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苦手な方はご注意ください。

怪異の真偽を巡る懐古

作者: ReKu

宇都宮良一は我に返るとグラウンドを挟んで見える、母校の市立四島中学校を眺めていた。

良一は何故自分が母校である中学校にいるのか、どうやって此処まで来たのか記憶が曖昧であった。

振り返れば封鎖されている裏門。

そしてその向こうにある車道で良一の乗っていた白の軽自動車が見えた。

良一の車は大型トラックの助手席に横から追突しており後ろから後続のワゴン車に追突されていた。

大型トラックは車道を塞ぐ状態で沈黙している。


『あぁ、そうだった…』


良一は思い出した。

自分は実家に帰る途中だったのだ。

中学を卒業してからすぐに引越しをして、引越し先の新しい高校では勉強についていけなかった。

高校時代に友人が居なかったわけではないが、特別に親しい友人が居たわけでもない。

私立大学進学と同時に連絡は取らなくなった。

進学した大学も家計の都合で中退、なんとか就職をし実家から出て一人暮らしを始めたものの、この度リストラされて実家に戻ることになったのだ。

その道中、懐かしの母校の横を通る際、昔を思い出しながら母校を見ていた…そこまでは覚えている。

恐らく余所見運転をしていて、赤信号に気づかずトラックに突っ込んでいったのだろう。

そして現在に至る。


『俺の人生は最悪だった、でも、この中学時代が一番楽しく幸せだった』


良一は自分の車の元に戻らず校舎の方へとゆっくりと足を進めた。

事故に遭ったにもかかわらず体に痛みはない、良一自身もそうだろうと思っていたが確認のため学校の敷地を囲う塀に手を突き出せば何の抵抗も無く良一の手は塀を貫通した。


『俺、死んじまったかぁ』


心の中で呟く。

だが不思議と悲しみも後悔の念もなかった。

むしろ生き延びて、残りの人生を過ごす方が恐ろしく感じた。

死んでしまえば事故の賠償や責任も自分は考える必要はない。

誠に自分勝手な考えではあるが良一には罪悪感はない、罪悪感という存在を記憶から消したかのように負い目すら感じなかった。

ただただ幸せだった頃の思い出に浸りたい気持ちでいっぱいだった。

左手に見えるグラウンドを眺めながら歩き、ここで行われた行事等を思い出す。


『体育祭以外にも、この中学校では夏の夜にはキャンプファイヤーなんかもやっていた

キャンプファイヤーの時はグラウンドに夜店が出て、カラオケ大会に友人と参加したっけ…

夜の学校に忍び込んでイタズラもやったなぁ、あぁ…懐かしい

確か八月の行事だから生きていればまたあの時間を楽しめたのにな、残念だ』


誰もいない真っ暗な夜のグラウンドに当時の光景を浮かべていると、ふと良一は思い出した。


『そういえば、この学校に七不思議があったな』


七不思議…学校の怪談。

当時は一つの娯楽として流行ったものだ。

度胸試しやそういったオカルトを純粋に楽しめた年頃だった。

体験した、霊を見たといえばちょっとした人気者に成れ皆で盛り上がったものだった。

霊や怪奇現象、それが本当か嘘かどうかもわからないというのに。


『待てよ?

当時は真偽はわからなかったが…今はどうだろうか?

大人になった上に死んで幽体、霊となった俺ならば真偽の判断ができるんじゃあないか?

たとえ、それを誰かに伝えることが出来ないとしても…』


好奇心が一度燻りだすとなかなか静まらない。

どうせ学校内を見て廻るつもりだった良一は歩調を速めて校舎へと進んで行った。


『まずは覚えている所から廻っていくか』


良一が中学を卒業したのは八年前、流石に全部覚えているわけではなかった。

それでもメジャーな話やありきたりな話は覚えている。

良一はグランンドの横を通り過ぎ、まずは誰もが知っているといっても差し支えのない学校の怪談、まさに代表と呼ばれる場所に行くことにした。

四島中学校西校舎…こんな時間だ、当然のように鍵はかかっていて中には入れない。

良一は校舎入り口の扉にゆっくり手を押し当てる。

スッ、っと暖簾を押すように良一の手は飲み込まれていく。

そのまま前進すると予想通りスルリと体が扉を通り抜ける。

予想していたなら態々(わざわざ)入り口から校舎内にはいることは無かったのだが過去三年間世話になった学校に対する良一なりの礼儀だった。

校舎内に入り廊下を右に曲がるとすぐに階段がある。

その階段を上って良一は真っ直ぐ二階の女子トイレへ向かった。

女子トイレの中には入らずこの場所にまつわる怪談を思い出す。

学校の女子トイレの怪談といえば…そう花子さんだ。

しかし、良一は真偽を確かめることなく思い出に少し浸った後歩き出した。


『西校舎二階のトイレの手前から三番目の個室で三回ノックし、花子さんいらっしゃいますか?と尋ねると誰も居ないはずの個室から返事が返ってくる…だったっけな。

たしか俺らの学年の女子が三階のトイレから返事したらそれがいつの間にか怪談になっちまったんだよなぁ』


事の真相はこうである。

二階の女子トイレの天井板は外れて天井裏の配管などが丸見えになっていた。

それがちょうど手前から三番目の個室の上であり、真上の三階の三番目の個室で叫べは二階に聞こえてしまうというのだ。

古い校舎であるがゆえにトイレの床と壁の隙間などもあってよく声が届いたのだろう。

当然二階からの声も聞こえるというわけだ。

もちろん窓を開けていれば二階の声は三階にも聞こえてくる。

大声で花子さんを呼ぶ声が窓聞こえてきたのでそれにふざけて返事をした。

そんな下らない事実だった。

それを知っていたから良一は女子トイレの中には入らず真偽を確かめなかった。

なにより幽体となっていても女子トイレに入るのに抵抗があったが一番の理由でもあった。


『さて、次はと・・・視聴覚室だったかな』


怪談を一つ一つ思い出しながら良一は移動する。


今、良一が思い出し把握しているのは花子さん以外に、

・東校舎にある音楽のベートーヴェンの目が光る。

・誰も居ない夜の体育館でバスケットボールをドリブルする音が聞こえる。

・西校舎三階の視聴覚室でクラスメイトが一人だけ欠席しているときに映画を見ると、居ないはずの誰かが暗闇に紛れ込む。

この三つだ。


『移動している間に思い出すだろう』


良一はそう思いながら先程登ってきた階段まで戻り、三階へ行くために登り始めた。


『そういえば…』


一歩一歩階段を踏みしめながらふと思う。


『扉はすり抜けることができるのにこうやって階段を普通に登れるのは何故だろうか?意識すれば階段もすり抜けることができるのか?』


試してみようかと一瞬思ったがすぐにやめた。

体ごとすり抜けて階下に落ちてしまうような気がしたからだ。

もしそうなれば再び登るのが面倒臭い。

自分の人生と重ねながら良一はそう思った

そうこうしているうちに三階へと辿り着く。

階段を上りきり、廊下を右手に曲がり奥へと進む。

三年D組の教室、空教室を通り過ぎ、視聴覚室へと辿り着いた。

今度は躊躇う事なく教室の扉をすり抜ける。

この場所に纏わる怪談の内容というのはこうだ。


ある雨の日、体育の時間でグラウンドを使えなかったクラスが視聴覚室で保健体育の教育ビデオを見ることとなった。

その日、欠席者は1人、出席者は31人。点呼を取った後体育教師は消灯し、ビデオを再生した。

体育教師自身もビデオを見ながら、時折生徒達の方も確認していた。

その時、プロジェクターの明かりに照らされているのにも関わらず顔が見えない生徒が居ることに体育教師は気づいた。

違和感を感じた体育教師が生徒の人数を数えると、生徒は32人視聴覚室にいた、というものだ。


この怪談の真偽を確認しに来たのはいいが、普通の教室の倍ほどの大きさの視聴覚室の中はほとんど真っ暗で何も見えない。ダークグリーンの分厚いカーテンが閉められていて窓から差し込む月明かりが隙間から僅かに差し込んでいるだけだった。

足を運んでみたもののこうも暗くてはどうしようもない。

カーテンを空ければ月明かりを頼りにプロジェクターを操作できるかもしれないが、誰もいないはずの夜の学校で視聴覚室のカーテンが開いたり閉じたりする所を見られたら自分も怪談になりかねない。

真偽を確認するためにはクラスメイトの一人が欠席という条件もある為、どちらにせよ確認はできない。

それでもせっかく来たのだからと良一は所々光の筋が差し込む暗闇の中を見回した。

当然の如く何も見えない、が…。


『何か…いる…』


良一は暗闇の中、姿を確認することは出来ないが何かが蠢く気配を感じ取っていた。

ソレは良一のいる場所からはかなり離れた所にいる様だった。

だが憶測でしかなく気配だけでしか判断できない現状では良一の方へ近づいてきていたとしてもそれに気づけるかどうかもわからない。

そもそもソレは無害なのか?

怪談ではクラスに混じるとだけしかないが、実際は危害を加えてくる危険な存在かもしれない。

さらにいえばソレが怪談の正体とも限らないし、幽体である良一を襲わないという保証も無い。

良一はゴクリと唾を飲み込んだ、肉体は無いが不思議と飲み込んだ音は聞こえた気がした。

気配のする方をジッと見つめながら気づかれないようにゆっくりと後ずさりし、視聴覚室の扉をすり抜けて廊下へと出る。

既に死んでいるので、死への恐怖は無いはずなのに…自分と同じような存在であるはずなのに…。

良一はソレに恐怖の感情を抱かずにはいられなかった。

廊下へ出た後も視聴覚室の方を警戒しながらゆっくりと階段まで移動する。

そして、あせる心を抑えながら一階まで階段を降りていった。


『あれが視聴覚室の怪談の正体…なのか?』


姿は見ることができなかったが、気配は間違いなく感じ取れた。

視聴覚室に近づいても、入ってすぐに気づくような気配ではなかったが現世の者ではないのは確かだろう。


『怪談の真偽を確かめに来たっていうのにビビってしまってキチンと確認できないとは情けない…。

 それにしてもあれは人の霊なのだろうか、もしかすると動物霊かもしれない、それとももっと恐ろしい存在か…』


良一が疑問を抱いたと同時にこの学校の怪談の一つを思い出した。

それはこの学校特有の七不思議。

使用されていない南西の校門から頭のない黒い猿が入ってきて学校の敷地内を彷徨い歩くというものだった。

初めてこの怪談を聞いたときは良一は笑い飛ばしたものだった。

学校に何故猿の幽霊がでるのか、と。

大人になった今考えればそれは大昔からの怪談、もしくは土着の神であったのかもしれない。

そしてその件の黒い猿が視聴覚室の暗闇で蠢いていたのでは…と。

黒い猿の真偽を確かめようにも南西の校門といえば最初良一がいた使用されていない裏門だ。

そこから今に至るまで黒い猿等見かけてはいない。

しかも、決まった場所に現れず校内を彷徨い歩くのであればこれから先に出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。そもそも作り話の可能性だってある。

そして、視聴覚室で蠢いていた何かが黒い猿だった可能性だってある。

考えながら歩いている内に次の目的地に辿り着く。西校舎と東校舎の間に挟まれるように立つ体育館だ。

視聴覚室では怪談の真偽を確かめることはできなかったが今度こそはとばかりに気合を入れ体育館の大きな鉄扉をすり抜けた。


月明かり差し込む体育館は比較対象が視聴覚室だったのもある所為か想像以上に明るく見えた。

誰も居ない体育館は静寂に包まれている。

この場所に纏わる怪談の内容はこうだ。

夜遅くまで一人バスケの練習をしていた生徒が帰り支度をしていると背後でバスケットボールをドリブルする音が聞こえる。

後ろを振り返るとボールが先程よりも弱い音を立て トンッ トンッ トトト…と転がっていった。

薄気味悪く感じた生徒が慌てて荷物を持って出口に向かうと背後で大勢でドリブルする音が


ダンダダダダンダダダダンダダダダダンダンドドドドドドドドドドドドドンッ!!!


と轟き、生徒は必死で逃げたしたというものだ。

さて、良一の目の前に広がる体育館はというと先程にも述べたように静寂に包まれていた。


『ここの怪談も作り話だったか』


良一が少しがっかりしたような、安心したような気分になった時だった。

聞こえてきたのだ、地響きのような音が


ドドドドドドドドドドッ!と。


おおっ、と興奮気味に良一は知らずに声を出し音が鳴るほうを見つめた。

その音は徐々に近づいてきて、やがて音の主が姿を現した。

それは鎧を身に纏った大勢の騎馬武者達だった。

騎馬武者達は良一の視界を横切り体育館を通過していった。


『なるほど!騎馬武者達の霊が立てる音が、馬が走る地響きがドリブルの音の正体というわけか!』


興奮しながら納得する良一、不思議と騎馬武者達の霊を見ても恐怖を感じはしなかった。

むしろその迫力に圧倒されながらもその勇ましい姿に感動してしまったくらいだ。

カッコ良いと思う物を見て興奮する子供のような満足気な笑顔を浮かべる良一。

騎馬武者達が体育館を通過し終え姿が見えなくなった所で良一は体育館の扉をすり抜けその場から離れた。


『さて、残りは…思い出した!

東校舎の…そうそう三階の1-Bの教室だ。

 それと保健室!たしか午前二時に…』


ここから東校舎の1-Bまでは5分とかからない。

良一は近くの教室の中を覗き込んだ。

時刻は午前一時四十分。


『1-Bの教室を先に廻って保健室に行けばちょうどいい時間帯かな?』


良一はやや早足気味歩きだした。

先程見た騎馬武者達の興奮がまだ消えていなかった。

同時に次の1-Bでどのようなものが見れるかという期待も膨らんでいた。

騎馬武者達のような霊なのか、視聴覚室のような存在なのか・・・。

そういえば、と東校舎の中に入り階段に足を掛けた時に良一は思った。


『騎馬武者の霊は視聴覚室のアレと比べると怖いと思わなかったな。ということはあれは悪霊みたいなものになるのか?』


そう思った瞬間、背筋がゾクッっとした。

もし、アレに気づかれていたら?

そして襲われていたらどうなっていたのだろうか。

気がつけば怪談を登る足が止まってしまっている。

良一は頭を左右に振ってアレの事を考えないようにすることにした。

暗闇で正体がわからなかったから恐ろしく感じただけ、と。

そして、三階まで階段を上りきり1-Aの教室を通り過ぎ、目的の教室へと辿り着く。

アレの事を思い出してしまったからか廊下から窓を覗き教室の中の様子を伺う。

…微動だにしない机と椅子が並んでいるだけで特に異常はなさそうだった。

恐る恐る、教室のドアをすり抜けて良一は中に入った。

そして、廊下側とは反対の金網入りの窓ガラスの張られた窓へと近づく。


この教室に纏わる怪談はこうである。

下校時間まで教室に残っていた男子生徒が帰り支度をしていると、コンッと窓に何かがぶつかる音がした。

虫でも当たったか、外から誰かが何かを投げたのか。

そう思い生徒が窓に近づき下を見ても誰も居らずただ小グラウンドへ続く道とプールが見えるだけだった。

虫だろうと思い顔を上げると窓に映る自分の姿がおかしい、髪が異様に長くなっている。

よくみると窓に映っているそれはこの学校の女子の制服を着ていて、男子生徒の姿ではなかった。

なによりこの窓ガラスに映っていたように見えた女子生徒は窓の外に立っているのだ。

そう思った瞬間男子生徒の頭に女子生徒が手を掴む。

そして、恐ろしい力で男子生徒を引っ張った。

顔から窓ガラスに激突し、割れにくいはずの針金入りの硝子が割れ、三階の教室に居た男子生徒は頭から地面に落ちていった。

戸締りを兼ねた見回りの教師が見つけた男子生徒はすでに事切れており。顔は針金でズタズタになっており誰かもわからなかったそうだ。


良一は怪談を思い出した後、これも恐らく作り話だろうと思った。

男子生徒が死んだ経緯などわかるはずもないからだ。

だが、この教室で針金入りの頑丈な窓が割れ生徒が怪我したという噂は聞いた事がある。

教育実習に来ていた卒業生の先輩から昔聞いたのだった。

何年前になるかもわからないが、その先輩が三年だった頃、一年生のやんちゃ坊主が喧嘩の際空振りした拳が窓ガラスに当たり割れてしまいやんちゃ坊主の腕は針金と割れた窓ガラスでズタズタになった、という話を。

しかし、先輩はそのあとにさらに付け加えた。


そんなことがあったら学校中にすぐに知れ渡るはずなのに知らないヤツが多かった。

それに救急車の音だってその時聞いた記憶がなかったんだ、と。


もしかするとかなり前からの噂が怪談となってしまったのだろうか?

良一は恐る恐る窓に近づいていった。

窓には何も映らない。

ただ、道路を走る救急車と消防車の赤いランプとサイレンの音が聞こえてくるだけだった。

その音を聞いて良一は少しの間目を閉じた。


『俺は保健室に行くんだ。午前二時に保健室の姿見鏡を見ると未来の自分が写るという怪談を確かめるんだ』


その後は…?

知らぬ間に自分で自分に問いかけてしまった。

ハッとして目を開けると窓ガラスに誰かが映っている。


『嘘だろ!さっきまではっ…』


窓ガラスに映っていたのは良一だった。

あれ?と思い瞬きをすると、窓にはなにも映っていなかった。

見間違いだろう、幽体の俺が窓ガラスに映るわけが無い。

良一は腕で額の汗をぬぐった。

いつの間にか良一は全身汗でびっしょりだった。

それは恐怖によるものか、それとも単純に熱いだけなのか。


『幽体になっても汗は出るものなのか、それに今夜はいやに暑いな』


チラリと時計を見れば針は午前一時五十分を指し示していた。


『そろそろ行かないと』


窓をすこし見つめた後、良一は教室から出て行った。

階段を降りて真っ直ぐ西校舎一階にある保健室へと向かう。

道中良一は考えてしまった。

保健室にいくのはいいがその後どうするか、だ。

今のところお迎えも来ていない、このままずっと現世を彷徨い続けるのだろうか、と。

そして、視聴覚室のアレの様な存在になってしまうのかと。

少なくとも今はいいだろう、だが何時か必ずこの状態はつまらなく感じてしまうだろう。

そうなった時の事を考えると怖くなった。

ある意味死よりもそれは恐ろしいのではないだろうか。

考えてもどうしようも無いことだが、考えずにはいられなかった。

良一が避けていた壁抜けも問題はないようだった。

気がつけば西校舎の壁をすり抜けて、保健室のある廊下に辿り着いていた。



『もし、保健室の怪談が本当なら、それを見てから決めてもいいだろう』


汗をぬぐいながらも保健室のドアをすり抜ける。保健室の時計を見れば時間は午前一時五十八分。

良一は慌てて姿見鏡を探す。

鏡はすぐに見つかった。

カーテンで仕切られたベッドの横においてあったのだ。

良一は駆け寄り、保健室だけを映す鏡をジッと見つめた。


『作り話じゃないでいてくれ、本当に、未来を俺を…映し出してくれ!』


良一は強く願いながら鏡を見つめ続けた。

いままで全く気にならなかった時計の針が時間を刻む音が妙に大きく聞こえてくる。

やがて・・・。

鏡に映る保健室が歪み始めた。

顔を近づけ、瞬きすらも忘れ鏡に見入る良一。

そこに移ったものは、歪んだ車の中で眼を瞑り座ったままの良一の姿だった。

ゆらゆら赤い光に照らされ全身汗でびっしょり濡れている。

そして、その胸はゆっくりと上下に動いていた。


良一は走った。保健室の壁をすり抜けグラウンドを横断し南西門へ全力で駆け出した。


『生きている!まだ俺は生きているんだ!!』


現世を永遠に彷徨うよりも、人生を最後まで送るほうがいい。

そう、考えを改めていた。


『幽体になってもアレのような恐ろしい存在だっているのだ。何時か来る永遠の退屈におびえるよりも、 きっと、どんなに辛くとも生きぬいたほうが楽しいだろう、今度は逃げない!』


もはや残す最後の七不思議、音楽室のベートーヴェンの事などどうでも良かった。

そもそも、中学生になる前に連れて行ってもらったキャンプファイアーで友人と一緒に音楽室に忍び込んでベートーベンの絵画の目に画鋲を刺したのが良一だ。

それを見回りの先生のライトで反射したのが原因で、尾ひれの付いた噂であることは良一自身が知っていた。


裏門に辿り着き門をすり抜け自分が起こした事故現場へと駆けつける。大勢の野次馬が遠巻きに消防隊と救急隊員の救出活動を眺めていた。


良一は野次馬の壁をすり抜けていった。

ドン、と何人かにぶつかりながらも


「すまない!通させてくれ!」


叫びながら自分の車まで走り抜けた。

ワゴン車にもトラックにも人の姿はなく、フロント硝子が大きく割れていた。

恐らく車外に吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられてしまったのだろう。

良一が引き起こした事故に巻き込まれた人の返り血で良一の白の軽自動車には赤い斑点がいたり所にこびりついていた。

荷物に引火したのだろうか、トラックは激しく燃えていた。

炎が血まみれの軽自動車の座席に座る良一の肉体を照らす。

全身汗だくで炎に照らされている良一の胸は保健室で見た姿と同じように上下にゆっくり動いていた。

自分の肉体が本当にまだ生きている事を知り安堵すると同時に良一は困惑した。

どうすれば、体に戻れるのか?

戻ってすぐに抜け出せるのか?

この様子では足は挟まれすぐに脱出できないかもしれない。

だが、声をあげて自分が生きている事を気づかせれば消防隊員は此方に人員を多く咲いてくれるかもしれない。

その時良一の背後に誰かが近づく気配がした。

消防隊員が来たと思い振り返ると同時に良一は叫んだ。


「助けてくれ!俺はまだ生きているんだ!」


良一は今度は息を呑んでしまった。

消防隊員ではなかった。

見知らぬ血まみれの作業服を着た男だった。

男の頭はパックリと割れ脳髄が覗いている。


「どうして生きているの?」


良一の左から声がする。

其方を見れば女性が立っている、彼女も血まみれで炎に照らされた顔の左半分は荒い凸凹にこすり付けられた様にグチャグチャになっていた。

良一は声も上げることも出来ずに震える足で後ずさると背中に何かが当たる。

振り返るとソコには男が立っていた。

血に見えていないが口と鼻から血を垂れ流し、首が真横に90度以上に曲がっていた。

三人が口を開き良一に次々と矢継ぎ早に言葉を投げつけてくる。


「俺のトラックは」

「私達のワゴンは」


「お前の」

「貴女の」


「不注意で」

「起こした」

「事故に」

「巻き込まれ」


「「「お前の所為で死んだのに!」」」


良一には返せる言葉も無い。

言葉にならない声を僅かに漏らしながら自分の体をかばうように立ち尽くす。


「…俺も」


今度は周囲から声が聞こえる。

今思えばおかしかった。

良一が校内を彷徨っているときには七不思議の場所以外、他の幽霊には出会わなかった。

ほとんどがこの場所に集まっていたから出会わなかったのだ。

魂のない生きた肉体の、良一の体の元に…。


「私も死んでいるのに」

「ボクも…」

「ワシも死んでいるのに」

「お前だけ」

「お前だけ生きている」




お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前も シネ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ ずるい お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前も 死ね お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ 逃がさない お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ オ前だケ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ 許さなイ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ  お前だけは 助けてヤラナい お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ お前も 死ネ お前だけ お前だけ お前だけ お前だけ オマエダケ お前だけ お前だけは 殺 し て や る 


一斉に亡霊達が良一の体へと向かってくる。


「やめっ…来るなぁ!」


自分の体を守ろうとする良一をトラックの運転手だった男が後ろから体当たりをし良一を地面に押し倒す。

その上から次々と周りの亡霊達がのしかかり良一は動くことが出来ない。


ワゴン車に乗っていた二人が良一の体の元に辿り着く。

二人は一緒に良一の頭を掴み引っ張りあげる。

同時に良一の首に激痛が走る。


「うあ゛あ゛あ゛っ、痛ぇ!やめろてくれぇぇっ!」


叫べど二人は引っ張るのを止めず、良一にのしかかる亡霊達も動かない。


ベキベキと良一の体から音が鳴る。

良一の胸部に激痛が走り、声にならない叫びを上げる。


軽自動車の給油口が開いているぞ!全員退避ぃー!!


亡霊達ではない声が聞こえ、絶望の中良一の目に最後に映ったのは。

ズルリと背骨ごと引き抜かれた自分の頭と、爆発だった。










・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

「ねぇ?聞いたあの事故の話」

 「聞いた聞いた!ガソリンに引火して爆発して凄かったんだよね!」

「事故に遭った人たちは車の外に投げ出されて死んじゃったけど、事故を起こした本人は車に取り残されてて誰かもわからないくらい黒焦げだったんだって!!」

 「え~、やだぁ。気持ち悪~い」

「でね、でね。なぜかその遺体には頭と背骨が無かったんだって、消防隊員や野次馬がちゃんと頭がくっついてるの見てるのに」

 「それ本当ぉ?作り話なんじゃないの?」

「本当だって!野次馬しにいったお父さんに聞いたもん」

 「アンタのお父さん何やってんのよ~」

「此処からが本題、昨日ね見ちゃったらしいのよ。C組みのあの子」

 「え?なにを?」

「の子さ、今日みたいに部活で帰るの遅くなったらしいんだよね。それで部室の鍵を返そうと誰も居ない廊下を歩いてたらさ…焦げ臭い悪臭がしてきたらしいのよ」

 「それって…」

「なんだろう、と思っていたらすでに消灯されてる薄暗い廊下にね。丸焦げで真っ黒の頭の無い霊が居たんだって!!」

 「もうっ、アンタはまた私を怖がらせようとしてー」

「それでね、その霊は頭も背骨も無いから上半身を猿みたいに曲げて、ヨタヨタ歩きながら アタマ、アタマ…って呟いてたんだって!!」

 「やめてよねっ!私が怖い話苦手なの知ってて…あっ」

「どったの?」

 「家の鍵…部室に忘れた」

「いってらっしゃーい、正門で待っててあげるぅ~♪」

 「…一緒に来てくれないの?」

「はやくしなよ~、何かあったら大声で叫ぶんだぞ~」

 「このっ、絶対待ってなさいよ!」

「はいはい~」


薄暗い廊下を生徒が走る音が響く。

気のせいか、肉が焼ける臭いが漂いだしていた…。





-終-

脇見運転 怖いでしょう


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