沈む空
分厚い曇り空だった。
雲は黒くどんよりと、そして重く立ち込めて、きっともうすぐ雨になる。
湿度は高く、じめついて暑い。
私は首筋を拭って、汗で張り付いた髪を払った。一度結わえ直そうと、緩んできていた髪留めを外す。戒めを解かれて広がる髪のひと房を取り、指先で遊んだ。
ばさばさの感触。手入れと睡眠の不足が、そこに滲み出ている。これもまた雨の前兆か、毛先までもがじっとりと湿気を帯びて重たい気がした。
「え、別れちゃったの!?」
突然耳に飛び込んできた大声に、びくりと体が竦んだ。けれどそれは私に向けられたものじゃない。
肩越しにちらりと覗けば、居たのは制服姿の少女三人組だった。先の言葉から察するに、仲間内での恋愛話に盛り上がっているようだ。
きっと仲良し同士なのだろうと思った。
ずきりと心が疼く。
──弱いからだ。
心の中で吐き捨てる。
群れるのは、弱いからだ。一人では立っていられないから、頼って甘えて縋って群れる。それだけの話だ。
そんなふうに決め付けて切り捨てながら、でも私は、彼女達から心を離せない。
一人でも平気なのと、独りでいなくちゃいけないのとは違う。そんな事は分かってる。分かって、いるけれど。
私はほんの少し先をとぼとぼ歩きながら、いつまでも三人を、気にしないふりで気にしている。自分自身にも秘密に窃視している。漏れ聞こえる言葉の破片をただ拾い集める。
耳に届くのは、他愛も屈託もない、楽しげな笑い声。
耐え切れなくなって、私は煙草に火を点ける。肺の奥まで煙を入れて、それから吐き出す。
「……苦」
おいしくない。元々好きで吸っていたわけじゃない。
一緒だ。煙草も、私が独りなのも。どちらも好きでしているのじゃない。
早く帰ろう。帰って今日は眠ってしまおう。
そう思いはするけれど、歩みは鈍いままだった。何もかもが気だるかった。
と、鼻先に雫が触れた。
ぽつり、ぽつりで始まった雨垂れは、やがてざーっと長く続く雨音に変わって辺りを包む。
けれど私は濡れるに任せた。
鞄の中には折り畳みが入っているはずだけど、それを取り出す事すら億劫だった。
「嫌だな、雨」
避ける努力もしないまま、ただうなだれて、こぼすため息。
水滴がアスファルトの色を塗り替えていく。
空は暗い。雨は冷たい。私は足を早めない。
激しさを増す雨足に、三人組は可愛らしい悲鳴を上げて、私を追い抜き走っていく。
──いやだな、ひとりぼっち。
ざあざあと雨は降る。
やがて私はずぶ濡れて、服はたっぷり水を含んで重くなる。けれど本当に重たいのは服なんかじゃなかった。
陰鬱な雲の下、冷たい雨の中、傷を舐めるように、ただあなたを想う。
このまま、雨に消えてしまえたらいい。
ぽつり、そんな事を思った。