11話:その♂♀、友達。
あの二人組みは、服装の通り他校の人間……それにこの周辺では札付きのワルだったらしい。
名前はそれぞれ……下須野キワミと木築野ショウコ。
なんでも、隣町で起きた事件の不良グループの残党だそうだ。
そういえば以前、新聞で読んだような気がするな。
そして今、顔面を殴られたぼくは念の為保健室へ向かうところだ。
付き添いとして三條さんが一緒に来てくれた。
屋上から保健室までずっと沈黙を保っていた三條さんとぼく。実際以上に長く思えた道を過ぎ、ようやく保健室に備え付けのパイプ椅子に腰掛けた。
「……あの、茅野くん」
そのタイミングで、三條さんが呟くようにぼくの名前を呼ぶ。
「今日は、私のためにごめんなさい……。それと……助けてくれてありがとう」
「い、いや……、実際ぼくは何にもできなかったしさ。お礼はアリ……雨宮さんに言ってあげてくれ」
「でも、茅野くんも私を庇ってくれたから……。だから、ありがとう」
「うん……」
こうして真っ直ぐにお礼を言われるとどうにも照れくさい。
でも、心地良いくすぐったさが胸に広がった。
「でも、どうして……?」
「え? それは、どうしてあの場所にいたかってこと? それはたまたま三條さんを見かけて、急いでたから気になって……」
「あ、いえ。それもなんですけど……」
少し俯いた三條さんだったが、すぐにこちらに向き直る。
窓から入る日差しが彼女の眼鏡に反射して少し眩しい。
「どうして……私を助けてくれたんですか? それに前にも、と、友達……とか」
「ああ……」
そうか。
三條さんはもっと根本的なことを知りたかったんだ。
つまりは、なぜぼくたちがここまで三條さんを気にしてるかってこと。
そしてその理由は……ぼくの中ではずっと動くことはない。
「それは、三條さんがぼくと似ていたからなんだ」
「茅野くんと、似ていた……?」
「ああ。昔のぼくとね」
そうして、ぼくの過去の身の上を簡単に話した。
自分の家庭環境のこともあって、周囲と壁を作ってしまっていたこと。
以前通っていた学校、そのクラスでも誰とも話さず浮いてしまっていたこと。
そんな自分が嫌だったこと。
この学園に来て、変なクラスメイトたちと知り合って、いつのまにか以前までの壁がなくなっていたこと。
そんな時、一人でいる三條さんを見つけたこと……。
「いつも窓を見ている君が、その時のぼくと重なってしまってね」
「そうだったんですか。……でもたしかに、一緒かも。私は今の今まで、クラスの皆さんと極力関わらないようにしてきましたから……」
「それはどうしてか、尋ねてもいいかい?」
「はい」
三條さんは怖がるでもなく怯えるでもなく、自分のことを話してくれる。
そこには以前のような警戒の色もなく、ほんの少しぼくに近づいてくれたような気がした。
三條さんの話しからわかったこと。
それは……彼女にはあるコンプレックスがある、ということだった。
彼女のかけている眼鏡……実は"伊達"だそうで、そのコンプレックスに関係しているらしい。
そのせいで、昔から友達は学校のクラスメイトにからかわれることが多かった。当時の自分を取り巻く何もかもが嫌になり、必然、引っ込み思案な性格になってしまった。
ただ、元々は人と関わるのが好きで、このままではいけないと思い始めた三條さん。
そんな時に見つけた進学先がここ……天照学園だった。
変人揃いで有名なこの学園なら、自分のコンプレックスなど目立たないだろうと、そう考えた。
「……でも、ずっとコンプレックスだったことなので、なかなか自分から打ち明ける勇気が持てずにいたんです。それで、ウジウジしてる間に……」
「あの不良たちに目をつけられた……ってことかな?」
三條さんはコクリと頷く。
入学して間もない頃。三條さんがトイレの洗面台の前に立っていると、ちょうどあの二人組みが現れた。そこで運悪くコンプレックスの原因に気づかれてしまったらしい。
その時の慌てる三條さんの態度を察してか、不良たちは条件を突きつけてきた。
……黙っててやるから、アタシたちの言うことをきけ、と。
それ以来、誰にもコンプレックスのことを打ち明けることなく、不良たちにも絡まれ続け、三條さんの引っ込み思案は加速し続けてしまった。
「なるほど……そういうことだったんだな」
「自分から打ち明ける勇気があれば、あの時も気丈になれたのに……私は弱かったんです」
「仕方ないさ。ずっと悩んできたことなんだから。ここがどれだけ変わった風習の学園だからって、いきなり人に打ち明けるのはとても勇気がいることだよ」
「ありがとう……」
静かに礼を言って、三條さんは再びぼくの方を見る。
その眼鏡の奥からは、心なしか強い決意が感じ取れた。
「でも、今回のことでもう一度勇気を出そうと思えました。茅野くんたちが気にかけてくれて、助けてくれて、それに以前……友達になりたいって言ってくれて」
あの時の三條さんは"友達にはなれない"、そう言っていたけど。
あれは不良たちのこともあってのことだったらしい。
「あの時のお返事、やり直させてくれませんか?」
「ああ、いいぞ」
「では」
喉をならし、大きく深呼吸。
そして、
「――あ」
三條さんは……眼鏡を外した。
自分のコンプレックスを隠すための壁を、自らの手で取り除いた。
「私も、偽りのない本当の自分で言います。……あの、茅野くん?」
「……あっ、すまない……! つい、見とれて」
「え? ……へ!? 見とれって……」
「ああ! いやいや! 気にしないでくれ!」
危ない危ない。
三條さんの素顔に思わず思考停止しかけてしまった。
なんというか……すごく素敵だったのだ。
「は、話しの腰を折ってすまん。続けてくれるかい?」
「はい。では……」
気を取りなおして、三條さんは真っ直ぐにぼくに向き合ってくれる。
「私も、あなたたちと仲良くなりたい。改めて、私と友達になってくれませんか?」
三條さんの素直な思い。
それに、三條さんが見せてくれた本当の彼女。
さっきは思わずぼうっとしてしまったが、覚悟をもって伝えてくれた彼女の心に応えなくてはいけない。
……とはいえ、僕の応えなど今更勿体ぶるでもなく決まっている。
「うん、これからよろしく。三條さん」
夕日射す保健室の片隅で、ぼくたちは友情の握手を交わす。
こうして、ぼくと三條さんは晴れて友達になった――
次回、最終話。エピローグ的な内容になります。




