第5話:無垢な少女との出会い
爆発音の正体は、騎士団の進軍を告げる狼煙だった。 シークイーナが警告を与えようとした時には、すでに遅かった。森の木々の間から、甲冑の輝きが見え始める。
村人たちは、突如現れた騎士団の姿に、恐怖と混乱に陥る。 シークイーナは、剣を抜き、彼らに向かって叫んだ。
「落ち着いて! 私はあなたたちを傷つけない!」
しかし、その声は、騎士団の隊長の怒号にかき消されてしまう。
「シークイーナ! 何をしている! 魔女どもを捕らえろ!」
シークイーナは、その場で身動きが取れなくなった。 味方であるはずの騎士団と、同胞である魔女たち。 彼女は、どちらの側に立つべきか、一瞬の間に判断を下さなければならなかった。
その時、一人の少女が、シークイーナの前に駆け寄ってきた。 彼女は、魔女の力の象徴である、白い髪と赤い瞳を持つ少女だった。 恐怖に怯える村人たちの中で、彼女だけは、真っ直ぐな瞳でシークイーナを見つめていた。
「お姉ちゃんは、悪い人じゃない。私のお母さんが、そう言ってた」
少女の言葉に、シークイーナは衝撃を受けた。 彼女は、自分が演じてきた「冷酷な騎士」の仮面が、この少女には通用していないことを知った。 少女は、何の疑いもなく、彼女の手を握りしめた。その小さな手の温かさが、シークイーナの冷え切った心を、わずかに溶かしていくようだった。
「お母さんが、この森には、本当は優しい魔女がいるって。いつか、私たちを助けてくれるって」
少女の言葉を聞き、シークイーナは、自分の家族を思い出した。 かつて、魔女狩りの時代、彼女の母親も、子供たちを守るために、きっと同じように、希望を信じていたのだろう。
しかし、その希望は、人間たちによって無残に打ち砕かれた。 その悲劇を繰り返さないために、シークイーナは、人間を滅ぼすことを決意したはずだった。
「隊長! 攻撃を開始します!」
隊長の声が、森に響き渡る。 シークイーナは、少女の手を強く握りしめ、そして、決意を固めた。
「アルヴィン! あなたは、この子たちを避難させて!」
シークイーナは、通信魔術を使い、村の周囲を警戒していたアルヴィンに命じる。 アルヴィンは、彼女の突然の命令に驚きを隠せない。
「しかし、シークイーナ殿! 魔女は…」
「いいから、行け!」
シークイーナの怒声に、アルヴィンは怯んだ。しかし、彼は彼女の言葉を信じ、指示に従うことを決意する。
シークイーナは、少女の手を放し、前へと踏み出した。 彼女の眼差しは、再び冷酷な騎士のものへと戻っていた。 しかし、その心は、先ほどまでの彼女とは全く異なっていた。
「私の邪魔をするなら…たとえ、神の騎士団であろうとも、容赦はしない」
シークイーナは、剣を抜き、迫り来る隊長とその部隊に、たった一人で立ち向かう。 彼女の目的は、もはや「人間を滅ぼす」ことだけではなかった。 彼女は、この無垢な少女、そしてこの村に暮らす魔女たちを守るために、戦うことを選んだのだ。
この選択が、彼女を、神と魔女、双方からの裏切り者へと変えてしまうことも知らずに。