sect:1
熱い夏の放課後のことだ。
僕らはいつものように放課後にオカルト研究部の部室に集合していた。部室にはいると、一足先に終礼を終えて到着していたみゆきさんがお茶の支度をしてくれていた。
「みゆきさん、やっほー。」
僕は軽い口調でみゆきさんに挨拶をすると。
「栄君。こんにちは。」
と、優しくほほ笑んでくれた。
みゆきさんは小柄でおっとりとしていて、その上でとっても大人っぽい。言葉遣いも丁寧でなんというかお嬢様気質だ。僕が彼女にひかれているのはそれだけじゃなくて、みゆきさんはいろんなミラクルを持っている。
僕の憧れの存在だった。それだけじゃない。みゆきさん
やたらと血の気の多いような、残りの二人とはわけが違う、僕のオアシスだった。
みゆきさんはほほ笑みながら僕の座った机の上にお茶をおいてくれると、自分も僕の目の前の席に座った。僕はみゆきさんに会釈をしてから、出してもらったお茶に口を付ける。
「みゆきさんはさ、ごくありふれた、そこまでの力を持っていない『怪異』が、人に直接危害を加えてくる。ってことがあったらどんなことが原因だと思う?」
みゆきさんは一瞬驚いたような顔をすると、困ったような表情を見せた。
「この前の『口裂け女』のことですか?」
「ちょっと違うんだ。詳しいことはあとでみんなの前で説明しようと思うけどさ。わりと気になることがあるんだ。」
僕がそんなことを言い切ると、いささか乱暴にドアが開かれた。
「栄!みゆきさん!おっす!」
息を切らした様子の幸人はカバン部室の隅っこに投げ捨てると、机に体を投げ捨てる様に椅子に腰かけた。彼が一息つくのを見計らいみゆきさんが、彼の手元に湯呑を持っていき急須の中のお茶を注いだ。幸人が手を振って感謝の意を表して、お茶を一気に飲み干すと、彼は大きく息を吐いた。
幸人は赤毛(染髪)、ピアス、改造制服。のなんというか絵に描いたような不良生徒だ。
だけどまぁ。これは見た目の上での話、彼は勉強の方は悲惨な成績だけど、真面目に剣道に取り組む友達思いな奴だ。運動もできるし割れた腹筋がうらやましい。
ただ、一番初めに声をかけられたとき、ビビリまくって、とりあえず頭を下げてしまったのは内緒だ。
「幸人。一体どうしたんだい?そんなに急いで。」
「いやぁさ。鉄仮面に追いかけられてて、やっと捲いてきたところなんだよ。」
鉄仮面とはこの学校の数学教師のことである。『できるまでいつまでも』を座右の銘にしていて、理解度が足りていない生徒は何時間でも残らせると、生徒からは恐れられている。
顔はまさに鉄仮面というべく生真面目な顔をしていて、スーツのしたに隠し持った強靭な肉体で逃げる生徒を何時までも追いかけてくるという恐ろしさである。生きた人間であるという分「怪異」よりも恐ろしいかも知れない。
「鉄仮面から?幸人よく逃げ切ったね…。」
「伊達に剣道部で体鍛えてないぜ。校舎を飛び移ったり、壁をよじ登ったり迫力満点だったぞ」
そういって、腕をめくって無駄に筋肉を見せてくる。そこまでして補修を受けたくないか、幸人は。
幸人は、いかに鉄仮面から逃げ切るのが大変だったか、を語り続け、みゆきさんはそれをにこやかにうなづきながら聞いていた。話半分で大丈夫ですよ、みゆきさん。
幸人の話も終わろうかというところで、部室のドアが開けられた。
「もうみんな来てたのね。」
みゆきさんが軽く会釈をして、僕と幸人が片手をあげると、綾野は手を振ってそれを返した。
カバンを幸人のカバンがクッションになるように放り投げる。カバンの着地を見届けて、椅子に腰を掛けると、見計らうかのようにみゆきさんがお茶をさしだした。
「ありがと、みゆ。」
みゆというのはみゆきさんのあだ名だ。
「今日はどうしたんだい?僕たちのクラスの終礼が終わったのはだいぶ前だよ?。」
綾野はブラウスのボタンを外して、タイを緩めるとだるそうに、やれやれとかったるそうに言った。
「例によって、いつものあれよ。」
彼女はブレザーの内ポケットに手を突っ込むと、中からは可愛らしい便箋や茶封筒が数通取り出された。
綾野はびっくりするくらいもてるのだ。
「今日も三件ほどお断りしてきたわ。営業スマイルの疲れること。」
この姿を今迄振られてきた方々にお見せしたらさぞがっかりするだろう。
「気持ちはとっても嬉しいです!でも今は私お勉強に集中したいんです…。」
なんてね、と母親が電話に出る時のような裏声で言ってくる。なんというか、見てはいけないものを見てしまった感じだ。そんな考えを感じ取ったのか、綾野は近くにあった紙切れを丸めて僕に投げつけてきた。固まる僕を尻目にみゆきさんが言う。
「でも私は男性からお手紙を頂いたことはありませんので、少しうらやましいです。」
みゆきさんがラブレターをもらったことがない。これは厳密に言うと間違いだ。彼女だって綾野に負けないくらいの手紙をもらっている。彼女に届かないのは僕が下駄箱に仕込まれるそれをせこせこと回収しているからだ。手渡しまで目を行き届かせられないのは難点だけど、この学校に手紙を手渡しできる勇者はいまだ現れていないから安心だ。
たしかにまぁ、綾野は美人だ。髪も長くて結構きれいな顔立ちだし、顔も小さい。だけど性格は乱暴で、とてもじゃないけど彼女にしたいとは思えない。綾野とは幼稚園以来の付き合いだけど、昔から彼女がもてるのはどうしても理解しがたかった。
「うらやましいって言うけどね、どれも似たような文章ばかりよ。」
そういって手紙を丸めてしまうと、ゴミ箱に向かって放り投げ、見事に箱に吸い込まれていった。
みんなそろった事を確認すると僕はみんなの前に立った。
「皆に話があるんだ。」
「どうしたんだよ、改まって。」
今回ばかりは改まらないと怒られてしまうだろう。
「そしてみんなに最初に謝っておきます。」
おこらないでね、とみんなにお願いすると、僕はかけてもいない眼鏡を人差し指で押し上げた。
そして、僕を切羽詰らせる悩みを発表する。
「幸人、綾野、そしてみゆきさん。僕らは部誌を発行しなくてはいけなくなりました。」
「どうしたのよ、部誌なんて。」
「この学校の校則。『部、委員会活動における規定』にこう書いてあります。すべての部活は二か月ごとに活動報告書を学長に提出しなければならない。提出が確認できない場合、活動の実態がないとみなし廃部とする。…因みにわがオカルト研究部は半年間これが提出されていませんでした。」
「質問です。その活動報告書を提出するのは誰の仕事なんですか?」
棒読みな口調で聞いてきたのは綾野だ。わかってるくせに、と冗談を飛ばしたいところだがそんな口をきいたら間違いなく、僕が冗談では済まなくなるだろう。
「はい、それはほかでもない部長である僕の仕事です。」
「質問。なんで提出されていなかったのですか。」
追撃をきめるように、質問を投げかける。例によって、とても冗談を言える様子ではない。
「忘れていたからであります。」
綾野の視線の温度はさらに下がり氷点下を超えていく。僕に涼しさを提供してくれるのは
部室にある壊れかけたエアコンだけで十分である。
「栄くん…。お気になさらないでください。みんなで頑張ればきっとすぐに書けます。」
僕の怠惰が原因なのに、ここまで優しい言葉をかけてくれるのはみゆきさんだけだろう。
心にしみます。
「そんで、部誌っていっても何を書くんだ?俺達風でいくなら怪異について、でも書くか?」
幸人が空気を切り替える助け船を出してくれる。
「ああ、一応目星はつけてあるんだ。『赤いちゃんちゃんこ』の話だ。」
「結構ありふれた怪異じゃない?それがどうしたの?」
「さっき、みゆきさんにも話そうとしたことなのだけど、ある高校でこいつが人に危害を加えた。って報告が上がっているんだ。」
三人が驚いたような顔をする。当然だろう。
「なんかの間違えじゃないのか?『赤いちゃんちゃんこ』なんて単なるこけおどしだろ?」
。
「オカルトSNSの書き込みによると、投稿者の友達が実際にけがをさせられたらしい。」
「ならオカルト研究部の友達の友達って所ね、かなり近いし、信憑性もそれなりに高いんじゃないかしら?」
友達の友達が聞いたらしいんだけどね…。
こんな言葉の響きを誰もが一度は聞いたとこがあるだろう。僕らオカルト研究部では、「怪異」との距離や信憑性をこの表現で測るようにしている。
信憑性の低い、眉唾物の怪異だと、『友達の友達が聞いた』といわれることがあるだろう。
これだと僕たちを起点とすると、話をきいた友達で一.その友達で二、さらにその友達、もしくはその関係者で「怪異」との距離は三を超える。このような場合、「怪異」との距離は特定することが難しく、また大変不確実な話であることがほとんどである。
今回僕らが調べようとしているこれは、話がまた別だ。情報の出所が、投稿者の友達、つまり友達の友達、と距離が確定しているのだ。
そのような理由があって僕はこれが調べるべき価値ある情報、と判断したというわけだ。
「まぁ、人に危害を加えるような『怪異』なら、放っておくわけにはいかないし、調べる価値はあるんじゃないか?」
「私も賛成です。万が一の事態を防ぐためにもしらべるべきかと思われます。」
僕は二人に感謝を述べると、綾野の方に視線を向ける。綾野は僕にうなずき返してくれた。
晴れて僕らオカルト研究部が、件の『赤いちゃんちゃんこ』を調査することが決定したのだった。
オカルトSNSに登録してある情報を調べてみると、例のスレッドに投降した人はありがたいことに電話番号を登録していてくれた。僕らは早速その人にコンタクトをとってみることにした。
緊張する手でスマートフォンのパネルを叩き電話番号を入力する。ざ、ざというノイズの音が一瞬はいり、四コールほど待った。
「はい、もしもし宮田です!。」
電話に出てくれたのは、明るい声が耳にのこる女の子だ。
「もしもし、オカルトSNSの管理人のいあいあはすたあです。」
現実の友達の前でハンドルネームを名乗るのは割と恥ずかしい物がある。いあいあはすたあって言うのは、詳しく解説すると長くなる。まぁ化け物を賛美する呪文が元ネタ、程度の認識があれば十分です。
「実は、himikoさん、いや宮田さんが投稿した内容。『赤いちゃんちゃんこ』のことなのだけど…。」
挨拶から始まり。僕が二、三、事情を説明すると協力を約束してくれた。
高校が近いというのが幸いしして、その日のうちに顔を合わすことができるとのことだった。
僕は丁寧にお礼の言葉を述べ、打ち合わせの場所を決めると、向こうが切るのを待って通話終了ボタンを押した。
「打ち合わせの場所が決まったよ。一時間後に駅前のカラオケボックスだ。被害者の女の子もつれてきてくれるらしい。」
「だいぶ急な話だな。」
「急がないと部活がつぶされちゃうんだから、早いに越したことはないでしょ?それに怪我人も出ているそうだしね。」
綾野はそう言うと小走りでカバンに駆けよる。みゆきさんもそれにつられて教室の隅におかれたカバンに手を伸した。