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1話:その♀、うちの使用人。

今作は、短めの中編となっています。

しばらくどうぞよろしくお願いします。


 ぼく――茅野(かやの)祐人(ゆうと)の生まれ育った茅野家はけっこうな資産家だ。

 専属の使用人を数名抱えられるほどには裕福である。

 一人息子であるぼくも、こと金銭面においては何不自由なく過ごしてきた。

 ……まぁ、この境遇故の苦労もままあったのだが。


 さておき。

 そんなぼくは茅野家の名の下、昼間は優等生たちの集まる学園に通い勉学に励み、家に帰ると日常のエチケットやマナーの習得に精を出す。

 そんな資産家の子息らしい生活を送って……


 ……はなく。


 実際のところ、使用人(であるはず)の少女に弄ばれたり、一風変わった学園に放り込まれたりと、なかなかに慌ただしい日々を送っていた――



 ♂ ♂ ♂



 ある晴れた日の朝。


 いつものようにダイニングで朝食を待ちながら新聞を広げていると、一つの事件の記事が目をひいた。


 ――未成年不良グループ、一斉摘発!


 隣町の、そのまた外れにある廃倉庫での出来事らしい。

 あちこちで小さな傷害事件を起こしていた不良女子高生グループ、その根城が判明し、事件の収束に繋がったとのことだ。

 読み進める。


 ――連行時、その場に居合わせた犯行グループのリーダー格の少女、および通報したと思われる少女、さらにはその友達と名乗る少女……その三名はなぜか、それぞれの頭に男性用下着を着用しておりうんぬん……。

 そのことから巷では『女子高生パンツ被り事件』と名付けられうんぬん……。


「うーむ」


 思わず新聞の一面を見直す。

 本物だった。

 偽物の新聞社ではないようだ。


 ということは、こんな事件が実際にあったのか……。不可解な事件だ。

 そもそも、傷害事件と男物パンツの関係性がイマイチ理解できない。


 世間一般の人からすれば、この謎もすぐに理解できるのだろうか。


祐人(ゆうと)さま、朝食をお持ちいたしました」


 不意に背後から声がする。

 振り返ると案の定、そこには濃紺のワンピースに白いエプロンを合わせた……いわゆるメイド服姿の少女がいた。


 うち……茅野(かやの)家の専属使用人――雨宮(あめみや)アリスだ。

 彼女はぼくが見ていた新聞に目をくれると、抑揚のない声でつぶやいた。


「なにやら物騒な世の中になってまいりましたね」


「本当だな。字面からも変態性が溢れ出てくるようだ」


「それにその事件、残党も数人ばかり取り逃がしたという噂も聞き及んでおります」


「そうなのか?」


「ええ。……それに加え、これまた別の町では、ひと目見ただけで女性を登頂(くっぷく)させる輩も存在するそうで……。いやはや、世も末です」


「この世界にはそんなのがいるのか……恐ろしいなぁ」


「なにが起こるかわからぬ世の中です。祐人さまもゆめゆめ、お気をつけくださるよう」


「ああ、そうだな」


 注意を促してくれたアリスを改めて見やる。

 短く揃えた黒髪に、冷たく光る黒目がちな瞳。白い頬に、控えめに結ばれた薄い唇。

 華奢な容姿と服装も相まって、口を開かず立っているとまるで西洋の人形のように美しい少女だ。


 ……が、その口が今はせわしなくうごめいていた。


「ところで祐人さまもぐもぐ、朝食をお持ちしましたもぐもぐ」


「ありがとうアリス。ところで、今は何を食べているのだ?」


「祐人さまにお持ちした朝食でございもぐ」


「いや、人のご飯勝手に食べちゃだめっしょ」


 ございもぐってなんなんだ……。

 アリスの手元の食事は綺麗サッパリなくなっている。

 当の犯人は、まるで何事もなかったかのように瞼を伏せ口元を拭った。


「ごくん……。あらまあ。うっかりとはいえ、本来祐人さまのお食事につい手を出して……もとい舌を出してしまいました。心苦しいことこの上なし」


「その割には堂々と食べてたよね?」


 シルバー類の扱いもそれはそれは凛としていた。


「ですが、社会的にも底辺である使用人としては、致し方ないのです。わたくし達使用人は、こうしてご主人さま方の残飯を貪ることでしか食にありつくことができないのです……けぷ」


「うーん、そんな満足気にゲップされても説得力皆無だなぁ」


 しかもいつも無表情なのに、その瞳には心底楽しそうな色が浮かんでるしなぁ。

 あれ? ところでぼくの朝食はどうなんの?


「と、そろそろ登園のお時間ですね……。茶番はここまでです。今わたくしが処理したのはわたくし自身にあてがわれた食事なのでした。祐人さまの朝食は別に用意しております」


「そ、そうか……」


 だが、解せぬなアリスよ。

 どうして朝っぱらからこんな意味不明なことを……。


「それは、裕福な御身である祐人様のお顔が空腹に歪む様を眺めてみた……ごほん……ほんの戯れです」


「毒が出てるよ!?」


 もう八割ほど言っちゃってるから!


「ほんのお茶目です」


 アリスは髪や瞳だけでなく、たまに出る言葉やボケまで黒めなのだ。

 お茶目というより、もはやお黒目。


「しょーもないダジャレはともかく、祐人さま、そろそろ学園へ向かうお時間ですよ」


「うむ、そういうところが黒いんだよね」


 雇い主に対しても容赦なく毒吐くし。


「それに結局、朝食食べそこねてるし……」


「ご心配なく。朝食は学園の食堂にて用意いたしておりますので」


「随分手回しのいいことだな……」


 まったく、このネタのためだけにどれだけ下準備をしているんだ。


「いってらっしゃいませ」


 てなわけで、無表情ながらもどこか満足気なアリスに手を振られ、ぼくは学園に向かった。



 だいたいこんな感じで、茅野家の朝は過ぎていく。





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