みこでゆり
中編にしようとした。熱がもたなかった。故に供養。
異邦の方は云いました。彼女は魔女だと。
異邦の方は誹りました。必ず彼女は厄災を齎すと。
彼は天狗のようなお顔をひどく歪めながら、拙い言葉でそう連ねました。
ああ、止めて。止めてください。巫女様の事を口汚く罵らないで下さい。
静かに俯きながら小刻みに震える巫女様を見て、私はポロポロと涙をこぼしながら。
私は彼の背を斧で叩きました。でも、私の華奢な腕では全然切れなくて。半ば殴るような形になってしまいまいました。彼は相当苦しんだようでした。可哀想です。とても可哀想……。
私は泣きました。彼が苦しそうで、哀しそうで、わんわん泣きました。泣きながら斧を振り下ろしました。へとへとになって疲れ果てるまで斧を振りました。
そんな私を見て、巫女様は少し困ったような笑みを浮かべて、おいでと、手招きして私を傍に寄せると。私の頭を撫でました。
お手手が血に汚れるのを厭う事なく。優しく、幼子をあやすように。
ああ、巫女様ーー私は、幸せ者です。
♪ ♪ ♪
巫女様の付き人は朝早くから動かなくてはいけません。けれど巫女様の付き人たるもの身なりを疎かにしてもいけません。着崩すことなく、お服に袖を通して、櫛で髪を整え、髪に椿の油を付けて、唇に紅を、頬には朱を。付き人になりたてのみぎりは一連のお作法に酷く難儀しましたが、今では手慣れたものです。けれど、時たま調子に乗って失敗しては他の付き人に笑われた事もあるので絶対に気は抜けません。
自分の身支度を整えたらようやく巫女様のお世話です。ただ、お世話をする以前にも守らなければならないしきたりがあります。
巫女様の御前は神域。だからという訳でもありませんが、村の中でも唯一畳が敷かれています。これがとても良い匂いのするもので、きっと上等なものなのでしょう。深く、重く、それでいて身近な匂い。きっと付き人達が長年丁寧に扱った成果なのでしょうーーいえ、すこし脱線しました。話を戻します。ここに座るなら縁から十六目下がった位置で正座して、巫女様にご挨拶しなければなりません。何故十六目なのかは正直なところわかりませんが、これを破った付き人は地下牢で酷い折檻を受けるようなので絶対に破ってはいけません。
私は首を垂れながら、巫女様のお返事を待ち、ようやく名前を呼ばれると前へ進み出ます。勿論、大股での移動は厳禁。淑女たるもの、背筋を伸ばして、小股で歩きます。そうでなくては、畳はぬめっているので滑って転んでしまいますから。
巫女様のお世話は先ず長い御髪のお手入れからです。巫女様の紅く、長い御髪は巫女様の巫女たる証左。手を抜くことは許されません。傍に置いた壺から赤土を取り出して摺鉢で細かく砕き、その更に横に置いている壺の中身と混ぜ込み、練ります。余り緩いと畳に滴ってしまうので程々に。二つ目の壺の中身は下の方で赤色が凝固する事が多いのでよく混ぜなければいけません。
しかしご多忙な巫女様をお待たせしてもいけないので、丁寧に、それでいて素早く行います。
紅色が全体に行き渡ったら、最後に椿の油をつけて、同じく椿の簪をつけます。
ーーああ、なんてお美しいのでしょう。
思わずため息が漏れますが、まだやらなくてはならない事は山ほどあります。
御髪の後はお顔をお手入れしなければなりません。針で親指をチクリと刺して、ぷっくりと浮き出たそれを唇に這わせるようにして塗ります。
「君のは少し甘いね」
くすぐったかったのか、小さく舌を出した巫女様はそう笑いました。私の心まで少しくすぐったくなるような、そんな不思議な心地をしましたが、今はお世話の時。巫女様といっても悪戯は御法度です。私が少し眉を上げると、巫女様は観念したように「ごめんよ。ほんの悪戯心だ、許しておくれ」と云ったので、許しました。
吐息が触れるほど近くで、部屋と同じ深く重い香りが強く香るほど近くで囁かれたら、何でも許してしまうのでそれは、反則だと思います……。
お化粧を終えると巫女様は私に指を出すように云い。私が指を差し出すと、巫女様は割れた蛇のような舌で血を舐り取りました。チロチロと、凡そ人の舌からは得られない質感と感触に背筋がゾワゾワとしました。何だか、とても背徳的な気分です。今、私の頬は赤くなっていないでしょうか。もし顔に出ていたらと思うと恥ずかしくてたまりません。
「さて、朝餉にしようか。今日の献立は何かな?」
今日の献立は昨日殺した異邦の方の小腸です。異邦の方を調理するのは久しぶりだからと膳部の方も張り切ってました。
そう伝えると巫女様は柔らかく微笑んで。
「それは良いね。仕事に精を出せそうだ」
巫女様に釣られて、私も微笑んでいるのでした。
続きなどないゾ。




