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愛してほしかった、他の誰かじゃなくて

大庭と付き合うようになってから、中村は変わったと思う。

まずロングだった髪の毛がばっさりと切られボブになった。

短い髪の中村は新鮮で、切りそろえられた毛先がふわりと揺れるたびに目を奪われた。


つぎに、纏う雰囲気が変わった。

いつもダルそうでどこか投げやりな物腰だった中村に、笑顔が増えた。

それまでは、俺と大庭以外をあまり寄せ付けないような感じだった中村の雰囲気が和らいだ。


「なかむらー、おまえ、急に髪切ったから失恋したのかと思ったのに。」

「なんだ、大庭と付き合い始めたんだって?まどろっこしいことするなよ!」


クラスメイト達が、大庭と中村が二人をからかうような光景がよく見られた。

そんな時、ちょっと恥ずかしそうに笑う二人は健全な高校生カップルの見本のようで、クラスではほほえましく見守られていた。


そして、

俺と中村と大庭の三人で過ごす時間は、格段に減った。

あの二人が一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後に受験勉強をしたりするとき、俺は時間を持て余すようになり、"彼女"と遊んだ。

大庭と中村が付き合うようになったあの日にできた彼女と過ごす時間が多くなり、それを彼女は喜んだ。

さみしくはない、ひとりではないから。でも、満たされない。


だって、いままで、いつも三人でいたのだから。


俺に新しく彼女ができるたび、必ずと言っていいほど次の日に中村は目を腫らして登校してきた。

それを誤魔化そうと、いつもよりメイクを濃くして学校にやってくる中村に俺も大庭も気付かないわけなかった。


しかし、あの日からその習慣は失われた。


中村にとっての俺はもう泣く価値もない男になってしまったのだろうか。


中村の気持ちに気付いていながら、俺はほかの女の子と付き合い続けていた。

それは中村のことが嫌いとかそういう理由ではなくて、ただの自惚れが俺にそうさせた。


恋愛は脆い。

人はすぐ人を好きになり、そして、すぐに嫌いになってしまうこともある。

過去の女の子たちの付き合いが俺にそう教えた。


女の子はみんなかわいい。

けれど、中村はかわいいだけじゃない。

中村はほかの女の子と違う。俺のことをまっすぐ見てくれていた。


中村だけはいつまでも俺のことを好きでいてくれると信じていた、永遠に俺のことを思って泣いてくれると勝手に信じ込んでいたのだ。

だが、あの日を境に大庭と中村は付き合うことになった。


大庭が中村の弱みに付け込んだからといって、俺がそれを非難する資格もない。俺は漬け込むことすらしなかったのだから。

そして中村が大庭を利用していることも俺には分かっていた。


大庭と付き合いはじめてから、中村は吹っ切れたように明るくなった。

そして、きれいになった。





「…ねぇ、あきほ!…ちゃんと聞いてる?」


中村の声で俺は現実に引き戻される。

珍しく俺と中村の二人だけが放課後の教室に残っている。こんなこと、いつぶりだろうか。

ちょっと怒っているかのように首をかしげながらこちらを見てくる中村。さらりと首筋で彼女の黒髪が揺れた。


「ごめんごめん。なんだっけ?」


「ねえ、大庭くんがクリスマスに何が欲しいか知らない?」


今日は大庭が委員会の会議に行っていた。大庭はクラス委員長をしている。

誰も居ない教室で、こうやって中村がが俺に大庭へのプレゼントについて相談をするだなんて、前は想像も付かなかった。

去年は三人でクリスマスイブにわざわざ遊園地に行って、カップルを押し分け観覧車に乗った。


こいつは、今年も観覧車に乗りに行くのだろうか?

ふたりで


雑誌のクリスマス特集のページをめくりながら、あーだこーだ悩む中村を見つめながらそんなことを思った。

悩む中村は、笑顔で、幸せそうで、その笑顔が俺に向けばいいのにと柄にもなく思った。


「大庭はなんでも喜ぶだろ、中村がくれるんなら」


「そーいうのが一番困る…」


その時だった、中村のケータイが机の上で音を立てながら震えた。

画面を除いた時の君の顔と言ったら、直視できないほど嬉しそうで、俺は直感で「大庭からだ」と思った。

それは大当たりで


「大庭くんが会議終わったから校門で待ってるって。行かなきゃ。」


そういって、忙しなくがちゃがちゃとボールペンや雑誌を鞄へとしまう様子が、とても悔しかった。

その笑顔は俺に向けられるはずだったのに。

いつでも届くと思っていた中村はいつの間にかおれの手の届かない場所にいた。


「じゃあね、秋穂。話聞いてくれてありがと。」


ドアに向かおうとした中村の腕を俺は無意識につかんでいた。

ぎょっとしたように彼女は俺のことを見つめて、小さな声で、どうしたの?と続けた。

ああ、感情が抑えられない。言葉にできないこの感情を。




「ねぇ、夏実。俺のこと、まだ好き?」



掴んだ細い腕から、中村の体がこわばったのが感じ取れた。

中村の名前を呼んだのはこれが初めてだった。ほんとうはずっと名前で呼びたかった。

夏実、夏実、夏実夏実夏実。

なんどだって呼ぶからさ、ねぇ、俺のとこに戻ってきてよ。


もう戻れない、それでも聞かずにはいられなかった。

だめだとわかっていてもかっこ悪くても、俺のほうをもう一度見てほしかった。

ちらりとでもいい、友人の枠から外してほしかった。だってだって、欲しかった未来はこんなものではなかったのだから。


あの日と同じように夕日が教室に差し込む。

やわらかく照らされる俺たちの間に流れる沈黙を破ったのは中村だった。


「お願い、離して。晴之が待ってる。」


体中に冷たい水を浴びせられたようだった。

晴之、中村は大庭のことを晴之と呼んだ。俺の前では、大庭くん、としか呼んでいなかったのに。

俺の知らない中村と大庭の二人の時間が存在しているのだ。あの日までは、俺たちはすべての時間を共有していたというのに。


緩んだ俺の手をそっとほどいて、中村は教室から出て行った。

窓から見つめた校門では、大庭が中村を待っているのが見えた。

二人そろった姿を見たくなくて、俺は窓から目をそむけだれもいない教室をぼんやりと見つめた。


俺が握ることができない彼女の手を大庭は握るのだろう。

大庭なら、中村を傷つけることはないのだろう。俺と違って、大庭は優しい。


けれど、本当は、俺は君にそばにいてほしかったんだ。

愛してほしかった。ほかの誰かじゃなくて。


 

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