表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醜い奴ら  作者: 川崎真人
9/35

名探偵 三

 どうも。皆さんのお陰で今日も生きながらえている人格破綻者、林崎エセでございます。アクセスいただいて本当にありがとうございます。

 今回の第九部分も楽しんでいただけると幸いです。

 「何なんだよ、こりゃあ」

 うるさいな。

 決まってんだろう。

 「犬の死骸じゃないのかな? この頭の形なら、それ以外に有り得ないと思うよ」

 「そうじゃねーよ!」

 本田は興奮気味に叫んだ。

 「どうしてオレ達の部室にこんなものがあるのかって訊いてんだよ!」

 訊いてんだよ、て言われてもねえ。

 「ぼくに訊かれても分からないなぁ。……不可解な現象だしね」

 今朝初めてこの扉を開放したのはぼく達で、犬の死骸を最初に発見したのもぼく達。昨日はこんなもの無かった訳だし、こりゃちょっとした密室トリックだ。

 「外に匂いが漏れるとまずい。扉を閉めてくれ、鍵もだ」

 ぼくが支持を出すと、宵子ちゃんがそれを遂行する。本田は呆然と、視線を部屋の中央の大型犬に釘付けにしていた。

 「窓も閉めておいたほうが良いな」

 向こうで、八坂さんが窓を開けて声をかけてこないとも限らない。

 「なあ、犯人は窓からここに入って……」

 本田が言う。

 「バカが! ここは三階だぜ。……それに、今は犯人がどうのこうのより、死骸をどうやって片付けるかを考えるべきだろうが!」

 自分の頭に血が上っているが分かった。何てことだ。

 「何でだよ! 何でオレらがこんな気持ち悪いもん始末しなくちゃいけないんだよ!」

 「ぼく達ミステリ研究会がどれだけ疎まれているのか、おまえだって分かっているだろう? ……学校一の嫌われ者の部長が率いる、毎日部屋の中で意味不明な怪しいごっこ遊びをしている変人集団。その部室から犬の死骸が発見されれば、ぼくらは避けがたく、動物虐殺集団の汚名を被ることになるだろうさ」

 そうだ。決して誰かに見られてはいけない。せっかく、幸福だと思える居場所ができたんだ。何をしてでも、決して失ってたまるものか。

 本棚の下にある引き出しからゴミ袋とゴム手袋を取り出す。手袋を装着して、飛び散った赤黒い塊を手に掴んだ。握れば握るだけ潰れていく軟質さの中に、肉の筋の硬さが指先を不愉快に刺激する。

 ちくしょう、何でぼくがこんなことを……

 「先輩。それをどうするんですか?」

 宵子ちゃんがおずおずと訊いて来る。

 「……どこへでも捨てるさ。ぼくらの手がかりは何一つ残さない」

 ぼくがそう答えた時、床が軋む音がこちらに届いた。全身が震え上がる。

 誰かが廊下を進んでいる。

 脳味噌を一瞬だけシェイクされたような気分に駆られる。だめだ、冷静になれ。

 そうとも。何もあわてることはない。廊下の人物の目的はこの隣の資料室だろう。ぼくらのミステリ研究会は学校中で気味悪がられているし、わざわざそこに訪ねる理由はない。今はとにかく、床の片付けに集中しろ。   

肉塊から吹き上がる禍々しい空気が瞳に触れて、涙が出てくる。目の深奥にまで進入して来るみたいだ。なんて不快なのだろう。

 ノックの音がした。

 「……なっ」

 背筋を冷たい舌で嘗め回されるような感覚がぼくを襲う。肩が竦み、視界が揺れた。

 どうしてこんなところに用があるんだ?

 納得のいく説明をしやがれってんだ!

 「……西条」

 返事をするな。

 ノックの音が繰り返される。鍵のかかった扉は開放されることはない。明かりは漏れているだろうから、中に誰かいることは知られるだろう。隙間から中を確認されたら終わりだ。それまでにこの死骸と匂いとをごまかさなければならない。

 どうする?

 ぼくは部屋中を見回して、それから冷蔵庫を開放した。色とりどりのドリンクが棚に並んでいる。ぼくは真っ赤なゴミ袋を強引に丸めて、ゴム手袋と一緒に中へねじ込んだ。

 ノックの音。

 制服とシャツを抜ぎ捨て、床のそこら中に付着した血液や肉片をシャツで拭き取る。冷蔵庫から野菜ジュースとコーヒーを取り出し、床にぶちまけた。それから窓を開放し、シャツも冷蔵庫に詰め込む。

 一か八かだ。

 「すいません。飲み物を派手にこぼしてしまって……。みすぼらしいですがどうぞ!」

 そう言ってからぼくは制服を体に纏う。それを確認してから、本田が鍵を開いた。

 「あらそう。騒々しいと思ったら」

 八坂さんだった。彼女の視線がまずはぼくに向いて、冷蔵庫を一瞥し、床にぶちまけられた茶色と朱色の液体を凝視した後、本田と宵子ちゃんに向かう。二人とも無表情を貫いていた。各種のごっこ遊びから、表情の作り方は心得ているようである。

 「これは酷い状況ね、どうしたのよ?」

 床を指差して、淡々とした口調で言った。確かに酷い状況だが、こうしていれば床に張り付いた血肉も、匂いも、ごまかせる。

 「冷蔵庫の中を整理していたら、紙パックを二つばかりひっくり返したんだ」

 「あなたバカ?」

 他人の失敗を目の当たりにしても眉一つ動かさず、八坂さんはただ感想を口にした。侮辱はしても嘲笑はしない。彼女はそういう人物だ。

 「いいや、バツが悪いね。……ところで、何の用だい?」

 「本を返しにね。そのついでに、こっちの様子を確認しに来たの」

 そう言うと、八坂さんは鞄の中から文庫本を出して来て机の上に置いた。如月創介の『三百十八ページ』

 「先鋭的で哲学的、とんちの上塗りみたいな小説だったわ。感想としては、これにお金は出したくないってところね」

 わたしは想像するのが苦手だから、と言って、八坂さんはぼくらに背を向ける。

 「それから西条」

 「なんだい?」

 「何があったかは知らないけれどね。無意味に真面目ぶってるはずのあなたの制服のボタンが乱れまくっていることや、冷蔵庫に赤い手形があるところに気付かないほど、わたしは愚鈍じゃないの」

 胸に鑓を挿し込まれるような思いがした。

 「何でもかんでも隠し通して自分だけでなんとかしようとするのは、あなたの悪い癖よ。少しは人を信用して、職員に相談した方が利口だわ。島にいた時から、あなた一人で何か成し遂げた試しなんてないんだから」

 その言葉と共に、扉が閉まった。


 「よー。ここに来る時にタオルか何か買ってきてくれよー。理由? それがなあ……」

 本田が高山に電話をかけている声を聞きながら、ぼくはただ机に突っ伏していた。

 ボタンは別に良い、血の手形だってふざけてしたことだと言えばごまかせる。だが、相手が八坂さんだったことが問題だ。彼女は人の意見に左右されない。自分が一度『何かあった』と確信してしまえば、後は何を聞いてもそんなのは関係ない。

 昔から彼女のことは苦手だった。何をするにも、どうしても彼女の存在が気掛かりとなる。そんな風に意識を続けていたのだから、好きになってしまったのかもしれない。だとすればぼくは間抜けな男だ。

 もちろん、彼女のことはずっと好きなのだが。

 「西条、高山に犬のこと話したぜ」

 「……そうか」

 つい先ほど醜態を見せてしまったばかりなので、本田と目を合わせるのはためらわれてしまう。だがここで顔を付し続けたのでは、ぼくへの評価はさらに下がってしまうだろう。意地で顔を上げた。睨むように本田を見やる。

 「根本はどうする?」

 本田がそう訊いて来る。どうやら、ぼくのリーダー性はまだ有効らしい。

 「根本かぁ」

 あの男に事件らしいものを与えたら、解決の為に無節操な行動を起こすに違いない。ましてあいつはバカ正直だ。何をどう吹聴するか分かったものではない。

 いまいち信用できないのだ。

 「言わないのか?」

 本田は怪訝そうにそう訊いた。

 「うーん」

 八坂さんはおそらく、この事件に関わって来ないだろう。他の部員だって、物事を隠すのには長けているし、状況も理解している。バグは根本だけだ。

 「それはあんまりじゃねえの?」

 本田はぼくを軽蔑するような調子だった。それはもっともな反応だった。仲間はずれを作るような真似は、一つの集団として何より下劣なことだから。

 それにしても、悪い予感がする。

 本当に、あの男に話してしまって良いのだろうか。

 「そのうち話す。今はデートの邪魔をしちゃだめだ」

 そう言って、ぼくはその場を立ち上がった。冷蔵庫の扉を開く。赤黒いどろどろを内包したその袋を取り出して見る。中の肉片に、ミンチになったぼくの手のひらが巻き込まれるような錯覚さえ思えた。 

 何かをしていなければ気が狂いそうだった。このまま机に突っ伏している訳には行かないと思った。けれどこの袋を持って飛び出すことはできなくて、無能な猿のように袋を抱え込んでいる他はない。

 職員に相談するべきだ。

 八坂さんはそう、ぼくに勧めた。

 聡明な彼女がどうしてそんなバカなことを言い出したのか、疑問だった。事態を説明すれば職員はそれを全校生徒に吹聴するに違いない。そうなればぼくらは学校で居場所がなくなってしまうだろう。みんなぼくらのことを疎ましく思っているはずだ。理由さえあれば奴らは何でもするだろう。宵子ちゃんや高山さんをニュースで良く見るいじめみたいな憂き目にあわせる訳にはいかない。

 どうにかしなければ。

 「西条」

 本田が口を開いた。

 「おまえって、これくらいの嫌がらせでうろたえるようなタマだったか? 大丈夫さ、何も心配ない」

 「おまえは状況が分かっていないのか?」

 「この教室で犬が殺されたからって、オレ達がやったことにはならないだろうがよ。大丈夫、みんな分かってくれる。おまえはちょっと不信感が強すぎるんだ」

 本田、おまえまで言うか。

 「ぼくの不信感が強いだって? おまえが能天気なんだよ。客観的になれ。人殺し小説大好き集団の部屋から発見される犬の死骸、動物虐待の犯人は誰だ?」

 「そりゃ、オレ達が疑われる。それは確かだ。だがな、決め付けてかかる奴は誰もいないさ。みんな、それくらいの理性や良心はある」

 「信用できないよ。……したくない」

 一か八かで他人を信じるくらいなら、自分でどうにかした方が良い。そんなことも分からないのか、この男は。

 「大丈夫、隠蔽は絶対にうまくいく。何も問題はない」

 勤めて優しく、ぼくは言った。

 「でもさ。次々死骸が出現しないとも限らないじゃないか」

 「犯人を捕まえるさ。それからたこ殴りの目に合わせてやる。おまえも協力するんだな。……犯人は職員室から鍵をちょろまかした奴。昨日ぼくらが帰ったのが六時ごろで、それは門がしまる時間ちょうどだ。と、なると、今朝ぼくたちより先に職員室に二度出入りした人間が奴に犯人を絞り込める」

 必ずいるはずだ。何もないところから死骸が沸いてくるはずがない。

 こっちには豪腕の持ち主であるところの根本もいる。ぼく達に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぞ。ぼくらミステリ研究会はごっこ遊びででも人を殺せるような、頭のおかしな集団だ。気絶するまで殴打して、それから線路に寝かせてやる。

 ノックの音がした。

 「ここ、開けてよ」

 今度は高山さんだった。あいも変わらず端的な物言い。同士を中に招き入れてから、ぼくは肩を竦める。どうだいこの有様?

 高山さんは床に撒き散らされた茶色と朱色を眺めてから、無言のままタオルを取り出した。二つあるうちの一つをぼくに渡す。

 「宵子ちゃん」

 高山は後輩に呼びかけた。「はい?」少し驚いた調子で宵子ちゃんが返事をする。そう言えば、さっきからこの子は浮かない調子だ。犬の死骸を見たのがよほどショックだったのかもしれない。

 「犬の死骸、これで幾つ目?」

 「ええと……。七つです」

 二人のやり取りに、ぼくは作業を中断する。

 「どういうことだ?」

 「俗世に疎い西条君は知らなくても無理はないね。最近良く犬の死骸が発見される事件が起こっているの。宵子ちゃんの家の近くかしら?」

 「ほう」

 シリアルキラーだろうか? 犬を相手にしている為か、あまり魅力がないなぁ。だなんて、もしも無関係だったなら、そんなことを考えていたかもしれない。

 しかし今のはおもしろい情報だ。一連の犬殺しを調べていけば、おのずと犯人の詳細も掴めて来る。

 「一人で犯人を捕まえて、それからみんなに自慢してやろうと思っていたのだけれど、まさかあたし達の部室で事件が起こるとはね。こうなるともう、あなた達も黙っちゃいられないでしょう」

 「もちろんだ」

 と、本田と声を合わせて言った。犯人を捕まえるというのにはこいつも乗り気らしい。

 「根本君は頼りになるんじゃないかしら?」

 高山さんが言うことは、確かにそのとおりだった。彼は各種のごっこ遊びにおいて、部長に次いで高い勝率を誇るプレイヤーだった。探偵役としては文句の付け所がないほどに優秀。犯人役としてはやや感情が顔に出やすい面があるものの、その醜い顔を進んで覗きたがる者がいないことで、それはカバーできている。彼ほどに頼もしい味方はいない。

 「そうだね。だがデート中の彼を頼る前に、まずはぼく達で捜査を始めよう。犬の死骸はこのまま冷蔵庫に入れておいて、夜中にでも片付ける。これで良いな」

 みなが頷いた。


 「誰が何の鍵を持ち出したのかは記録しているけれど、でもそんな奴はいないよ」

 ぼくらの担任でもある中村先生はそう言って首を傾げた。

 「はあ。そうですか」

 「こんな朝早くに、鍵を使って戻しに来る奴なんているものか」

 とは言うが、この職員はとても信用できたものではない。なにせ彼は、宵子ちゃんが教室の鍵を取りに来た時に、彼女の所属から部室の鍵を取りに来たものだと勘違いしたうっかり者なのだ。

 というかそもそも、いないはずがない。何かの間違いがあるに違いないのだ。

 「西条君。これはいよいよ、密室殺害事件って具合じゃない?」

 わくわくとした調子で、高山さんが言った。まだ犬の死骸を見ていないとは言え、肝の据わったものである。

 だが、現実にそんなものが存在する訳がない。虚構のような現実があるなら、虚構は虚構でなくなる。だからこそ、ぼく達はミステリ小説を読むのだし、殺人ごっこをするのだ。

 「また変な遊びをしているみたいだが、自分たちだけで収めろよ」

 呆れた風に、中村先生が言った。

 「はい。分かっています、ナマクラ先生」

 「西条? おまえ、今何て言った?」

 鈍らな中村先生を背後に回し、ぼくらは職員室を出る。まあ、今のジョークは少しばかり辛辣すぎたかもしれない。言い間違えたことにしておこう。

 「あれ? 珍しく素直ね、西条。明日は台風で警報ね」

 職員室前の廊下で八坂さんと出くわした。細っこい人差し指を円形のキーホルダーに挿し込んで、鍵をくるくる回している。

 「酷いことを言うなあ。ぼくだって、たまには人を信用する」

 おそらく八坂さんは、ぼくが事件のことを職員に話したのだと思ったのだろう。でもそんなことが起こるようなことがあれば、それこそ台風が来てしまう。

 「ふうん。成長したわね」

 八坂さんは声色をまるで変化させずにそう言って、ぼくの隣をすり抜けた。そのまま職員室に入ろうとする。

 「君が職員室に何の用だい?」

 「別に。ただ、今日はもう料理部の活動は止めにしようと思ってね。この夏休みに、わたし以外の部員は全員活動休止しているから、問題はないわ」

 「どうしてまた?」

 毎日毎日、あんなに熱心にがんばっていたのに、わざわざ学校に来てからすぐに帰るなんておかしい。

 「職員室の鍵がなくなっていたの。試しに手ぶらのまま部室に行ったら、鍵が開いていて。台所には何かを調理した後があって、鍵は床に転がっていた。何だか気味が悪くって」

 普段無表情な彼女は、その身長を伴って気丈な印象を人に与える。それはその通りであるのだが、取り分け異常な事態には機敏に反応する(さっきだって、ぼくらに気を使ってくれた。ぼくは無下にしたが)。幽霊の話なんかも苦手だ。それでも取り乱すことはなく、なかなか冷静な対処をするのだけれど。

 「西条。分かってると思うけれど、気を付けなさいよ。最近は事件が多すぎるからね。あなたは探偵小説の探偵から推理力をひいたみたいな人間なんだから」

 下手に関わると、犬殺しじゃ済まない、てか。

 「それを持ち出すなら、もう手遅れだと思うよ。気を付けてどうにかなることかい?」

 「そうね。それじゃあ、覚悟しておきなさい」

 それができるのは君くらいのものだよ。


 「あらあらまあまあこんにちは。いやいやはやはやお久しぶりね。本当本当うれしいわねぇ」

 たったかたったかこちらへかけて来る婦人は、宵子ちゃんのお母さんである。彼女に良く似て背が高い。だが痩せているという訳でもなくむしろ血色は良い方だった。

 「さあさあ上がって。おあがりなさい。今からホットケーキ焼いてあげるわね」

 元気の良い主婦に奥へと招かれて、小奇麗なテーブルに腰掛けた。なかなか素晴らしい家である。

 どうしてぼくらが遠藤家に招かれているのかと言えば、宵子ちゃんが『お母さんなら、犬が死んでいることに詳しいですよ』と提案したからである。他に当てもないので、ここは主婦の情報網という奴に期待することにしたのだ。

 机で待つこと数分で、おびただしい量のホットケーキが机の中央の更に並んだ。タワーである。小皿に取り分けて好きに食べろということらしい。 

 「さあさあどんどん召し上がれ」

 「どうもありがとう。いただきます」

 一口食す。うまい。柔らかく、生地自体に上品な甘さがある。お邪魔する度にこの人はうまい菓子を用意してくれるのだが、それがことごとく絶品なのだ。こんなに料理のうまい母親を持ちながら、宵子ちゃんが痩せぎすなのが不思議でならない。

 宵子ちゃんも母が作ったホットケーキを黙々と食べていた。不器用な食べ方で、味わっている風でもない。がっついているという表現画当てはまる。宵子ちゃんは八坂さんのホットケーキもこれと同じように食べる。おそらく味覚音痴だ。

 「今日は、この近所で起きている犬の殺害について、話を窺いたくて来ました」

 まずは目的を明らかにしておいた。玄関でするべきだったかもしれないが、何もいう機会を与えてくれずここまで来たのでは仕方がない。

 「まあまあそれはそれはなかなかどうして良い感心をお持ちなのね。最近の若い子供って聡明なのね宵子にも見習わせなくっちゃね」

 口元に手を当てて笑う遠藤さん。どうやら悪い印象は持たれていないらしい。

 「それでそれで何を訊きたいの? 何から話したら良いかしら。事件の現場について? 被害にあったお宅について? それとも私の考えについてかしらん?」

 「それじゃ、考えを聞かせてください」

 というか、それ以外に訊くことはないと言って良い。考えを聞くというが、同時に、その前提として事件の内容も聞かせてくれるだろうから。

 「そうそうそうね。ところでところで、殺された犬の体の一部がなくなっているのは知ってる?」

 「いいえ」

 それは知らなかった。犬をゴミ袋に詰め込む時は、そんなの確認している余裕がなくて見逃したのだ。もちろん、後から確認して見るつもりもないのだけれど。

 「そうそうそうなのよ。そんなことしちゃって気持ち悪いわよね。一部ってのがどこかは知らないんだけれど、どうもお腹の中みたいだね。鼻とか耳じゃないの。これってただの変態じゃないと思わない?」

 「そうですね。ただの変態じゃなくて、哲学のある変態って趣です」

 犯行声明の為であれば、外側の部位を切り落とした方が効果的だ。何せ分かりやすい。それを腹の中からものを抽出するなんて、何かそいつにしか分からない理由でもあるのだろう。シリアルキラーらしいことだ。

 「そーよねそーよね。なんか切り裂きジャックみたいだと思わない? だからね、犯人はこの町で一番の変態さんだと思うのよ」

 「神代さんのことですか?」

 自然とその名前が口を付いた。失礼だと思う。でもそれは、彼の家の庭に積み上げられた女の子の人形達のことを考えれば自然なことだ。

 「そーそー見ちゃったのよ。あのねあのね、私のお隣さんの杉山さんちのメケメケ王子四世ちゃんが殺された時、神代さん、その死体じっと食い入るように眺めていたのよ」

 神代信一郎先生。職業は人形製作者で、その評判はあまりよろしくない。嫌がらせを受けたこともあるらしい。そんな人物が死骸をじっと覗き込んでいれば、怪しく見えるのは仕方がないだろう。

 異常なことをするからには、周囲から悪い認識を受けなければならない。そのリスクは当然のことで、申し訳ない思いに駆られるのも我々であるべきだ。ぼくらに人形をくれた時、神代さんはそんなことを言っていた。

 「そんなことが何度もあったのよね。わざわざ家から出かけて死骸のところに行くのも見たわ。彼、手先は器用だから、犬のお腹から肉だか臓物だかを取り出すなんて簡単でしょうし」

 遠藤さんは子供みたいな人だといつも思う。まともな大人なら、こうも露骨に人の悪口を言うまい。娘の友達が相手なのに、自分の友達と話している感覚なのだろう。

 「分かりました。神代さんに話を聞いてみます」

 「そーそー。でもでもでも十分気を付けてね。何をされるか分からないわよ」

 こうしている間にも、ホットケーキはほとんどなくなっていた。


 「やーやー嬉しいねーみんな。僕ってば職業柄もあってあまり友達いなくってさ。訪ねてきてくれるのは中学生くらいのものだよ」

 宵子ちゃんの家の隣の、そのまた向かいの家に住むのがこの神代さん。このあたりの住宅街ではちょっとした有名人である。

 「ええ。今日は、この近隣で起こっている、犬の殺害事件について意見を訊きたくて参りました」

 と、提携分での挨拶を済ませるぼくの後ろ、本田が手を上げて「いやあ神代さん」と馴れ馴れしい声を出した。神代さんへの挨拶としてどちらが正しいかと言うと、本田の方なのであった。神代さんとミステリ研究会の間には、それなりの付き合いがあるということ。

 「へえー、そうかい。その事件には、ぼくも興味を持っていたんだよ」 

 微笑んだまま、神代さんはぼくらを家へ招いてくれる。少女の手足が散らばった玄関。少女の頭が散らばった廊下。完成形の少女が置かれたリビング。そこのソファに、美女と野獣が並んで腰掛けていた。

 「おまえらなんでぇ?」

 根本がこちらを向いて、揶揄するような声を出した。

 「神代さんとは友達なんだよ。それより、そちらの素敵な方は?」

 柔らかい口調を努めて、ぼくは訊く。定型文に程近い言い回しだが、心からの言葉でもあった。根本の隣にいたのはまさしく美少女で、ちょっとした雑誌の写真モデルであると名乗られても信じてしまいそうな具合なのである。

 「ああ。彼女は大宮渚。俺のクラスメイトで……」

 弘に紹介を任せるまま、少女はこちらを見て微笑んでいる。愛想笑いなぞではなく、邪気のまるでない綺麗な笑みだ。ただ同時に、ぞっとするようなデジャヴを感じさせる表情でもあった。

 悪意がないのは確かだ。

 人形のように感情がこもらないその顔は、まるでこちらを風景として捉えているかのようで……

 「俺のガールフレンドだ」

 「ふざっけんな!」

 本田が吼えた。皆の視線が彼に集まる。「ああー」顔を赤らめて、本田はそっぽを向く。今のは見苦しすぎると思ったのだろう。

 それはそのとおりだ。しかし助かった。本田が取り乱してくれたお陰で、ぼくがクールでいることができたのだ。

 「はじめまして、大宮さん。お噂は良く耳にしているよ。ぼくは根本と同じミステリ研究会のメンバーで、西条未明って言う。名前の未明は夜明け前の未明」

 「高山です」

 「遠藤です」

 「ほ、本田です」

 ここで名乗りを上げておかないと後々の人間関係が順調に行かなくなることを悟ったのか、皆がぼくに続いた。変人集団と言っても、殊更利害に疎いだとかシャイだとかいう訳でもないのだ。

 「そう。もう紹介してもらっちゃったけど、あたしは大宮よ。あなたたちのことは、気の良い人たちだって聞いてるわ。弘君の話を聞いていると、あなた達の輪の中に入りたいって良く思うもの」

 絵本の文章を読み聞かせるような声だった。なかなか耳障りが良い。

 「そりゃ光栄だ。けれど、ぼく達のやっていることと言えば、幼稚なごっこ遊びばかりだよ」

 「何事かをシミュレートするという行為はとても知的よ。誰にでもできることじゃない。ミステリの教養があるあなた達だから、そういうことができるのよ」

 それはつまり、幼稚なことに知力を使い、教養を発揮しているということになるのだが。まあ褒められたのだから喜んでおこう。

 「根本とはいつからの付き合い?」

 「六月の半ばかしら?」

 大宮さんが根本の方に顔を向けて、言った。

 「退院する二週間前だから、まあそれくらいだな」

 と、ぞんざいな口調で根本は言った。ぼくには分かる。こいつは交際が成立した日を憶えている。カレンダーにハートのマークを入れて、ちょっとした記念日のつもりなのだ。あくまでも想像だが。

 「ど、どうしてこの男と付き合ったんだ」

 と、本田。震えた声である。美人を前に緊張しているようだった。童顔に坊主頭という外見が、彼女の好みにあうかは知らないが、それにしても第一印象はあまり良いものではないだろう。変なことを言うのはやめた方がいいぞ、本田。

 「たまに見透かしたようなことを言うところかな。彼、あたしのことを良く分かってくれるの」

 大宮さんの表情が弛緩した。自然な変化だった。

 「じゃあ根本はどうして、大宮さんと?」

 ぼくが訊いてみると、根本は

 「美という概念からの逃避が目的だ。渚がいないと、俺は世界全てを敵に回したような気分になってしまうだろう」

 と答えた。

 「随分と詩的で私的だね」

 「そういうもんだろう? 脳味噌はここに一つしかないんだから」

 こいつはまったく良く分からない。

 「それで、ここへ何の用だ? 俺達は人形を見せてもらいに来たんだが」

 根本に芸術品への興味があるとは思えないので、おそらく大宮さんが見たがったのだろう。でも女の子が一人でここに来るというのは、神代さんとしてもあまり心の落ち着く状況とは言いがたい。それで根本が付いてきた。恋人同士が出かけるのだから、とりあえずデートと呼んで良い。

 「やーやー。くつろいでいるかい?」

 神代さんが人数分のコップを持ってやって来た。上等な紅茶である。彼はなかなかブルジョワでグルメなのだ。好きなことをしてかなりお金を稼いでいるのだから、人生の成功者といって違いない。

 「いっぺんに二組もお客さんが来るとは奇跡的だよ。君たち、これは運命だ。仲良くするように」

 カップルの片割れとは交友があるのだけれどね。大宮さんのような美人と知り合えるのなら、ぼくとしても好ましいことだ。

 「ぼくの作品はどうだい?」

 「最高です。人形は良いですよね、心がないから」

 大宮さんが上等な紅茶に上品に口を付けながら言った。その脇で根本が下品に大口でがぶ飲みしている。

 「うーん、それは僕の哲学とはちょっと違うんだよね。性善説に従えば心はあるべきで、性悪説に囚われるならない方が良い。でももっと大切な人形の利点は、妊婦の腹の中じゃなくて、目の前で少女を作り出せるところにあるんだな」

 そう言って神代さんは税に入った顔で紅茶を啜った。自分の表現が気に入ったらしい。芸術家らしく、心のメンテナンスには気を使っているみたいである。

 「人間の外見は、能動的に美しさを求めてくれない。それどころか、周囲の環境に適応する為にいくらでも自らを醜くしてしまう。妊婦の腹から生きる為に生まれる人間の少女よりも、僕の手で作られる美しくなる為の人形の方がずっと良い」

 やれやれ。あまりぼく達に時間的余裕がある訳でもないのだが、語り始めた芸術家はなかなか厄介だ。初めてこの人と話した時はなかなか新鮮なおもしろさがあったものだが、この人の哲学していることは割合単純なのですぐに飽きてしまう。単純なだけにその信念は確固としたものなのだが。

 「動物の美しさについてどう思われますか?」

 ぼくはそう、神代さんに尋ねた。話の最中に人間性悪説だとかいう単語を耳にしたので、畜生こそが美しい存在だという思想へ話を持っていけると思ったのだ。会話をできる限り犬に近づけなければならない。

 「はん。臭いし毛むくじゃらだし、論外だね」

 神代さんは言い切った

 「触れた心地がざらざらなのはいただけないね。その意味ではぼくは両生類が一番好きかな? もっとも、少女のすべらかで同時に柔らかく、それでいて華奢な触れ心地に勝るものはこの世に存在し得ないのだけれど」

 結局、話は少女の人形のことに戻った。頭の中にそれしかないらしい。まあ神代さんの言うことは分からないではない、というか全面的に賛成なのだが。

 「そういう素晴らしい触れ心地を研究するのは至難を極める。僕と同じ趣向の人形師は皆そこで苦労しているね。若い女性が、僕みたいな変態に協力してくれる訳も無いから」

 そりゃそうだ。

 「でもまあ、姉貴の娘が良い年頃だから、僕は何とか痴漢行為に手を出さずにいられるけれど。……懐いてもらって、それから理解して貰うのはとても大変なんだよ。お小遣い攻撃も、姉貴がうるさくってそうそう乱発できないからさ」

 金を支払い、年頃の少女の体をまさぐるという行為には、犯罪的なものがあるような気がする。

 「それで最近気づいたんだけれど、少なくとも弾力において人間の肉と犬猫の肉に大差はないんだよ。そうそう、最近このあたりで犬の虐殺が流行っているだろう? その現場で犬の死骸を触ってみるんだけれど、あの肉をうまく加工して人形作りに応用できれば、僕の芸術はまた一つ真理に近づくだろう」

 「犬の腹から肉を取り出しているのは、あなたなんですか?」

 「違う違う。僕は犯罪行為は可能な限り避けるようにしているんだ。もしもさっき言ったようなことをやるなら、きちんとペットショップで犬を買って解体するよ。それよりは、肉屋で牛やら羊やらの肉を買った方が安上がりだけれど」

 自分で言っておかしかったのか、けらけらと神代さんは笑う。

 「そう言えば君達は犬殺しの事件について調べているんだっけね。さすがミステリ研究会だなぁ。ようし、ここは現場の様子について教えてあげよう。三体目以降の死骸は全部見ているからね」

 大事なお友達への、恩返しだ。そう言って、神代さんは話し始める。

 死骸から摘出されるものの量は少しずつ増えている。最初は腹のあたりから肉が少しだけ、最近は全身からくまなく、一部の臓物や骨までやられている。解体の仕方もどんどん器用になってる。このままいくと、なくなった部位の方が残った死骸より多くなるかもしれないね。

 目的? ……そうだね、サイコでマットな動物学者が、研究の為にメスを振るっているというのはどうだろう? 社会的に認められていない学者であれば、モルモットも手に入りにくいだろうから、ありうると思うよ。

 「おやおや。もうこんな時間だね、すっかり話し込んでしまった。僕は仕事をしなくちゃいけないし、君らのお父さんやお母さんが心配を始める時間だ。そろそろ帰りなさい」

 「はい。ありがとうございました。さようなら」

 結局、話を聞いても今ひとつ犯人の姿形は分からなかった。神代さんの言うとおり闇の学者であるならば、犬の体はそっくり無くなっていると思う。おそらく、即興で矛盾点なんぞ無視して、思いつくままに話したのだろう。

 「弘君、何か分かった?」

 「さあな。何も考えてなかったし……」

 既に根本には今朝の出来事を話してある。犯行内容が器物破損なんて軽犯罪である為か、思ったよりも興味を引くことはできなかったのだけれど。今一つ犯人に対する敵意が湧かないのだそうだ。勝ち負けやプライドの為に頭を使う男なんだよな、こいつは。

 「早く捕まえちゃってよ弘君。無垢で低知能で思考力なんて醜悪なものをほとんど持たないわんちゃんが、人間に殺されるなんてあっちゃいけないことよ。食物連鎖ならともかく」

 大宮さんはこの問題に意欲的だった。どうも彼女は動物が好きらしい。

 「……どうでも良いじゃん。世界中のいたるところで、動物も人もバカバカ死んでいるじゃないか。身近で起きたからってそうそう過剰に反応するなよ」

 根本がそう呟くように言った。

 「あらそう。だったらあたしが死んでも良いっていうの?」

 「おまえは俺に関係のある奴だから、違う」

 「そうね。人間ってそういうものよ」

 大宮は世界そのものを嘲り尽くすような表情で、根本はぎこちなく愛想で、それぞれ大きく笑った。


 「IHクッキングヒーターが盗まれたわ」

 翌日、部室で八坂さんからそう言われた。

 「わたしのじゃないから別に問題は無いのだけれど。まあ、部長への義理というか、隣に便利な探偵集団がいるのだから使ってやろうってことで、あなた達に捜索を任せます」

 八坂さんは今も無表情だ。部長とやらに申し訳なく思っているのか、はたまた恐れているのか。ぼく達に申し訳なく思っているのかいないのか。

 「キャンプ用のものをどうして部室に置いているんだよ」

 「内の料理部、設備がへっぽこだからね。ハイテクなのが一つ欲しかったの」

 それを盗まれちまった訳だ。

 「わざわざIHクッキングヒーターだけの為に学校に侵入するなんて、犯人像を絞り込むのに苦労しそうだなぁ。と言うか、君の知らない内に部長さんが持って帰ったんじゃないのかい?」

 「それは気付かなかったわ」

 口元に手を当てる。ほんの少しだけ顔の筋肉が揺らいでいる。八坂さんは自分が嬉しかったり、驚いたりした時だけは表情が変わる。他人のことで、他人の為に表情を変えないだけだ。

 「……今はぼく達、犬のことで忙しいんだからさ」

 「犬のこと?」

 「あ、いや」

 何て言うかな?

 「お隣さんの飼い犬が逃げてね。探しているんだ」

 「そう。何て名前? 特徴は?」

 さらに言うと彼女、他人の為には笑わないし泣かないというだけで、別に他人に感情を向けない訳でもない。人に好かれる要因になる程度の親切さを持つ人だ。つまり彼女は、犬を探すのに協力してやろうと思っている訳。

 「名前は……メケメケ王子四世だよ」

 口を付いたのはそんな名前だった。

 「……その子なら、殺されたって聞いたわよ」

 いるのかよ!

 「そうさ。飼い主は自分の犬の死を受け入れられず、失踪したとばかり言って……」

 八坂さんは相変わらず憮然としていたが、その心には深い憂いがあることをぼくは知っている。

 「そう。……あなた達に任せるわ」

 それは光栄です。

 「ところで西条?」

 「何だい、八坂さん」

 「あなた達、夏期合宿というか、部員旅行みたいなのはしないの? 今年の夏は良い具合に暑いし、海なんか良いと思うのだけれど」

 ふむ。それは良いアイデアかもしれない。

 「いーねそれ西条君。あたし賛成!」

 「オレも!」

 楽しいことが大好きな二人は両手を挙げてはしゃいでいる。

 ぼくは考えた。確かに旅行というのも魅力的だ。古いミステリ本を探して古本屋を回る為の旅行だとか、都会の方で開かれているという如月創介の資料館を訪ねる名目なら部費を使っても大丈夫だろう。

 そして何より、犬殺しについてぼくらが疑われる心配を無くすこともできる。二日だか三日だかでもここを離れている間に、犯人は最低一匹の犬を殺すはずだ。宿泊記録などにより不在証明が成立し、ぼくらは晴れて潔白の身になる。

 「良いんじゃねえの?」

 根本が木島敏明の『毒林檎の群れ』を読みながら言った。活字が苦手だというのは本当らしく、指先を本のページに這わせながらのぎこちない読書である。これくらいの時が一番、文章に含まれる情報量の偉大さに圧倒されて楽しいのだ。

 「宵子ちゃんは?」

 「私ですか。私は……できれば参加したいな」

 はにかんで笑う。

 「良し。決定だ。後は、……部長に参加するかどうかを聞いておこうかな」

 部長が来るのかどうかで、スケジュールは多少なりとも変わって来る。部長を連れて山登りだの美術鑑賞だのはただのギャグだ。

 「あら。西条君? ん? 劾ちゃんね」

 携帯電話での呼び出しに部長の母親が応じるまで、二分。彼女には僕の電話番号を覚えられている。

 「もしもし。こちらは風間劾(かざまがい。そちらの詳細と用件を聞かせてください」

 テレビゲームの効果音がうるさい。その中で、知性を湛えた鈍い声色がこちらに響いた。

 子機を持った母親が二階へ向かうまで一分、無言のまま部長が応じるのに十五秒だった。

 「部長。ぼくです、西条です。夏期合宿をすることになったんですが、部長はどうします?」

 「合宿の内容を聞きたいところだね」

 「それは、参加者で相談しますよ」

 「ふうん。計画ができていないのに、合宿を決定してしまうなんて、君らしくもないね。何かあったのかい? 逃避的に町から離れる必要ができたとか?」

 相変わらず、頭の回転が速い。各種のごっこ遊びでも、気まぐれに参加した部長には誰も適わなかった。おそらく根本でもどうにもならないだろう。

 「まあ、それは秘密ってことで」

 「そうか。まあそれは、良いや。僕には関係ないことだしね」

 連続した銃声。キャラクターの断末魔。ゲームの世界で誰かが死に晒されたらしい。下卑た笑い声がとどろく。

 「進入部員を迎えたんだってね。僕からもおめでとうと言わせてもらうよ」 

 部長は唐突に言った。おそらく、キャラクターが死んだことをごまかす為だろう。どうやら近くに誰かいるらしい。

 「そいつも合宿に来るのかい?」

 「もちろんです。部長に会いたがってますよ」

 「そいつは光栄だ。それから、遠藤君はどうするって?」

 「来たいそうです」

 「本田君もかい?」 

 「はい」

 「それは良いことだな。そして僕は遠慮するよ」

 「どうして?」

 「イベントは君らだけで消化してくれよ。僕は、家でずっとゲームをしているのが性にあっている。それじゃあ、誘ってくれてありがとう。また電話してくれ」

 そして、電話が切られたのだった。

 「どうって?」

 根本の男前な声。

 「来ないって」

 「何でえ」

 少しばかり、部長に興味があったらしい根本はがっかりしたようにそう言った。

まあ、おおよそこうなることは分かっていたけれど。

 そう、分かっていた。

 部長が来ないと分かっていた。そして、究極的に自分本位なあの部長がボイコットするこの小旅行が、どういう意味を持つだなんて。最初から分かっていた。

 読了ありがとうございます。

 今回は今一つオチがつきませんでした。プロットの構築ミスでしょう。申し訳ありません。

 他にも稚拙な文章、破綻したキャラクター、粗悪な展開などございましたら、どうか容赦なく指摘していただけると幸いです。

 私なりに精進いたしますので、これからもお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ