第4話:最初の任務と、揺らぐ心
シークイーナが率いる騎士団は、南の森林へと向かう準備を進めていた。 彼女の心は、重い鉛のように沈んでいた。本来の任務である「虚無に侵された魔女の粛正」ではなく、彼女たちは今、神の命令によって、静かに暮らす魔女たちを狩らなければならない。
隊長の命により、シークイーナは騎士団の中でも特に優秀な数名を率いて、先行部隊として村へ潜入することになった。その中には、彼女の正体を知らない、心優しい若き騎士、アルヴィンも含まれていた。
アルヴィンは、キラキラと輝く瞳でシークイーナに語りかける。
「シークイーナ殿、この任務を成功させれば、必ずや神はお喜びになります!」
彼は、心から神を信じ、魔女狩りを「正義」だと信じている。その純粋な信仰心が、シークイーナの胸を締め付けた。
「ああ…そうだろう」
シークイーナは、感情を押し殺した声で短く答える。 彼女は、アルヴィンのような純粋な心を持つ人間を、自らの手で裏切らなければならないことに、深い苦痛を感じていた。
夜が明け、一行は南の森林へと足を踏み入れた。 村は、騎士団の厳しい監視から逃れるように、深い森の奥にひっそりと隠されていた。 村に近づくにつれ、シークイーナは、懐かしい匂いを嗅ぎつけた。それは、彼女がかつて暮らしていた魔女の里と同じ、草花の香りと、土の匂いだった。
村には、魔女の力で育てられた美しい花々が咲き誇り、子供たちが楽しそうに駆け回っている。彼らは、決して「悪」などではなかった。ただ、自然と共に生きることを選んだ人々だった。
しかし、アルヴィンの目には、この村の景色は、魔女がかけた「幻術」にしか見えていない。
「シークイーナ殿、気を付けてください。この美しい光景こそが、魔女の罠です」
そう言って、彼は剣の柄に手をかけた。
シークイーナは、冷や汗が背中を伝うのを感じた。 このままでは、アルヴィンは、何の罪もない人々を魔女として斬り捨ててしまうだろう。 彼女は、すぐさま行動を起こすことを決意した。
「アルヴィン、待て。これは罠ではない。この村の魔女は、我々に抵抗しない」
「しかし…」
「ここは、私が一人で進む。お前たちは、村の周囲を警戒していろ。もしものことがあれば、合図を送る」
シークイーナは、仲間を村から遠ざけるために、嘘をついた。 アルヴィンは、彼女の言葉を信じ、敬礼して持ち場に戻っていく。 それを見届けると、シークイーナは、一人の魔女として、静かに村の中へと足を踏み入れた。
村人たちは、見慣れない黒い甲冑姿の彼女を見て、警戒の表情を浮かべた。 その視線の中に、シークイーナは、かつての魔女狩りの時代に、人間たちに向けられた恐怖の目を重ね合わせた。
「…私の顔を、覚えているか?」
シークイーナは、一人の老いた魔女に、静かに問いかける。 老魔女は、彼女の顔をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。 「ああ。覚えてとも。お前は…シークイーナ。あの、悲劇の…」
老魔女の言葉に、シークイーナは胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。 彼女は、この村に、かつての魔女狩りの時代から生き延びた同胞たちがいることを知っていた。
「私の仲間が来る。どうか、すぐにこの村を…」
しかし、シークイーナの言葉は、途中で遮られた。 突然、村の入り口から、何かが爆発したような音が聞こえてきたのだ。
「しまった…!」
シークイーナは、自分の計画が、すでに誰かに見破られていることを悟った。 そして、その爆音は、物語の始まりを告げる、静かな鐘の音のように響き渡っていた。