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とある熱帯夜のことだ。僕は今厄介な課題を抱えていて、それを解決すべくノートPCのキーボードをたたいていた。額からは汗が噴き出ていて、僕は部屋に設置されたミニ冷蔵庫から今夜三本目の炭酸飲料を取り出して一気にあおる。
「怪異」というものは常に僕らの世界と薄皮一枚隔てた、「そこ」に存在しているありふれたものだ。口裂け女、テケテケさん、トイレの花子さん。これらの名前くらいは小学生でも知っていると思う。
「怪異」いうのは人に恐怖を与えるために存在しているという、いやらしい存在であり、時には人に危害を加えるというケースも見られたりする。
「怪異」がこの世に顕現するケースは、大昔から西では悪魔、東では鬼といったように、人間の世界に姿形を持って現れるようなことが、たびたび報告される。
精神的存在である「怪異」がいかにして現世に顕現しているか、その理由はいまだに明らかにされていない。
しかし、何かしらの原因で力を持ってしまった「怪異」と対抗する方法を、時代において、それらに対抗するべく手段を人間たちは常々考案してきた。
それにより生まれた存在が陰陽師でありシャーマンでありエクソシストだ。
彼らは力の由来は全くの別系統であるが、「この世の怪異」に対抗するという目的は同じである。
「かたち」を持ってしまった「怪異」を、もとの精神的存在に戻す、という目的だ。
「怪異」の正体は時代によって、受け継がれ、増加している。
悪魔や物の怪、妖怪、このあたりの名前は珍しくもない響きだろう。
現在、人間を脅かしている新たな「怪異」は、学校の怪談や都市伝説などとも称される怪談話全般である。
そう!僕は、いや僕らはある目的をもって結成された、「怪異」に対抗する存在なのだ。
「だめだこりゃ。」
汗は夜中だというのに、飽きもせず大量に滴ってきて、僕は故障中のエアコンに恨みの目を向ける。
不可抗力で故障してしまったというのに、こう睨まれてしまってはエアコンにしてみたら迷惑千万だろう。僕は机に置いてあった温くなった炭酸飲料を飲み干すと、部屋のごみ箱に向かって放り投げた。―そして外れた。
僕が今、パソコンに向かって入力していた内容はすべて事実だ。この世には普通の人間には説明できないことも当然存在している。訳あって僕らオカルト研究部が結成した理由をテキストにあげていたのだけど、ちょっと疲れてしまった。
一通り「怪異」について解説し、僕は極めて適当な一文を画面に入力した。机の上に展開したノートパソコンを乱暴に閉じた。どうやら僕には文章力はないようだ。何が「そう!」だ、と一人突っ込みをする。
僕は一人でやれやれと手振りをすると、再びパソコンを開いた。
厄介な僕の課題が再び目の前に現れる。僕は音速でそれを保存して終了させると、ブラウザを展開させた。スタートページに開かれたのは、僕が管理人をしている「オカルトSNS」と書かれたページだ。
「怪異」との遭遇情報や、怪談、都市伝説などのオカルトに関連する情報を収集するために作成したもので、会員数は増え続けてもうすぐ一万人を突破するところだ。会員は全国に分散しており、その情報は多彩だ。
とても有用な情報を集められるのはもちろんのこと、広告収入がちょっとしたお小遣いとなっているのがありがたい。僕は日課として、オカルトSNSのアクセスログや書き込みをチェックしているのだ。
そんな中見つけたのが、文字色を赤くして一際目立つ様にしてあった、ごくありふれた怪異である「赤いちゃんちゃんこ」と書かれたスレッドだった。
僕は何かに導かれるかのようにそれを開く。
「赤いちゃんちゃんこ」の怪異とはごくありふれていて、成人するころまでに三分の一くらいの人間が遭遇しているであろう怪異だ。
簡単にこの「怪異」について説明しよう。
「トイレで用を足していると、どこからかこんな声が響いてくる。『『赤いちゃんちゃんこ』着せましょか…?』それにイエスと答えると全身を引き裂かれて殺され、周囲を血で真っ赤に染め上げる。その様子が赤いちゃんちゃんこを着せられたようだ。」というものだ。
だが実際には、この怪異は人に危害をもたらすような力は持っておらず、声で脅かすのみといったものだ。人を殺してしまうような力などは持ち合わせてはいない。
僕は息を飲むとスレッドを読み始める。
「私の高校、高蘭女子学園で友人が、『赤いちゃんちゃんこ』に遭遇しました。怪異としては珍しい物ではありません。ですが、この『『赤いちゃんちゃんこ』は別格です。友人がお手洗いを使用した際に遭遇し、実際に危害を加えられました。太ももを大きく切り裂かれましたが、傷はそこまで深くありませんでした。しかしよく言われるように『赤いちゃんちゃんこ』にそこまでの力があるとは思えません。何が起こったのか気になります。』
人間に危害を加えられる「赤いちゃんちゃんこ」。オカルト研究部としては無視はできない存在だ。
情報源が「友達の友達」ということもあり、信憑性も低くはない。幸いなことにこの高校は、僕の高校と最寄駅が同じなご近所さんだった。なにかの符号のようだ。
「調べてみるか…。」
一人そんなことをつぶやくと、僕は、つい先ほどまで入力していたテキストに一文を追加で書き足した。
さて、今回僕らは―――。