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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編です

さよなら人生

「やあマーリンさん。あなたには、僕がここに転生して来て以来、ずっと世話になってますね。今日も傷の治療と世間話をお願いします」

 僕はそう言って、白いローブを着た中年男の前にある椅子に座る。

 僕の傍らには、忠実な部下兼メイドであるロプロス、ポセイドン、そしてロデムがいる。

「ご主人さま〜、こんなオヤジに治療なんてさせなくてもいいのにい。あたしに言ってくれれば――」

「ちょっと、なに抜け駆けしようとしてんの、ロプロス! だいたい、あんた治療魔法なんか知らないだろうが!」

 さっそく、いつもの言い合いが始まる。

 ロプロスはロングヘアーの金髪スレンダー色白系、ポセイドンはショートのぽっちゃり(って言うと怒られるんだよな)……グラマー系だ。ロプロスが西洋の貴婦人のような気品と教養を感じさせるタイプなのに対し、ポセイドンはどこか素朴というか親しみやすさに溢れている。

 そんな二人の争いを見て、困った顔をしているのがロデムだ。

 見た感じは十歳くらい。紫色の髪をした、賢いのかボケてんのか、良くわからん幼女だ。

「ご主人さま〜、お姉さまたちがまたケンカしそうなのです〜」

 そう言って、僕の上着のすそを引っ張る。

 仕方ない、止めに入るとしようか。

「こらロプロス、ポセイドン、止めなさい。マーリンさんが見てるだろう」

「関係ないですわ、こんなオヤジ!」

「そうだよ!だったら、アタシとロプロス、どっちを選ぶのさ!」

 え?

 ちょっと待て! 

 何それ! 問題すり替わってない?

 つーか、このままじゃ、僕はいつまで経ってもマーリンさんと話せないんですけど!?

 僕、マーリンさんと話しに来たんですけど!?

 仕方ない。ここは最後の手段を……。


 僕は立ち上がり、まずはロプロスの目をじっと見つめた。

 そのとたん、ロプロスの目がトロンと――

 その瞬間、ロデムがロプロスを下がらせる。

 次はポセイドンだ。

 ポセイドンにも、僕の目力光線を浴びせる。

「ご、ご主人さま……それは卑怯だ……その目は卑怯だよ……」

 そう言いながらも、ポセイドンは引き下がる。

 よし、やっと邪魔者がいなくなった。

心おきなくマーリンさんと話せるよ。


 やあマーリンさん、今日も話しましょう。

「ヒロスケ君に治療の必要はなさそうだな。君は最強なんだろう?」

 いや、そう言われると照れちゃいますね……。

 でも、本当に僕は強いんですよ。僕の腰に下げてる斬神刀ざんかんとうは神をも斬る刀ですからね。某アニメの斬鉄剣なみの切れ味ですから。あらゆるものを一刀両断ですよ。ま、正直言うと治療よりもマーリンさんと話をしたいだけですから。

「ありがとう。しかし、君の力は素晴らしい。やはり、このダンジョンの最強は君で決まりのようだな」

 いえ、まだ隅々まで探索してみたわけじゃないんで何とも言えません。それに……わかるんです。魔王の存在を感じるんです。

「魔王?」

 はい、魔王です。魔王はこの世界を破壊しようとしているんです。僕は、絶対にそれを阻止しなくてはならないんです。

「……正直、私にはわからないな。魔王の存在を感じとれないんだ。やはり、君のような魔力を持っていないと、感じとれないのか……悲しいな」

 マーリンさんは、本当に悲しそうだった。

 これはマズイ。

 マーリンさんみたいな良い人を悲しませたらダメだよ!

 てな訳で、僕は話題を変えることにした。


 僕はね、転生する前は本当にひどい人生をおくってたんですよ。

「君が……信じられないなあ……」

 いや本当ですって。僕はブサイクでコミュ障、友だちなんか一人もいなくて……本当に悲惨なヒキニートだったんですから。

「ほう……まあ、私も友だちはいないから、気持ちはわからなくもない」

 マーリンさんが?

 いやー信じられないなー?!

 僕を騙そうとしてるんじゃないですか?

「いや本当だよ。仕事に追われ、白魔道士間の……いや、ごめん。これはこっちの話だった。どうぞ話を続けて」

 あ、そうすか?

 じゃ、話を続けますね。今だから言えますけど、僕は童貞だったんですよ。

「キャー!」

「キャー!」

 ……お願いだから黙って、そこのメイド二人。

「ご主人さま〜、どーていって何ですか〜」

 ロデムが聞いてくる。

「ロデムちゃ〜ん、童貞も知らないの?童貞って言うのは――」

 ロプロス、ちょっと黙ってなさい。

「……話を続けるかい? それとも今日は、ここまでにする?」

 ……マーリンさんは、本当に親切な良い人だ。

 すみません。メイド共がいつにもまして騒がしいので、今日は失礼します。

「……わかった。じゃあ、また明日」


「ご主人さま〜、ロプロスは、あのオヤジの顔が不愉快でたまりませんの」

 ロプロスがそんなことを言った。

「あたしもだよ。ご主人さま、あいつ魔力なんかほとんどないくせに、何か上から目線でムカつくんだよね。ご主人さまのことも、上から目線だし」

 まあ、確かにそれは感じる。

 でも、僕が転生してきた時、右も左もわからずに困っていたのを助けてくれたのは、あの人なんだよ。

 僕は、あの人に借りがあるんだ。

「……ご主人さま、あたくしとマーリンとどちらが大事ですの?」

 え?

 ちょっと待って!

「そうだよ。あたしとマーリン、どっちを選ぶ?」

 ロプロスとポセイドンが僕の両サイドから迫ってくる。

 待て!

 つーか……。

 何でそういう展開になるんだ?

「ご主人さま〜、また始まってしまったのです〜。困ったお姉さまたちなのです〜」

 本当だねロデム。

 困ったお姉さんだね。

 さて、お姉さんたちはほっといて、宿屋に行こうかね〜。

「行くのです〜」

「ちょっと!」

「待て!」



 だが、そんな僕の前に現れたのは――

 身長二メートルを超す、醜い大お琴……いや、大男だ。

 いや、大男とも違う。

 オーガーだ。

 オーガーは巨大なこん棒を引きずり、知性の欠片もない顔をニヤニヤさせて歩いてくる。

 ちょっと待て。

 お前、僕の強さがわからんのか?

 お前など、雑魚以下なんだぞ……。

 無駄な殺しはしたくないが、仕方ない。


 オーガーは僕を叩き潰すべく、巨大なこん棒を振り上げ――

 その瞬間、僕は動いた。一気に懐に飛び込み、斬神刀を振るう。

 バターを斬るほどの手応えも感じない。

 オーガーの動きは、こん棒を振り上げた状態で止まって……。

 いや、ずれてる。

 おお、ずれてるずれてる。ずれまくってる。

 上半身が落ちた。

「我が斬神刀に――」

「キャーご主人さま〜! ステキ〜!」

「ちょっとロプロス! 抜け駆けするんじゃないよ! ご主人さま〜!」

 ……。

 決めゼリフが……。




 次の日。

 今日も僕はマーリンさんと話す。

「やあ、ヒロスケ。また来たね。昨日はあまり話せなかったけど、調子はどうだい?」

 いや、いいですね。

 昨日はオーガーを一刀両断しました。

「……そうか。ところで、オーガーを殺すのは平気なのかい?」

 ……いや、平気です。

 あいつは悪そのものですからね。

 人間じゃないし。

 つーか、何で今さらそんなこと聞くんです?

「いや、私なんかはゴブリンを殺したこともないからね……生き物を殺すのは抵抗があるよ」

 ……。

 なにそれ。

 ちょいムカ……。

 あのね、僕だって殺したくて殺してる訳じゃないんですよ。

 別に弱い者イジメして喜んでるわけじゃないんですけどね!

「あ、気に障ったかい? ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだが、不快にさせたなら謝るよ。すみませんでした」

 マーリンさんは立ち上がり、深々と頭を下げる。

「ちょっと〜! あんた、ウチのご主人さまのことナメてんでしょ! バカにしてんでしょ! ご主人さま帰りましょ!」

「そうだよご主人さま! こんな奴と話すことなんてないよ! 帰ろう!」

 吠えまくるロプロスとポセイドン。

 静かにしてなさい、二人とも。

 前の世界では、もっとひどいことを言われたこともある。

 それも、実の両親に。

「あ、あの……もし良ければ、なんだけど……前の世界の話を聞かせてくれないかな。私は、君のいた世界に凄く興味があってね……どうだろう?」

 ……。

 前いた世界の話を、ですか……。

 聞きたいですか?

「もちろん、嫌なら構わないんだ。嫌なら……無理にとは言わない」

 ……いえ。

 聞きたいんでしたら、構いませんよ。

 僕はイジメに遭い、学校を辞めました。

 そしてヒキニートになってからは、家族としょっちゅうモメてました。

 母親からは「お前はこの家のガンなんだ!」って言われたことがあります。父親からは、毎日「お前はいつになったら、この家から出て行くんだ?」ってイヤミたらしい口調で聞かれましたよ。

 僕は耐えられなくなり……手首を切って自殺したんです。

 そして、この世界に転生しました。

「そうか……君の口からその話を聞いたのは初めてだね。辛い話をさせてしまったな」

 いえ、いいんです。

 前の世界には、何の未練もありませんし。

「……前の世界に、全く未練はないのかい? 何か楽しい事とか、趣味とかはどうだい?」

 いや、友だちもいなかったし……。

 あ、強いて言うなら食べ物はこっちより美味いですね、間違いなく。

 ポテチ食って炭酸飲むのは、ここでは得られない快楽ですね。

 それは惜しかったですね、本気で思います。

「君の魔力をもってしても作り出せないのか」

 無理でした。

 チャレンジしてはいるんですがね……。

「残念だな。私も一度味わってみたいものだ、そのポテチとやらを」



「ご主人さま、いい加減あいつと話すのやめませんか?! あいつ本当にクソ生意気ですよ! あいつだけは本当に――」

 怒り狂うロプロスをなだめながら、僕はダンジョンを進む。

 最下階へ続くエレベーターに到着した。

 いよいよ、探索してみなくてはならない。

 果たして、魔王はどこなのか……。

 どこに潜んでいるのか……。


 僕が初めて、『破滅』を予感したのは一週間ほど前の話だ。

 頭の中に聞こえてきた、あの音――

 ヴォーン、ヴォーン、ヴォーン……。


 それを聞いた時、僕は凄まじい頭痛に襲われた。

 僕は頭を押さえ、その場に倒れた。

 頭をかきむしる。

 メイド三人がいなかったら、僕はどうなっていただろうか。

 たぶん、ゴブリンにも殺されていただろう。


 うまく言えないが、その時、本能的な何かが僕に教えたのだ。

 この世界に、破滅が迫っていると……。

 破滅をくい止めるためには、魔王を倒さなくてはならない、と……。


 この世界の住人はみな、口を揃えて言う。

 魔王はこのダンジョンにいる、と。

 それは間違いない話だろう。

 だから、このダンジョンを徹底的に捜索する。

 魔王を探しだし、倒すために。

 そして、この世界の破滅をくい止めるために。


 最下層に到着した。

 ここはまだ、探索していない場所だ。

 慎重に進む。

 ゆっくりと……。

「ご主人さま、何か近づいて来ます」

 ロプロスが真剣な表情で言う。

 ああ、わかるよ。

 こんな魔力は――

 上にいたんじゃ、お目にかかれないものだ。


「お前が勇者ヒロスケか……勇者というから、さぞかし期待していたが、こんな女みたいな顔した奴だったとはな」

 現れたのは、坊主頭のいかつい男と、短刀を構えたチンピラのような風貌の男だった。

「何よ……たった二人で、あたしたちに勝てるとでも思って――」

 ロプロスはその言葉を途中で呑み込んだ。

 地面から、太古の時代の戦士たちが産まれ出でる。一体、二体……。

「ナメんじゃないよ! いくよロプロス! ロデム! あたしたちがこのゾンビ共を片付けるんだ!」

 ポセイドンは、ロプロスとロデムの周りに魔法の防護壁を作る。

 と同時に――

 ロプロスが魔法で幾本もの光の矢を出現させ、一斉に発射させる。

 マジックアローは一本残らず、正確にゾンビ兵たちの体を貫き――

 一体ずつ、元いた冥界へと帰還させていく。

 だが、次々と出現してくるゾンビ兵。

 どうやら、あの二人を倒さなければダメなようだ。キリがない。

 僕は斬神刀を構え――

 一気に駆け抜けた。

 そして、短刀の男に斬りかかる。

 だが短刀の男は、僕の斬神刀を受け止めた! 

 短刀で?!

「ハンベエさん今だ!」

 短刀の男が怒鳴る。

 すると――

 坊主の男が背後から近づき――

 だか、それは甘い。

 僕は後ろ蹴りで坊主を吹っ飛ばす。

 同時に、斬神刀の柄で短刀の男に一撃!

 男に隙ができる。

「斬神刀、一刀両断!」

 男の上半身と下半身は、綺麗に分かれる。

「マサキチー! てめえーよくもー! 」

 坊主は激しい怒りに、体を震わせ――

 次の瞬間、自らの体を変貌させた。

 巨大な鋼鉄の魔人に。

 魔人は、その口を開けると――

 凄まじい勢いで、風が吹きつける。

 僕にはわかる。

 これは猛毒の風だ!

「お前たち、この風を浴びるな!」

 メイドたちに怒鳴ると、僕は突進した。

 チートな僕に、この程度の毒は効かない。

 ただ、臭い息を吹きつけられているだけだ。

 口を開けたまま呆然としている魔人に接近し――

「斬神刀一文字斬り!」

 魔人は、綺麗に縦に二つに割れた。

「我が斬神刀に――」

「キャ〜! ご主人さま素敵〜!」

 ……。

 最後まで言わせてよ。


「お前たち、大丈夫か」

 僕はメイドたちの顔を見渡す。

 三人とも、明らかに疲れていた。

 無理もない、次から次へと出現してくるゾンビ兵を相手にしていたのだ。

 一体は弱くても、あれだけ出てくれば、どうしても必要以上に魔力を消耗してしまう。

 しかも、その後は猛毒の風だ。

 三人とも、かなり消耗している。

 仕方ない。一度戻って、対策を立て直す。

 しかし……。

 ハンベエ?

 マサキチ?

 どこかで、聞いた覚えがあるぞ……。

 もろに和風の名前だが、僕の生きていた平成の時代の名前とも、また違う。

 江戸時代あたり?

 そう言えば……。

 あの二人の顔も、どこかで見たことがある、ような気がする。

 どこで見たんだっけ?

 僕は必死で思いだそうとしたが、できなかった。



 次の日。

 僕はダンジョンに降りる前に、またマーリンさんの所に寄った。

 メイド三人は、明らかに不満そうな顔をして、横に控えている。

「……それは不思議だね。私もハンベエだの、マサキチなんて名前は聞いたことがない。だが、ヒロスケは聞き覚えがあると……もしかしたら、その二人も転生者なのかもしれないな」

 いや、それはどうかと……。

 うまく言えないんですが、名前が古いんですよ。僕のいた平成の時代には、ハンベエとか、マサキチなんて名前は珍しいです。少なくとも、あまりないパターンですね。

「それは興味深い。すると、他の時代から来たというのかい」

 それが……。

 不思議なんですが、顔に見覚えがあるんですよ。

「……本当に?」

 はい。

 確実に見覚えがあるんです。さらに言うなら、その二人の戦い方も何となくわかっていたんです。

 一人が引き付けて、その隙に一人がカミソリで喉を切る……。

「もしかすると、その二人はヒロスケ君の人生に何か重要な意味があったのかもしれないな……探索の合間にでも、よく考えてみた方がいいかもしれない」



 エレベーターを使い、最下層まで降りる。

 ここの空気は、明らかに上と違う。

 それにしても、あの二人は一体……。


 まただ。

 まるで、僕のことを待っていたかのように――

「ご主人さま……いるのです〜」

 ロデムが僕の上着のすそを引く。

 大丈夫。わかってるよ、ロデム。

 僕はロデムの頭を軽く撫でた。

 ロデムは怯えながらも、少し安心した表情で、後ろに下がる。

 前から現れたのは――

 棒を構え、赤い服を着た人間ほどの大きさの猿……猿?!

 いや、考えてみれば不思議な話ではない。

 ゴブリンだのトロールだのがいるこの世界、棒の使い手の猿がいても不思議じゃ……。

 待て。

 あれは……もしや。

「オレの名はゴクドーだ! おいヒロスケ、オレと勝負しろ! 勝ったら魔王の情報を教えてやる!」

 ゴクドーと名乗った猿は棒を振り回し、僕の前に進み出る。

 フッ、面白い。

 剣の勝負で、僕に勝てるとでも?


 ゴクドーの棒は凄まじいものだった。

 僕も何発か、いいのをもらった。

 しかも、こちらの剣撃をことごとく防いでくる。

 攻撃、防御共に非常に高いレベルまで練り上げられた、見事な腕前だ。

 しかし、斬神刀の敵ではなかった。

 ゴクドーの棒を、斬神刀が切り裂く!

「斬神刀・暗・剣・殺!」

 ゴクドーの武器は無くなり――

 次の瞬間、ゴクドーは地面にあぐらをかいた。

「オレの負けだ、勇者ヒロスケ」

 フッ……。

「我が斬神刀に――」

「キャー! ご主人さまセクシー!」

 いや、だから最後まで言わせてよ……。



 ゴクドーによると、魔王は人の形をしているらしいのだ。

 さらに、魔王の姿を見た者は誰もいないらしい。


 姿を見た者がいないのかい……。

 となると……。

 待てよ。

 魔王の存在を、みんな知っている。

 なのに、誰も見た者がいない。

 どういうことだ?

 ゴクドーなどは、魔物のランクからいえばB以上、Aクラスと言ってもおかしくない。

 なのに、見たことがないと言う。

 どういうことだ……。


 ゴクドーが立ち去った後、ポセイドンが周囲に結界を張る。

 そして、ロデムが魔法で異次元に収納しておいたパンと干し肉、それにミルクとコーヒーを出し、少し遅い昼食にする。

「もうご主人さまったら、顔についてますよ」

 言うが早いか、ロプロスは僕の頬に――

 口づけ。

「こらロプロス! 何やってんだ――」

「仕方ないでしょ。ご主人さまのお顔についていたんだから――」

「ご主人さま〜、またお姉さまたちがケンカしてるのです〜」

 やれやれ……。

 また始まったよ。

 でも、みんながいてくれるお陰で、楽しくダンジョン探索ができる。

 仲間って、本当に良いものだな……。

 そう言えば、転生前の僕は……。

 いや、思い出したくないし、思い出す必要もない。

 終わったんだ。

 あの世界での、僕の人生は。

 僕の役割も。


 昼食を終え、ひと休みすると、僕たちはまた探索を始めた。

 ゆっくり、注意深く進み、時おり周囲を確認する。二度、何かとすれ違ったが、向こうに敵意は無かったので、お互いそのまま通りすぎたのだ。

 だが――

 ……。

 何?!

 突然、雷に打たれたかのような衝撃を感じ、思わず立ち止まる。

 凄まじい魔力を感じる……。

 質、大きさ共にさっきのゴクドーのそれなど比較にならない。

 これが噂に聞く、Sランクの魔物か?

 いや……。

 もしかして、こいつが魔王?

 向こうから来たのか?

 僕を倒すために?


 思わず、斬神刀の柄に手がかかる。

「ご主人さま……」

 ロデムが震えている。

 無理もない。

 正直、僕も震え、そして逃げだしたい気分だ。

 こいつは……。

 勝てるか、ヒロスケ?

 思わず、自分で自分に問いかける。

 だが、勝つしかない。


 やがて、魔力の主が登場した。

 その者は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 一応、人型には見える。だが、それはあくまで大雑把な分け方をした場合の話だ。

 全身は漆黒の闇で塗りつぶしたかのように黒く、暗い。身長は二メートルをはるかに超える。顔は人……とは明らかに違う。動物……とも違う。あえて言うなら、アニメに出てくる戦闘用の巨大な人型ロボットに似ていた。

 そして、背中には巨大な翼が生えている。

 コウモリの翼……いや、プテラノドンの翼だ。

 そして全身から発せられる魔力は……桁が違う。

 たぶん、今まで僕が倒した魔物の魔力を全部合わせても、いま目の前にいるこの魔物が体から発している魔力には及ばないのではないか。

 だが、今さら引く訳にはいかない。

 僕は斬神刀を抜き、一歩前に進み出た。

 その時――

「ご主人さま……」

 ロプロスが僕の右横に付く。

 震えている。明らかに怯えた表情もしている。

 だが、目の前にいる者への恐怖よりも、僕を守りたいという気持ちの方が勝っているのだ。

「ご主人さまには、傷はつけさせない」

 そう言って、僕の左隣に来たのはポセイドンだ。普段の強気で勝ち気な表情が消え失せている。怯えながらも、自分より遥かに強大な存在に、全身全霊を持って立ち向かおうという決意の表情をしている。

 僕のために。

 こんな僕のために。

 勇気と力が、全身にみなぎってきた。

 その時――

「オレの名はアモン。またの名を、破壊神アモンという。勇者ヒロスケよう……お前まだ気づかないのか? いやはや、困ったもんだねえ」

 アモンと名乗った者は、先ほどまでの重々しい雰囲気をかなぐり捨て、異様に軽薄な感じの言葉を吐いてきた。


 なんだこいつは?

 しかし、気づかない、とはどういう意味だ?

 なあ、あんた……僕は何に気づいていないというんだ?

 教えてくれ。

「それはオレの口からは言えない。ただ、オレはお前の本当の敵じゃないよ。この世界の破滅を願ってなどいない」

 ……何だと?!

「考えてもみろ。オレがこの世界で魔王として君臨していられるのも、この世界あってこそだ。もしこの世界が破滅したら、それはオレも破滅するということだぜ」

 ……。

 そうだ。

 確かにその通りだ。

「オレの他に、魔王はもう一人いる。ゴクドーが言っていたのはそいつの事だ。そいつこそが、この世界を破滅させようとしている真の敵だ」

 誰だそいつは……。

 教えてくれ。

「それは、お前が自力で探さにゃならんのよ。勇者ヒロスケよ、お前の本当の敵がどこにいるのか……それはお前だけが知っているはずだ。ただ、今まで聞いた話の中に、ヒントは隠されている」

 アモンはそう言った後、向きを変え、ゆっくりと去って行った。


 どういうことだ?

 今まで聞いた話?

(魔王の姿を見たものがいない)

(みんな魔王の存在を知っている)

(魔王は人間の姿をしている)


 ……。

 そうか。

 そうだったのか……。

 そんな事が……。


「やあヒロスケ、また来てくれたね」

 あんたが……。

 あんたが魔王だったんだな……。

「魔王? 何をバカなことを言ってるんだい」

 マーリンは笑った。


 いや、あんたが魔王だ。間違いないんだよ。

 そもそも、あんたと会ってからなんだ。

 あの音が聞こえるようになったのも、破滅の予感が始まったのも……。

 僕はあんたを信じていたのに……。

 この世界で唯一、あんただけは……。

「……仕方ない。本当のことを言うよ」

 マーリンはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。そして、僕を見る。


「ここはダンジョンじゃない。病院だ」

 はあ?!

 何をバカなことを言ってるんだ……。

 ダンジョンに決まっているじゃないか。

 ゴブリンがいて、オーガーがいて、ドラゴンもいたんだ。

「そんなものはいない。ここは病院だ。病院なんだ。全ては、君の頭の中にしか存在しないんだ」

 先生、やめてくださいよ……。

 僕は転生者だって言ったじゃないですか。

 前にいた世界で、いじめられっ子の不細工なヒキニートだった僕は手首を切り、自殺――

「その前に、君は自作の刀で両親を切り殺したんだ。そして手首を切った。だが君は病院で一命をとりとめた。それ以来、君はずっと妄想の世界に逃げ込んだままだ」

 嘘だ……。

 そんなこと、嘘に決まっている。

 僕はここに転生した。

 そしてチートな勇者として、何匹ものモンスターを倒した……。

 先生、からかうのはいい加減にしてください。

「……人見広介くん、君はさっきから私を先生と呼んでいるが?」

 え?

 ……。

「君もわかっているはずだよ。自分に嘘を突き通すつもりかい」

 そんなこと、どうでもいいじゃないですか!

 じゃあ、僕の横にいるメイド三人は?

 見えるでしょう? 見えますよね先生?!

 お前たちもなんとか言えよ!

 普段は黙ってろって言っても、横からギャーギャー言ってくるくせに!


 僕は振り返り、メイドたちの顔を見る。

 僕は愕然となった。


 おいおい。

 お前たち……。

 なんて顔してるんだよ……。

 なんとか言ってくれよ……お願いだから……。

 お願いだから、そんな顔で僕を見ないでくれ。

「私には、そんなメイドの姿は見えない。そもそも、そんな者はいないんだ。ここにいるのは、君と私の二人だけだ」

 先生はゆっくりと、諭すような口調で話す。

「君が倒したと言っていた半兵衛と政吉、それは君が好きだったドラマのキャラクターだ。ゴクドーもそうだ。アモンもそう。全ては君の頭脳が造り出した妄想だ。君は自分の犯した罪の重さに悩んだあげくに、妄想の中で生活することを選んだんだ」

 嘘だ!

 嘘だ嘘だ嘘だ……。

 そんなこと、嘘に決まっているじゃないか。

「目を開けて、周りをよく見るんだ。君は妄想の世界から出て行かなくちゃいけない。現実の世界に戻る時が来たんだ。いつかは戻らなきゃいけない。さあ、妄想の世界にさよならを言うんだ」

 さよなら?

 あのメイドたちと別れろってのか?

 さよならを言わなきゃいけないのか……。


 僕はメイドたちの顔を見た。

 ロプロスは寂しそうな微笑みを浮かべている。

 ポセイドンは目を真っ赤にしている。

 ロデムは泣き崩れ、ポセイドンに無理やり立ち上がらせられている。

 この三人とは、長い間ずっと生活してきた。

 この三人とさよならしなきゃいけないのか?

 何のために?

 現実の世界に戻るために……。

 面白くもなんともない、あの灰色の世界に。

 ……。

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。

 絶対に嫌だ!

 現実だって?

 そんなものに何の意味があると言うんだ?!

 僕にとって、この三人と過ごした日々……。

 それこそが、僕にとってのかけがえのない、大切な現実だ。

 それ以外の現実なんかいらない。



「人見広介くん、どうしたんだ?」

 僕は正しかった。

 やっぱり、あんたが魔王だったんだな。

 あんたこそが……。

 この世界に破滅をもたらす真の敵だ。

 この世界を破滅させるわけにはいかない。

 僕の目を覚まし、嫌な世界に戻そうとしている、あんたを……。

 あんたを殺す。



「おい聞いたか?! ここの病院で医者が患者に殺されたらしいぜ」

「ああ聞いた聞いた! なんか、お前が魔王だな! とか言って、いきなり襲いかかっていって、殴り殺したらしいな」

「ひえー! で、その患者は今どうしてんの?」

「別の病院で、拘束衣付きの生活してるらしいよ。しかもそいつ、両親のことも切り殺したらしいぜ」



 僕は今、中世風の街並みを眺めながら、街道を歩いている。

 いや、僕たちは、だ。

 僕の横には、三人のメイドがいる。

 ロプロス。

 ポセイドン。

 ロデム。

 かけがえのない、僕の大切な仲間たち。


 そろそろ日も暮れてきたし、宿屋に泊まるとしようか。

「ご主人さま〜、でしたら今夜はあたくしのベッドでお休みを――」

「ロプロス! お前またそんな事を――」

「ご主人さま〜、お姉さまたちがまたまたケンカしてるのです〜」

 そう、これが今の僕の現実だ。

 僕は最強のチート勇者で傍らには可愛くも美しい、三人の仲間がいる。

 他に何が必要だ?

 真実なんて、知らない。知りたくもない。知る必要もない。


 さよなら、人生。








申し訳ありません。知っている人は知っている、某エロゲーのオマージュです。それにしても、チート、ハーレムは難しいですね。ちなみに、実は私も五年近くこもっていた時期があり、一歩間違えたら彼のようになっていたかもしれません。なお、特定の個人や病気に対する差別や悪意はありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぞっとする、いいラストでした。 元ネタを知らないので新鮮でした。
2015/01/06 23:59 退会済み
管理
[一言] 最後のオチは、もう使いふるされたオチで、今では殆どNGオチですが、赤井さん流にうまく料理されていて、なかなか面白かったです。 私はそのエロゲー自体はよく知らないのですが、ポセイドン、ロプロ…
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