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2.婚約式当日 貴方、誰ですか? 飛び入り参加はお断りというお話

 婚約式当日、式の進行は順調だった。

 アサド・レオレアオ・リオンとレオナ・パルパテーラ・パンサーの婚約式は雲一つない青空が広がる好天に恵まれた。青空の下、緑生い茂る美麗な式会場で大勢の招待客が賑わっている。ある者は豪勢な食事に舌鼓をし、ある者は周りのものと談笑し、本日の主役達の入場を今か今かと待ち望んでいた。

 ルマニア獣人国連合の猫獣人、その中でも勢い著しい二大部族であるリオン族の王子とパンサー族の姫君の婚約式は大勢の人々の注目の的だった。

 陽が真上に昇り、刻限を知らせる真実の鐘が鳴り響く。鐘の音とともに式会場である庭園に一人の女性が入場してきた。レオナ・パルパテーラ・パンサーである。



「きゃー、レオナ様! 素敵ぃぃ〜!」


「レオナ様、おめでとうございます!」


「婚約破棄、期待してます!」


「レオナ様!」


「レオナ様っ!」



 招待客は皆、大きな拍手でレオナを出迎えた。

レオナが身に纏うは青色の儀礼服。海のように深い青いドレスは彼女の黄色の毛並みを引き立たせる婚約式の特注品だ。青い生地に品のいいアクセントとして縫い込まれた銀糸の飾りには退魔の聖言が余すことなく刻まれている。

 そして、女性を引き立てる華やかな見た目とは裏腹に魔獣素材をふんだんに使ったドレスは、羽のように軽やかで並の魔獣じゃ牙や爪が通らない鋼鉄の如き頑丈さを併せ持つ。これから婚約式で武を振るうレオナの動きを阻害しないとっておきの一品だった。

 会場の声援に手を振り返す。堂々と胸を張り、レオナは会場を突き進んだ。たどり着いたのは庭園中央の祭壇、彼女の藍色の拳樹の花もしっかりと飾り付けられた婚約式のメインステージである。本日の主役の一人が婚約式の祭壇、その壇上に到着したことで、より一層と会場の喧騒は華やいだ。

 祭壇に到着したレオナは、熱狂的な歓声と祝福の拍手に包まれていた。これから始まる愛の試練、婚約破棄への期待に胸を膨らませ、笑顔で招待客に手を振りかえす。

 その時、一陣の風が会場を吹き抜けた。それまで朗らかだった喧騒が、潮が引くように静まり返る。招待客の視線が、一斉に庭園の入り口へと向けられた。

 そこには、一人の女性が立っていた。特徴的な長い耳、陶磁の様に白い毛並みに真紅の瞳、兎獣人だ。



「あなたは…」


「ごきげんよう、レオナ様」



 ラビリア・ラパン・ラビ。兎獣人の姫君で、レオナの学生時代の旧友だ。しかしながら、そこにいるラビリアの姿はレオナの記憶と一致しない。卒業後、疎遠だったとしてもこうまでも印象が変わるものだろうか? 普段の彼女を知る者ならば、誰もが二度見するような変貌ぶりだった。

 学生時代のラビリアを形容するならば、か弱い弱者。彼女が生まれたラビ族は獣人の中でも弱小部族と揶揄されるほど戦士として大成した者は少ない。それはラビリアも同じだ。だと言うのに、常に怯えたように伏せられていた長い耳はピンと張り、小刻みに震えていた短い尻尾は、今は微動だにしない。そして何よりも、宝石のように輝く真紅の瞳は、普段の怯懦な光を完全に失い、底知れぬ冷たさを湛えていた。ラビリアの顔には薄らと笑みが浮かんでいるが、それは祝福の笑みではない。獲物を見つけた捕食者のような、あるいは舞台の主役を演じる役者のような、不遜な笑みだった。

 ただでさえ困惑する状況。ラビリアの背後から見慣れた顔たちが姿を現したことで、会場は益々混沌を極めた。

 レオナの最愛の人、アサド・レオレアオ・リオン。そして、ハレムでレオナを温かく迎え入れてくれたはずの、三人の美しいお姉様方。彼らは皆、生気を失ったかのように無表情で、ラビリアの横に並ぶ。その目には、レオナに向けられるはずの愛情や親愛の情は一切なく、ただ虚ろな光だけが宿っていた。

 


「ラビリア様、これはどういうことですか?」


「ふふ…」



 ラビリアが一歩、庭園の中へと足を踏み出す。その瞬間、足元の草花がびくりと震えたように見えた。続く二歩、三歩。彼女が歩みを進めるたび、式場の空気が重く、冷たくなっていく。そこにかつての弱々しかった姿など影も形もない。



「きゃー! ラビリア様、素敵ぃぃ〜!」



 熱に浮かされた狂気的な歓声が立ち上がる。場の空気に呑まれたのか、毒されたのか、途中で歓声を上げた女性がいたが、その声は不自然なほどに響き渡り、すぐに隣の男性に口を塞がれた。誰もが息を潜め、この異様な光景をただ見つめている。まるで、これから始まる悪夢の序章を、肌で感じ取っているかのようだった。

 祭壇に立つレオナの心臓が、ドクンッ、と大きく脈打った。愛しいアサドの、そして親愛なるお姉様方のあの表情は、一体どういうことだ。そして、ここにいるはずの婚神官アリヤの不在。何もかもがおかしかった。

 憧れと興奮で高揚していたはずの胸の鼓動が、今は不快な警鐘のように鳴り響く。



「……ラビリア様?」



 レオナの掠れた声だけが、重い沈黙に包まれた会場に、虚しく響いた。

 ラビリアは、レオナの前に来てみせると、意地の悪い笑みを浮かべた。そのニヤニヤとした表情はまるで喜劇でも見るかのよう。その姿にレオナは言葉を失った。



「いいざまですわね、レオナ様」



 ラビリアの口から出たのは、普段の彼女では考えられない不遜な声だった。その声は、甘く蕩けるような響きを持つ一方で、聞く者全てを支配するような、ぞっとするほどの冷たさを孕んでいる。



「あら、言葉も出ませんか? まあ、お気持ちはお察ししますわ。まさか、愛する婚約者様とハレムのお姉様方が、この私と共に入場してくるとは思いもよらなかったでしょうから」



 彼女の言葉は、まるで鋭い刃物のようにレオナの胸を突き刺した。



「ラビリア様、これはどういうことですか? アサド様と、お姉様方も……」



 レオナはかろうじて声を発したが、その声は震えている。そんな彼女に対してラビリアは容赦なく言葉の刃を突きつけた。



「ほんと、お馬鹿さん。この期に及んでまだ理解ができないのですか? 愛する婚約者が、自らの意志で私とともにあるのだと。ああ、もちろん、ハレムのお姉様方も。彼女たちは、自らが選択したのですわ。この私こそ、アサド様のハレムに相応しいとっ!!」



 ラビリアは高らかに笑い、レオナの視界に映るよう、わざとらしいほどにアサドの腕に自分の腕を絡ませた。そして、アサドに声高々と命じたのだ。



「さあアサド様、婚約破棄を!」



 ラビリアの言葉で生気のなかった瞳に光を取り戻すとアサドは表情一つ変えることなく、無機質な声で口を開いた。


「レオナ・パルパテーラ・パンサー。お前との婚約を破棄する! お前は弱い。一族の中で一際小柄なその体躯は、私の隣に立つに相応しくない。武を磨いたところで、所詮は張り子の虎だ。

ラビリアを見ろ。私の妻に相応しい強き女だ。新たな時代の強さを持ち、真実の愛を知っている。お前は哀れな道化のまま、二度と私の前に姿を見せるなっ!」



 冷たく、感情のない声。そして、レオナの最大のコンプレックスを嘲笑う言葉の数々。



「う、嘘……」



 ガツンッ、と鈍器で思い切り殴りつけられたかのような衝撃だった。レオナはアサドの言葉にただただショックを受けていた。どこか異常で正気じゃないと分かっていても、愛する人から自身のコンプレックスを指摘され、「弱いから要らぬ」と告げられた。

 思わずレオナは、アサドへ駆け寄ろうとするも、彼女の視界を遮るように、ハレムのお姉様方が前に立ち塞がる。彼女たちの顔もまた、アサドと同じく虚ろなままだった。



「レオナ。あなたじゃ、ハレムの厳しさに耐えられないわ。そんなあなたの愚かさに私たちも我慢の限界だったの」


「ラビリアは違うわ。この子はね、私たちの誇りを満たしてくれる人。あなたのような弱者とは違うの」


「私たちのハレムは、永遠に安泰よ。あなたがいなくても、ね」



 彼女たちの言葉は、まるで槍の雨のようにレオナに降り注ぐ。今まで自分に優しくしてくれたお姉様たちの冷たい言葉に、レオナはただ立ち尽くすしかなかった。

 それがトドメだった。信じていた者たちからの心ない言葉にレオナはその場に崩れ落ちてしまう。レオナは、目の前の光景が信じられなかった。あれほど愛し合っていたアサド、親切にしてくれたハレムのお姉様方。そして、憧れの婚神官アリヤの不在。それら全てが、荒れ狂う見えない暴力となって彼女の心を締め付けていた。

 自分はこんなにも打たれ弱かったのか、と自問自答する。酷い言葉の数々だった。どれもレオナにとって聞き捨てならない侮辱的な言葉だ。もちろん婚約破棄の儀式にもお決まりの文言はある。だがそれはいわゆる様式美、式を進行する上での定型句だ。これから婚約破棄に挑もうというのだ、それぐらいで心揺さぶられる彼女ではない。だが、今のはダメだ。大切な人たちからの裏切りの言葉に彼女の心はズタズタに引き裂かれてしまった。



『婚約破棄、必ず打倒してみせろ』



 涙が溢れそうになるレオナの頭にふと過ったのは、アサドからの激励の言葉。



「……ダメだ」


「んん? ショックでおかしくなりました? 何かおっしゃいまして、レオナ様」



 そうじゃない。レオナはダメだと小さく口にする。ダメなのはそうじゃない。本当にダメなのはアサドのために、彼の隣に、ハレムに立つために積み上げてきた努力、その成果、何より彼らとの思い出を踏みにじられたことだ。

 分かっていたことではないか、アサド様やお姉様方がこんなことを言うわけない、と。誰かが皆の心を捻じ曲げたのだ。

 この場にいるはずのアリヤがいないことも気がかりだった。七等婚神官の名は伊達ではない。最強の一角に名を連ねる彼女が不在であることが既に異常ではないか。泣いている場合ではない、立ち上がれとレオナは心を震わせる。

 心ない言葉に動揺したのは一瞬、レオナの胸の内には静かなる怒りの炎が燃え広がった。



「ラビリア・ラパン・ラビ……いえ、アー・クヤ・クー。貴方は一体何者ですか?」



 レオナは、震える声でラビリアに問いかけた。虚を突かれたのか、一瞬目を見開くもラビリアは口元を歪め、愉快そうに笑いだす。



「あはははははははっ、何を言ってるんですか? 私はラビリア・ラパン・ラビ、兎獣人のラビ族の姫君ですわ。よりにもよって傾国の悪魔などと、ずいぶんと失礼な方ですね。そんなだから、愛する婚約者に愛想を尽かされるのですわ!」



 ラビリアの言葉は、まるでレオナの心を覗き見ているかのようだった。だけど、レオナが怖気づくことはない。今のやりとりで十分だった。レオナは、今、目の前で何が起きているのかを理解した。

ラビリア・ラパン・ラビは、もう彼女が知っているラビリアではないのだ。



「嘘だ……」



 レオナの口から否定の言葉が紡がれる。それは単なる反論ではなかった、静かに震える熱の籠もった言の葉。それは、彼女の心の底から湧き上がる心の叫びだった。



「お前は、アー・クヤ・クー……傾国の悪魔! 愛する人を惑わし、国を滅ぼそうとする悪魔だっ!!」



 レオナは、その場で拳を握りしめた。練り上げた闘気と共に彼女の全身から、怒りと悲しみ、そして決意が沸き上がる。この国で、この場所で、そして彼女の心の中で、初代獣王ガリアの古き建国神話が再び蘇った。



「愛する人たちを惑わす悪魔は、私が倒す!」



 戦いの雄叫び(ウォー・クライ)。レオナの叫びに呼応するかのように、彼女の全身に力が漲っていく。それは、彼女が積み上げた研鑽の日々、持てる全ての武と、愛する人たちを守るという、強い決意の証だった。



「……悪役はあなたでしょうに。何もかもが不愉快っ! レオナ様、私の力を見せてあげますわ」



 ラビリアは、冷酷な笑みを浮かべた。たった一振り合図を上げるだけ。彼女の背後で、アサドとハレムのお姉様たちが、ゆっくりと戦闘態勢へと移行していく。その姿は、まるで糸に釣られた操り人形のようだった。



「さあ、愚かな悪役令嬢よ。悪役はいつだって虐げられるもの。お前がそうでないと言うのなら、愛を証明してみせなさい。もっとも、愛なんてこの世では無力なのだと、思い知らせてあげますわっ!!」



 幽鬼のようなアサドたちを従え、豹変するラビリアの姿。爛々と怪しく煌めく真紅の瞳は狂気に彩られ、美しかった白い毛並みは瞬く間に黒に飲み込まれる。その姿はどことなく建国神話に出てくる傾国の悪魔アー・クヤ・クーを連想させた。

 こうして、悪夢の婚約式は開幕した。華々しい婚約式の場は血みどろの戦場へと変貌を遂げたのである。


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