愛 七
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あまりにも、豪奢の過ぎるホテルだった。暖かな雰囲気の真っ赤な絨毯、三つの部屋からなる空間にはひととおりの飾り物がちりばめられ、皇室のような雰囲気をかもし出している。
午前四時ごろに目を覚ました未明は、寝心地最高のベッドから出ると、部屋に備え付けられた冷蔵庫の中を確認する。日本茶と果汁飲料と炭酸飲料のペットボトルがそれぞれ入って、他は何もなかった。
果汁飲料を選択して一気に飲み干す。口の中の粘着きを一緒に喉に入れてしまった未明は、一抹の不快感と暴力的な爽快感を持て遊びながら再びベッドに飛び込んだ。大きく跳ねた体が思い切り床へと投げ出され、尻を打ちつけた未明は痛みで少し涙ぐむ。わざとやったこととは言え、これは随分と間抜けな姿である。
しかしお陰で意識がきちんと覚醒した。蛍光灯の明かりを灯し、大きく伸びをして洗面所へ向かう。顔を洗い、自分の顔を確認する。
目の下の球磨が大きくなりすぎていた。それはそうだ、一時間と少ししか寝ていないのだから。未明は一人納得し、部屋から出ることを決めた。どうせすることもないのだからベランダにでも行っておこうか。丙があるかどうかだけ確認すれば良い、結果がどちらでも少しは気分が楽になるだろうから。
「ミメイ」
こんな時間に共がベランダで棒立ちしていた。隣のベランダから乗り越えてきたのだろうか。自分の想像と同じことをしていたのかもしれない。その挙句、自分の部屋のベランダにやって来たのだ。
未明は同居人の表情をじっと窺う。泣きそうな、不安そうな、童女らしいそれである。そんな顔をされては未明としては構わない訳にはいかない。
「どうしたんだトモ。今日は扉をノックしなかったな、おまえの芸風とは違うじゃないか」
「……ふざけてる場合じゃない」
共は未明を律するように
「何としてでもここから離れるべき。……どうせ死ぬような目に合わされる」
「そうしたいのはやまやまなんだけれどね」
未明は小さく肩を竦めて
「どうしようもないじゃないか。この状況から脱出する方法なんて、思いついた十三通り全て不毛に思えてくる」
「それでも。このままじっとしているよりはずっと良い」
「どうかな?」
嘲るような声色で、未明は言う。
「おまえだって、人類の中でも上から何十番目かに賢い子供だろう? だいたい分かるだろうが、死ぬような目にあわされることになるのと、死なされることになるのと、どちらが良いかなんてさ」
「……やっぱり未明はおかしい。そんな他人事みたいに言わないの」
「他人事じゃない」
未明は嘆息する。
「ぼくは何を言ったって戯言に捕らえられる性質なだけで、真剣に悩んだし考えたし恐怖した。分かるだろう?」
共はつまらなさそうな顔をして
「その台詞がそもそも白々しいんだよ、ミメイは。ミメイは戯言しか言えない訳でも戯言みたいな言い方しかできない訳でもない。意図的に戯言しか言わない人間を気取っているんだ、臆病だから」
未明としては、今の台詞は随分と聞き捨てならなかった。
「そんなことはない。何もどうして、白々しさを意図してやらなくっちゃいけない理屈があるんだよ?」
「決まってるじゃん」
共は嘲りの調子さえ篭った声で
「ミメイは自分の言葉を人に知られるのが怖いんだ」
それは少し違う。
ミメイの中の何者かが、ミメイにもほとんど聞こえないような小さな声で、そんなことを言った。
「みなさん。良く集まっていただきました」
壮年の司会者は随分とやる気のなさそうな声でそんなことを言った。
最上階に位置するドーム型のホール。そこにいるのは司会者含め十三人。
「これからしていただくゲームの内容は、みなさん分かっていらっしゃることでしょう。それでは、制限時間はありません。どうぞ」
そそくさと司会者が退場していく。ドームの二階部分の丙に張られた電光掲示板が、一行目と二行目でグーチョキパーそれぞれ四つずつ残っていること、三行目で現在のレートが一万円であることを示していた。
「オレンジの天井に、白い床。……まったく目が痛くなりそうな色合いだ」
壁際にはソファ、そこいらに清楚な六人がけの丸机が並んでおり、食事所としても使えそうな外観であった。
「儀式的な意味合いがあるんでしょう、何せここは普光院の建物ですから」
媚びるような視線を放ち、榊原がそういう。未明はそれに嫌悪の視線を向けようとしてみるが、どうしても歪に頬を歪ませてしまう。
「ミメイ。怪しい人みたいだよ」
乱雑に絵の具で施したような笑顔の未明と、三つか四つの童女が浮かべる笑顔を流暢な仕草に載せて放つ榊原が対峙している形となっていた。未明は首を振り
「……唯人。この際だから、おまえとは距離を置いておきたい。ぼくに関わらないでくれないか、勝手にやるから」
榊原はとても寂しそうな顔をする。
「そんな寂しいことを言わないでくださいよ。お願いします、未明さんを頼りにさせてください」
情けない、甘えたような声色。未明は頭を軽く抑える。
……こいつは、本当に心の底から気持ち悪い。
「ミメイ。このゲーム、何人かで徒党を組むのが基本じゃない。良いじゃない」
「……それと同じくらい、裏切りも基本じゃないか」
「ぼくは裏切るつもりなんてこれぽっちもありません」
言い切るような口調。親指と人差し指でちょっとした空間を作って見せた。
「おまえならそれっぽっちで実際に裏切ってのけそうだよ」
未明がおどけた風に言うと、榊原は大いに笑った。先輩の冗談に笑う後輩、そんな具合だった。
……なんだろう。
……底が見えた気がする。
「なあ唯人、おまえはどうしてぼくをこのゲームに誘ったんだい?」
榊原は少し誇らしげに
「ぼくには最大八人までの人をこのゲームに招待する権利が与えられました。なるべく賢い人ということで、第一番目に参加していただくのは未明さんに決まっていますよ」
自分の台詞に何の疑いも持っていないような調子だった。未明は肩を落とし、それから気だるそうに
「ぼくは嫌がったよ。それが、浪野さんの隣でぼくを脅すように連れて来た訳はなんだったのかな?」
「申し訳ありません。ぼくが未明さんをこのゲームに招く話を浪野さんにしたら、それは良い何としてもそうしようと言い出しまして。その時は意気投合しましたが、思えば未明さんが嫌がるなんて、少しもぼくは考えていなかったんです。……ぼくが軽率だった、申し訳ない」
途端に萎れたような口調と態度に変動する。未明はつまらなさそうに「ふうん」とそれだけ言って
「それで? 唯人、ぼくはパーだ」
「グーです。……どうします、勝負を付けてしまいますか? お金のことは、後から調整すれば良い」
などと言って、榊原は共のほうを見る。
「共さんと、もう一人四人でグループを作りましょう。そうすれば、損をすることはないでしょうから」
共は少しだけ、曇ったような顔を作る。
「そのもう一人って、どうするの?」
どうもこの小学六年生も裏切りを警戒しているらしい。未明は首を捻り、ホールの中の人間を確認した。
思い出したくも無い顔を見つけた。
肌が骨に張り付いたような体躯、乾いた髪。十三歳の少女がどうしてここまでやつれることができるのかと、そのように思いたくなるようなその容姿。
木原狭霧である。
「どうしたんです?」
榊原が訝しげに訊いて来た。「……いいや」未明は厭わしげに空気を吐く。
「……そうですか。ところで、こちらの方」
手の指す方向、未明より十センチほど高いところにあるその頭の先を凝視する。未明は二つの瞳を僅かに歪め、それから愉快そうに声を出した。
「土屋君かい?」
「おう最上。ひさしぶりだな、おまえがいるとはね」
「本当だよ」
土谷道平。未明が『島』と呼ばれる病人隔離施設で暮らしていた時の同級生で、親友。……自らの現状と人格に、もっとも直接的に貢献した人物と、未明は二人同時に再会を果たしたことになる。
「……まあ。とんでもない奴がいることだが、気軽にやろう。それと、砂輝子と大海もいる」
「あの双子? おいおい、随分と偏っているじゃないか。これでもう半分以上が僕の知り合いと言うことになる」
「ひょっとすると、これはおまえの為に用意されたゲームなのかもしれないぞ、最上」
土屋がにやにやと言った。
「冗談は寄せ。それとぼくのことは西条と呼べ」
「……八坂の奴の命名だったか。酷く安直だが、まあ良いだろう。オレにとって、それは得でも損でもない」
けらけら笑い、土屋は未明の手を取った。
「まあ。せいぜい協力していこうじゃないか」
「そうだね」
そういう二人の表情には、連帯とか友情とか、そういったものは微塵も無く、ただ愉快だけが浮かんでいた。
「良いさ、まさかこんなゲームでおまえらが変なことを企むようには思えん。……おまえもそれで良いよな?」
「どうして、あたしの了解を得なきゃいけない訳?」
大きなマスクで顔の下半分を覆ったスマイルが兄の大海、髪の毛で顔の左半分を覆った仏頂面が妹の砂輝子。
「そもそも、あたし達二人が判断を共にする必要はどこにもないじゃない」
「そりゃあそうだ」
大海は余裕の笑みを浮かべ
「それで。おまえはどうするのかとおれは訊いている」
「……強いて言えば、あたしは嫌かな。だってそいつら、変態と性悪じゃない」
未明は土谷と顔を見合わせた。未明は土谷の称号が『性悪』程度だったことに、土谷は未明の称号が『変態』程度だったことに笑う。
「よし。じゃあおれもおまえらと組むのはよす」
余裕綽々な態度を崩さずに、マスクの上側、二つの眼は笑った。
「……何よ、それ」
「おれよりおまえのが少しは賢いだろ? だからおれはおまえの判断を盗む」
「……まぁ、良いけど」
などと、兄妹は仲良くそこを去って行く。適当に話し合った挙句二人で勝負をするのを選ぶのだろう。大海はそういう性格だったし、砂輝子がそれに逆らうとは思いがたい。
「んで? オレらはこれから勝負かよ」
土谷がおかしそうにいう。先程の二人を嘲っている調子である。
「そうなるね。……なあ土谷君、まだ一万円だ。かけてみても、良いんじゃないかい?」
「良いね」
「やめておいた方が良いんじゃない? ミメイの性格で、賭け事に勝てる訳が無いじゃない」
そういう共に増長して、土谷は心底愉快そうに笑う。未明は肩を竦めつつ、この賢い子供の台詞も認めざるを得ないと思った。
「それで。本当にオレらで勝負して終わっちまうの?」
「今はそれで良いだろう。あまり、他の参加者に情報を気取られたくない。……なぁトモ、何か警戒すべき人間はいたか」
未明が訊くと、共は考えるそぶりもなく
「今まで会った人の他には、まずあそこの百目木宗谷」
気難しい顔をして、ソファに座り何やら考え込んでいる粗野な印象の少年だった。年齢は高校生くらい。
「あいつはちょっと危険。……気分屋で、言ったことはだいたい嘘だし、たまに本当のことを言ってもそれを嘘にしてしまうなんてしょっちゅうするから」
「……嫌な奴だね」
「虚言癖って言うのかな。……周囲に被害を齎す類のバカだね。次、あそこのは岸谷京」
電光掲示板をじっと覗き込む小柄な少年。ふとした拍子に笑い、地面を叩いている。
「百目木と仲良しさん。あいつ自身は人の不幸が大好物。頭も良いから、関わらないのが無難」
「ふうん。……まあ、この状況で楽しそうにしているような輩だ。こんなゲームでなくとも関わらないだろうね」
「あれが白石洋子」
忙しくホールを歩き回り、人々に話しかけている少女がいた。
「百目木と岸谷とは面識がある。観察力が図抜けているから、なるべく嘘はつかないようにした方が良い。あの人に目を付けられたら、カードの中身は表情で気取られちゃう」
「随分と厄介な相手じゃないか」
「でも。本人は騙しあいは苦手だし、御しやすいかもね」
共は随分と流暢に参加者の説明を続けていく。揺ぎ無いその喋りには、連中を招待したであろう榊原も、口を挟もうとしない。
「便利な女だな」
おもしろがるように、土谷が言った。
それはそうだ。この記憶能力の鬼子は動堂の指示で世界中のあらゆる人物の情報を頭に叩き込んでいる。こんなところに呼ばれるような訳あり、一人残らず特徴を暗記しているだろう。
「じゃああそこの車椅子は?」
試すような土谷の声。共はやや目を細め、それから何か言おうと小さな口を開け……
「佐藤一郎だ」
と、そう割り込んだのはだらりと長い手足を車椅子に投げ出した、妙に憔悴した調子の少年。土谷が示した男である。
「人を指差すもんじゃねぇよ」
「良いじゃん、減るもんじゃないし」
「それはそうだ」
くくく、と土谷と佐藤は一緒に笑う。
「随分と臭い名前をしているね、佐藤一郎」
「そういうおまえは?」
「土谷道平。道が平らで道平」
「良い名前だ」
「どうかね? オレには意味も良く分からんし、ぶっちゃけ名前なんて記号だと思うがな」
「ルームナンバー1313は気分が悪いだろう? 人が死ぬならそこだ」
「それはいくらなんでも、作為的過ぎる。もしもこのホテルの1313号室で殺人が起こったとかだったら、オレは腹抱えて笑うぞ」
「俺も。かかかかかかか!」
と、二人は声をそろえて笑う。榊原は二人に無表情をくれて、共は縋るような視線を未明に向ける。
「……実は、底の佐藤一郎のことは、あたしも知らない」
「……それは不気味かも知れない。共も知らない人間ね」
未明は肩を竦める。
「まあ良いや。他の二人の説明をしてもらうよ」
「それは知っている。何せ、本当に重要な人物だから」
まだ説明されていないのは、木原狭霧は例外として、全身を光物で覆った悪趣味な身なりの、小学生くらいの少女。それと対照的に簡素な服装の少年だった。
「名前だけ言うよ」
共は神妙にそう口にした。
「良いさ。それで分かるんだろう?」
「そうだよ。あの二人の名前は、女の方が普光院光姫。男の方が動堂頂子。だよ」
未明の表情が引き攣った。頭の中がすっちゃかめっちゃかに、足は貧乏ゆすりを開始して、次の瞬間には絶妙に二人と目を逸らした。
「……疲れた」
結局、四人で適当に対戦をした。
誰の運が良かったのか、未明達は全員で引き分けになることに成功していた。
全員の手が見事にグーとパー二つずつで纏まったというそれだけで成しうることではない。今の段階で嘘をつくことが得にならないことなど未明も土谷も良く知っていたし、共は無欲だった。榊原がどうでるのかは未明にも誰にも分からなかったが、とりあえず今は未明の言うことを訊くだけのつもりらしい。おそらく、きっと。
一試合目を無事に消化した未明は、これから何時間続くかも分からないゲームを観戦することもせずに自室へと戻っていた。いっそここで暮らしていたいと思わざるを得ないほど素晴らしい空間で、未明は人生で何番目かにうんざりとした気分を味わっていた。
時計を見ながら過ごす時間は劣悪だ。特に、今のように、背中に重たいものを抱え、土ばかり見て過ごしていた頃を思い出してしまう時は。
少しずつ壊されたものだ。それでこんなに歪んでしまった。最早自分は、自分を人間以外の何かと思わなければ楽になれないような、そんな気分で生きている。
嬲られはしなかった。飢えも渇きもなかった。ただ人間であることを忘れさせられた。生きる為に生きることを、覚えてしまった。
何もかも惰性だった、一時は言われるがままだった、死んでしまっても同じだとそのように考えることもあった。でもいよいよ殺されるのは怖くて、だからって他人を肉の塊に考えて。
あらゆる矛盾とあらゆる真実と向き合いながら、どうにかこうにか生き延びた。
けれど、自分と言う人間がどうかしてしまったことだけ、いつもいつも意識させられて。
それでも、誰かを羨ましく思ったことは無かったはずなのに。
……霧崎次郎。
何だってあいつは、あの畜生野郎は、今になってあんな愉快そうに毎日を生きられるのだろう?
それが、この上なく不愉快だ。
未明が壁を蹴り上げようとしたその時だった。
テュルテュル、いっそ間抜けなその音が響く。
それで、未明は我に返った。
「なんだよ……」
部屋に備え付けの電話だ。あのくそったれ司会者が自分を呼んでいるのかも知れない。いいや、その時は黒服連中が自分を迎えに来るはずだ。そっちの方が手間がかからなくて良い、今はともかく、これからレートはいくらでもあがるのだから。
「はい、もしもし」
「このホテルに監禁された者だが」
その声は、紛れもなく根本のものだった。
「……根本、どうしておまえがぼくの部屋に電話をかけるんだい?」
「西条! 西条なのか?」
紛れも無く醜い友人の声だった。偉くうろたえて、まるで自分の家に強盗が押し入ったとか、恋人が殺されたとか、そんな尋常ならざる自体が起こったかのような具合。
「そうだよ。ぼくの声を忘れた訳じゃああるまい。……それで? ぼくはこのホテルに泊まりに来ているところだが、おまえもかい? どうしてこの部屋にかけた?」
「バカ言うな!」
根本は憤慨した調子である。そりゃあそうなる。
「まあいいや。事情を聞かせろよ」
「すぐにする。だがその前に警察を呼べ! 閉じ込められた!」
「それはできない相談だ」
「どうして!」
「おまえにできないことがぼくにできると? ホテル内の繋がり以外、全部切れているのは一緒さ」
根本は沈黙する。口をぱくぱくと、悔しそうに開閉する音が聞こえた。
「それで? 何があったのかだけ、一応聞いておいてやっても良い」
「渚が消えた」
「へえ」
未明はおかしそうに
「殺された、じゃなくって?」
「違う!」
友人には珍しい、ヒステリックな声色だった。
「そんなはずはない、あいつがあんな簡単に死ぬ訳が無い! 俺は信じている、それが俺の務めのはずだ! あいつは死んでいないと、そのはずだと、ずっとそう思っている! 誰が何と言おうと! あんなものを見せられても、考える! いくらでも。確かめる! 今は少し別のことで忙しいだけだ! だから、なあ。俺は間違ってないんだよ」
未明は嘆息して
「いいかい、根本。……論理的じゃない考えの全ては、自分に都合の良いだけの妄想なんだよ」
これは多分、自分に言えたことじゃないだろう。
根本が閉口するのが分かった。そりゃあそうなるだろう、とも思う。
「で? ……おまえはこのホテルの何階かで監禁されて、妙なゲームをさせられている訳か。……渚さんが消えたというのは?」
……切れやがった。
未明は改めて嘆息する。
そして、羨みとも、また違う、嫉妬の思いが未明の心を支配した。
あんなにみっともなく、自分以外の誰かのことを喚き散らせるなんて。
「ある意味、あれはただの自慰行為か」
嘲弄するような声色で言って
「けらけらけら」
ただ棒読みで発音するように、未明はそのように笑う。
「ふざけんな!」
今度こそ、つま先で壁を蹴りあげた。
「よう。おまえが西条だな」
「……どうしてぼくの名前を知っているんだい? 君は確か、光姫ちゃんだっけ? ゲームの結果はどうだった?」
まるで仮装ではないかと思うほど、がむしゃらに煌びやかな服装の少女だった。スカートにはおめでたい金やら銀やらがあてがわれているし、首やら腕やら帽子やらじゃらじゃらごろごろ宝石だらけ。赤やら紫やらのその服装はちょうど、古いアニメに出てきそうな魔女の女の子と言った趣であった。
こうしてみると、年はちょうど小学四年生くらい。共よりさらに年下だろう。
「質問を重ねんな、覚えきれねぇんだよ。……ええと、ゲームの結果なら引き分けだな。まあそうしたんだけれど」
「誰と引き分けたんだい?」
「言うかよ、信頼に関わる」
「そりゃあそうだろうけれど。それで、そのおめでたい服装は君の趣味かな?」
「……質問を一つ飛ばしたろ、ちゃんと答えさせろよ」
「悪かったね。……どうしてぼくの名前を知っているんだい?」
「榊原の奴から聞いた」
光姫は少し誇らしげに、そんなことを言った。
「だからおまえのことはだいたい知っているよ。……おまえのこと尊敬する先輩の一人とかって言ってたぜ、あいつ」
「それは光栄だね」
「るっせーよバーカ。気持ち悪いんだよ」
などと、小さな光姫は舌を出す。
「光栄とか言うな。オレはその手の言葉をだらだら使う奴が大嫌いなんだ」
ませたガキである。
「そうかい? 気に触ったんならごめんよ。……それで、榊原とはどうして知り合ったんだい?」
「……別に。家抜け出して外で遊んでたら絡んできただけだ。この服装をやたら褒めるんで、おもしろい奴だと思っただけだ」
「……お世辞なら、言ってくれる人はいくらでもいるだろうに」
「まあな。……親父はあれですげぇ金持ちらしいし、最強だから。逆らう奴もいねぇかんな。俺もお嬢様でいられるって訳よ。だから俺は人からは褒められたことしかねぇ。……しかし、その中で、榊原は俺の格好を何て褒めたと思う?」
「ぼくならチャーミングだと言うね」
「そしたら俺はおまえを殴りつけるだろうね」
「それは酷いな。それで、榊原は何と言ってその格好を褒めたって?」
「『さぞ戯言染みた褒め言葉を受けてきたものでしょう。哀れな人達だ、あなたの精神を表現する方法などどこにもないというのに』」
未明はそこで、すっころびそうになった。
「『あなた自身で思っている、それ以上ですよ、それは』とも言った。……あいつすげぇ紳士なんだけどさ。正直、良く分かんないんだよね。……なんかさ、自分の一番嫌いなところと話しているみたいな、そんな気分になるんだよ」
「……なるほどね。でも、それが分かっているからには、君は大丈夫だろう?」
「だと良いね。……まあ。こんなところで油売っててもしょうがねぇな」
ついつい話し込んでしまった未明と光姫である。
「それで。これから三回戦って訳だが」
「レートはどうなっている?」
「まだ百倍だが。……間違っても、エレベーターは一階を押すなよ。いくら俺が乗っているったって、或いは飛ばされるかもしれん」
「どこにだい?」
光姫は、その時は童女らしい声色で
「十三階だ。あそこのショーはいただけない」
開いたエレベーターには、誰も乗ってはいなかった。
「おまえは幸運だよ、一億までなら負けられるんだ」
光姫は、にやにやとそんなことを言った。
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