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醜い奴ら  作者: 川崎真人
12/35

名探偵 おしまい

 どうも。皆さんのお陰で今日も生きながらえている人格破綻者、林崎エセでございます。アクセスいただいてありがとうございます。

 予約投稿というシステムを使ってみようと思います。私が授業中因数分解に苦しんでいる時間帯にこの話はアップさせる訳ですね。お陰で明日のこの時間は『もうそろそろかなぁ』なんて考えてニヤニヤしていられる訳です。その所為で前から変だと思っていたけれどやっぱり変な奴だとクラスメイトに認識されるかもしれません。今の内に言い訳を考えておきましょう。

 それでは今回もお付き合いください。

 「それで? 遠藤君と本田君はいつ死んだんだ?」

 「二人とも一昨日です。今は、宵子ちゃんの葬式の帰り」

 一瞬、部長は息が詰まったように黙り込んで

 「そうか? それはまた随分と遅く死にやがったな。しかも同時だって? ていうことは、あれかい? 遠藤君は餓死でも食中毒でもなくして、本田君に殺されたんだとか?」

 部長がどんな情報を持っていて、どんな思考をしているのかはぼくには分からない。分かろうとしない方が賢明であることは身に染みているので、ぼくは頭を使うことをしなかった。

 「ええ。そのすぐ後で、本田が自殺しました。部室の窓からぴょーん」

 「ふうん。ふつうは、ぴょーん、の後は、すたっ、と決まっているところだが」

 「ええ。ですが、本田はのろまですから、そうはいかなかったのです。でも部長ならぴょーんもできないでしょう? せいぜい、のそり、が限界だ」

 不思議だった。

 ついさっきまで、ぼくは情けなくも気分が沈んでいた。煮詰めた泥水を流し込まれたような心境で葬式に出ていたというのに、部長の前ではこんな無作法な軽口が叩ける。この部長は恐ろしく厄介な人物であるというのに。

 「否定はしないさ。ぼくは肥満体系だからね」

 食うのや寝るのは大好きで、動くのが嫌いなら誰でもそうなるところだろう。

 「良いところ小太りでしょう? 部長はチャーミングですよ」

 実際はそんなことは決してない。眼鏡の裏側から覗ける知的な力強さを見せ付けながら体重のこもった一歩一歩で迫り来る部長には、すごく迫力がある。背の低さを補って余りあるくらいだ。

 「チャーミングと来たか。それは、僕にはあまり似合わない」

 「本当ですね」

 「ところで西条君。君と長電話をするといつも思うんだが、会話の導入部に軽口を叩いてみるのにはどういう意味があるのだろう? 正直に言って、君は頭を使って疲れるし僕は喉の筋肉を使うから、まるで建設的じゃないよ」

 ぼくにとってはこれは酷い嫌味だ。

 もしかして部長、少しばかり怒っていらっしゃる?

 「作法という奴ですよ、部長はそれを知らなさ過ぎる」

 「ならば、これからは作法という奴を身に付ける為に、君を参考にすることとしよう」

 「すいません、それはやめてください」

 部長ならばぼくの口調やら態度やら完璧に真似てくるだろう。それを今から電話越しにでもそれを聴かなければならないだなんてまるで拷問だ。

 ちくしょう、どうもこの人には適わないな。

 「それで、本田がぴょーんぐちゃしたことについてなのだが、これを詳しく説明する為には、とある事件について君に確認しておかなくてはならない」

 「何ですか?」

 「君の住んでいる住宅街のあたりで、犬っころが殺されている事件があるのを感知しているだろうか?」

 「知ってますよ」

 「その犯人が、遠藤君であることも含めてか?」

 「それは知りませんでした」

 でもまあ、部長がそう言うからには、それは本当なのだろう。ぼくがそんな風に、部長に対する信頼を自ら確認する為の独白をしていると、

 「ふうん。君は愚鈍なんだね」

 などと言われた。

 「君は本田君のことをバカにしているようだけれど、それは間違いだ。彼はなかなか、良いアンテナを持っているよ。自分自身が正しくあろうとしているだけに、自分自身を間違ったものにする為の情報をキャッチしやすいんだ」

 「……その理屈は分かりかねますね」

 正義ぶった偽善者は、たいてい自分に都合の良いことしか頭に入らない奴だと思うけれど。

 「君が今思ったことは、本田君も思っていたことだよ。だから彼は、その逆を行った」

 「なるほど」

 「そして、本田君は遠藤君が親から虐待を受けていることに気が付いた」

 虐待ね。

 言われてみると、宵子ちゃんはだいぶん痩せぎすだし、体の節々に傷を持っていたようだが

 「宵の子供なんて、まともに子供を愛する親が付ける名前じゃない。ふざけ半分、頭の悪いセンスで閃いたんだろうね。他に手がかりはいくらでもあった」

 「でもそれと、宵子ちゃんが犬を虐殺したことがどう繋がるんですか? 彼女は自らが苛められた鬱憤晴らしに犬を殺すような子じゃありませんよ、部長も知っているでしょう?」

 「そう語気を強めるな。それじゃあまるで、君が良い奴みたいじゃないか」

 酷い言い様だ。悪意がこもっている分だけ、八坂さんの毒舌よりかはまだ良いのだけれど。

 「いいかい? 遠藤君は痩せている。それはもう、BMIの指数が十五を下回る勢いだ。皮が骨に張り付いたような体躯をしている。子供である彼女がそうであることは、すなわち、親に食べさせてもらっていないことを意味する。親にものを食べさせてもらえない子供が生きるには、どうすれば良い?」

 そう言われて、ぼくは自分が彼女のことをまるで考えていなかったことに気付かされながらも、答えた。

 「犬を殺して食っていたんですね。死体の一部分が取り出されていたのは、そこを食う為」

 「正解だ」

 電話の向こうで、部長がにやりと笑ったのが分かった。

 「でも待ってくださいよ。部長。この間ね、旅行に行く前のことなんですが、部室に犬の死体が捨てられていたことがあった。おそらくぼくらへの嫌がらせの為でしょうね。どうして宵子ちゃんがそんなことを?」

 ぼくが鋭く指摘すると、部長は呆れたような声を作って「かあ~」と嘆くように言った。

 「どうして君はそんなに愚かなんだ。遠藤君が君らに嫌がらせをする訳が無い? 君は本当に心の底からそう思っているのかい? いるのだとしたらどうしてそんな訳の分からない台詞が口を付いて出るんだろうね」

 ああちくしょう。耳障りだ。

 「いいかい? 犬を食うには、調理しなくちゃいけないだろう? だが遠藤君は専用の調理場なんて持っていないに違いないし、家のキッチンが仕えるなら棚から野菜でも出して炒めて塩でも振って食ってるだろうさ」

 「宵子ちゃんが学校の料理室を使っていた、ということですか?」

 「そうさ。あそこからなら、ちょうど良い具合に、犬っころを研究会の部室に放り込める」

 「食べ残しを捨てた、ってことですか?」

 我ながら、自分の愚かさと醜悪さを露呈させた発言だったと思う。部長はすかさず

 「君はバカかい?」

 と言ってくれた。

 「その日、遠藤君はいつものように調理室を勝手に借りて犬の調理をしていた。いくら飢えていたから仕方なくなんて言っても、彼女にとってそれは多大な罪悪感と嫌悪感と恐怖感が入り混じったすごぶる不愉快な作業だったに違いない。食う前から胃を傷めていたことだろう。食えそうな部位を摘出して、さあこれから焼こうと言う時に、人の足音。夏休みに、その校舎の三階に訪れる人間と言えば料理部の八坂君しかいない。遠藤君はさぞ焦っただろうね。こんなことをしているのが見付ったらまずい。さしあたって、この犬の死骸を処分する必要がある。咄嗟に彼女は思い付いた。開いている窓から自分達の部室に死骸を放り投げてしまおう、てね。犬はちょうど細切れになっていたところだから、彼女にもそれは容易かった。そして遠藤君自身は、掃除用具入れにでも隠れたんだな」

 息継ぎがてら、部長は自分の推理を誇るように鼻を鳴らす。ぼくは感服せざるを得なかった。今しがた事件の内容を、ぼくが説明するでもなく感情的に口にしただけだと言うのに、次の瞬間には真相を掴んでいる。

 「それから入って来た八坂さんは血の匂いに驚いて、それから誰かが料理室を使っていた形跡があるのに気付いた。感受性の強い彼女は、その状況にさぞ怯えただろうね。その後どうしたか、君なら分かるんじゃないのかい?」

 もとより、部長を相手に隠し事ができるなんて思ってはいない。ぼくと八坂さんとの間に腐りかけた縁があることなんて、部長にとっては至極当たり前のことなのだろう。しかしこの性悪のもっとも厄介な点は、自分の当然がぼくなんかにはよくよく考えなければ分からないことを知っているところである。

 「まず、料理室に入ろうとはしないはずです。聡明ですから。それから、気を落ち着けようとどこか一人になれるところに行ったでしょうね。トイレ……だと逃げ場が無いから、二階の渡り廊下かな?」

 そうしてその場はやり過ごし、それから自分のテリトリーに勝手に進入した不届き者を突き止めようと考えたはずだ。職員室の近くにいたのは、ただ鍵を戻しに行くだけが目的ではなく、職員にその鍵を取りに来た人物を尋ねる為でもあったのかもしれない。

 「そうかもしれないし、そうじゃないかも知れない。ただ、遠藤君に逃げる隙を与えたことは確かだろう。料理室を脱出した遠藤君は、真っ先に研究会の部室に向かったに違いない。ごっこ遊びに使う為にゴミ袋やゴム手袋を棚に用意してあったから、それらを使って犬の死骸を片付けようと思った。でもその道すがら、或いは部室にて、君達に遭遇したんじゃないのかな?」

 「そうです。宵子ちゃんは、体育館前の冷水機で水を飲んでいました」

 あれは、犬を食えなかった代わりに水で腹を膨らませていたということなのだろう。ぼくにも覚えがある。

 「なるほどね。それは道理だな、生理的欲求に勝るものはないということ。……そしておそらく、遠藤君が虐待されていることに本田君が気付いたのは、その時だ。本田君は、彼なりに手がかりを掴み、推理をし、真相にたどり着いたのだろう。犬殺しの犯人が遠藤君であるということに気付いておけば、彼女がネグレクトを受けていることに気付くのも道理。君と違って、本田君は聡明だしね」

 本田が気付いたことに、ぼくは気付けなかったという訳だ。

 なるほど、これでは愚か者呼ばわりされても言い返せない。

 「もちろん君にも気付くチャンスはあっただろうね。たとえばそう、鍵だ。遠藤君が料理室の鍵を手に入れたことを職員から聞き出していれば、簡単に真実が分かっただろう」

 あのナマクラ教師は宵子ちゃんが鍵を取りに来たのを見て、自分の部室の鍵を取りに来たのだと思ったらしい。宵子ちゃんが取りに来たのは料理室の鍵だった。そして思えば、彼女はどの鍵も職員室に帰してはいない。後で返さなければならない鍵を、料理室に置いてきたのだ。そして、八坂さんが手にした。このことにあの時気付いていれば、ぼくも彼女の力になれただろうか?

 力に、だって

 ぼくならいったい、彼女の為に何をどうしたのだろう?

 「まあ、学校の料理室を勝手に使うなんてリスキーなことをするよりは、どう考えたって自分用の調理器具を手にいれた方が早いことに気付かなかったのは間抜けだね。そんな余裕が無かったのか、手に入れようとしても失敗したのかは知らないけれどね」

 「ああ。それなら、この間部長に電話をした日のことなんですが、八坂さんから盗まれたIHクッキングヒーターを探してくれって頼まれましたよ」

 「そうかい」

 自分の言ったことの根拠が見付った為か、部長は嬉しそうな口調だった。

 「それから、君達は旅行に出かける訳だが、ここで問題がある。それはすなわち、遠藤君の父親だか母親だかは、はたして娘が旅行に行くのを許すだろうか?」

 「どういうことですか?」

 食事も与えないほど宵子ちゃんを放任している親が、どうして彼女が旅行に行くのを拒むというのだろう。

 「いいかい? 児童虐待の加害者というのは、自分の子供に依存しているようなものなんだよ。いじめっ子がいじめられっ子を憎からず思っている場合が多いのと似たようなものさ。いつでも嬲れる自分の娘がいなくなるのも、遠い地へ逃げてしまうのも、絶対に許せないに違いない。あまつさえ、親である自分を裏切ったとも思うんじゃないだろうか?」

 「はあ」

 それは、まあ。

 本人にしか分からないことだと思う。

 「遠藤君はミステリ研究会に執着している子だ。旅行にだって行きたいに決まっている。本田君は心配した。心配して心配して、心配しているのにも関わらず何もできない自分が嫌でたまらず、虐待される遠藤君を救ってやれないことにも腹を立てて、遠藤家の事情に首を突っ込むようになって、その果てに……」

 「宵子ちゃんの母親を殺した、ということですか? どうしてそんなこと、分かるんです?」

 「百パーセント確信していた訳じゃない。そういうこともありうると思っただけさ。確率としてはせいぜい四割と言ったところ。君から電話を貰った時の僕にしてみれば、旅行に行かずいつもどおり家でゲームをしていることで、本田君が死ぬという面倒極まりないイベントが起こるリスクを回避できると思えば安いものだったのだよ。そしてその選択は正解だったのか、間違いだったのか」

 この人は、ただ推理するだけだ。事件に介入しようとは決してしない。何も救わないし、かまわない。

 「ちょっと待ってください。本田が死ぬ?」

 ぼくは首をかしげた。

 「彼が捻じ曲がった正義感を抱えた男であることは、君も良く知っているはずだ。そんな彼が、殺人を犯したら、どうなる?」

 良く考えるまでも無く、今までに起きたことから検討すると、簡単に答えは出た。

 「思いつめて自殺しちゃいますかね?」

 「そうさ。耐えられる男じゃない。あいつは臆病者の癖に、惰性のままでどんなことでもしてしまう。転んだ幼児に声をかける勇気がないこともあれば、武器を持った殺人鬼に勢いで飛び掛るようなちぐはぐな奴さ。そしていずれも、後悔する。そして後悔の度合いは、自分のしでかしたことに比例する。人を殺した後悔で、本田君は自分を殺す」

 「ですが……待ってください。本田が宵子ちゃんの母親を殺したことが前提となっていますが、そもそもそれが不可能なんですよ。いいですか、宵子ちゃんのお母さんが生きていることを最後に確認できたのが旅行に出発する一時間前。その時は本田はぼくらと一緒に部室にいて、目が届かなかったのはたったの四十分くらい……」

 ぼくが説明すると、部長は鼻をならしてから

 「四十分あれば、学校から遠藤君の家に行って遠藤君の母親を殺し、帰ってくるのは簡単だろう?」

 と、諭すように言った。

 「……すいません。言い忘れていましたが、宵子ちゃんのお母さんの死体、まだ見付っていないんです。失踪扱いになっていますが、これがもし本田が殺したというのなら、彼は四十分の間に、被害者を殺した後で死体まで隠したことになるんです。それをやれる方法なんて、さすがの部長でも思い付きは……」

 「はん、簡単に思いつくさ。すぐご近所の神代さんの家の庭にでも放り込めば良いだろう? あそこなら失敗した人形が大量に積み上げられているし、一つくらい人間の死体があったって誰に分かるものか」

 ぎくりとした。

 木を隠すなら森の中、という格言は知っている。それなのに、どうしてぼくは、こんな簡単なことに思い当たりもしなかったのだろう。

 「このトリックは、一時的にでも本田君を犯人に断定したらまあ解ける。でも、制限時間の問題だけで本田君から疑いの目を離してしまうような、頭の固い人間には解けないことだろうね。たとえば君のような」

 そして根本のような、か。

 あの名探偵志望、口ほどにもなかったということか。しょせんは人を見下したくて事件に関わる腐れ探偵、推理のやり方があまりにもぞんざいだ。

 ぞんざいという言葉は、ぼくが他人に対して使えるものではないだろうけれど。

 「これで、本田君が遠藤君の母親を殺した経緯が、動機を含めて明らかになった訳だ。そこから考えると、本田君は自分のやった罪の重さに耐えかねて、遠藤君を道連れに自殺したってところなのだろうな」

 「……ええ。そんな具合でしたね」

 確かに、言われたとおりだ。

 宵子ちゃんは自分の母親を殺したのが本田であることに気付いたのだろう。そして怒り狂い、カッターナイフを手に本田に復讐をしに部室に向かった。

 一方本田は、自分のやったことの重圧に押しつぶされそうになっていた。四日という時間、宵子ちゃんから何も言われず、一日千秋の思いで彼女が部室に来るのを思ったはずだ。……早く元気な顔を見せてこの無間地獄を終わらせてほしい、けれど、もしも彼女が母親が死んだことにショックを受けていたら、自分のしたことはいったい何になるのだろう……。

 そして、部室の扉が開かれて、全ての答えは出た。

 宵子ちゃんを道連れに本田は、部室の窓から飛び降りて自殺したのだ。

 あの大バカ野郎め。

 「これで良いかい? 全てのことの顛末は理解できたと思うが」

 部長は、義務を終えたことを喜ぶような、邪気の無い弾みに満ちた声でそう訊いた。

 「ええ。良く分かりました、さすが部長ですね。……それにしても、いつも思うのですが、何も即興でものを考える必要は無いんじゃないですか? 早いに越したことは無いけれど、せめて、五分でもメモとペンを抱えてじっくり推理をする時間があっても……」

 「ああ。だめだ。十秒でも電話から手を離してしまうと、その間に意識がゲーム機の方に持っていかれてしまうよ」

 冗談めかした口調だった。

 「さいですか。らしいですね、部長。それじゃあ、ありがとうございました、また」

 「ああ。またかけてくれたまえ。……僕は君のことを誇りに思うよ、西条君。君の為に、遠藤君は食べ物が手に入る料理部になびかずに、ずっとミステリ研究会にい続けたのだからね。こう言っては難だが、彼女の一生の中で、君らと触れ合っている時間が、もっとも楽しかったことだろう」

 そう言って、部長から電話が切られた。

 「……まったく」

 それが罪であることは、十分に分かっている。

 けれど、少しの間だけ、ぼくは部長の言葉に甘えたくなった。

 

 「やーやーわざわざありがとう。本当に助かるよ。何より、ずっと孤独にやっていた作業を友達と一緒にできるというのは、とても嬉しいものだ」

 神代さんは年が倍程違うぼくらのことを、友達などと呼んだ。そういうところが、彼が人に好かれる所以である。

 今日ぼくらは、神代さんの庭に薄ら高く積み上げられた人形の処分をお手伝いしにやって来たのだ。普段お世話になっているお礼ということ。まったくささやかなものだけれども、神代さんは喜んでくれたらしい。嬉しいことだ。

 「……まったく、何で俺が」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、根本が右肩と左肩そして前に合計三つの人形を抱えて作業している。レンタルして来た二台のトラックの片方に人形を積み、神代さんがそれをまとめて焼き捨てに行く。その間にも、ぼくらがもう一台に人形を積んでおくという寸法である。

 「こんなもんで良いねー。それじゃ、まーかせーたよー」

 間延びした声で言いながら、神代さんは最初の出発をした。充実した表情の根本がそれを見送り、「面倒くさいな~」と言いながら作業を再開する。楽しそうだ。

 根本のような集中力と体力を発揮することはできないけれど、ぼくも神代さんの為に働いた。八割の少女と一割の少年と残り一割のその他もろもろで構成された人形の山を切り崩し、トラックに載せる。一心不乱にそれを続けていると、もう意識の外にあったそれがひょっこりと顔を出した。

 「見ろよ、根本」

 「ああん?」

 四体の少女を囲った醜い巨体は、面倒くさそうな顔でこちらを向いた。女の子と戯れていたところを邪魔してごめんね、という冗談は口にせず、ぼくはそれを根本に突きつけた。

 「妙な人形を見つけたってんなら、もう六体目だぜ……てこりゃぁ」

 そう、宵子ちゃんのお母さんの死体。

 ハエがたかり、茶色くなった皮膚はぶよぶよして、生臭い匂いがするそれに、根本は勇み足で寄って来た。

 「ぼくらの部長が、ここを指摘したのさ。本田はね、遠藤さんを殺した後、ここに隠したんだよ」

 「………………それは盲点だったな。こんちくしょうめ!」

 悔しそうに言って、それから根本は大きく目を逸らした。

 「と言うか、そんなもん見せるんじゃねえよ!」

 「はいはい」

 ぼくは静かに、死体を荷台へ積んだ。人形と一緒に火葬されるところだろう。

 「死んじゃったね、宵子ちゃんも、本田も」

 「そうだな。まったく、本田とは気があったし、遠藤のことも憎からず思ってたんだがな、俺は」

 残念そうに、根本は言った。こいつにも人間の感情は備わっているらしい。

 「これでミステリ研究会のメンバーは、部長を含めて四人になってしまった訳だ」

 部活動の存続規定に、五人以上の部員がいること、というのがある。それによると、今のぼくらの状態は、風前の灯と言うこと。 

 「もう一人、補充しないとな」

 当たり前のように、根本が言った。

 そうだ。あんな事件があったのにまだ籍を置いてくれている高山さんの為に、ぼくは研究会を存続させる義務がある。

 幸せのリスクはそれを失うこと。

 失ったら新たに作り直すしかない。ぼくは今まで、ずっとそうして来たのだ。

 「ああ。また、最高の探偵部を作ろうじゃないか」

 語り部たるぼくが少し気取ってそういうと、「おう」と腐れ探偵役の男前な声が返って来た。

 ここまでお付き合いいただいて本当にありがとうございます。

 あとがきから読む方、すいません。そうでない方にもすいません。今から私が読者のみなさまに、自分の作品に対する愚痴を一方的にぶちまけます。ネタバレも多分に含みます。


 少なくとも人に見せたいと思う程度には自信のあった『逃避行』と比べて、この『名探偵』はほとんど即席で仕上げたようなものであり、書いていて楽しかった云々はともかく完成度としては今一つであるかもしれません。想定した働きのできていないキャラもいれば読んでいてつまらないのではないかという箇所もいくらか発見されてしまいます。シリーズとしてのテーマだけに拘って、章自体のテーマがまとまっていなかったのが原因でしょうね。

 私にとってはこの第二章は、推理小説における重要な仕掛けとしての、探偵役と語り部役を整える為のものでした。それにしてはあまり飛び道具を使いすぎた気もしないでもありませんね。人形と死体のトリックは私の思い付いたネタの中でかなりましな奴です。ちょっと奮発しました。しかしそれだって完璧に生かしきれたということはありません。

 ただ、自分を慰められるところがあるなら、人物配置をそれなりに満足のいく形で行えたということでしょうか。なんと言いますか、これからの準備が完了しているのです。語り部、狂言回し、そして腐れ探偵に名探偵と主人公メンバーを結成できました。もう一人加入する余地を残しておいたという保険付です。これは素晴らしい。どこまでも作者側の話ですが。

 そういう意味でも、この章の内容や意義を表現するなら『自慰行為』がふさわしいでしょう。あまり綺麗な言葉じゃありませんが、これについては絶対に反省の意味ではありませんよ。

 三章は実は未だ構想がまとまっていません。明日は大嫌いな体育があるので、ソフトボールの試合中に外野のさらに後方にでも棒立ちしながらゆっくり考えることにします。

 投稿しながら書くコツも少しは身に付いたと思いますので、新章はもう少しましなものを仕上げたいですね。

 こんなあとがきまで読んでいただいてありがとうございます。そして恐縮ながら、次回からの作品にもお付き合いください。

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