7.また旅に出る
「ちょっと! コレどうなってんのよ、あんたの仕業でしょ!」
司祭に抱き着かれそうになるのを必死で抵抗しつつ、リリーローズが私に向かって言う。龍族の皆は何がなんだか分からず、豹変したリリーローズを助けるかどうか迷っているらしい。
そりゃそうよね、なにせ司祭は彼女のことを『運命の番』だ、って言ったんだもの。この絆は双方向なものの筈で、だとしたらリリーローズが司祭を拒むのはおかしい。彼女の方も司祭に恋に落ちなくちゃ。
龍族にとって『運命の番』が重要な所為で、他人である周囲の者にはどうにも出来ないらしい。ぷっ、ざまぁ。
「知らないわよ。司祭様の仰る通り、『運命の番』なんじゃないのぉ?」
「ふざけんじゃないわよ! あんたが私の魅力の魔術を弾いたんでしょ!」
やだ、もう。馬脚を露わすの見本みたいなことしてくれるから、嬉しくなっちゃうじゃないの。
微笑んでリリーローズの向こうを指さすと、彼女はそちらを見て青褪めた。
「ヒッ!」
そこには、リリーローズを睨みつける龍族の皆さま。司祭は別の神職の者に取り押さえられて、魅力魔術の解呪が始まっていた。
「お前……若様の『運命の番』だと嘘をついて、我々を騙そうとしたのか!」
「なんて下劣な女だ!」
龍族の皆が、急に手のひらを返して口々にリリーローズを責める言葉を口にする。私は実体験したからよーく分かってるけど、彼らは大事な若様を騙そうとした女に容赦がない。
しかし、そこは性悪女リリーローズちゃんだって、黙って負けてはいない。
「う、うるさいわよ! 才色兼備の私がやってきて、エマを追い出せると大喜びしたあんた達だって、人のことを貶す資格ないわよ!」
リリーローズが怒鳴ると、皆はぐっと言い淀んだ。
「バカなの? あんたにも権利ないでしょ」
すかさず私が言うと、皆ポカンとなった。
どんな場合だって、悪事を働く方が悪いのだ。この場合気付かなかった龍族は迂闊だが、騙した張本人のリリーローズがそれを言うのはお門違いというものだった。
「この場であんた達全員をなじる権利があるのは、私とラグナだけよ」
「はぁ?」
私がキッパリと言うと、それはそれで龍族の皆は嫌そうな顔をした。リリーローズがどうこう以前に、そもそも私この人達に嫌われてるのよね。構わないけど。
ラグナさえ私のことを好きならば。
そう思ってそちらに顔を向けると、ラグナも私を見て穏やかに微笑んでいた。彼は私の手を握って、皆の前へと一歩出る。
「エマの言う通りだ。そして私は、私の愛する者を傷つけられて、とても腹をたてている」
そうなのよね。
ラグナって、普段は穏やかだし私のオネダリを際限なく聞いてくれるようなお人好しなんだけど、怒るととっても怖いの。
私がにっこりと微笑むと、ラグナは凛々しい表情で頷いて、龍族の皆に向かって堂々と宣言をした。
*
その日の夕方。
私とラグナは一頭の馬に乗って、街道をのんびりと進んでいた。道の両側には麦畑が続いていて、ぽつぽつと木が植えられている。夕方なので農家の皆さんはもうお仕事を終えて家に帰ったのだろう、ひと気はなかった。
このまま西に進んでいけば、日が暮れる前に次の街に辿り着く。今日はそこに宿泊する予定である。
馬に跨り手綱を握ってぽくぽくと馬を走らせる私に、ラグナはその後ろで同じ様に跨って私を抱きしめてぴったりとくっついて離れない。
「……」
「なんか吸われて……いる……? 猫吸いみたいなやつ?」
「猫吸いより癒される」
「いやいやお猫様には敵いますまい」
ひらひらと手を振ると、その手も捕まってしまう。私の手の平にラグナは頬をくっつけた。
あの後リリーローズをしかるべき刑に処すことを命じたラグナは、そのまま私と共に旅に出ること、私が龍族の国に来たいと言わない限り二度と戻って来ないことを宣言した。
それを聞いた時の龍族の皆の嘆きは、そりゃあ凄かった。
何代かぶりに現れた、龍に変化出来る美しく凛々しい聡明な若様。彼らがラグナのことをどれほど誇りに思っているかは想像に難くない。
彼らからしたら、よくも若様を誑かしたな、てカンジで恨まれてるのよね私。でも知らんがな。そのご自慢の若様の大事な大事な恋人、つまり私を冷遇してきたわけだし。
私、冷遇されてきた張本人なわけだし。
「エマ? どうかしたか?」
「ん? んー龍の国、リーダー不在になって大変なんじゃない?」
私をイジメてきた龍族の長老達は大嫌いだけど、龍の国の民に皺寄せが行くのは可哀想だな、とは思う。
実はラグナの両親つまり国王夫妻は既に隠居しているので、ラグナが国を出てしまうと直系王族が不在になってしまうのだ。それもあって、ラグナと一緒にいる為にエマは我慢しつつあの国に滞在していたのだ。
それこそ長老達とか議会とか、色々政治を行うシステムが龍の国にはあるので、直系王族がいない所為で政治がストップしてしまうわけではないが、それでもよろしくはないだろう。
「構わない。兄上に帰ってくるように文を出しておいた」
「ああ……あの、女のケツを追いかけて外国に出奔してたバカ兄貴ね」
途端、ちょっと遠い目をしてしまう。
ラグナの兄には以前に別の国で会ったことがあるが、前王妃の子で腹違いということを差し引いてもラグナとは全然似ていない兄だった。
アレに比べて、品行方正で優秀なラグナに龍族の期待が集まるのは仕方ないと言える。
「そう。丸く収まったので急ぎ帰国すると返事が来たので、今度は私がエマのケツを追いかけて出奔させてもらうさ」
「あ、こら、あんたは汚い言葉使っちゃダメ」
腕を伸ばしキュッとラグナの高い鼻梁を摘まむと、彼は楽しそうに笑った。
それから、真面目な顔になる。そうすると彼は大層凛々しくて、何度見ても惚れ惚れしちゃうし、見飽きるということがないのだ。
「エマ」
「はぁい?」
「今後、私は君が嫌だと言っても二度と離れないし、死ぬまで……恐らく君が死んでも私の意思ある限り共にいると思う」
「お、おう……」
ちょいちょい重いな、この男。まあ私もそれが心地よく感じちゃうから、お互い様なんだろうけど。
「君が……誰か別の男と思い合うようになったら……祝福はするが、君から離れることはしない」
「え? そうなの? 心が広いわね」
ものすごく言いにくそうに、私が別の男と恋仲になる想定をしてきたので、ビックリしてしまった。
思わず手綱を持つ手が緩むと、危なげなくラグナが手綱をしっかりと握ってくれた。彼は龍に変身出来るだけあって、動物を手懐けるのがすごく上手なのだ。
「広いか? 私を疎ましく思っても離れない、と言ってるんだぞ?」
「だって私はあんたが別の女に心を移したら、殺すもん」
今回のことで、私はつくづく実感した。愛する人を、彼の幸せの為に身を引こうだなんて、私の健康に悪いことは二度と考えない、と。
共に生きて幸せになるのが大前提の目標だけど、ラグナが離れていくなら仕方ないから簀巻きにして拘束するつもりだし、私のことを捨てたら殺そう、ぐらいの覚悟がある。
地獄までだって一緒に行って、そこでハネムーンをかましてやるのだ。
「……エマ」
「今回のことで分かったの。もう二度と許さない。『運命の番』とやらが現れても、絶対によそ見なんてさせないから」
「ああ……」
「だから安心して、私にべた惚れしてなさい」
「分かった」
結構怖いことを言っている自覚はあるけれど、それを聞いたラグナがたまらなく嬉しそうに笑うので、私達にはこれが正解なのだ。
ゆっくりと日が沈んでいくのが、遠くの山の向こうに見えた。このまま街道をもう少し進むと、道幅も広くなって行き交う人も増える。
だから、まだ誰にも見られない内に、私とラグナはそっとキスを交わした。




