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醜い奴ら  作者: 川崎真人
14/35

孤独 二

 どうも。皆さんのお陰で今日もまた生きながらえております、林崎エセでございます。

 アクセスありがとうございます。

 私の高校では初めての期末テストが近づいて来ております。これから少しばかり投稿ペースが落ちる理由として主張させてください。もしも私がプロフェッショナルならばこんなことは通用しないでしょう、身分に甘えさせていただきます。申し訳ありません。

 そんな私ですが、今回もお付き合いください。

 「犯罪を暴く為にもっとも必要なのはなんだと思う? 屁理屈でも何でも良いから答えてくれ」

 「犯罪が起こることだろう? いいや、世界が存在することと言うべきかな?」

 「……すまなかった。いいか、犯罪を暴く上で何より必要なのは、事件に関わるありとあらゆる情報をとにかく『知る』ことだ。いわゆる調査と言う奴だな」

 「それで?」

 「おまえは一組だったか? 普光院摩子は二組だったろ? 体育の授業は合同で行なうね。財布泥棒の件について、訊いて来るべしという訳だ。犯人がクラスメイトの誰かである可能性は大きいからな」

 「どうしてまた?」

 「金庫の暗証番号を知りうる人間は、彼女のクラスメイトくらいだということさ」


 確かに、ダイヤルを回す摩子さんの手を後ろから覗けば、暗証番号を入手することは容易いだろう。そうと決め付けてしまわないように注意する必要はありそうだが、クラスメイトというのは目の付け所としては悪くない。腐っても名探偵志望の根本の意見である。

 摩子さんもその点については注意して定期的に番号を変えているようであるが、それにしたって穴はあるだろう。

 などと思いながら、体育館に入る。すぐにステージの上に寝転がり、二組の生徒を見回した。

 真っ先に目を引くのが何か中に浮いたまま足元でバランスを取るように歩く柏落葉かしわおちばという女の子だ。普光院摩子のことも知らなかったぼくがどうして彼女のことを知っているのか、そんなのは言うまでもないかもしれない。可愛いのだ、これが。

 いいや、例えば一組の女子でミスナンバー1をやったとしたら、必ずしも彼女に多くの票が集まるとは限らない。もっとも人気のあるのは華のある南浦みなみうらまゆきさんだろうし、柏さんはどっちかと言うまでもなく非社交的な人間だ。仲良しクラスのあまり者。今だって、組になる相手がいなくて捨てられた子犬のような顔をしている。

 「ねぇ、わたしとどう?」

 バトミントンのラケットを携えた八坂さんが堂々として言った。一組人間同士二組人間同士でやることが不文律となっている中で、それぞれのあまりもの二人が組むのは当然である。

 柏さんは花火のような笑顔を散らして

 「まあ、それも良いね。別にワタシは相手なんて誰でもいいから別にあなたでもかまわないわ。場所なんてどうでも良いからあそこの隅っこでやりましょう」

 と早口で言った。妙に舌の周りが良い。八坂さんは「そうね」と短く答えて、それから柏さんの指定した場所に言った。というか、もう既にそこしか残っていなかったと言うのが正しい。

 「それじゃあ」

 と言って、羽をでたらめに放り投げてから八坂さんはその細長い腕をでたらめに振るう。百八十度近い大振りは羽が上空に上がりきるよりも大分早く、羽は八坂さんのつむじの辺りを直撃した。

 「あんた、下手……」

 絶句する柏さん。八坂さんは残念そうな顔をして「もう一度」思い切り振ったラケットがこっちに飛んで来た。

 「あべし!」

 鼻の辺りを強打したぼくの頭上を根本の顔が飛び交った。悲鳴をあげるのはこらえきり、起き上がったぼくに柏さんが急いで近づいてくる。

 「あんた大丈夫? けがしてない?」

 随分と真剣で必死な口調であった。取り乱しているようにも見える。

 「ああ。これくらいなら」

 自分が比較的痛みに弱い方ではないことは知っているし、痛がって見せてどうにかなるものでもない。ぼくは紳士的な笑顔を作って柏さんに会釈する。すると彼女は

 「まあ、スポーツに事故は付き物だし。真面目に授業をしている人間の不可抗力に、見学の人間が文句を言うのも筋が違うよね」

 安心したような声で言った。

 「いいや、それこそ筋が違うさ。スポーツのリスクはプレイヤーのみが負うべきものだろう?」

 ぼくはそう応答した。人とは違う論理的な自分のアピールである。

すると柏さんは少しばかり歯噛みして、顔を真っ赤にする。「んなぁ……」悔しそうに口元を曲げた。「あんた、それは……」なにか言いたげにする彼女を見て、ぼくは困った。

 「西条」

 八坂さんの平坦な声。

 「ごめんなさいね。ところで、それ、貰える?」

 「おう」

 ラケットを手渡すと、八坂さんはコートのほうに戻る。他の人の羽が飛び交っているところをどうしてこうも威風堂々歩けるものだなと感心させられてしまう。

 「君も行きなよ。八坂さんにサーブを回すと、長引くよ」

 「……あんた、西条ってんの?」

 「ああ、西条未明だ。名前の未明は夜明け前の未明」

「未明……。ふうん。ところであんた」

 柏さんは声を尖らせて言った。

 「いつも体育は見学しているみたいだけれど。それで良い訳? 見たところ身体に問題はないようだけれど」

 「ああ。男子はぼくがいなければ偶数人数だからね。ぼくを持て余したみんなに迷惑をかけたくないんだ。成績に響くから、サッカーやソフトボールの時に参加するようにしているよ」

 遠足などの範決めその他をぼくは苦手としている。あまり物になるのはあまり良い気分でないからだ。別段、ぼくは非社交的な人間という訳でもないし、八坂さんのようにクラスの有力者に嫌われている訳でもない。ただ、少しばかり心を開きすぎるとぼくはすぐに集団の輪から放り出されてしまうのだ。距離の取り方が良く分かっていないのと、ミステリ以外の話題がほとんどないのがその原因だろうと思う。

 「それって、逃避だよね」

 柏さんが指を突きつけて言った。

 「あまり者になるのが嫌なだけだ。集団に入りたい気持ちが叶わないのがつらいんだ。奴らのようになりたい癖に、なれないただの劣等生。ワタシの方が格が上ね」

 奴ら、てね君。

 そんな態度を改めれば全て解決すると思うよ、というのはぼくに言えたことではないだろう。

 「そうだよ」

 ぼくは潔く認めることにした。

 「ただし、それが君よりもぼくが格下である理由にはならないな。良いところ同格だよ」

 「……何を! ワタシはあいつらのことなんて鬱陶しいと常々……」

 唇だけを動かして手を握り締める柏さん。これはいじめてしまったことになるのかな、などと思っていると 

 「柏。向こうで彼女、待たせてるよ」

 スタイリッシュな女性が柏さんに近づいて、それから一人でサーブの練習をしている八坂さんを親指でさした。柏さんは顔色を変える。

 「……南浦」

 怯えたような顔を南浦まゆきさんに向け、それからぼくの方を一瞥する。それを無視して、ぼくは南浦さんの方を見た。そして全身を嘗め回すように観察する。うむ、雑誌とかに載っていそうなふつうの美人だな。

 「ああ、ところであんた、今日のクラス会には出るの?」

 と、南浦さんがぼくを無視して言った。なのでぼくは

 「クラス会って?」

 鸚鵡返しに質問する。

 「毎月の頭に、みんなで費用を出し合って飲食店で騒ぐの。酒はアリ。カップル成立もアリ。二次会三次会もしょっちゅう」

 噂どおりの仲良しクラスだ。いいや、これがあるからこその仲良しクラスなのかもしれない。

 「アリアリだね」

 ぼくはウィンクした。

 「何言ってんの?」

 ……気持ち悪い、とでも続きそうな声でそう言った。むう、彼女のようなふつうの子の言い方にあわせてみたつもりだったんだが、うまくいかないものだ。流行り廃りが激しい俗世にあわせていくのは、やはりぼくには難しいかな。

 「で、どうすんの柏。費用の心配はないでしょう? それと、普光院は今日も来ないらしいわ、庶民の店は無理って」

 などと苛立った調子で尋ねる。柏さんは再びぼくの方を見て、それから

 「行く」

 とうつむいて言った。

 「そう」

 南浦さんは同でも良さそうに呟いて、それから去って行った。

 取り残された柏さん。歪な笑みを浮かべ、それから憂鬱そうにため息をついた。ぼくは思い付いて

 「ねぇ、クラス会ってどこでやるの?」

 尋ねた。

 「へ? それは、その学校の近くの……何て言ったっけか?」

 焦ったような顔をして、眉間のあたりを押さえる。「あー」脳味噌の中から必死で店の名前を検索しているようだ。一生懸命である。

 店の名前が覚えられないというのは、そいつの属性によってとてもありがちな弱点だ。行きつけの店がどんな名前をしているのかなどに興味なく、紹介する相手がいないから覚える必要もない。彼女はそういう人間なのだろう。

 「速度制限四十キロの表札と工業会社の看板が並んでいるところ、を二メートルくらい山のほうに進んで、五メートルくらい山に水平に右へ歩いたところ……分かる?」

 「なるほど」

 行ったことは無いが、その表札には憶えがある。部長とその友達がふざけて十五度ほど折り曲げた奴だったかな。方法を探すのに図書館に入り浸りネット掲示板に常駐し、最終的には車を突っ込ませるという手段を使ったんだったかな。誰にも迷惑をかけることなく自分達も捕まらず、ただの二日でそれをやり遂げた部長に惚れて、ぼくはミステリ研究会に深く関わっている訳なのである。

 「……なんでそんなこと訊くのよ?」

 柏さんが怪訝そうに繭を潜める。

 「ぼくも参加したいと思ってね」

 そういった時に、顧問の先生がぼくらの私語を嗜めた。柏は黙ってそれに従い、一人で汗だくになっている八坂さんへ歩いて行く。その表情は窺い知れなかった。


 「と、いう訳で、ぼくは二年二組のクラス会に出ることにした。クラスメイトじゃないから会費を支払う義務はないし、お得だよ。君らもどうかい?」

 放課後の部室にて、思い思いに時をすごしている面々にそう言った。本を読む高山さんに、床で腕立て伏せを繰り返す根本。

 「どうだ、根本。二組の人間関係について色々と良く分かるぞ?」

 「……それにしたって。おまえ、またなんで」

 しどろもどろに応答する根本は、いつもの彼らしくなかった。

 「良くもそんなことができるよな。神経を疑うぜ」

 「どうして?」

 「おまえ、二組に友達とかいんの?」

 どうせいないだろう、とでも言いたげに根本。「いないよ」と当たり前のようにぼく。

 「じゃあ連中からしたら、どうしておまえが参加するのか分からないじゃないか」

 「ただで飲み食いしたかったって言えば良いじゃないか」

 「……おまえすげえよ」

 転がるような動作で直立し、体を伸ばす根本。

 「肝の大きさが半端じゃないな」

 何を言うのだろう、この男は。

 「飲食店に入るのに肝っ玉がいるのかい? そんな話は聞いたことが無いな」

 まったく理解ができない話だ。確かに、屋台に入るのにはちょっとした度胸がいるという噂を訊いたことがないでもないが。それにしたって、二組の連中と一緒に入るのだから、意識しなければ物事に責任感を持てないぼくのような人間にしてみれば、あまり苦痛とは言いがたい。

 「西条君はね、自分の都合の良い時にしか人の気持ちを考えないの。だから平気」

 「ふうん。まあ、そんな感じはするな」

 高山さんと根本が頷きあう。なんだこの二人は

 「結局、来ないのか。根本は」

 「いいや、行くさ。訊き込みだな。ただし、クラス会の料理には絶対に手をつけん。或いは、ちゃんと金を支払う」

 それはなかなか礼節にもとっている心がけである。感心だな。

 「高山さんは?」

 「私は代わりがいるから」

 「代わり?」

 どういうことだ。

 「私って二組の人間でしょう?」

 「そうなの?」

 そう言えばそうだった、というのが正しい。

 「今日の体育はサボったから会わなかったね。南浦まゆきにお願いして、私の欠席を誰も先生に伝えないように言ってもらったの。今日の授業はただの羽根突きだし、先生だって私みたいな地味なのは把握してないから。たぶん成功したでしょう」

 なんと言う要領の良さ。

 「そんなことができるほどクラスメイトと打ち解けているのだったら、クラス会にも顔を出せば良いじゃないか」

 「嫌よ、会費がもったいない。クラス会は長くて二時間で、料理代の割り勘が確か千円。千円あれば古本屋で面白い小説が五冊は買える。それだけあれば二十時間は楽しめるわよ。会に出席なんてバカみたい」

 それは、まあ理屈である。

 「というか高山さん。二組について教えてくれよ」

 「和気藹々とした仲良しクラスっていうのは分かるわね。うるさいのが欠点だけれど、協調性が高い割に倫理観が欠けた人間が多いから、色々便利よ。ただし、仲間意識が強くて、会に参加しないとその次の日は口聞いてもらえない。その会だって、有力者への接待に近いからどっちかって言うと退屈。初めて出席した時はトイレで読書したわ」

 「それで良いのか?」

 「ええ。会費さえ納めれば、ね。だから、替え玉さんに金を払わせれば良いの」

 などと言った後で、高山さんは含み笑いを漏らした。

 「いつもそんなだから。二組について細かいことは何にも知らない。室長の南浦を除いて、私は誰とも会話しないしね」

 調査の方はあなた達に任せるわ、と締めくくった。

 信頼されているのは嬉しいけれど。


 集合時間の三十分前、ぼくは根本と共に店の前にいた。すでに集まっているメンバーも何人か。その中に、柏さんの姿もあった。

 「やあ、柏さん。早いね」

 ぼくが声をかけると、彼女は怪訝そうに眉を潜めた。

 「本当に来やがった」

 「ああ。来やがりやがったよ」

 「来やがりやがりやがって、何となく輪に入ってワタシ達の料理をただパクつくつもりでしょう」

 「ご名答」

 ぼくは喉を鳴らした。

 「みんな仲良しの二組の雰囲気に混ざれればそれは楽しいだろうしね」

 「ふん。みんな仲良しって、それにどんな意味があるんだか。強い奴に媚びて無理やり笑って不毛な会話をするだけの関係がクラス全体にあるだけでしょう? うざったい」

 片足で地団駄を踏む柏さん。いつも何かに怒ったような表情をしている彼女だ。その様はまるきりやくざ者である。それにしては彼女の服装はおとなしすぎる気もするが。

 「そこの背の高い男性は?」

 と、柏さんからこちらに話しかけてくれた。

 「俺は根本弘。このバカの友達だ」

 根本がそう言うと、柏さんは忌々しそうに舌をうった。

 「あんた、友達っていたんだ」

 「まあ、君の言うところの無理やり笑って不毛な会話をする関係ではなくて、無理やりにでも笑わずに事務的な会話しかしない関係さ。それでもまあ、お互いの認識は友人同士で違いない。少なくとも分類上はね」

 などとそれこそ不毛な会話をしていると、やって来たのは八坂さん。少し迷った風にきょろきょろとおぼつかない足取り。こちらに気付くと「西条?」と声をかけて来た。

 「それに根本と、あなたはバトミントンのうまい……楠だっけか?」

 「柏だよ。まあ、名前なんてどうでもいいけれど」

 柏さんは鼻を鳴らす。

 「八坂さんは、どうしてここに?」

 と、ぼく。彼女は外食はあまり好きではなかったと思うのだけれど。

 「ちょっと、高山にここに来るように言われてね。というような内容のことをここにいる連中に話せば分かるって熱心に頼まれて」

 普段静かな高山さんに誠意のありげな言葉を並べられると、八坂さんみたいな素直な人は簡単に騙されてしまうのだろう。

 「お金は持ってきた?」

 「……え、ええ。少しはね。ジュースくらい買える、けれど」

 何がなんだか、という顔の八坂さん。その表情は、他でもない彼女自身に向けられているのだろう。

 「根本、彼女に金を貸せ」

 「……おまえは持っていないのかよ」

 「ぼくは必要最低限の金しか持ち歩かないんだ。つまりは、財布を持って来ていないということだね」

 根本は呆れ顔でため息をついた。

 「おまえらの分は俺が払っておくから、明日にでも返せよ」

 財布の中身を確認する根本。万札が窺えたので、まあ問題あるまい。こいつもけっこうブルジョワだな。

 その隣では、八坂さんが柏さんに何事か尋ねていた。柏さんは困った風にはにかんでいる。

 入店の合図は南浦さんの登場だった。

 「あんたら、何?」

 威厳そうな顔をする彼女に、ぼくは全ての事情を説明してやった。南浦さんは肩を竦めた。

 「金はそこの醜男がまとめて払うんでしょう?」

 「ああ。彼はとても親切なんだ」

 良く言うぜ、という根本の声色には、悪意以上の何かが備わっていた。


 「しかし根本。本当に払ってくれるのかい?」

 と、ぼくはたくましい肩を叩いて尋ねた。

 「一応な。……うまく立ち回れば、例えば途中で抜け出すなりすればただ食いできるだろうけれど、俺は人の世話になるのは好きじゃない。負けた気分になる」

 などと言いながら、根本はビールを飲みまくり、軟骨のから揚げを食いまくる。どうせ金は払うのだから楽しもうと言う考えなのだろう。

 「根本、君ってアルコールは飲めるんだね」

 「ああ。今日が初めてだが、気に入った」

 ジョッキに口をつけると、一度に半分の量が無くなってしまう。大した飲みっぷりだと言えるだろう。

 「ふん。酔うのが楽しいのなら、下品なことね。自分の脳味噌にガソリン流し込んで良い気分になるんだから、麻薬と変わんないじゃない」

 近くの席に座っていた柏さんがちびちびと野菜を食べながらそう呟いた。それに対して根本はひひひと笑い、殊更下品にビールを嚥下して

 「おまえも飲めば分かるぜ」

 と、自分の唾で汚れたジョッキを突きつけた。心底戸惑ったような顔をする柏さん。対面の南浦さんがそれを見て「おお!」と喜び

 「ビール追加!」

 と叫んだ。周囲の人間が卑しく笑う。柏さんは面食らった調子で目を見開いた。

 倫理的には柏さんは被害者だけれど、誰もそうは思わないだろうな。

 宴会場を貸しきって使うという中学生のクラス会にはあるまじきスケールのでかさにぼくは驚かされるばかりだったけれど、店の人間は馴れっこらしく、アルコールだろうが何だろうがそ知らぬ顔で運んで来る。たくさんお金を使ってくれる良い客の扱いなのだろう。

 「それにしてもよ。……南浦さんだっけ?」

 鼻を赤くした根本が遠慮なく話しかけた。「なぁに?」少しばかり鬱陶しそうである。

 根本は、自分の顔のことを忘れている時は妙に行動的だからな。人の迷惑顧みず。

 「昨日財布が盗まれたばっかりだって言うのに、良くもこんな金のかかることができるよな。……あれか、経費の半分は普光院の奴に持ってもらっているとか?」

 「あの金持ちはクラスの為に一円も出さないわよ。そういうケチの一家だから金持ちなんでしょうけれど。……クラス中の財布を盗まれたって訳じゃないからね。まあ、盗まれた奴も容赦なく参加させているよあたしは」

 「ふうん、ところでこれ、いくら?」

 「一人二千円」

 かっけー。

 「どう考えても余らないか? それ」

 「着服」

 南浦さんに悪びれる調子は無かった。少し酔っているみたいでもある。

 「うちは仲良しクラスだって、室長のあたしは良く褒められるのよ。クラス対抗のゲームなんかでもしたら間違いなくあたし達が勝つからさ。そんな風に国が強い力を持つには何よりまずは階級制度をきちんと整えなくちゃいけない訳。支配する人される人の関係が一番安定するからね」

 「下位の人間が反逆とか起こさないの?」

 ぼくが訊くと、良くぞといった風に南浦さん怪傑な表情を浮かべる。

 「軍隊ほど階級の必要なものはそうそうないわね。あれを例に考えれば良い」

 なるほど。

 「まゆきちゃん」

 南浦さんの隣に座っていた、彼女の親友と言う派手な服装の少女が運ばれたビールジョッキを指さした。

 「柏落葉、行っちゃってください!」

 と、大声で宣言する。柏さんは顔を真っ赤にして「嫌よ!」

 「こんなのアルコールハラスメントじゃない! だいたいワタシ達ビールなんて飲んで良いわけ?」

 大声で、しかし誰とも目を合わさないまま柏さんはそう主張した。それを意見ではなく脅迫として発言できたなら、柏さんはずっとまっすぐな人間であれただろうに。

 「そんなこと言いっこなし」

 そう言って、女の子が柏さんにジョッキを持たせた。

 「はい。イッキよ!」

 そして、手拍子が始まった。会場中の声が沸き立つ。イッキ! イッキ! イッキ!

 何とも調子が良く活き活きとした、まるで抑圧されたバネの弾けるような、実に楽しそうな声だった。

 コールは続く。響き渡った声が壁や天井に反射して、会場をまがまがしい音波で包み込む。

 ぼくは何も言わなかった。

 ただ、柏さんの表情を覗いていた。

 信じられないものを見るような、まるで妖魔にでも出くわした様な、それでいて悟り切ったような、まぜこぜになったその感情を完全にうかがい知ることはぼくにはできない。ただ、蒼白なその顔が、飲酒に対する迷いだとか、クラスメイトの声に対する怯えだとか、そんな即物的なもので歪められているのではないことだけは、はっきりと見て取れた。

 「なんでワタシ……」

 そんな、搾り出すような声がぼくの耳朶を打って、それはすぐに

 「二年三組根本弘、行かせて頂きます!」

 この世でもっともいとわしい顔をした男の、場に流れた真水のような雰囲気にはそぐわない油のような声によって、かき消されることとなった。

 根本は立ち上がり、ジョッキを掴み、周囲を見回す。コールはすぐに止んだ。誰もその顔を見ることはできなかった。根本は満足したように、愚者を嘲る名探偵の表情で口元を歪め、そこにアルコールを思い切り流し込んだ。

 「おう! おう! おう!」

 南浦の左隣、りりしい顔立ちをした男がぎこちなく根本に合いの手を入れる。すぐにそれは波紋のように広がって、根本が口元から大量のビールを零しながらも体裁だけ一気飲みを済ませると、拍手喝采となった。

 「どうよ!」

 根本は大きく胸を張る。「ようナイスガイ!」「やるじゃねーかさすがは最醜兵器さいしゅうへいき!」根本を賞賛する言葉が飛び交う。それに答えるような哄笑。

 「やるわね、彼」

 南浦さんが感心したように呟いた。


 「八坂さん、起きなって」

 店の閉店時間が近付いて、いい加減お開きとなった二年二組のクラス会。その途中、八坂さんは退屈だったのか疲れてしまったのかアルコールを口にしてしまったのかは分からないけれど、壁に身を預けて眠り扱けてしまっていた。

 「おうい」

 肩を揺する。全然起きない。瞼が深く下ろされて、顔の筋肉が完全に弛緩していた。口は半開き、よだれが垂れていないのは救いだろうか。なかなか安らかな寝顔と言える。

 「こらっ」

 瞼を無理やり引き上げる。黒い目が覗いて、鋭い光を放った。やっぱり目力あるなと思って手を離すと、また瞼が下ろされる。

 「しょうがない」

 ぼくはテーブルに残っていたお冷を手に取ると、八坂さんの顎を引いて、口の中に水を流し込む。そして飲み込ませるでもなく喉を叩くと、大きく咳きこみながら八坂さんは目を覚ました。

 「西条? ……ああ。寝ちゃってたか」

 などと呟いて、八坂さんは緩慢な動きで立ち上がった。それから伸びをして、会場を見回す。

 「人がいないね」

 「みんなもう外に出ている。勘定はもう済んだみたいだよ」

 「そう。根本には礼を言わないとね」

 「そんなのはいいさ、隣人なんだから助け合わないと」

 と、ぼくが言うと

 「……楽しそうね」

 八坂さんは答えた。

 参った。

 「何にせよ、あなたがいないとわたしは閉店の時間に店員によって起こされることになっていた訳だし、世話になったというべきね」

 「ただのお節介さ」

 「でしょうね。他の人たちは? あのバトミントンのうまい人……萩さんとか」

 「みんなもう帰ったよ。柏さんもね」 

 会計の近くで店を出るでもなくきょろきょろしていると思ったら、根本に近付いて服の一部分を摘まんで何か耳打ちしてから逃げるように去って行った。その根本と言えばそれをあまり意に介さず、金武ちゃんの仮装大賞を見る為に急いで帰った。

 もうほとんど終わっているだろうに。

 「調査らしいことはあまりできなかったな」

 まあ二組がどういうところなのかは分かったので、それで良いだろう。実に良くまとまったクラスだが、一員になりたいとは強く思わない。

 「今日は楽しかった?」

 何となく、ぼくは八坂さんに訊いた。

 「お腹いっぱいになったら寝ちゃったから、あまり楽しいとかつまらないとかは思わなかった」

 「だろうね」

 最後の客が去るのに「ありがとうございましたー!」と店員はやたらと元気のある挨拶をしてくれた。自動ドアを潜り、暗い夜道が視界に出現する。

 漂うのは腐臭だった。

 ぼくは下を向いて、その正体を確認する。

 地面にこびりついた、一面の死骸。

 今度は猫だった。それも分かりやすい虐殺ぶりで、ばらばらになった四肢に引き摺り出された臓物に潰れた頭がたくさんたくさんそれはたくさん、この日の為に幾日にも渡って溜め込まれたものをそこにぶちまけたかの如き屍山血河。

 その時思ったのは、ぼくが猫好きでなくて良かったということだ。

 「ふうん」

 などと呟いて、八坂さんはぼくに背を向けて歩き出す。おそらく、早いうちに家で一人になって気分を落ち着けるのだろう。

 「やれやれ」

 肉の川はたくさんの足に踏み躙られていた。とは言っても、二組のクラスメイト全員分の、その半分にも満たない靴跡だったが。それはすなわち、猫の死骸に少しでも不快感を覚えた者が少なからずいることを示している。

 「ぼくだったら、その様子を見てせせら笑うかな」

 店の向かいにある洋服店に、ぼくは足を運んだ。もう既に人はまばらで、そいつを特定するのは難しいことではなかった。

 服を表示する為のガラスの窓から外を覗く、フードを被った華奢な人間。折れてしまいそうな足首がジーンズから覗いて、白い布のような手が垂れ下がっている。隙間から僅かに窺える肌の瑞々しさは、ぼくらと同じ世代だろう。

 その立ち姿は、実に美しかった。

 ぼくは喜び勇んで、声をかけようとにじり寄った。だがそいつは弾かれたように動き出して、ぼくの脇を抜けて店の外に出る。ぼくはそれに続いた。

 目立たぬ狭い道へ、曲がりにくい角度の道へ、ずいぶんと器用に逃げていくその人影を、ぼくは一心不乱に追いかけた。川沿いの道に差し掛かり、芝生の生えた道を駆ける。人はいない、そいつとしても怪しまれるのはごめんだったのだろう。

 それは間違った判断だ。

 明らかに運動不足と見て取れるそいつに追い付くのはぼくでも容易かった。後ろから飛び掛り、羽交い絞めにしようとする。フードに手をかけたその隙をついて、その細い右腕がぼくを川原へ叩き落そうとする。ぼくは左手でそのシルクのような手を掴み、とうとう馬乗りとなった。

 「君のしたことを、黙っていてあげるよ」

 ぼくがそう言うと、フードの中からうめき声のようなものが聞こえた。かまわずに、フードを取り払いその顔を凝視する。

 素晴らしい。

 端正な目鼻立ちである。邪気を自らの内側に噴射し続けるような、綺麗な瞳。上品な鼻。頬の肉付きはやはりやせた感じで、そばかすの類とはまるきり縁が無い。そして口元。

 あり?

 この、微かに見える、糸とも言えぬような柔らかな体毛は、もしかして、髭の類か? ぼくは人差し指でそれに触れる。女の子が生やしている物としては色濃いし、第一女の子ならこの長さまで放置する訳も……。

 「ひょっとして、美少年?」

 ぼくがそう訊くと、そいつは睨むでもなく怯えるでもなく媚びるでもなく、面倒なことになったと言いたげなため息を一つ漏らして、それから

 「残念だったな。この変態が」

 そう答えた。

 読了ありがとうございます。

 西条の書き方が分からなくなりました。山ほどある人格設定が一人歩きして収拾つかなくなり始めました。その結果がこの事態です。想定はしていましたが。

 代替の利かない唯一無二の主人公は弘なのであって、西条の代わりなら二人くらい用意しているので、いい加減に交代するのも良いかもしれません。今後の展開次第でしょうか。初めて投稿するシリーズだし、キャラの出し惜しみはなるべくしたくありませんしね。

 それでは、これからもお付き合いください。

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