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醜い奴ら  作者: 川崎真人
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孤独 おしまい

 どうも。皆さんのお陰で今日も楽しく生きてます。林崎です。

 毎度のことながら、アクセスありがとうございます。

 シリーズ最終回です。どうかお付き合いください。

 一人でいるということはどういうことなんだろう。

 ぼくがもっともひいきにしている作家の一人は、孤独と言う言葉を『まったく何の影響を受けずとも成立することのできる究極体』という意味で解釈できると小説に描いた。

 その登場人物の孤独な少女は、何も食べず何も飲まず何も受け付けずしかし存在し続ける不死身の少女。だがそんな彼女も物語のヤマとなる部分で何者かに惨殺されてしまう。その作家先生がどんなメタファーを込めて彼女を殺したのか、ぼく如き若造には皆目と検討が付かないところなのでこれは余談としておいて、肝心なのはその作者が『存在はそもそも他の何かを受け付けなければ決して成り立たない』という考えを示したことである。

 当時ひねくれの絶頂期で何でも一人でできる気持ちでいたぼくには、この物語はなかなか新鮮だった。最高の時期に最高の小説を読むことができたと感謝している。あらゆる存在はしょせんは周囲と連結して初めて成り立っているのであって、孤立は本来あり得ないもの。それが因果という奴なのだと、ぼくは学ばせていただいたのだった。

 では、この世界における一人きり、孤独というのがどのような状態を指すのかと言えば、それは朽ち果てる寸前だと表現できるだろう。

 例えば、木の下に散らばる落ち葉。一度枝から離れてしまえば、もう彼らは枯れて土になるよりどうしようもない。孤立者は存在してはならない、というそういう話だ。

 誰からも相手にされなかった霧崎が不登校のごく潰しにまで落ちぶれてしまったのは、そういうことなんじゃないかと思う。それでも、彼はまだ枯れてはいない。首を吊ってはいないのだ。

 辛うじて、栄養を繋ぎ止めている。落ちかけの葉っぱはまだこらえ切っている。風が吹けば飛びそうに、放っておいても落ちそうにしながらも、この世との関わりを絶っていない。人と関われない分、小動物から栄養を得て、そして生きているのだ。

 それは彼の生命力なのであって、誰にも愚弄できることではない。

 口の避けたピエロの隣、錆びてざらついた扉を開く。相変わらずの荒れ模様。店内には一歩も足を運ばず、脇の階段を駆け上がる。上にはアパートメントの一室のような空間があって、わずかに生活の匂いが残っていた。こんな騒音のうるさいところに誰が住むのだろうと考えないでもない。店長と考えるのが一番合理的だろう。

 パチンコ玉と猫の死骸を観察しながら廊下を進む。昨日霧崎と話をした六畳間。猫の死骸は片付けられておらず、いい加減に腐臭を放ち始めていた。昨日とは違う形の銃器が二本、壁に立てかけられている。

 ぼくはその部屋の窓を開放した。二年二組の教室を確認して、目測で距離を測る。おそらくは二十メートル程。石を投げれば十分に届く程度と言える。

 それを確かめたのち、ぼくは霧崎を探して再び廊下に戻る。エアーガンが置いてあったということはどこかにいるのだろう。発砲の音が聞こえて来ないと言うことは、昼寝でもしているのかもしれない。なんて暢気なことを考えていたぼくは、ようやくその匂いに気付いた。

 猫の死体が腐ったにおいではない。少しばかり香ばしく、どこか鼻を突く刺激があり、申し訳程度に甘ったるい匂いだ。扇情的なものを感じたぼくは、その出どころとなる部屋に早足で近付いた。足元のBB弾を蹴飛ばし、猫を踏みつけにし、転びそうに駆けて行った時だ。

 部屋から霧崎が飛び出して来て、いきなりこちらに発砲した。

 なすすべもなくぼくは顔面に弾を貰う。刺激が波紋を作るような痛みは、続けば確実にぼくを動けなくするだろうことが予想された。このまま食らい続ける訳にいかないと思い、ぼくは勢いのまま前方にすっころんで攻撃を回避、そのまま床に落ちたBB弾を掴めるだけ掴んで、霧崎の顔に投げつけた。

 怯んだ隙を見て、ぼくはどうにか立ち上がる。目に弾を食らうなんてことはなかったらしく、霧崎は自分の顔を手でぬぐった後、わりと平気そうに「なんだ変態か」と安心したように言った。

 「呼んでも無いのに来るなよな。びびっちまうよ」

 「すまなかったね。……それにしてもおまえ、BB弾なんかじゃ、どうにかなるもんじゃないぜ。ぼくがおまえに害意があったなら、立ち上がった時点でおまえの銃を奪ってる」

 「別にどうにかするつもりはねぇよ。脅しと言うか、俺にも攻撃意思があることを示しただけさ」

 「びびって何も考えずに撃っただけだろう? それにしても、正確であることは認めるさ」

 ぼくが言うと、霧崎は楽しそうに笑った。こいつは笑顔だけはまともに使える男らしい。

 「まあ、どちらも認めよう。あーあー。にしてもこの辺はくっさいな。あっちの部屋に行こう、すぐ片付けるから」

 「そうさせてもらうよ」

 ここは霧崎のテリトリーなのだから、彼に任せておくのが正解だろう。ぼくはそう判断した。

 昨日と同じ部屋の床に着くなり、霧崎は猫の死骸を蹴り飛ばして廊下に放り出した。それから押入れを開き、新聞紙の束をばらして床に棄てる。それを足で踏みつけにし、豪快に血を拭い去って行く。

 「ほれ」

 新聞紙を廊下に棄て、霧崎は堂々と畳に腰を下ろした。ぼくは肩を竦めながら、それに従う。

 「で、何の用よ? 遊びに来たんなら歓迎してやりたいところだが、生憎とここにはテレビゲームもない」

 「それは惜しいね。今度来る時はトランプでも持って来ようか」

 「ルールが簡単なゲームしか俺はしないぜ。得意なのは神経衰弱だ」

 こいつ、ババ抜きは弱そうだな。

 「おまえにも対戦相手がいたんだな」

 「まあな。俺だって小学生の頃からこんなだった訳じゃない。教室の後ろの方で、今では俺を汚物みたいに扱う奴らと、こんな風に座って遊んだもんだ」

 そう言ってから、霧崎はぎゃははと笑った。

 「懐かしく思うのかい?」

 「ああ。あんな連中、くだらないと笑ってやりてえが、そうもいかねえのよ。もちろん、奴らには死んでもらいたい。俺をバカにした連中はみんな猫みたいに嬲り殺してやりたいと思う。でもな、皆が俺に優しくしていれば、俺はこんなことを考えずに済んだんだって、そんな風に思うこともあるよ」

 自分の内側に思いを馳せていながら、霧崎の目はまっすぐこちらに向いていた。

 「もちろん原因は俺さ。俺はもともと他の連中と馴染むことのできない人間だ。いいや或いは人間でもないのかもしれない。少なくとも、俺は人並みに扱われていないしさぁ。だから俺は、もっと人間らしからぬことをして、人間らしからぬことを言って、人間らしからぬことを考えなくちゃいけなかった。人とそれ以外の動物の価値を同一視するとかさ。だってそうしないと……」

 言葉に詰まる霧崎。ぼくは

 「整合性が取れない?」

 と続けてやった。ぎゃははっと霧崎は笑う。

 「まあそういうことよ。生き物には適応能力って奴がある。幸いにも、俺は何かを殺しても嫌な気分にならないって特技があったから、猫でも殺してりゃ化け物らしくあれた。まったく、神様が人と仲良くなれない俺の為に、わざわざ用意してくれたみたいな特性だよ、こりゃ。感謝しなくちゃな」

 「それはないよ。神様がおまえのことを慮ってくれたのなら、おまえをまっとうな人間にしてくれたはずさ」

 「そりゃそうだな。ぎゃはは」

 霧崎は笑った。

 「それで、おまえは生き物に対して三種類の評価をするんだっけね。好きと嫌いとどうでも良いだったか?」

 「そういやそんなこと言ったっけ?」

 霧崎は頬を歪める。

 「ああ、そうそう。言った言った。確か田吾作の時だったな」

 「田吾作って?」

 「猫の名前」

 「ふうん。まああまり興味は無かったんだけれど。ぼくにしてみれば、おまえに殺される奴と殺されない奴、同じようにしか見えないよ」

 ぼくが言うと、霧崎は少しばかり仰け反って

 「ひょっとしておまえ俺より性格悪いんじゃねえの?」

 と言った。それはいくらなんでも失礼じゃないか? そう思ったが、口に出すのははばかられた。なので、いい加減に肩を竦めておく。ぼくにとっては、これが愛想笑いの代わりである。

 「まあそれは良いとして。で、何だよ。何が言いたい?」

 「ああ。おまえ、ひょっとしてクラスメイトに好きな子とかいた?」

 と、いささかいやらしい言い方をしてやると、霧崎は「あー」

 「憎からず思ってた奴が、何人かいないでもないな」

 と答えた。

 こんな奴が美少年なのだから、ぼくとしてはとても腹立たしい。そんなの、根本にガールフレンドがいることと同じくらい腹立たしい話ではないか。

 「ふうん。で、それは柏さんのことだったり?」

 と、ぼくは勤めてぞんざいに言った。

 そうしないと、ぼくの方が恥ずかしかったのだ。理由は自分でも分からない。

 「そうさなぁ。……俺が引きこもり始めて三日目だか、四日目だか。お節介にもあいつは家に訪ねてきて、『あんた、逃げるの?』だとか説教を始めやがったんだ」

 ぎゃはは、と霧崎は明後日の方へ笑う。 

 「るっせえ黙れ帰りやがれって尖がって追い出したんだが。……なんかもやもやしてんだよなぁ」

 「ふうん。……で、そんな彼女の為に何かしてあげたり?」

 「あー。……俺はあいつを一目おいてるってだけ。好意を抱いてる訳じゃない。こびるようなことはしないよ」

 それはそのとおりだろう。人間の情緒を操作しようとしない思わないし、できない。霧崎はそういう男だ。

 「変態よぅ。……何か思い当たる節でもあんのか?」

 霧崎は怪訝そうな顔をこちらへ近づける。ぼくはくっくと笑って

 「二学期の始業式の日、おまえはここで窓の外を眺めていた。とりわけ、学校。二組の教室を、だ」

 「そうだねぇ」

 にやにやと、まるでぼくのことを計るかのような表情の霧崎。それを受けて、ぼくは人差し指を突き付けて話しを続ける。

 「そうすると、挙動不審な様子の柏さんが現れた。彼女は右を見て後ろを見て、それから摩子さんの机に向かって行く」

 「マコさんって?」

 「おまえのクラスメイトだよ」

 まあ、覚えていないのも仕方がないのかもしれない。

 「金持ちの摩子さんの財布に、柏さんは手を出した。それは自分の利益の為の行為ではなかったと言えるし、自分の安全の為の行為でしかなかったと言える。聡明な美少年のことだ、ある程度の事情は掴めたんじゃないのか?」

 「まあな。柏に自分から人のものを奪えるような度胸はないよ。他人のことを考えすぎて、他人の心を妄想しすぎて、何もできなくなるのが柏落葉って言う女だ」

 諳んじむように、霧崎は彼女の性格を説明してみせる。なかなか良く観察しているらしいことが窺えた。

 「そんな彼女が人の財布を漁っている。尋常じゃない、おまえは彼女とコンタクトを取ろうとした。警告を与えようとした」

 「まあ、口のいけ好かない女だから、柏は。せめて悪い行動をとらないようにしなければいけないだろう? そう考えると、俺はいたたまれなくなった。俺は俺の好きな相手に関してのみ感情的だ。そこで俺は、ある行動に出た」

 破綻者としての、屁理屈屋としての霧崎次郎。彼が柏さんにシンパシーを感じるのは、まったく自然なことだろう。そして行動力のある彼のこと。そんな状況で、何もしない訳がない。

 「それは近くのガラスを割って柏に気付かせるということだったんだが、はたして俺は何で窓ガラスを叩いたのでしょう? 柏は俺が投げたものを見つけられませんでした」

 そう、その問題だ。

 ガラスをぶち割るほどの速さを持って投擲された物体が、教室の中まで飛んでいくのは至極当然。しかし、柏さんは教室の中にそれらしきものを何も見なかったという。何をどのように投げたらこのような事態が起こるのか?

 「簡単だよ、そんなの」

 ぼくは人差し指を揺らし揺らし言った。「ほう」と期待するような表情の霧崎。ぼくは咳払いをして、それから言った。

 「氷を投げたんだろう?」

 どうだ。この答えはなかなか思いつかないぞ。ミステリを多数読み込んでいるぼくならではだ。氷の性質……時間が立てば溶けるということを熟知して、その応用の仕方まで頭が回らなくてはならない。どうだ、ぼくの名推理。

 霧崎の方を見据える。彼はバカに対する顔をしていた。

 「なあ、変態?」

 「なんだい、美少年?」

 「どうして俺が、こんなところに氷なんか持って来たんだと思う?」

 「知らないよ。水筒の中に詰まってたんじゃないか?」

 ぼくがそういうと、霧崎は「あー、まあそうだね。その辺はちゃんと思いつくんだな……」と髪の毛をかきながらぼやく。

 「なあ変態、氷は確かに溶ける。だが、それまでに時間がかかるというのを忘れるな」  

 「ああ。それもそうだね」

 思い至らなかった。

 「大方、柏から話を聞いて、それでどういうことかと考えてみたところ、何も思いつかなかったんだな。俺が投擲者だと分かったのは評価するとして……氷はないだろう? 頭の悪い推理小説の読みすぎじゃないのか?」

 「頭の悪い推理小説の登場人物みたいな奴が、何を言う?」

 「はん、おまえこそ。……まあそんなそれこそ頭の悪い問答はよそう。俺が投げたのはガラスだよ?」

 「ガラス?」

 鸚鵡返しの言葉がぼくの口をつく。

 「ああ。ガラス。ガラスがガラスをぶち割って、無数の破片の仲間入り。これなら分からないだろう?」

 そう言って、霧崎はぎゃははと笑った。

 「一階にガラスの破片っていくらでも落ちてるじゃん。始業式の日、俺はそれを使って猫をいじめてやろうと思っていた訳。砕いてキャットフードの中に混ぜ込んだらどうなるかなーっとか考えて一枚持ってここに来ると、開けっ放しの窓から柏が見えた」

 それで、咄嗟に手に持っていたガラスを投げたということか。

 「それにしても、おまえ。コントロールは良いんだな」

 「まあな。昔っから、人にものを投げつけるのは好きだったんだ」

 得意げに言う霧崎は、少しばかり悲しげに見えた。

 「窓が割れたのに柏が気付いて、俺は咄嗟に隠れてしまったんだ。……姿を隠してしまったんだ。かつて通っていた教室の、そのクラスメイトと、顔を合わせるのが嫌でさ。最初から頭を使わずに行動してた訳だし、頭使わずに失敗するのも自然だったんだけれどよ」

 ぎゃははと笑って、霧崎は話を締めくくる。

 「おまえは随分と、臆病なんだな」

 「まあな。だから人間が嫌いだ。俺と同じだけの力を持った、俺と同じ人間が怖い。顔を合わせるのも、口を利くのも、触れ合うのも御免だ」

 「だけど、神様が人類撲滅を是非をアンケートしたとしても」

 「賛成はしないだろうな。まったくむちゃくちゃなんだ。必要な時に、必要なことをして来なかった所為で、心の中のいろんな物がすっちゃかめっちゃかで、どうしようもない。俺の心を物体にしたら、さぞ醜い形をしていることだろうよ」

 そんなことはないと、ぼくは思った。

 「なあ美少年」

 「どうした変態?」

 「ぼくの方から、おまえに問題を出そう」

 「ふうん」

 霧崎はおもしろそうに頬をゆがめた。

 「何よ?」

 「いいかい。ある少女はある宝石の指輪を大切にしていた。ダイヤとかルビーとかそんなだったと思う」

 「……思うってこた、そりゃ現実にあった話なのか?」

 「それはこの際関係ないさ」

 言って、ぼくは左手を返して掲げる。

 「あくまでもミステリとして聞いてくれ。……少女は指輪を金庫に隠した。金庫には暗証番号があって、それを知っているのはもちろん少女だけだ。で、少女が家に帰ってその金庫を開けたんだけれど、なんと言うことだろう、指輪から宝石の部分だけが消え失せていた」

 「随分とさっぱりとした説明だな」

 つまらなさそうな顔で、霧崎は言った。

 「細かい条件は後から訊いてくれ。別に今すぐに問題を解けとは言わないしね」

 もとい、ぼくは殊更霧崎に期待しているという訳ではないのだ。いざとなれば何かの代償を探して来て部長に頼れば良いだけのこと。話半分、話題作りという奴だ。

 「この問題の答えこそ、氷だろう?」

 霧崎はおかしそうに言った。

 「氷?」

 「ああ。今の説明で一番おかしなところは、宝石のところだけ奪われていたというところ。泥棒は指輪の土台部分には手を着けなかった。どう考えても、土台ごと指輪を盗んでいった方が楽だし賢いと俺は思うね」

 「ふうん。それはそうだけれど、それと氷とがどう関係しているんだよ?」

 「おまえ、ちゃんと地に足が着いた思考をしているようでいて、かなりのバカだよな。何ていうかよ、ローラーシューズ履いているみたいな」

 「その比喩はぼくには分からないよ」

 「だろうな。……それで。その指輪の宝石はダイヤだかルビーだかと言ったか。色のついた宝石なら色のついた氷を用意すれば良い。宝石の代わりにそいつを指輪に引っ掛けていたのを、少女は金庫に入れた。そして氷は溶ける。水は蒸発する」

 「……なるほどね」

 ぼくは納得いかないままにそう言った。

 「だが、氷なら触ればぞっと冷たいよ。その少女が一度でも宝石に手を触れなかったというのはおかしくないか?」

 「氷じゃなきゃ他の何でも良いよ。時間が経てば溶けるもの。……飴玉とかどうだ?」

 飴玉ね。

 始業式があったのは九月の一日。良く覚えてはいないが、多分、その日も気温が高かったことだろう。まして、熱気の逃げにくい鉄製の金庫の中。

 「……それにしてもなぁ」

 始業式は鬱陶しいほど長々としていたが、それだって飴玉が溶けるような時間だろうか? 指輪に使われた宝石がどれくらいの大きさかは知らないからそんなことは飴についての知識の無いぼくには判断がつかないけれど、そもそも宝石の形に飴を加工するだなんて素人にできる訳が。

 素人にできる訳が……

 「俺がそのネタでミステリを書くなら、犯人を飴細工にするな。すぐに溶けて、しかも溶けた後でぬるぬるしないような都合の良い飴玉を開発させるって訳だ」

 「……なるほどね」

 やはり来島勇治郎か。耳の三連ピアスにやたらと溶けるのが早い飴細工を引っ提げた変人。思えば、摩子さんが金庫に指輪を片付けたのは、来島に指輪を取り上げられそうになったからだった。

 摩子さんがいつも提げていた、指輪の付いたネックレス。それを良く観察し、どうにかこうにか隙を付いて写真を取る。そしてその偽物を作り出し、摩子さんのネックレスを奪い取って摩り替えた偽物を彼女に渡せば、宝石の付いた本物の指輪は来島の手に渡る。

 万が一、摩子さんが抵抗せずにネックレスを彼に預けていればどうなっただろう。仕切りなおしか、或いは他にやり方があったか。だが実際は、来島が予想したであろうそのとおりに、摩子さんは偽物を金庫に突っ込んでしまった。

 「ところで変態。その話、現実であったことなんだろう? でもなければそんな端的な説明にはならないし」

 「まあね」

 ぼくは答えた。

 「だけれど、そんなことはさほど関係ない。美少年、おまえはこの廃墟で猫でも殺して過ごせば良い。余計にものを知りすぎるのは、心を落ち着かなくさせるだけだよ」

 シニカルっぽく、ぼくがそう言ってやると

 「やっぱ、おまえは俺をどうするつもりもないらしいな」

 諦観したように、霧崎は答えた。


 霧崎の推理を来島に語って聞かせたところ、翌日には大量のメロンが詰まった箱が部室に届いた。おもしろかったので一つも手を着けずに送り返してやると、その翌日に届いたのは有名メーカーのこじゃれたシャツだった。サイズがあうという理由から根本が着用しているが、豚に真珠という言葉が絶妙である。

 宝石をどの店に売り払ったのか、それとなく訊いてやったらすんなりと教えてくれた。これにより、ぼくらは完全に来島の弱みを握ったことになる。

 おそらくというか、わき腹を蹴飛ばされた時に来島はぼくらに屈したのだろう。何事に対しても軽薄で、やり方も判断の仕方も心のあり方もことごとくがぞんざいな男だった。さぞ友達が多いことだろう。

 「ありがとう、本当に助かりました」

 摩子さんは綺麗に笑って、それから高貴な頭を下げられた。

 どんな値段を吹っかけられても、彼女は宝石を買い戻すことだろう。

 「……ところで、摩子さん。こう言っちゃ何だけどさ、君、随分とクラスで浮いているみたいだけれど。君の性格なら、少し努力すれば馴染めるんじゃないかな?」

 無神経にも、ぼくはそんなことを訊いた。クラス会にも出席しない彼女は、南浦さんにとっても目の上のたんこぶのような存在であり、お金持ちということで嫌われてもいる。ただ柏さんほど要領は悪くないようで、いじめられたりはしていないようなのだが。

 「私には、お友達は必要ありません」

 「どうして? 寂しくはないのかい? 誰かに愛されたいと、好かれたいと、少しでも思わないのかい?」

 ぼくの脳裏に、柏さんの姿が浮かんだ。食べ物のことを考える飢えた者のように、人の心の幻想を抱いてそれに怯え続ける彼女。

 そのしとやかな少女は、ぼくの考えていることを読んだのかもかもしれない。摩子さんは上品に口を開いて、まるで耳打ちするかのように

 「愛も好意も、いつでもお金で買えますから」

 そう言って笑った。

 「お金で買えないのは、自分の心だけです」

 では、と頭を下げて、宝石を取り戻すのが楽しみなのか、摩子さんは明るいスキップで部室から出て行った。

 「素敵な人だったね」

 ぼくは部室中の皆に言った。

 「でも、二度と会いたくない」

 そう続けると、「うむ」と根本が如何にもと頷いた。

 「さて、これからどうする? 財布の盗難にしても、宝石のことにしても、真相を人に話せるようなことはない」

 「西条君、あなたの小説があるでしょう?」

 高山さんが言った。

 「職員五人か生徒三十五人だっけ? 何とかなるでしょう? 何とかするしかないわ。来島や南浦に協力させましょう」

 「そうだな」

 根本が男前な声でそう頷いて、優越感たっぷりに笑んだ。

 なんだかんだ言っても、今回の事件の功労者はこいつかもしれないな、とぼくは思った。

 その時、部室の扉がノックされた。

 「どうぞ」

 ぼくが言ってやると、おずおずと開かれた扉から、縮こまった風に少女が姿を見せる。

 机の中に入れておいた、入部届けをぼくはちらと見た。

 「あの……」

 柏さんが言葉に詰まって、その場でうつむく。そして何かを要求するような視線をこちらにくれた。

がたりと、高山さんが突然立ち上がった。そして柏さんのほうに大またで歩き、面食らってどぎまぎする彼女に無理やり千円札を握らせた。

 「お茶で良いわ。後コンビニデザート」

 命令するような端的な物言いは、高山さんがぼくらにものを頼む時独自のものだ。

 「……へ?」

 呆けた様な、声とも言えない音を発して、柏さんはぼくの方を見る。ぼくが軽く肩をすくめてやると、柏さんは様々な感情が軋轢した表情を作り

 「分かった」

 元気が良いとも礼儀が正しいとも言えない、しかし確かに本心からの返事が、柏さんから返ってきた。

 読了ありがとうございます。

 今回のシリーズは、学校とかで一人はいる集団に馴染んでいない人間のお話です。とはいっても、如何せん作者の精神的な未熟さの所為で、つまはじき者は最後まで自分の居場所を確保できませんでした。これが私の小説である以上、確保できてしまってはいけないということでもあります。

 ミステリ的な部分については、自分ではなかなかエキセントリックなアイデアを捻出できたと考えています。あながち使い古されていないとも限らないのが、ミステリが歴史ある小説軍であるが故の憂鬱ですね。まあ多分大丈夫だとたかをくくっております。

 今回の章は文章の合理化といいますか、簡略化、つまりは一種のサボタージュをしてしまっていて、作品の持つ荒唐無稽さがあらわになる形となってしまっています。ミステリ的なトリックにおいては殊更これが顕著です。申し訳ありません。

 とうとうとんでもない性悪の変態でこの章も終わってしまった西条未明には更なる活躍を期待しつつ、同時に語り部をやめさせることも検討しています。好きなキャラではあるのですが、如何せん彼では文章が作りにくいのです。

 初めての連載ですし、色々な視点から色々なことをやてみたいのが作者のエゴです。これ以上痛々しくならないよう続けさせていただきますね。

 これからもお付き合いください。それでは、また。

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