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醜い奴ら  作者: 川崎真人
15/35

孤独 三

 どうも。皆さんのお陰で今日も生きながらえている人格破綻者、林崎エセでございます。

 アクセスありがとうございます。

 この間感想をいただけまして、俄然やる気が沸いてきました。テスト期間はまだまだ続きますが、そっちに支障がないようにしつつがんばりたいと思います。

 それでは、今回もお付き合いください。

 殺人者クラブ 著・西条未明

 「それで、犯人は誰だったんですか?」

 酷く即物的で、自分が如何に愚かなのかということをこれでもかと主張する台詞が私の口をついた。名探偵・御堂正一みどうしょういちの分厚い唇が酷薄に歪められ、その隙間からこの世のものか疑いたくなるような不愉快な声が発された。

 「そんなことも分からないのかい?」

 うるさいな。

 心の中に浮かぶのは稚拙極まりない文句ばかり。私もたいがい頭の悪い人間になったものだと思う。いいや、それは少し違うだろう。普段の私は酷く冷静で、こと自分の感情の制御に失敗することなどない。悪いのは御堂だ。この人外のような知能を有する男を前にして、まっとうな精神状態を保っていられる方がおかしいのである。

 なまじ人の形をしているだけに、恐ろしく不気味で、側にいると落ち着かなくなるのだ。

 「いいかい?」

 度のきつい眼鏡を軽く揺らして、見下しはしても背徳はせず、それはまるで籠の虫を捉えるような軽薄さで、私の方を見た。

 「部屋の中には六人の男。他の全員が目を離している隙に、一人の男が全身をめった刺しで殺された。君らはどうやら全員の証言を総合して、殺害が可能な人物を選別するという笑っちまうくらい無駄な上につまらない作業をがんばっているようだが、はたしてここで僕が疑問に思うのは、君らの頭の中に苺味のゼリーはきちんと存在しているのかどうかということだね」 

 そう言うと、御堂は肩を竦めて

 「彼らの証言に矛盾が無さ過ぎることを、問題だとは思わなかったのかい?」

 そう締めくくり、後は自分たちで考えろとばかりに、片手を振りながらその場を離れて行く。迷わずに私は、そのずんぐりした背中に全体重を乗せたハイキックを繰り出し

 

 「しまったなぁ」

 この展開から真相を語らせるのはあまり不自然だ。徹底して愚者を嘲弄する雲上の厄介者というキャラクターの御堂正一ならば、ここへ来て主人公の為に推理を披露してやるなんてことをしない。可能な限り焦らして、迷妄する彼をおもしろがるはずだ。

 「だからって、ここで力関係をひっくり返してしまうわけにもいかないからな……」

 今回書く『殺人者クラブ』の内容は、どんな事情があろうともどんな哲学があろうともどんな情緒があろうともたとえ何にもなかろうともことごとくが例外なく絶対悪として扱われる殺人者と、彼らを人外魍魎として扱い徹底的に迫害するシアワセ者達と、二者の架け橋となる名探偵のバランスについてユーモラスに描いたものだ。ストーリーとしては、主人公と縁のある、内に秘めた殺人衝動を抑え続ける少女が偏見に基づく形で殺人事件の容疑者として扱われ、その嫌疑を晴らす為に奔走する主人公の前に、いけ好かない名探偵が現れるというもの。今のところ、原稿用紙で四十枚くらい書いて事件解決のシーンまで漕ぎ着けたがしかし、大きな失敗をしていた。

 名探偵は物語の進行に合わせて少しずつ作っていくべきだったのに。何せぼくの周囲にはモデルとなる人物が多すぎる。ぼくの中で以前から固まっていた名探偵像をそのままキャラクターにしたのがまずかった。

 そもそも、根本や部長をキャラクターとして描ききれると思ったのが間違いだったのだろう。いくら身近にモデルが何人もいるからってそのまま使うのは、ぼくに楽しかろうと創作的には逃避だろう。何だよ、あいつら。まともに描いたらなんの魅力もねえし、どう工夫しても鬱陶しいのは変わらねえ。せめて主人公のポジションにあったなら、あの性格に読者が感情移入するよう仕向けることもできたかもしれないのに。

 「まあともあれ、ここは仕方ない。読者にはもう少しだけ真相を待ってもらうか」

 

 殺人者クラブ 著・西条未明

 そう締めくくり、後は自分たちで考えろとばかりに、片手を振りながらその場を離れて行く。迷わずに私は、そのずんぐりした背中に全体重を乗せたハイキックを繰り出した。肉団子のような御堂の体は無様に床を転がって、間抜けな声が発せられる。

 「ふん! 貴様の助けなんかいるものか!」

 まるで論理的ではない決断が私の口をついた。どう考えたところで、このいけ好かない名探偵をなだめすかした方が良いに決まっているのに。ああ、私はなんて愚かなのだろう。

 何より性質が悪いのは、私がこの決断に、まるで何の後悔もしていないということだ。

 「そうだ。それで良い」

 御堂は緩慢な動きで立ち上がりざま、口を開いた。

 「神の如き存在である名探偵がして良いことは、事件の真相を知ることだけだ。気まぐれにそれを人に教えてやることはあっても、事件に直接関わったり、まして解決したりしてはならない。道を切り開くのは、君ら自身であるべきだ」

 醜く笑って、御堂は私に一歩近付いた。

 「何事にも無責任な僕は、ヒーローになってはいけないんだよ。なりたくもないね。そんな、リスキーな泥仕事をさせられるポジションは、君のような愚か者に相応しい」

 御堂は私の肩に手を置いて

 「それじゃあがんばれよ、カス共の英雄になれ。それから、これは餞別だ」

 振りかぶり、およそ普段の鈍重さからは考えられない速さと鋭さで、御堂はその大きな拳を私の顔に叩き付けた。


 ノックの音が部室に鳴り響いた。

 「はぁい、誰ですかぁ?」

 「根本だ」

 男前な声と共に、その醜い奴は現れた。偉そうな表情と態度を持って椅子に腰を下ろし、いけすかない仕草を交えながら成果の報告を始めた。

 「二年二組のメンバーの中で、始業式の途中に抜け出した奴は一人も居ない。遅刻者もなし。欠席者が一人だけいたそうだ」

 「その欠席者というのは?」

 ぼくが訊くと、根本は良くぞ聞いてくれましたといった風な顔になり

 「霧崎次郎きりさきじろう。六月ごろから不登校。非社交的な男子生徒だったということらしい」

 「ふうん」

 不登校ね。

 「人から怪しまれるのに足るようなパーソナルの持ち主ではあるね」

 「だろう? それにこの霧崎という男、頭は良いが人格の方に問題があったらしくて」

 「具体的に?」

 「思想面だな。世界そのものを憎悪するような、とんでもない発言をたびたび漏らすらしい。それから恐ろしく執念深い性格で、自分に噛み付いた犬を半日も追い回した挙句虐め殺したことがあるそうだ。その様子を見た女子生徒が泣き出しだってんで、まあ嫌われ者だろうよ」

 「なるほど」

 たとえその噂が嘘だったとして、そんな噂が立つ程度には嫌われていたということだ。

 「それから、これは二組の担任教師に訊いたことなんだが……」

 子供の探偵ごっこに良く付き合ってくれたな。どうやら良い先生ということらしい。

 「犯人はガラスを割って侵入したということになっていただろう?」

 「そうだったね」

 「だがしかし、不思議なことに、窓ガラスは人が入れるほど割れていなかったのだそうだ。せいぜい、石をぶつければこうなる、と言った程度だな」

 「ふうん」

 と、なると窓から侵入したというのはただの見せ掛け。犯人は教室の鍵を持っていた人物ということになる。教室の鍵を持つ人間と言えば

 「室長か?」

 「窓から侵入したのではないとなると、どう考えたって、南浦が犯人に協力していることになるな」

 言って、根本は机の上に置かれた袋を手に取った。生徒会の来島が近況を訊きにやって来て、協力できることがあれば言ってくれ、なんて白々しいことを言ってやがった。

 「……ていうか、ぼくが思うにさ。どうして今日のこの日まで警察が動いていないのかということなんだよ。どうして、学校はぼくらに推理の機会を与えているんだ?」

 こんな事態、学校としては隠したいに決まっているだろうけれど、何せ二組の生徒のほとんどが被害者なのだ。一番の被害者の摩子さんは、お父さんに指輪が盗まれたことを言いづらい為に、事件を公にしたくないらしいのだけれど、被害者全員に同じような理由があるとは思えない。絶対、いつかはことが露呈するはずなのだ。

 「俺達に都合が良いことについて、詮索しても仕方あるまい」

 シニカルに言って、根本は袋の中に手を突っ込んだ。そして「うおぅ!」と間の抜けた声をあげる。

 「どうしたんだ?」

 「もう溶けてやがるんだよ、この飴! 夏だからってこれは酷い!」

 ねばねばした不愉快さが気になってしょうがないのだろう、根本は手を洗いに外に出る。自分のことを無精者という割に、あいつは結構神経質な性質なのだ。 

 「確か、自分で作ったとか言っていたっけ」

 来島が持ってきた袋を持ち上げる。ただの液体のようになったその中身は、これから徐々に蒸発していくのだろう。初めから何もなかったかのように

 「飴細工のせがれ、て言ってたっけね」

 ちゃんと後を次げるのだろうかと、少しばかり心配になる。いいや、室長と言うことは相応の実力があるはずで、飴細工以外にも道はありそうだ。

 

 部活を終えて、ぼくが訪れたのはパチンコ店の廃墟だった。

 学校のすぐ近くにあるそこはぼくがこの田舎に来た時から潰れていて、建物のそこら中に筆者の画力の高さと知力の低さをこれでもかと主張する類の落書きがある。裂けるような笑みを浮かべたピエロの絵の隣に茶色い扉があって、そこだけが開くようになっているのだと聞いていた。

 どうもそれは事実だったようで、扉は軋んだ音を響かせて、中の惨状をぼくに披露した。店員の控え室のような部屋を隔てて見える店内は、床にパチンコ玉と機材の破片がこれでもかと散らばっていて、その中に猫の死骸が一つ埋まっているのが確認される。キャットフードの缶詰も見付かった。

 店内には入らずに、脇の階段から二階へ上がる。アパートメントの一室のような作りで、洗剤の箱やら腐った新聞やら、誰かが住んでいた形跡が見られる。床に撒かれているのはパチンコ玉ではなくエアーガンなんかに詰めるBB弾だった。

 にゃーお、という声がして、廊下を物凄い速さで猫が走りぬけた。靴下を履いているように足の先っぽだけが黒い、くすんだ白色をした太った猫。ぼくは廊下を奥まで見通した。開かれた襖の向こうに部屋があり、そこから飛び出して来た痩せた人物は殊更に大きな銃を構えて、それを猫の方に向ける。

 だだだっ、だだだだっ! と、とても軽快な音だった。

 声帯を軋ませるような悲鳴を轟かせながら、その猫の体中あちこちが裂けていく。ほとばしった血液がズボンに引っかかりそうになり、ぼくはあわてて階段を二段ほど下がった。

 銃声は暫く続いた。ぱらぱらと階段をBB弾が転がり落ちてくる。ぼくはそれを踏んですっ転ばないよう注意しながら二階へ戻り、真っ赤になって痙攣する猫をせめて苦しまぬように踏み殺してやって、それからその人物の方を向いた。

 「元気が良いね、美少年」

 ぼくがそう言うと、そいつはどこか嬉しそうな笑みを浮かべて

 「良く来たな、変態」

 そう答えた。


 その六畳間にあったものは、三本のエアーガンと床に散らばったBB弾と、それから食べかけキャットフードと解体された猫が一匹。黄ばんだ壁には色のついた窓ガラス。人物は霧崎次郎とそしてぼく。霧崎は右手に小さなナイフを持って、左手に部屋の中にある銃の中でもっとも大きなのを携えている。先ほど猫を狙撃したそれの射程距離および威力を、ぼくはとても良く知っていた。

 「いつもここで遊んでいるのかい?」

 ぼくが訊いてやると、霧崎は

 「まあね。誰も来ない場所っていうのはなかなかどうして見付かりにくいものだ。人に見られたくないことはここでするようにしている」

 「ふうん。じゃあ、どこかにえっちい本でも置いてあるんじゃないのかい?」

 「俺はマスをかいたことがない」

 霧崎は言った。

 「恥ずかしいことに。教えてくれる奴がいなかったもんでね。まあ、やって見るつもりもないけれど」

 「ふうん」

 中学二年生にして見れば、それは別段、妙なことではないのかもしれないな。

 「しかし変態。おまえもなかなか良くやるよな。俺のことを女だと勘違いして、それで覆い被さって来たんだろう? あの時は本当にびびったよ。ひょっとしてこいつは特殊趣味で、俺の大事な貞操はめちゃくちゃにされちまうのかってさぁ」

 「おまえが綺麗な顔をしているのが悪い」

 ぼくは肩を竦めた。

 「美少年。おまえは本当に罪な男だ。凄まじい美貌に生まれる権利を、おまえのような男が消費してしまっているなんてね。高山さんが不細工だとは言わないが、おまえが生まれなければもっと美人だっただろうにさ」

 「それは酷い理屈だ。世界に美しさの絶対量のようなものがあると言いたいのかね?」

 「相対的に、そいつよりも美しい奴が死ねばそいつは少し美人になるよ」

 ぼくはそう言って

 「しかし美少年。その考え方を適応すると、おまえはおまえ以外の人間の人格をより良いものにしているということになるのかな?」

 「それは違いない。俺が所属していた二年二組の連中は、俺のお陰で自分がまともな人間だと勘違いできていたらしいからな」

 きゃはは、と霧崎は笑った。

 「だがな、変態。俺の何が間違っていると言うんだ? 小動物を虐殺する趣味を持つ人間は、劣等に当てはまるのかい?」

 「器物破損という罪状に当てはまるんじゃないのか?」

 「ふむ、なかなかまっとうな答えだな。AからDまでにランクすると間違いなくAに属するだろう」霧崎はそこで息をついで「『ゲームで人を殺して興奮する奴と、現実で人を殺して興奮する奴の違いは、行動力のあるなしでしかない』っていうのは、俺の大嫌いなある男の台詞だ。これが正しいとすると、俺は行動力のあるナイスガイということにならないかい?」

 「これは言葉狩りだけれど」

 ぼくはそう前置きして 

 「おまえには行動力がある。それは確かだと思う。だがナイスガイというのは君を知る他人が決めることであって、おまえは大衆をして酷く劣悪なカスだろうがよ」

 「それは認める。で、どう思うよ?」

 「そうだな。確かに、心の有様はおまえと他の連中とで然程違わない。程度はともかく、誰にだって暴力欲求はあるものだ。だが、他の皆が堪えているタブーをおまえは実行した、とも言えるぜ」

 「なるほどな。じゃあこう言う言葉がある。これは俺が一番意識したある男のものだが『毛皮を着た男が猟銃を持った奴をバカにしてはならない。牛肉を食う女が殺人鬼を憎悪してはならない』という奴だ」

 「なかなかおもしろいことをいう奴だな、そいつは。認めよう。それは正しい。でも、それが毛皮だと知らずに毛皮を羽織っているような奴だってこの世にはいるし、野菜だけで人間は生きていけることを知らないやつだって、いるかもしれない」

 「じゃあ最後に。『ハエは無害だ』これは理科の教師が言っていた素晴らしい言葉だな。で、どう思う?」

 「おまえは他の大勢と違わない、ということか」

 さすがに、ハエを見ただけで全身に虫唾が走って死にそうになる人間のことは考慮に入れるまでもないか。

 「そうさ。まあ、台所を飛ぶハエを殺さない人間は極めてまれだという、そういう前提に基づいての話だがな」

 ぎゃはは、と楽しそうに霧崎は笑った。

 「なんて言っても、こんなのは屁理屈でしかない。だがこの屁理屈を打ち破る正しい理屈を口にできる人間は、少なくともおまえではないだろう。じゃあ愚かなのは二組の連中なのかと言えば、それもまた違う。俺は確かに、他の連中と比べて明らかに劣等だった。それはなぜか、人と違うからだ。孤独は罪だからだ」

 「なるほど、『孤独は罪』。それが誰の言葉か知らないが、なかなかに言い得て妙だと思うよ」

 『結束は力』と同じくらい素晴らしい言葉だ。良く言ったものである。

 「ぎゃはは。いいか、孤独は罰じゃない。罪なんだ。俺はそれを犯した。だから罰を受けた。そして今、俺はただの引きこもり野郎。何をするでもなく親に養われて今日も無駄に生きるごく潰し!」

 集団が結束力を高める素晴らしい方法の一つとして、共通の敵を作るというのがある。霧崎は、まさにその被害者だったと言える。

 それでも霧崎はどこまでも愉快そうだった。自分を含む何もかもを嘲って、それを楽しんで生きている。心にぽっかりあいた暗い溝だけが彼の友達で、理解者なのだ。それをより深くする為には、どんな自虐もいとわない。

 「俺は他の連中と同じくらい醜くて、それを認めることが嫌じゃなかった。他の連中と違ってな。そんな奴の側にいたら、誰だって落ち着かない。だからみんな、俺を忌避していたんだな」

 「それで、友達を作れなかったおまえは学校でいじめられて、その腹いせにクラス会の会場の前に猫の死骸を撒いたってことだな」

 「そうさ。いやあ、楽しかったぜ。ニャン公もたまには人の役に立つもんだ」

 「良かったね。でも、ニャン公と言えば」

 ぼくは二体からなる猫の死体を見た。

 「嫌な匂いを換気しないか? ぼくはおまえほど血の匂いになれちゃいない」

 窓の方を手でさす。霧崎は「それもそうだな」とぼくをいたわる様子もなくぞんざいに答えて、それから窓を開放する。

 「学校が見えるね」

 ぼくは立ち上って窓の側に行く。道路しか隔てるものがないこの距離ならば、向こうの様子が良く分かる。 

 「あそこに二組の教室がある」

 ぼくは指差して言った。

 「そうだな。で、何か?」

 「あそこにエアーガンを打ち込んだりはしないのかい?」

 霧崎は肩を竦めて

 「せっかくのオアシスがばれちまうじゃねえか」

 と答えた。なるほどその通りだ。

 「学校と言えば、おまえ制服のままだな。ひょっとして部活か何かの帰り?」

 「ああ。ミステリ研究部だよ。もっとも、存続の危機にさらされているところだけどね」

 「へえ」

 興味深そうに、霧崎はぼやいた。

 「それで? どんな活動をしている部活なんだ?」

 「それがね……」

 ぼくは鞄の中から書きかけの『殺人者クラブ』を取り出して渡した。「へえ」興味深そうに、霧崎はそれに目を通す。なかなかすばやい。原稿用紙一枚に二十秒ほどしかかけていないようなスピードだ。

 「これって、部屋の中にいた全員が犯人なんだろう? 五人がかりで一人をめった刺し、口裏を合わせているって言う」

 ぼくは少し驚いて、口元を手で押さえる。胸の中に手を突っ込まれるような気分だった。

 「良く分かるもんだね」

 「……まあ、な」

 似たような出来事を知っているから、と霧崎は続けて

 「なかなか良く書けていると思うよ。まあ、中坊らしい荒唐無稽さはあるけれど」

 ぎゃははと笑う霧崎。ぼくは少しばかり心苦しい思いだったが、自分の作品を弁護する言葉も思いつかず、肩をすくめる他はない。

 「まあ気に入ったぜ。続きを読ませてくれよ」

 そう言って、霧崎は原稿用紙の束を返してきた。もう読み終わったらしい。

 「そう言ってくれると嬉しいよ」

 本音だった。根本や高山さんにも読ませてみようかな、とそんなことを思う。部長は、やめておこう。これ以上少しでも、部長にぼくの心内環境を晒したくない。

 ぼくが鞄の中に原稿を片付けていると、霧崎は緩慢に立ち上がり、部屋の出入り口の方に赴いた。何事かとそちらを見やると、小さな白い猫を抱える霧崎が見える。

 「おいおい。まさか、ぼくの前でそいつを虐殺する気かい? ぼくを猫を見捨てた畜生野郎にはしないで欲しいな」 

 冗談めかしてそう言うと、霧崎は少しむっとして

 「こいつは殺さねぇよ」

 と今までに無い真剣な口調で言った。

 「後にとっておくのか? それとも、ぼくを気遣ってくれるのかな?」

 「誰がおまえなんぞ気遣かうかこの変態。いいか、世界中の生き物には三種類いる。俺の好きな奴と、嫌いな奴と、どうでも良い奴だ」

 そう言って、霧崎は新しいキャットフードと缶切りをリュックサックから取り出した。

 「さしあたって、ぼくはどれに属すのだろうね?」

 そんなことを訊くと

 「どれでもねぇよ。だっておまえのこと、俺は生き物だと思えねえもん」

 酷い言い様だった。


 霧崎とのナンセンスな会話を楽しんだ翌日。ぼくは完成させた原稿を根本に渡した。

 「なんじゃこれは?」

 首をかしげ、用紙をぱらぱら捲る。「小説を書いたんだ」ぼくは言った。

 「ぼくらミステリ研究会の存続を生徒会が認める条件は、何らかの活動を五人の職員か三十五人の生徒に評価されることだったろう?」

 「つーことは、こいつを刷って人に配るってことだな」

 感心したような声を出して、根本はぼくの小説を斜め読む。

 「いけるんじゃないか、これ? 俺にはプロの小説との違いが分からないよ」

 それは根本の読解力の方に問題があるのだと思ったが、ぼくはとりあえず

 「ありがとう」 

 とそう言った。

 「それじゃあさしあたって、進入部員の確保が必要になってくるな」

 「大宮さんでも連れ込めないものかな? おまえが声をかければ笑顔で頷いてくれそうだけれど」

 なんと言うか、宵子ちゃんが居なくなった分女の子を補充したい思いが、ぼくには強い。同じ空間に異性と一緒にいるというのはそれだけで嬉しいものなのだ。

 「あいつは、必要以上に人と群れるのは嫌いだよ。生活に困らない程度の人間関係があればそれで良いっていうしたたかな女だ」

 「柏さんとは大違いだね」

とぼくは極めて失礼なことを言った。

 「まあ、そうかもしれないな」

 「根本、おまえは随分とあの子に親身だったようだけれど、気に入ったのかい?」

 「そういう訳じゃない」

 不愉快そうに、根本は言った。

 「むしろああいう女は嫌いだよ。……ただ昔、あいつみたいな女の知り合いがいてな。そいつ、俺が半端だった所為でとんでもないことになった。まあ不覚だわな、二度と同じような気分になりたくない」

 「へえ。おまえでも罪悪感を覚えることがあるのかい?」

 ぼくがそう言うと

 「ああ。少なくとも、対象が悪だと認識されない限りにおいてはな。俺にだって善人でいたい気持ちはあるよ」

 その時、ノックの音が響いた。

 「はい、どなたですか? 入って良いですよー」

 ぼくがそう言ってやる。ぎこちなく開かれた扉から出現したのは、可憐な少女、柏さんだった。

 「……どうして君が?」

 ぼくは首を傾げる。根本は興味も無さそうにぼくの原稿を読んでいた。

 「ああ、来たわね高山。ねぇ事情は分かったけれどお金くらい……ってあなた」

 窓から身を乗り出した八坂さんが目を丸くした。余程驚いているらしい。

 「バトミントンの上手い……松さんだったかしら?」

 「柏だよ、……じゃなくて!」

 少し上ずった声でそう言って、柏さんはぼくの方を向く。

 「その、あの。別にそういう訳じゃないんだけれど、えと」

 顔を赤らめて、要領を得ない言葉を吐き出して、柏さんは握りこぶしを突きつけた。

 「とりあえずこれを」

 強く手の中で握り締められたその紙は、入部届けのように見えた。

 読了ありがとうございます。

 普段にもましてナンセンスな文章を書いてしまいました。不愉快になられた方、本当に申し訳ありません。

 今までで一番書いていておもしろかったのがこの十五話です。書いていておもしろい話は読んでもおもしろいという考え方に甘えさせていただいて、このように録な推敲もせず投稿させていただいます。

 女っけのない話になってしまったのはいけません。もともと女の子をあまり投入していないのもあります。いつも以上に起承転結が欠如していたというのも、反省すべきところでしょう。

 第三章はいつもよりやや短くなる予定です。次回の構想はまだありませんが、バランスをとる為にとびっきり長い奴を書くのも良いかもしれません。

 それでは、これからもお付き合いください。

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