6.正体見たり!
翌日。『運命の番』の出会いの儀式の日である。
本当にリリーローズが運命だったとしても、こんな風に衆人環視の中でお膳立てされた初対面だなんて、ちっともロマンチックじゃないわね。
儀式会場は、王城の中にある祈祷の間が使われる。
神聖な儀式はここで行われるらしく、上等なカーペットが敷かれ、窓枠の彫刻ひとつとっても細かい。よく見ると、何やら私の知らない神話のようなものが彫られているようだった。龍族の神話かな。
奥に祭壇が設けられていて、祈りを捧げる人々の為にずらりと長椅子が置かれている。
私は昨夜の内に、祭壇の中に潜り込んでおいた。天板の位置が高いテーブルのようなもので、ビロードの布が被せられていて中は空洞と隠れるのに最適だった。
こんな狭いところに私が長時間いることをラグナは大層嫌がったが、まあそれはなんとか説得した。なにせ、お招きされていないので、後から儀式の間に乗り込むのはちょっと難しいのだ。
「自分から言ったものの、やっぱ狭くて嫌ぁね」
夜が明けて、待つことしばし。
なにやら厳かな音楽が奏でられ始めて、部屋に人が続々入ってくる気配がした。祭壇に掛けられた布をそっと捲って、その隙間から外を窺う。
龍族の主だった人達は全員出席しているらしく、ざわざわと賑やかだ。皆にこやかで、これから起こる出来事を楽しみにしているのがよく分かる。
「ここまで私の時のとの対応が違うと、落ち込むを通り越していっそ愉快だわ」
正直、ここまで歓迎ムードで迎えられているリリーローズが羨ましくはあった。
ラグナは、あの真っ直ぐで純粋な気性だ。彼を育んだこの国が、どれだけ彼を大切にして愛してきたかよく伝わるし、ラグナ自身が国と一族を深く愛していて誇りに思っていることも、分かっている。そんな国とラグナを引き離すことに、疚しい気持ちもある。
「でもまぁ。ラグナが好きなのは私で、ラグナ自身が付いてくるって言うんだから申し訳なさなんてゴミ箱にポイよね」
昨日までに散々悩んだので、吹っ切れた私は我ながら強い。
「やるからには、他の奴らにもちゃぁんと分かるように徹底的にやらないと」
私がにんまりと笑うと同時に、音楽が止み儀式が始まった。
まずこの私が潜んでいる祭壇に司祭がやってきて、祝詞を唱えて挨拶をし、リリーローズを発見するに至った経緯を説明している。
聞いている限りでは卜占に不正はなさそうだけど、じゃあ『運命の番』を重要視している龍族なのになんで今までその方法で相手を探さなかったのか、という疑問が新たに生まれた。
考えている間に、ラグナが祭壇へと登場した。まるで結婚式かのような白装束を着せられていて、居心地が悪そうだ。
ちらちらと視線が祭壇に向かっているのは、私のことが気になっているのだろう。
「もーこっち見ちゃダメでしょ。それにしてもなに着ても似合うわね、さすが私のラグナ」
ぶつぶつ小声で文句を言っていると、侍女に腕を引かれてリリーローズが登場した。彼女も真っ白なドレスに身を包み、ヴェールを被っている。
ご対面まではお互いの顔を見ることがないように、という意図なのだろうけれど、勿体ぶっててイライラするし、私が司祭なら一度控室でリハーサルがてら顔合わせさせておくけどなぁ。
だって、ここまで来て二人が顔を合わせても何も起こらなかったら、困るのは長老達じゃない?
よほど卜占の結果に自信があるのか、はたまたバカなのか。
「どちらにしろ私には関係ないわ」
私は、私のひとを返してもらうだけ。
やがて必要な手順が終わったのか司祭が合図をして、侍女がリリーローズのヴェールをそっと外す。露わになった彼女の美貌に、龍族の面々がほぅ、と溜息をついた。
ラグナはリリーローズをしっかりと見て、リリーローズはうっとりとラグナを見つめ返す。
が、ラグナは首を傾げて、ちょっと皮肉っぽく笑った。
うん……これに関しては大変申し訳なく思っているのだが、誠実で真面目な龍族の若様は、私の悪影響でちょっと悪い笑い方を身に着けてしまったのだ。ごめんあそばせ!
「ではここに、ラグナ様とリリーローズ嬢の『運命の番』であると宣言を」
だがラグナの反応にお構いなしに、司祭が誇らし気に祝辞を述べようとした。
その瞬間、なんとリリーローズがこっそりと魔術をラグナに向けて放ったのだ!
私はぎょっとして、祭壇の中からその魔術に別の魔術を当てて弾き飛ばした。
司祭の方を見ていた皆は気付いていない。まさか祭壇の中に人がいるとは思わなかったらしく、リリーローズも何故自分の魔術が弾かれたのか不思議そうな顔をした。
「なにアレ、やばい奴じゃん!」
ラグナだけが、私の魔力の揺らぎを感じて顔を顰める。しかしリリーローズではなく私の方に意識を向けている所為か、彼はまだ無防備だ。
そしてなにかの間違いだと片付けたのか、リリーローズは性懲りもなく再度ラグナに向けて魔術をこっそりと放つ。
二度目なので魔術の煌めきを見定め、それが何の術なのか見極めることが出来た。
ちなみにこれは並みの魔術師には出来ない芸当。私が天才魔女だから、出来るの! ふっふーん!
「いや、しかし恐ろしい女」
小声で叫んで、今度はただ魔術を弾き返すだけじゃなく狙いを定めて弾いた。パキンッ、と硬質な音がして、弾かれた魔術はすぐ側の司祭に当たる。
「えっ!?」
「お、おお……リリーローズ……我が最愛よ……」
ぎょっとするリリーローズに、司祭がゆっくりと歩み寄っていく。
老齢の司祭が頬を赤く染めて、潤んだ瞳で嬉しそうに彼女に近づいていく様は、祖父が孫娘を愛でるかの光景だが、実際には違う。
「わしが其方の『運命の番』じゃ……」
「えー!?」
儀式会場に、参列者たちの驚きの声が大きく上がる。
そう。司祭は、リリーローズに対して恋に落ちたのだ。
彼女が先程二度に渡り放った魔術は強力な魅了の術で、現代魔術の定義ではほぼ邪術に分類される。そんな術を私のラグナに掛けようとしていたなんて許せない。
つまり、リリーローズがラグナの『運命の番』だなんて嘘っぱちだということだ。本当に『運命の番』なら、魅了魔術は必要ないからね。
「あの女、性悪な上に詐欺師だなんて、上等じゃない」
こうなると番探しの卜占も俄然怪しくなってくる。
そんな探し方が出来るなら、婚約者候補の令嬢達との対面の儀式なんか必要ない。これまでそんな卜占は行われていなかったのだから、やっぱりそんな探し方は不可能なのだろう。
今回リリーローズが『運命の番』だと発表してラグナに近づく為、卜占者も魅了の魔術で操って捏造したってところかな。魅了魔術は、対象者に近づいて直接当てないと効かないからね。
何が起こったのか理解出来ていない龍族の皆さんは大混乱。司祭に抱き着かれそうになって、リリーローズは悲鳴をあげた。
「やめてよ! 私が術を掛けたのはラグナ様によ! あんたなんかが私の番であるもんですか! あ。」
「え?」
しまった、とリリーローズが自分の口元に手を当て、周囲の者は驚いて彼女を凝視する。
ここらが頃合いかと私が祭壇の下からノタノタと這い出すと、すぐにラグナがやってきて手を貸してくれた。
「エマ。大丈夫か」
「うん、狭かったー! 腰痛い」
「可哀相に、後でマッサージしよう」
「やった。ラグナ、大好き!」
痛ましそうに私の腰を撫でてラグナが言ってくれたので、嬉しくなってそう言うと彼は頬を赤らめた。
「……私も、エマのことが好きだ」
ちょっとー! 私のダーリン、いつまで経っても初々しくて可愛いんだけど!
ついでにチューでもしようかな、と思ってたら背後からリリーローズに怒鳴られた。イイトコなのに、邪魔すんじゃないわよ。