影井くんは両目を押さえて雄叫びをあげていた。





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