第9話:避けられない、最初の犠牲
シークイーナとセフィロスは、人里離れた古い遺跡に身を潜めていた。 セフィロスが持っていた通信魔術の水晶玉が、不気味な光を放つ。
「シークイーナ様、もう間もなくです。アルヴィンが率いる討伐部隊が、この遺跡に向かっています」 「分かった」
シークイーナは、剣を抜き、静かに構えた。 彼女の心は、決して戦いを望んではいなかった。 しかし、アルヴィンの心を虚無から救い出すためには、彼と向き合う必要がある。
夜が深まり、遺跡の入り口から、数人の騎士が姿を現した。その先頭に立つのは、やはりアルヴィンだった。 彼の瞳は、かつての純粋な輝きを失い、復讐の炎で燃え上がっていた。
「シークイーナ! ここにいたか!」
アルヴィンは、憎しみに満ちた声で叫んだ。
「アルヴィン、落ち着いて聞いてくれ! 隊長を殺したのは、私の意思ではない。虚無の力が…」
「黙れ! 魔女の嘘など聞くものか!」
アルヴィンは、シークイーナの言葉を遮り、剣を構えた。 彼の背後には、虚無の力が渦巻いているのが、シークイーナにははっきりと見えた。 アルヴィンは、もはや自分の意思で動いているわけではない。彼は、虚無の存在によって、操られていたのだ。
「…アルヴィン、やめてくれ!」
シークイーナは、彼を傷つけまいと、防御の魔術で攻撃をいなしていく。 しかし、アルヴィンの攻撃は、次第に激しさを増していった。 彼は、隊長を殺された怒りを、すべてシークイーナにぶつけようとしていた。
その激しい攻防の中、アルヴィンの剣が、シークイーナの腹部を浅く切り裂いた。
「っ…!」
シークイーナは、痛みに顔を歪める。 彼女が傷ついたのを見たアルヴィンは、一瞬、我に返ったかのように、動きを止めた。
「…どうして、あなたは…」
その隙を逃さず、シークイーナは、アルヴィンに向かって、無害な拘束の魔術を放った。 しかし、その魔術は、アルヴィンの体に触れる直前、何者かの手によって打ち消されてしまった。
「…無駄だよ、シークイーナ」
闇の中から、一人の男が姿を現した。 その男は、シークイーナたちの正体を知る同胞、騎士団に潜入した魔女の一人だった。
「…どうして、あなたがここに…!」
男は、冷たい笑みを浮かべ、アルヴィンに向かって、再び虚無の力を注ぎ込んだ。 アルヴィンの瞳は、再び憎しみに満ちたものへと戻っていく。 そして、その男は、信じられない言葉を口にした。
「残念だったね、シークイーナ。この計画の本当の目的は…お前を裏切り者として、消すことだったんだ」
シークイーナは、その言葉に絶句した。 彼女が、信じていたはずの同胞が、彼女を裏切り、虚無と通じていた。 そして、彼女が、これまで背負ってきたすべての苦悩は、この男によって仕組まれたものだったのだ。
「…嘘だ…」
シークイーナの背後から、セフィロスの剣が、彼女の腹部に突き立てられた。
「…セフィロス…」
シークイーナは、信じられない、といった表情で、背後を振り返る。 しかし、そこにいたのは、彼女の知る、温厚なセフィロスではなかった。 彼の瞳は、憎しみに満ち、狂気を帯びていた。
「これで、お前も虚無の贄となる。すべては、私たちの計画のためだ…」
シークイーナは、意識が遠のいていく中で、自分が、二つの勢力から裏切られていたことを知った。 神と魔女、双方から。 そして、彼女が信じていた人間も、虚無の力によって、彼女を憎んでいた。
彼女の体から、魔力が漏れ出す。 その魔力は、虚無の力に吸い込まれ、あたり一面に、不気味な光を放っていた。
「…シークイーナ…」
意識が薄れていく中で、彼女の耳に、アルヴィンの震える声が聞こえた気がした。 しかし、それは、彼女が最後に見た、淡い幻だったのかもしれない。