オレハクラウディアノ誘イヲ受ケタ
俺はルトガーに案内された部屋に入ったのはいいが、特にすることがなく、暇を持て余していた。
馬車で寝たせいで体力だけが有り余っているのだが、テレビやゲームなどないこの世界。
暇をつぶすものがとにかく少ない。
本棚に数十冊の本が置かれてはいるのだがあいにく俺は読書は苦手だ。
となると、部屋でやれることなど寝ること以外で暇を潰すことなど何もない。
だがこの客室の広さは俺の屋敷の物より狭くはあるが、余分なものも足りないものもない落ち着けられるようなスペースだった。
ここでなら広すぎる俺の屋敷の部屋よりも心から休める気がする。
俺のいる部屋は三階で、この屋敷は結構急な坂の上にあった。
もしかしたら麓の町や周りの景色が見えるかもしれないと思った俺は窓を開けてベランダへ出る。
外の景色は都会と言われる俺の領地とは違って、自然あふれる景色に俺は感動した。
少し目線を下げればそこには屋敷の庭が広がっていて大きな門の先の道は下り坂のためまるで途中で途切れたかのように見える。
さらに先、アーベル家が所有していると思われる風景は大きく三つに分かれていた。
左側には小さな家々が並ぶ街。
さすがに家より小さいものを見ることはできなかったが結構な数の家が密集しているため、人口は多いように見受けられる。
面積はフェヒナー家の持つ領地ほど大きくはないかもしれないが人口密度はもしかしたら俺のところを上回るかもしれない。
その街右側には緑の森林が広がっている。
ハンスが馬車で「果物の栽培が盛ん」と言っていたため、おそらくあそこは果樹園だろう。
「でかい……」
果樹園の広さは街の大きさに対してその三分の二ほど。
俺の家の領地は森林などほぼ皆無だ。
おかげでこの八年間俺は自然に触れることなどなく、このような大きな木々が集まってできる緑を見たこともなかった。
ここにいる間に一回は行ってみたいな。
そのためには案内人が必要だけれど……今の状況だと気持ちよくは回れないのは目に見えているから我慢。
まずは周りの人間の株を上げるのが先になると思われる。
街と果樹園のさらに先には海が広がっていた。
「海っ……!?」
自分の屋敷や領地は陸地にあるために果樹園同様、俺は八年間の間で初めて海を見た。
前世でも内陸部に住んでいたから海には五歳頃に一度行ったことがあるくらい。
思わず感嘆の声を漏らしてしまうのも仕方ないと思う。
これは、何としても観光しなくてはならなくなった。
初めて見た風景が新鮮で俺は興奮したが、冷たい風が自分の横を通り過ぎ、部屋へ入って行った瞬間に今が冬であったことを思い出す。
俺は部屋へ戻って窓を閉めた。
そしてすぐ目に留まったベッドへダイブする。
……海見るだけではしゃぐのは、男としておかしいのか? 問題ないのか?
この数日間で俺は前世を思い出してしまったためにできたデメリットに気付いた。
それは……。
――ローベルトの性格が少し女々しくなってしまったこと。
そもそも前世で腐っているとか言われ続けていた俺に女子力なんぞはなかったと思うが、それでも一応女だったということを前世の記憶を思い出してから散々思い知らされた。
具体的に上げるならば木の上に上って休んでいた時に毛虫みたいなものが落ちてきて絶叫したり、半泣きになったり。
暇をつぶすためにすぐ飽きるだろうと読み始めた本が、実際読んでみると面白くて感情移入していまい、最後の感動シーンで思わずもらい泣きしてしまったり。
毛虫については何故冬にいるのかという疑問を持たずにはいられなかったが、ここは前世の世界とは違う。
その前世での前提が崩れているのならば冬にいたとしてもおかしくはない。
……だが不意打ちは辛い。
虫は大の苦手なのだ。
そして、一番の問題は着替える時とかあんまり下を見られなくなってしまった事だ。
八年間できていた普通のことが一五年という女だった記憶を取り戻したことによって難しくなっていた。
自分のを見ることに抵抗ができてしまったため随分生活が不便になってしまっている。
前世の『アレ』=恥ずかしい、という処女である自分の前提が定着しているためだろう。
ここで生きてきた八年間の前提と十五年間の前世での前提のどちらが定着しているかということが定まっていないのは主に思い出した記憶が偏っているために、その情報が多すぎるところは前世の前提が頭に染み込んでいると俺は考えている。
それ以外に染み込んでいる前世の性格や前提といったものは、恐らくローベルトとして生きてきた八年間の情報とが両方とも釣り合っているものを無理やり前世側に性格を傾かせたのが原因だろう。
その時は少しでも周りからの印象を良くしようとローベルトの要素を消すことに必死だったのだが、こんなに女々しくなるとは思ってもみなかった。
腐っても女だったんだな、俺……。
あと、あの事故以降たまに前世の夢を見る。
その夢を見て目が覚めると寝ぼけていることが原因か、一時的に口調やらが『奈津美』に戻ってしまうことがあるらしい。
らしい、というのは俺が寝ぼけている間の事なので、俺自身あまり覚えていないのだ。
そしてこの証言は朝の着替えを持ってきてくれた某使用人様のものである。
その使用人はさらに俺を遠ざけるようになった。
……これは前世の記憶が戻ったことによる最大のデメリットだと思う。
いくら頑張ったところでこれが人前で出てしまったら、俺は距離を取られてしまうのだから。
ローベルトの女々しくなってしまった性格に頭を悩ませていると、部屋の戸がノックされた。
「はい」
「誰だ」と言いかけて、慌てて『心、入れ替えました設定』を継続する。
バッドエンドを回避するため、周りの印象を変えていくことはレベル上げと同じくらい大切なことであるだろう。
……これくらいで変わるとは思っていないが、何事も継続だ。
俺が返事をすると幼さを感じる高めの声が返ってくる。
「クラウディアでございます、ローベルト様」
「……クラウディア?」
なんでクラウディアが俺のところに……?
いきなりすぎるイベントに俺は戸惑ったが無視するわけにもいかないため、戸を開けた。
戸を開けると、自分とほぼ同じ高さにある釣り上がった目が俺を見ている。
少しきつめの印象は受けるがさすが将来のモテキャラ、ハンスの妹である。
俺の男である部分と前世の腐っている部分が混ざり合って何かしたくなるのを俺は何とかこらえる。
「何かあったのか?」
「いえ、ローベルト様がこちらの屋敷にいらっしゃったのは今回が初めてですので、もしよろしければ屋敷を案内させてはくださいませんか?」
にっこりと俺に笑いかける彼女の顔は例えるならば『天使のほほえみ』だ。
「エンジェルスマイル……」
「え?」
「いや、何でもない」
美少女が屋敷を案内してくれるのはありがたいのだが。
……はっきり言って、怪しい。
さっきまで母親の後ろに隠れて睨んでいたのに、この態度の違いはなんだろうか。
しかし、ポジティブに考えるのならば、これはローベルトの印象を変えるチャンスかもしれない。
少々迷ってから、俺はクラウディアに屋敷の案内を頼むことにした。
*****
クラウディアはとても活発な女の子だった。
彼女は案内しながら、食事の用意をしている料理人の隙をついておやつを盗んで来たり、屋敷の案内が終わると、何故か俺を天井裏の狭い隙間に移動させる。
そして、今は何故か屋敷の屋根の上に俺たちは座っていた。
別に俺は構わないけれど、貴族の女の子が天井裏を移動して屋敷の屋根の上に座っているのを他の人が見たらどう思うだろうか。
それに、結構高いと思われるワンピースにもほこりがついてしまっているが、クラウディアはそんなことも気にしない。
先ほど、三階で見た景色とほとんど変わらなかったが海がさらに奥のほうまで見え、家々が小さく見えた。
「ここは私の一番のお気に入りの場所なんです」
「絶景だな」
先ほど自分の部屋から見た景色とはまた雰囲気が違うような気がして、俺はそう声を漏らす。
「夕方とか、夜だとさらにきれいですよ」
俺はここで見る夕焼けと夜景を想像してみた。
暗くなりつつある外。そんな暗い道を明々と照らすたくさんの家……。
さらにいい景色が見えることは何となく想像できる。
「……ここは、いつでも来ていいのか?」
そんなことを俺は無意識のうちにクラウディアに聞いていた。
だが、ここがいつでも来れる場所であるのならば夕焼けや、夜景もぜひ眺めてみたい。
「もちろんです、ローベルト様。……大人とお兄様に見つからない様に来なくてはなりませんが」
クラウディアが苦笑した。
そのとき、優しく吹いた風がクラウディアの銀髪を揺らす。
彼女の笑顔はとても可愛らしく、一目惚れしてしまいそうなくらい美しかった。
思わず押し倒してしまいたくなるのを俺はこらえる。
……落ち着け自分。俺は性格は半分女なんだぞ。
自分の体は男だとしても、性格はまだ自分の中で男だと割り切れていない。
俺は危うくクラウディアの両肩をつかみかけた手でこぶしを作り、強く握った。