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醜い奴ら  作者: 川崎真人
16/35

孤独 四

 どうも。皆さんのお陰で今日も生きながらえております、人格破綻者の林崎エセでございます。

 アクセスありがとうございます。

 テスト期間も明日で終了いたします。酷くしんどかったです。学年が上がればもっとしんどくなると思うと憂鬱でたまりません。勉強は嫌いです。

 たとえば私は漢字というものが何一つ書けません。手紙を書く時もメモを取る時も勉強する時も常にワープロを使うのが原因でしょう。昔から字がすごく汚くて、それから逃避するようにそんな癖がついたのだと思います。

 まだワープロを手に入れていなかった小学六年生の頃、買って来た原稿用紙に向かってひらがなばかりの嵐のような文字を書き綴ったのが、始めて書いた小説というものです。確か死刑囚が遠くの惑星に送られるような話だったと思います。その時の担任の先生はとても優しい人で、原稿用紙十四枚分の悪筆を一日がかりで読んでくださいました。宝物のような思い出です。

 あれから色々な小説を書いた私ですが、文章能力はまだまだこのとおり。これからもよりいっそう書き続ける心積もりです。今回もお付き合いください。

 柏さんから受け取った入部届けの内容は凡庸極まるものだった。所属クラスと名前、入部動機は省かれている。何か書こうとした形跡というか、長々とした文章に消しゴムを使った跡があった。

 「ありがたいよ。ちょうど部員が足りていなかったところなんだ」

 ぼくが言うと、柏さんは安心するような表情を見せて

 「そう」

 とそれだけ言った。

 「しかし、君にミステリの趣味があったとは意外だね」

 「まあね」

 挙動が不振だ。ぼくはそう思った。

 「柏さん、こんな変態の集まりに入る訳?」

 八坂さんがそんなことを言うと

 「ええ」

 小さく答えた柏さんの目は、近くの本棚に泳いでいた。

 「ね、西条」

 「なんだい?」

 「あんた達、ミステリ研究会なんでしょう? 学校で起きた事件の捜査とかしている訳?」

 「まあね」

 ぼくは得意げに鼻を鳴らした。

 「君達の二組で起きた盗難事件について調べている。摩子さんに頼まれてさ」

 摩子さんの名前に反応して、八坂さんが調理室の奥へと引っ込んだ。 

 「普光院? あの子が財布を盗まれた程度で騒ぐものかしら?」

 意外そうに目を見開いて、口元に手を添える柏さん。

 「聞かなかったのかい? 彼女が盗まれたのは財布だけじゃないんだ。もっと重要なものがやられたらしい」

 「……! 何よそれ?」 

 一歩ぼくに踏み込んで、柏さんは強めの口調で尋ねた。「言えないよ。大勢に知られたくないから、摩子さんはぼくらを頼ったんだ」

 少し失言をしてしまったかもしれないなと、ぼくはそう思った。摩子さんについては人に話さない方が良いと分かっていたはずである。進入部員が来たからと言って、少しばかり調子に乗りすぎていたかもしれない。

 「教えてよ、ワタシだってここの部員なんだよ」

 懇願するように柏さん。それは確かにそのとおりだが、しかし話してしまって良いものか。

怪しい気分なのはぼくだけじゃないはずだ。そう思い、ぼくは根本の方を一瞥した。ぼくの原稿に目を通しているまでだった。まったく肝心な時に役にたたない奴だ。

「良いでしょう? 仲間じゃないの?」

 体が触れ合わないところにまで近付いて、柏さんは願う。その態度からは余裕がまったく失われて、まるで見えない何かに追われているようだった。

 困ったものだ

「柏さん。仲間という概念について、ぼくの見解を述べさせてもらいたい」

 何か真剣なことを言いたげだと人に思わせるにたる声調を整えて、ぼくはこれまた真剣な表情でそう口にした。案の定、愚直なところのある彼女は唾を飲んで、一度目をそらしてから、ぼくの顔をしっかりと見据えた。「何よ」と、良い発音だ。

 「人間は集団を作る生き物だ。それはすなわち、特定の集団に属する能力を有した生物だという意味である」

 「それで?」

 「能力には優劣がある。人によって、得意不得意が存在するんだ。それはつまり、嬉々としてまるでステップを踏むかのように色々な集団を行き来できる人間も居れば、必死で歯を食いしばって無理をして、ようやく下っ端として受け入れてもらえる人間も居る」

 「あんた達のことね」

 柏さんは睨むようにして言った。

 「君のことさ」

 ぼくが言うと、柏さんは一瞬、うつむいた。

 「ここでぼくが明らかにしておきたいのは、集団と仲間同士という言葉の間に隔たりが存在するということだ」

 「それぞれの定義は何よ? それを聞かないと何もわかんない」

 それはもっともである。ぼくは人差し指を前に出して

 「集団は合理的な欲求のためのもので、仲間は情緒的な欲求のためのものさ」

 「ふうん」

 つまらないことを聞いた、というように柏さんは目を細める。

 「それで?」

 「君には、ミステリ研究会という集団に属してもらいたいのではない。ぼくらの仲間……いいや、もっと素晴らしい言い方をしよう」

 ぼくは少しだけ間を置いて、両手を天井に振り上げながら

 「ぼくらの友達になってくれないかい?」

 「何それ?」

 帰ってきたのはそっけない四文字だった。

 「信用はできない。肝心なところで何の役にも立たない。それでも尊く素晴らしく、ただの情によってのみ結ばれた関係を、ぼくらとの間に築いて欲しいんだ。君に情報を与えるのは、それからだよ」

 柏さんは呆れたように両腕を九十度に曲げて

 「ふざけたこと言うのね」

 と言った。

 「あんまり抽象的過ぎるのよ。それって、ワタシに普光院のことを言うのが嫌で、それを誤魔化しているだけなんじゃないの?」

 「そうさ」

 肩を竦めて

 「だがぼくは嘘は言ってない」

 「ふん」

 鼻を鳴らし、柏さんは部室を飛び出して行く。ぼくの言動が気に触ったのかもしれない。

 「帰っちゃったよ、根本」

 根本はというと相変わらず原稿用紙を捲るばかり。見ざる聞かざるを決め込んでいた。もうそろそろ読み終わるといったところまで進んでいる。こういう時だけ集中力が高いんだな。

 「やれやれ」

 ぼくはそのあたりのイスに腰掛けて、それから息を吐いた。まったく何だというのだろう。

 ひょっとすると、ただ彼女は、ぼくに隠し事をして欲しくなかっただけなのかもしれない。ミステリ研究会というところに自分の居場所を求めて、しかし訳の分からないことを言われて肝心なことは何も共有させてくれない。それで拗ねて、帰ってしまったということか。

 机の上には、まだ入部届けが残っている。それが意図的なのか、偶然なのかは分からなかった。

 「西条」

 鋭い声色が部室中に響き渡った。

 「なんだよ根本。今さら何か意見でもあるのかい?」

 ぼくがそう言うのにもとりあわず

 「柏を呼び戻して来い」

 真剣な声色で、根本は言った。顔を正視することはできないが、それでも分かる程彼の心は鋭く尖っていた。それでいて、何かを待ちきれない子供のような、そんな浮き足立った振るえも含まれている。

 「どうしたんだい?」

 「盗難事件の犯人が分かった。柏に話を訊いて確かめたい、だから呼んで来い」

 それを聞いた時、ぼくは根本の背後に御堂正一が立ったような錯覚を覚えた。この腐れ名探偵が、事件の真相を掴んだと仰ったのだ。

 「本当か?」

 咄嗟に口をついた。

 「本当だ。早く呼んで来い」

 「おっしゃ」

 ぼくは勢い良く扉を開放し、走り出した。解決編の舞台設定とは、如何にも語り部に相応しい仕事ではなかろうか。廊下を駆け階段を駆け、柏さんの見えない背を追う。靴も脱がずに校舎を出て、中庭を抜けて自転車置き場に先回りししようとした時だった。

 短い腕がぼくを後ろから捉えて、引き寄せた。厚めの胸板が肩に触れる。男かよ、こんなに密着しているのに。しかし残念だなんて言ってはいられない。ぼくはどうにか首を曲げ、襲撃者の顔を確認する。

 「来島?」

 浅黒い肌にサングラス。マスクをかけて耳には三連ピアス。飴でできたそれは太陽光で半分ほど蒸発して、意味の分からない形になっていた。

 「どーも西条殿! どうしてこんなところを一生懸命走っておられるので? まさか女のお子をつけているのではありませんかな?」

 「そのとおりだよ。悪いけれど、そういう訳だから。君の相手をしていられる場合じゃないんだ」

 「かはは」

 軽薄な声で、来島は笑う。ぼくを捕らえる手を緩めようともしない。

 「捕まえた?」

 凛とした声がして、校舎の脇から女性が出現する。南浦さんだった。

 「見事ね。さすがよゆうちゃん、愛してるわ」

 淡々と冗談めかした口調に来島は「いやーてれますな」と笑い、それからぼくの方を向いて

 「部室での会話は聞かせていただいていました」

 「ふうん。それで?」

 「困りますなぁ。ただのミステリ研究部がこんな重大な事件を嗅ぎ回るだなんて。おまけに普光院様から何やら話を聞いているようで。学校の風紀を守るものとしては、貴殿を見過ごす訳にはいかぬのですよ」

 「ふうん」

 ぼくは勤めて人をバカにした口調でそう呟いて

 「それで? これ以上関わらないと誓えば良いのかい?」

 「まさかまさか。信じられる訳がないっちゃねぇ」

 「そうかい」

 ここでぼくの首を絞めて、殺してしまうつもりなのだろうか? 飄々とした態度の来島だが、聡明なはずのこの男がこんな行動に出るだなんて、よほど追い詰められているということだ。

 こいつは、財布の盗難に一枚噛んでいるので間違いないと思う。後ろの南浦さんも。柏さんだって。

 「それで? 君はぼくに何をするんだい?」

 「誓っていただけるよういたします。これ以上何も関わらないことを」

 「おまえ自身が出てきたということは、それだけ切実な願いだということだろう。それから、君はどうやら根本を評価しているらしいね。そうでなければ、こんな行動に出るはずもない」

 「そのとおりで」

 「部室に乗り込んで根本と戦うのは自殺行為だ。だがぼくならばまだ御しやすいと思った。その上に、ぼくはミステリ研究会の中心人物。これを抑えておかない手はない」

 「そのとおり」

 来島はウィンクをする。

 それで、ぼくに何をしてくれるつもりなんだこの男は。金ならいらないし、飴玉は論外だ。ミステリ研究会の存続を認めるというのなら考えないではないかな。

 まあ、そんな風に向こうが譲歩する訳がない。奴らは大きな集団を所有する強者で、ぼくらは烏合の衆未満の孤独の寄せ集めなのだから。

いずれにしても、来島はバカな奴だ。

仮にぼくがこいつらに屈したところで、何も変わらないのに。

ミステリ研究会の中心人物は確かにぼくだが、それはぼくが根本や他の部員に対して権力を発揮できるという意味ではないのだ。ぼくらはそんな凝固な集団を作れるような、おまえらのような器用な人間じゃない。ぼくがどんな目にあっても、何を言おうと、根本は自分の推理を披露することをやめないだろう。それが名探偵だからだ。

 「なかなか合理的な考え方のできる奴だなぁ西条。では、ここで俺達に逆らうことが、いったいどれくらいの人間を敵に回すことになるのか考えてください。聡明な決断をとられると信じておりますよ」

こいつらには分からないだろう。

 何も得られず、損をするばかりで、合理性を棄てなければ矜持を保っていられない滑稽で愚かでとにかく笑えて来るぼくらのような弱者が、何を考えてどう判断するのかなんて。

 霧崎のことを思い出した。

 あの男は、自分を攻撃してくるクラスメイトに対してどんな抵抗をしたのだろう。あの頭の切れた男が、どんな風に屈していったのだろう。

 「来島」

 ぼくは何とか動く左手を、来島の右腕にまきつける。その動きに、来島は怪訝そうに腕の力を強めた。

 「なんぞよ?」

 「ぼくのことを、ただのミステリオタクのもやし野郎だと思ってないかい?」

 ぼくは片足を上げて、来島の小さな足を思い切り踏みつけてやる。足元は盲点だったのか、何の対応もできなかった来島が悲鳴をあげる。その隙にぼくは左腕の自由を完全に取り戻し、根本の右腕をこちらに引き寄せてから地面の方に叩き付けた。

 「残念。ぼくは左腕が使えるんだよ」

 間接をやられた来島の腕からは完全に力が失われ、脱出するのは容易だった。ぼくはその隙だらけの横腹に全体重を乗せたハイキックを繰り出す。モーションの大きなぼくの攻撃は見事なまでのクリティカルヒットとなった。来島は口から色のついた液体を撒き散らしながら、御堂正一よろしく無様に地面に転がっていく。そしてうめくこともできず、その場でうずくまった。

 こいつ、センスないんだなぁ。

 人をなめた男だとは思っていたけれど。そうでなくたってどうせ勝てただろう。中途半端な万能感にほだされたバカ、所詮は温室育ちのお坊ちゃんってところか。

 あわてた調子で南浦さんが来島に駆けて行く。さてこの女はどうしてやろうかと思っていると、来島の脇を抜けて中庭から逃げ出してしまった。まあ正しい判断だと言える。ぼくは美人が相手なら殊更本気が出せる方だから。

 「さて、と」

 急がなくては。

 事件の真相について、ぼくにも漫然とした姿が確認できたような気がする。大体つかめてきた。複数人による犯行であること、その中には南浦さんや柏さん、来島が含まれていること。

 具体的なことはぼくには何も分からない。漫然としか理解できないまま、使い走りのように足を動かすだけだ。

 自転車置き場には、女生徒がただ一人、力無く座り込んでいた。両手を顔に押し当て、嗚咽を漏らす哀れな彼女は、まるでぼろ雑巾のような雰囲気を発している。

 彼女の隣、通学用のものと思われる白い自転車のタイヤは、何らかの刃物でずたずたに刺され、その機能を停止している。何者かが悪意をもってわざとやったことは疑うまでも無い。

 いけにえに対する白羽の矢といったところだろうか。

 「柏さん」

 彼女に近付いて、ぼくは勤めてやさしい声を出した。柏さんはぼくの存在に気付いてか、まるで息を吐き出すかのように両手を顔から離して、喉の痙攣を抑える。そして泣き顔を見せぬように腕で目をぬぐい、こちらを向く。

 「何よ」

 いつも以上に尖がった声だった。ぼくはそこに、柏さんの心の中の、踏みつけにされて尚欠片を残した、脆く儚い矜持を見出すことができた。

 「話があるんだ。部室に来てくれるかい」

 ぼくが言うと、柏さんは力なく頷いて、しかし声だけは一丁前に

 「しょうがないわね」

 そう答えた。


 「おまえが普光院の話をした時に、俺はこいつはひょっとしてバカなんじゃないのかと思ったね。盗み聞きの可能性がどうして思い当たらなかったのかとね」

 辛辣なことをぬけぬけと、根本は言い放った。

 「どうして柏がこの部室の場所を知っていたのか。これがまずいぶかしい。そこら中に張りまくったパンフレットには、西条のところに来るよう指示されていたはずだ。内気な柏なら、まずは見知った西条を訪ねるはずだと分からなかったか?」

 名探偵の語り口だった。内気、と言われたのを甘んじて受けた柏さんは申し訳なさそうに俯いて、そして根本の視線から逃げるようにぼくの後ろに回った。

 「ちょうど事件の顛末が分かりかけていた俺は、柏が誰かの使いであることをすぐに見破った。スパイを俺達に送り込んだのだと。そして、そのスパイが逃げ出さないようにどこかで見張っていることに思い当たって、外に出た柏をおまえに追わせた」

 「何で?」

 ぼくは首をかしげる。

 「『真相を掴んだ』と言っておけば向こうは必ず焦る。焦った奴らは、力にものを言わせてくるはずだ。どんな奴が何人襲って来ようがぶちのめせる自信はあるけれど、部室で暴力事件が起こったとなれば、どうしたって廃部は免れない。どちらが最初に手を出しただとか、倫理的に言って悪いのはどっちだとか、そういうのはたいした問題じゃないからな」

 「まあ、そうだろうね」

 まして、相手は生徒会役員二人だったのだ。そして根本は過去に殺人事件の中核にいた男で、研究会自体死者を二人も出している。いつ何が起こるか分からない魑魅魍魎の箱だと認識されていることだろう。

 「俺はこんな顔のお陰で学校中の有名人だし、喧嘩に強いことも知れ渡っている。西条を一人にすれば、奴らは必ずそっちに向かうだろうと、俺は確信していた。そして、姿を現した盗難事件の犯人を西条がとっちめる」

 「ぼくの危険は考慮に入れていないのかい?」

 肩を竦めてそう言うと、根本は

 「おまえなら大丈夫だと思ったさ。そうだろう?」

 「まあね」

 ぼくはポケットから催涙スプレーを取り出して、根本に掲げた。もっとも、これを使うまでも無かった訳だが

 「もっと攻撃的な武器を持っておけよな。……というか、おまえ。ちゃんと決着を着けて来たんだろうな? 暴力面でも情報面でも優位に立たないと、俺達に生き残りはないぞ」

 「安心しろよ。後遺症が残らない限界まで痛めつけて来た」

 ぼくが言うと、後ろで柏さんが少しだけ震えたのを感じた。

 「そうかい。なら良いや。そして、財布事件の全貌を犯人共に提出してやって、そいつをネタに俺たちから手を引いてもらう。おまえが書いた小説、あれを成果として認めてもらえば、部の存続も可能だろう」

 「どうだかね」

 ぼくは肩を竦めた。照れ隠しである。

 「それよりさ。もったいぶらずに教えてくれよ。ことの真相をよ」

 そう促してやると、根本は嬉しそうに楽しそうに「良いだろう」と言った。

 「まず最初に言っておく。犯人は二組の生徒全員だ」

 「わーお」

 随分と間抜けな声が出たものだと、自分でも思う。

 「二組の生徒は被害者であって、犯人じゃないだろう?」

 「被害者であって、犯人だ。……それから、全員というのは少し違うな。そこんとこどうなんだ? 柏」

 根本があごをしゃくると、柏さんはおずおずと前に出て、それから胸の中に溜まった泥を吐き出すように

 「普光院以外みんな、よ。……ああ、でも霧崎は無関係」

 「なるほどな」

 どうだ、と言った具合に根本が醜い顔をこちらに向ける。ぼくは目を逸らしてから「へえ」と感嘆したような声を出す。

 「でも訳が分からないよ。南浦さんの力であればクラス全員を纏めることは可能だろうけれど、何を目的にこんな騒ぎを起こす必要があるんだ?」

 「犯人は普光院以外全員、ということだぜ。西条」

 根本は軽く笑って

 「普光院の財布の中身がいくらだったのかは知らないが、相当な額とお見受けする。全員で山分けしたって、中学生の小遣いとしては結構な値段じゃねぇのかい?」

 それを聞いて、ぼくは唖然とした。

 クラスメイト全員で結束して、一人の生徒の財布を狙う。随分とまあ、スケールが大きいのか小さいのか分からない。しかし随分とけちな話ではないか。一人頭どれくらい儲かったのかは知らないが、それにしたってプライドのないことだ。

 「思えば、始業式の翌日にファミレスでクラス会をしたのもおかしな話だ。二千円なんて、中学生にしちゃ相当な大金だ。一時的に言えばそれが全財産となることだってある。それなのに、普光院と霧崎を除く全ての生徒が出席していたなんて、俺はずっと変だと思ってたよ」

 「そうね」

 柏さんが言った。

 「クラス会は月の最初の登校日に行なうようになっているのだけれど、九月一日、始業式の日は避けた。盗難事件のその日に金を使うのは、不自然だと誰かが言ったから」

 「甘いな」

 根本がシニカルに笑った。

 「まともな脳味噌をした奴が一人でもいたら、九月の分のクラス会は中止になっていたはずだよな」

 「……ワタシだって、そうするべきだって思った。けれど、誰も南浦には意見しなかった。それこそが、ワタシ達にとって、本当に賢いことだから」

 力関係から結束する集団は、考える役割を一部の者に預けてしまいがちだ。よって、人数の力を人数の力以上に扱えず、自ら落とし穴に嵌まることもある。何事にも利点と欠点があるのだ。

 くくく、と根本はそこにいない南浦まゆきを嘲笑って、それから

 「始業式が終わってすぐ、実行犯が体育館から教室に戻りガラスを叩き割る。そして普光院の財布と金庫の中の指輪を手に入れて、適度に教室を荒らしておく。その間、他の者は普光院の足止めや見張りに専念し、最後に全員で財布が盗まれたと喚けばトリックの完成さ」

 得意げに結論を下した。なるほど、矛盾はないように思われる。

 根本のことを、ぼくは大いに見直した。事件を語る根本は堂々としていて、まさしく名探偵である。顔も心も醜いこの男が、今この瞬間、ぼくらミステリ研究会のヒーローとなっていた。

 ぼくが注ぐ羨望と信頼の視線に気付いたのか、根本はこちらを向いて「ふふん」と助手を相手にするように鼻を鳴らした。いけ好かないその仕草も、ある種の信頼の現われだと思えば見られたもので……

 「あのう」

 柏さんが申し訳なさそうに、おずおず片手を挙げて、口を開く。

 「それ、ちょっと違う」

 少しだけ繭を潜めて、根本は柏さんの方を見る。柏さんはその危険すぎる醜さに萎縮して「ひぃ」と情けのない声をあげた。根本は困ったように頬をかく。

 「どういうことだい?」

 根本に代わって、ぼくが柏さんに訊いた。すると柏さんは根本から少し距離をとって、「財布を取る役、ワタシがやらされたんだけれど……」ぼそぼそとしゃべり出す。

 「八月十日の登校日に、計画が決まって……それからの夏休みは夜も寝られなかったなぁ……何度もイメージして、だから成功して、質に入れればすごい大金になりそうな綺麗な財布が手に入ったけれど、でも」

 自分の犯行を口にして、少し楽になったような柏さんは、そこで大きく息を吐いて

 「金庫だとか、指輪だとか、そんなのは今はじめて聞くよ」

 「へぇ?」

 根本の醜い顔面から、クエスチョンマークが発散されるのが分かった。

 「……それから、窓ガラスはワタシが割ったんじゃない。普光院さんの鞄の中から財布を手に入れたあたり。外側から何かがぶつかって、突然割れたの。外で見ている誰かが石を投げてワタシに警告しているんだと思ったけれど、誰もいないし、それに、何を投げたのかも分からなかった。ガラスを割れるだけの硬さと大きさのものなんて、教室のどこにも入って来てなかったもの」

 それはさぞかし、恐ろしかったことだろう。……誰かに見られた、どうしよう失敗した。みんなに何を言われるのだろう。どんな目にあうのだろう。

 「根本、分かるかい?」

 ぼくは期待を込めて根本の方を向き直る。しかし根本はばつが悪そうな顔をして、それからオーバーアクション気味に大きく肩を竦めて

 「何にも分からん。……腐れ名探偵の限界だ」

 自虐的に笑った。

 読了ありがとうございます。

 『孤独』の章は次回で最終回にするつもりです。残された二つのトリックを解いて、次章の為の伏線でも張っておくつもりです。

 これからもお付き合いくださいね。

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