第1話:「神の騎士団」の英雄、シークイーナ
シークイーナ
その日、人々は歓喜に沸いていた。 聖都アヴァロンの広場に集まった群衆は、黒き甲冑をまとった者たちに、熱狂的な喝采を送る。彼らは、神に選ばれし者、「魔女狩り部隊」、通称「神の騎士団」だった。 その中心に立つのは、ひときわ冷たく、美しい女騎士。
シークイーナ。それが、彼女の名だった。
彼女の燃えるような瞳は、感情を映さず、ただ前を見据えている。肩まで届く白髪が、風に静かに揺れていた。 その日、彼女たちの部隊は、恐るべき力を持つ魔女を討伐し、人々に平安をもたらしたばかりだった。広場の中央に設けられた台座には、力を失い、うなだれる一人の女が座らされている。彼女もまた、魔女。
「神よ、我らの勝利を感謝いたします!」
騎士団の隊長が、天に向かって厳かに祈りを捧げる。隊長の背後、シークイーナの隣に立つ副官の男が、彼女の耳元で小さく囁いた。
「また今回も、見事な芝居でしたな、シークイーナ殿」
シークイーナは、無言のままわずかに首を動かす。 この男、セフィロスは、彼女の正体を知る数少ない同胞の一人だ。彼もまた、人間に扮した魔女であり、この偽りの騎士団の一員だった。
「これでまた、人々の信仰心は強まる。計画は順調だ」
セフィロスは、人間に向ける笑顔とは異なる、冷徹な目でシークイーナを見つめた。 彼らの目的は、人間を救うことではない。 彼らの目的は、人間を欺くこと。 そして、人間に気づかれることなく、この世界から人間を根絶することだった。
「次の標的は、南の森林に隠れ住む魔女たちだ。早急に手配を」
隊長の声が響く。シークイーナは、再び感情を押し殺し、台座に座る魔女に視線を向けた。その魔女は、シークイーナの視線に気づくと、怯えるのではなく、寂しげな笑みを浮かべた。 その笑みは、まるで「お前も、私と同じ場所にいる」と語りかけているようだった。
シークイーナは、その目を静かに閉じた。 彼女の心に、小さな波紋が広がっていく。 偽りの英雄として祭り上げられ、人間から感謝されるたびに、彼女の胸の奥では、まるでガラスが砕けるかのように、何かが軋む音が聞こえる。 それは、罪悪感という名の、彼女自身が持つ人間性だった。
この聖戦は、神と魔女が人間を救うためのものではない。 これは、神と魔女が共謀し、人間を滅ぼすための、欺瞞に満ちた聖戦なのだ。
そして、彼女は、その聖戦の最前線に立つ、最も冷酷で、最も優秀な兵士。 ―シークイーナ。 彼女の物語は、まだ始まったばかりだった。