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 結論から言えば、その後結太と摂はどうともならなかった。

 メルアドは交換したものの、摂からメールが来ることもなかったし、結太から彼女に連絡を入れるということも、またなかったからだ。

 ただ、人間変わるものだな、というしみじみとした感情は、深く結太の心に残った。



 サッカーを三年生の大会まで続けた結太は、退部後、大学進学のために勉強を始めた。受かったのは地元を離れた都市部の四年制で、彼は卒業後の進路に有利かもしれないという理由だけで、経済学部に進んだ。

 摂はといえば、地元の四年制に進学したということを、結太は風の噂で耳にした。

 二十歳のとき、地元の成人式でたまたま見かけた彼女は、高校の時とあまり印象が変わらなかった。未だに、派手なメイクと髪の毛で自身を飾るギャルだったのだ。

 別にギャルが嫌いな結太ではなかったが、周囲の同じような格好をした女性とはしゃぎ笑っている彼女を見ると、話しかける意欲というか、仲良くしようと思う感情というか、そういったものが、ぐんと下がるのを感じた。準備運動なしで激しく身体を動かした後の、血が下がる感覚に似ている。

 高校のときは、可愛くて綺麗で、とにかく自分の話を聞いて肯定してくれる子であれば、誰でも良かった。というか、相手が誰でも変わりなかった。

 今思えば爛れていたと思うし、もう少し行動を抑制しても良かったのではないか。そう考えられるのだが、それが逆に現在の自分を構成している不可欠な要素なのだとも、結太は感じている。

 あれだけ遊びつくし、羽目を外し倒さなければ、可愛いのも綺麗なのも「若さ」があるから当たり前であり、知っていることが少ないから頷くだけでも会話になっていたのだと、もしかしたら今でも理解できなかったかもしれない。

 いつ、そう思うようになったのかは、結太にも分からなかった。ただこれといった理由もなく、多くの仲間と酒を手に、大きな声で会話をするのが、唐突に面倒になったのだ。

 人付き合いや、たまの会話などでコミュニケーションは充分だったし、それ以上を望む意欲が薄まった。

 飲みに行かなくなると当然時間が余り、他に志もなかった結太は、机に向かうことを選ぶ。

 大学ではじけ始めた友人は多く、がつがついくその姿勢からも、結太は一歩引いていた。

 やる気がなさそうにしていれば、彼らは自分を構うことはあっても、深く追及はしてこない。相手のペースを崩さず、かといって自分の間隔を変に直す必要もない人間関係に、彼は満足した。

 時折憂さ晴らしのように遊んだり、集中して頭に何かを取り込む毎日は豊かで、その間ずっと、結太は摂のことを思い出さなかった。


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 大学を無事に卒業し、割と成長中の中小企業に経理として雇われた結太は、日々数字と格闘しつつ、隙あらば他部署に「もう少し減ったらいいのにな……」と生意気にもねちねち小言を言う生活を営んでいた。

 成果が目に見えるわけではないが、綺麗に数字が整ったときの得も言われぬ高揚感は、今まで味わったことのない種類の興奮を結太に与える。

 細かいことに向いているとは思っていなかったが、こうしてみると案外、冷静に金の動きを見ている仕事は楽しいと彼は思う。

 しかし経理課といえば、特に社外の人間と接触する機会が多い場所ではない。敢えて言うなら会計事務所や税務署くらいのものであろう。

 勤め始めてすぐのことだったが、結太は上司に連れられて地域の税務署に赴いた。業務のついでに、これから仕事で度々顔を合わせるだろうと、顔合わせをさせてもらったのだ。

 相手は、若くて綺麗な女性だった。背はそれほど高くない。清純そうなストレートの黒髪と、一重の黒目がちな瞳。可愛らしい雰囲気と、対してスーツに包まれた肢体の曲線美は、就業中であることを一瞬忘れさせるほど美麗だった。

「よろしくお願いします」

 礼をして名刺を取り出した相手に、結太も我に返って名刺入れを取り出す。互いの名刺を受け取って、そこにある文字を読み取り、――

「「え?」」

 二人同時に、固まった。

「どうした?」

 不審そうな上司の声に顔を上げるも、信じられないようなものを見る目でこちらを見つめる女性の視線を、結太は同じ思いで見つめ返す。

「……摂?」

 呆然と結太が呟けば、

「梶原、君?」

 おずおずと摂も、結太の苗字を呼んだ。

 黒ギャルはどこへ。目の前の清純そのものの女性が、あの摂?

 結太は戸惑う。

 しかしそれは摂も同じだった。派手で軽い容姿だった結太は、現在黒髪の爽やかな好青年にしか見えないのだから。

「知り合いか?」

 結太の上司が尋ね、彼が首肯すると、「付き合ってたのか?」と大胆に突っ込まれる。

 どうしてそうなるんですか、と結太が苦笑すれば、雰囲気が良く似ていると、上司は明るく笑った。

 確かに現在の二人は、趣味も性格も合うような外見をしている。外見、だけだが。

「……変わったな」

「梶原君もね……」

 二人が深い溜め息と共に、連絡先の更新をしたのは、その場の流れに過ぎない。

 ――にも関わらず、以来、ごくたまにメールのやり取りをし、たまに二人だけで飲むような、飲むだけの緩い関係が、現在まで五年ほど続いている。

 同じ地域に就職した同郷の士であることが、一番大きいだろう。

 二人の間柄は、それ以上でもそれ以下でもないと、結太は思っていた。




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