オレハ自分ガ悪役ダトイウコトニ気ヅイタ
目が覚めると、白い天井が視界に入った。
「ローベルト様!!」
その視界の中に小学生後半ほどの銀髪の少年が真っ青な顔をして現れる。
「……俺、は……?」
奈津美の記憶が頭の中を埋め尽くす。
やがて意識がはっきりとしてきた俺は勢いよく起き上った。
「え。は……はああああ!?」
起き上がった時に俺の額と少年の額があたりそうになるが少年がそれを慌ててよける。
謝ろうと思ったが、俺は自分の記憶の整理ができずに頭を抱えた。
(どうなってるんだ!? まったく状況がつかめねぇ!!)
今の夢に違和感を覚えた。
……いや、違和感どころの騒ぎじゃない。これは紛れもない自分の記憶だ。
だがしかし、奈津美である記憶以外に他の人物の記憶が俺の頭には残っている。
(……ん? 俺?)
自分の一人称、姿、そして記憶……。
頭が一瞬にして真っ白になってしまった俺は、あることを確認しようと慌てて自分の平たい胸板に手をやった。
(もともと、ねぇじゃん……)
だがしかし、記憶を持っている二人には胸など存在していない。
いや、そもそも俺はバイクに轢かれたはずなのだ。
「そもそも、俺は死んだんじゃあ……」
そうだとしたらこの状況はおかしい。
そうじゃなかったとしてもおかしい。
俺は頭を抱える。
思わず漏れた俺の独り言に少年の肩がビクッと動いた。
そしてその少年は素早く俺の前に出て、土下座をする。
「申し訳ございません! いくら試合とはいえ、ローベルト様にお怪我をさせるなどっ……」
「お、おいっ……」
土下座させるようなことをした覚えがない俺は首を何度も横に振りながら少年に声をかけた
「俺は大した事ない。頭を上げてくれ。えっと……」
少年の名前を少々、考える。
十五年分の奈津美の記憶を一気に思い出したのだ。
要領の悪い俺の頭がパンクしてしまうのも仕方がない。
しかし、思ったより早く少年の名前は思い出すことができた。
「――ハンス」
「……へ?」
ハンス・アーベル。それがこの銀髪ショタの名前だ。
ハンスはぽかんと口を開けたまま動きを止めてしまう。
その名前とハンスの行動に俺は胸に何か引っかかったような感覚になったがそんなことを考えるよりも状況を確認するのが優先だ。
俺は今、アニメやゲームの貴族設定のキャラによく出てくるような派手な服を着ている。
それを確認した後、俺はベッドからおりて自分の下半身を静かに見つめた。
……今の俺の記憶は二人の記憶が入り混じっていて曖昧だ。
そして、いつの間にか変化していた俺の一人称、姿などからして嫌な予感がする。
俺はぽかんとしているハンスことを放って腹をくくるとズボンのベルトに手をかけた。
「ローベルト様!?」
ガチャガチャというベルトの音に気づき、ハンスが大きな声を出した。
そのハンスの声を聞いて嫌な予感がさらに深まる。
しかしやめるわけにはいかなかった。
そんな現実を受け入れたくない。
俺は自分が奈津美であるという証拠がほしかった。
「おやめください、ローベルト様!!」
「ハンス、口を挟むな!! ……こんなこと、あってたまるか!」
しかし、ハンスが騒いだおかげで外にいたメイドが部屋の中に駆けつける。
「ローベルト様、ハンス様!? きゃあ!!」
俺とハンスを視界にとらえたメイドは絶叫した後に慌てて廊下を飛び出していった。
「ぎゃあああ!!」
メイドが出て行ったのとほぼ同時に俺はメイドより大きな声で絶叫した。
メイドが入ってきたことにショックを受けたとかでは決してない。
俺の嫌な予感が当たってしまったことを決定づけるものがパンツの下にはあったのだ。
「ローベルト!!」
俺はそれを見て、ハンスは俺のいきなりの行動に半泣きになりながら放心していると部屋の中にひげをはやしたがっしりとした体つきのおっさんが飛び込んでくる。
そのおっさんを見るなり俺の口からポロリと言葉がこぼれた。
「と……父さん……」
「ロ、ローベルト……お前はいったい……」
俺の父さんはズボンを下ろしたまま自分を見る息子を見て頭を抱えたのだった。
*****
父さんは俺の行動を頭を強く打ったせいだと考えて日付が変わるまでは部屋に他の者の立ち入りを禁止し、ベッドで大人しく寝ているように俺に告げて去って行った。
しかし、俺にとってはそちらの方が都合がよかった。
この状況について俺は一人で考えることができる。
まず俺の頭の中に混ざっていた二人の人物の記憶だが、一人はバイクに轢かれて命を落とした女子高生、涼野奈津美の十五年分の記憶。
もう一人は現在八歳の貴族の少年、現在の俺が今まで生きてきた分の記憶。
頭を打ったとき、何かの反動で俺は前世の自分の記憶を思い出したのだろう。
ここでの問題は二つ。
まずは……俺の前世の性別と現在の性別が違うことについてだ。
前世のことを思い出さなかったのならば俺はこのまま何も考えずに生きていけただろう。
しかし、『女子』である一五年分の記憶を思い出してしまったことによって、女子として行動するという体に染み込んだ経験が今の俺に受け継がれてしまった可能性がある。
これについては今のところ何とも言えないが最悪の結果、俺はオカマだと思われてしまうことになるだろう。
不幸中の幸いは、俺の前世がオタクということであり女子力がさほど高くない女子だったということだ。
まあ、この辺りは俺が何とかすれば解決できる問題かもしれない。
だが、二つ目の問題が厄介なのだ。
厄介というか、非常にまずい。
これは死刑宣告をされたも同然だろう。
そんな二つ目の問題が頭に浮かんだのを、俺は考えなかったことにして夢であるという可能性に賭けてみることにした。
俺はバイクに轢かれて、意識のない状態のまま寝ている。
そして俺はこんな夢を見ているのだ。
……十分にあり得る話ではないか。
明晰夢という夢だと理解して見る夢も存在する。
俺は早速自分の頬をつねってみた。
「……よくわかんねぇ」
しかし、結果は微妙。
……つねるだけじゃあ実際わかりづらいのかもしれない。
そう思った俺は何か夢だと証明するのにいいものはないかと部屋の中を見回してみる。
俺が目を覚ましたのは医務室で、自分やほかの家族の部屋に比べてずいぶんとシンプルな部屋だ。
白くて触り心地のよいカーテンに多くの薬品が置かれている薬品棚。
少し硬めのベッドが三つ並んでいて、ベッドと反対側には縦に長い机が並んでいる。
その机で薬品の調合を行ったりする。
そんな机の角が俺の視界に入る。
俺はごくん、と唾をのんだ。
これが夢なのならば、痛くはないはず……。
いや、そうであってくれなくてはならない。
俺は少しためらってから息を大きく吸い、机の角に頭突きをした。
「ふんぬ!!」
ゴンッという鈍い音がして、額が机の角にあたる。
一瞬にして俺の額に机の角がめり込んだ。
お星さまが見え、額に激痛が走る。
涙が出るほどだ。
「いってぇぇぇ!!」
俺は本日二度目の絶叫を上げて額をおさえながら床を転がりまわった。
これは、夢じゃない。そう額の痛みが告げていた。
額から手を放すと、ぬるっという感覚が手に残る。
「うわぁ……出血してるし……どんだけ強く打ったんだよ」
手には額から出血した血がついていた。
俺はため息を吐いて、これが夢ではないことを認める。
つまり、奈津美の人生は終わりを告げていたのだ。
そしてこの八年間、俺は全くの別人として生きてきた。
……前世の記憶を思い出せたのはある意味では不幸だったが、ラッキーだった。
と、いうのは俺が考えた二つ目の問題が関係している。
あの、銀髪ショタはハンス。
俺の遠い親戚でお互いに貴族という身分だが、ハンスの方は貴族でも下の方の階級、俺の家は貴族でもトップの階級だ。
ハンスは俺の屋敷の図書室にいる司書見習の少年と親しいため、一か月に一回俺の家まで約一日かけて泊まりに来る。
そして俺はハンスがどんな最期を迎えるのかも知っている。
……自分が一体どういうやつで、将来どのように死ぬのかも知っている。
俺、ローベルト・フェヒナー、そして親戚のハンス・アーベル。
二人の名前に俺は聞き覚えがあった。
俺は壁に掛けられている鏡に近づいて、自分の姿を見る。
鏡からは少年が深い藍色の瞳で俺を見つめていた。
金色の髪に、鋭い目。
――間違いない。
ローベルト・フェヒナー。
鏡で自分を見ていたのは現在の俺、そして前世の俺がやっていたゲーム『EOM』の悪役キャラだった。