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3.運命の番ちゃん


 ぎゃあぎゃあ喧しい二人を追い出して、ようやく荷造りを再開した。

 なんか1号はお高そうなハーブティーを、2号は細工物の栞をくれた。なによ、これちょっと友情っぽーい。


「……私、本読まないんだけどなぁ」


 座学は大の苦手だし、お茶はいつもラグナが淹れてくれていた。これから自分で淹れなくちゃいけないなんて、信じられない。

 二人に貰ったものは、壊れないようにしっかり衣類に包んで鞄に入れる。

 他に入れ忘れはないだろうかと棚を漁ると、奥の方にヨレた箱を発見した。


「危ない、これは忘れちゃいけないわ」


 そっと箱を開くと、中身は安物の髪飾り。銀細工に色の濁った緑の石が嵌っていて、柔らかい紙に包まれていた。これは、まだラグナと恋仲でもなんでもない頃に、旅の途中で立ち寄った露店で彼が贈ってくれたもの。

 私はその時諸事情で着の身着のままで、髪もくしゃくしゃだった。紐か何かで一つに縛っておくかと雑に考えていたら、ラグナが髪留めを買ってくれたのだ。

 露店に売っている子供の小遣いでも買える程度の品だが、私の赤金色の髪によく似合うし、今でもお気に入りだ。

 初めての、プレゼントだったから。


「はぁ……別れたくないなー……」


 そこにトントンと控えめなノックの音がした。先程の嫌味小娘達ではなさそうだけど、そもそもラグナのいない時に私を訪ねてくる人は、ロクな用じゃない。


「誰?」

「……あの、私、リリーローズといいます」


 可憐な名前。それは若様の『運命の番』である乙女の名だと、今朝がた龍族の長老に教えられていた。

 あいつら、そういうことはわざわざ教えに来るのよ、ヤなカンジよねー


「……なんの用?」

「少し……あなたとお話しがしたくて」


 正直言うと、全然、これっぽっちも会いたくないし、何しに来たんだろう? 正妻の余裕? あんたなんかお払い箱よパート2だろうか。

 まあしかし、こんな機会でもなけりゃ、私が『若様』の『運命の番』ちゃんの顔を拝む機会はないだろう。当然、番対面の儀式にはお招きされてないので。


「どうぞ」

「失礼します……」


 そう言って部屋に入ってきたのは、金髪碧眼の清楚なド美女だった。

 おっぱいデカくて、腰は細いし、肌は白くて唇はちょこんとしてて赤い。ド美女である。薄紫のシンプルだが仕立てのいいドレスを着ていて、付けている華奢なアクセサリーも高価だ。

 うわーげぇー正統派凛々しいイケメンの若様とちょうお似合いじゃないの! 腹立つー

 そりゃドコの馬の骨が分からない人族の凡女を虎視眈々と排除したがってた長老たちがもろ手を挙げて歓迎する筈よね。


 あと、私もこれでも魔女の端くれだから分かるけど、リリーローズちゃんは魔力も強い。うえー自慢の若様の嫁にぴったりじゃない。

 さすがに私に勝ち目ないわね。勝てるところと言えば、貧乏暮らしで磨いた節約術ぐらい? 蜜柑の皮を使って磨いたぴかぴかの窓を見てちょうだい。


「改めまして、リリーローズと申します」

「どうも、エマです。散らかってるけど、ごめんねー」

「いえ……」


 ささっとテーブルを片付けて、椅子をリリーローズに勧めた。メイドもいないので、お茶も淹れられない。いや、お湯をばしゃーってするぐらいは出来るけど、高級茶を淹れる正しい作法が分からないって意味。


「えーと、白湯でいいかな」

「え……」


 リリーローズは驚いたように青い瞳を丸くする。

 そのキョトンとしたあどけない表情や、嫋やかな仕草が庇護欲をそそるんだろう。知らんけど。


 私は舌打ちしたい気持ちを押し殺して、パチン、と指を慣らして暖炉に火を入れた。その上にヤカンをセットする。

 お上品なお茶の淹れ方なんて分からないから、いっそ蜜柑絞って蜜柑湯……いや、素手で搾ったやつとかさすがに怖くて私でも飲まないし、客に出すのはおかしい。白湯でいいか。体にいいし。たぶん。


「白湯です」


 茶器に熱湯を入れてテーブルに置くと、リリーローズは信じられないという顔で私を見た。いや……私だってこれは熱湯で、白湯ではないことは分かってるよ? でも冷ましてる時間なんてないし、その内いつか白湯になるんだから贅沢言うなよというお気持ちである。

 あ、ちょっと待って、これって私が『運命の番』に嫌がらせしてるみたいな構図!? 私が嫌がらせするなら、熱湯ぶっかけるぐらい直接的なやつやるわよ! 勘違いしないでよね!


「蜜柑もどうぞー」


 とはいえ、残り数日であっても長老達に告げ口されてますますココでの居心地が悪くなるのは避けたい。蜜柑を勧めて媚びてみたが、リリーローズは微笑んで拒否した。

 厨房のおばちゃんの蜜柑は文句なしに美味しいのに。私が食べるか、うん。


「それで話って?」

「その……私が、ラグナ様の『運命の番』だとはご存知ですか?」

「うん」


 私は蜜柑を剥きながら頷く。リリーローズは手慰みに茶器を手にしようとしたが、熱湯を注がれたそれは熱くて触れなかったらしい。綺麗なサンゴ色の爪先がこつこつとテーブルの上を彷徨う。


「エマ様は、ラグナ様と婚約していたと聞いています」

「現在進行形で婚約中よ」


 にっこり微笑んで私が訂正すると、リリーローズは慌てて頭を下げた。


「失礼しました……えっと……今も……まだ、婚約なさっているけれど……私とラグナ様が出会えばそれは解消されてしまうのでは、と……聞いて……」


 心苦しそうに言う姿は演技には見えない。見えないけど、本当に申し訳なく思っていて尚それを私に言ってるんだとしたら、大層失礼な話だ。

 あなたの男を奪っちゃうけど、ごめんね、てこと? 盗っ人猛々しい。


「ねぇ、あんたはラグナの『運命の番』て決めつけられてることは、いいの? まだ対面してないから、彼のことを愛しているわけじゃないでしょうし……」

「いえ……幼い頃よりお慕いしていました」

「んん? どういうこと?」


 会ったことがないのに、お慕い出来るものなの?

 私が首を傾げると、リリーローズも驚いたようだった。


「まぁ。ご存知ないのですね。私は龍族出身でこそありませんが、名家の出です。龍族の若様の婚約者候補として育てられました」

「へぇ~~~?」


 蜜柑をひと房差し出してみたが、首を横に振られてしまった。

 リリーローズが言うには、若様が年頃になれば彼女を含む選りすぐりの令嬢たちは『運命の番』かどうか確かめる儀式が行われる予定だったのだ。儀式、好きだな龍族。

 で、その前に色々あって若様は国を出奔、旅の途中で私と出会って恋仲になっちゃった、と。

 やべぇ、泥棒猫は私の方じゃん。そりゃ龍族の皆さま、私のこと嫌いだわ。でも私の所為じゃないし。愛ゆえよ。


 行き場のない蜜柑を、口に放り込んだ。

 リリーローズには彼女の事情があるし、ラグナの為になるのならやっぱり身を引くべきなんだろうな、とは理解出来る。七割ぐらいは納得もしてるけど、三割の私が身の内で納得は出来ない! と大暴れしているのだ。


「エマ様には、大変申し訳なく思っています。……ごめんなさい」

「……ねぇ、本当に申し訳なく思ってるなら、自害してくれないかしら」

「は?」


 ポツリとそう言うと、ぎょっとした様子で青い瞳を丸くするリリーローズ。だって、それしかなくない?

 謝られたら、惨めな気持ちになる。


「私に申し訳ないなら、謝るより存在を消してくれた方が有難いわ」

「なんてことを……」

「だって他に、私にどうしろと? 私を傷つけた張本人がゴメンナサイって謝ってきて、謝罪された以上は私はそれを受け入れるしかない。傷つけられたのは私なのに? どうして? あなたが消えることを願うぐらい、許されてしかるべきだわ」


 滔々と私が言うと、リリーローズの美しい顔が怒りに顰められた。美人は怒ってても美人だけど、ラグナほどじゃないわね。

 私の美しいひとは、怒っていてさえ、とびきり美しいのだ。


「なんてひどいことを。人道に背くとは思わないんですか?」

「思うよ。私だって、誰彼構わずこんなことを思って言ったりしないわよ、当然」


 私だってこんなこと言いたくない。もっと綺麗に彼とお別れして、せめて綺麗で幸せな思い出のまま彼の中に残りたい。

 でも、私の大好きな人を無造作に奪っていく女が、私に対していけしゃあしゃあと謝ってきたりなんかするんだもの。泣き喚いて、嫌だって叫びたくなっても、もう仕方ないじゃない。

 蜜柑は食べ切ってしまったし、熱湯を注いだ茶器はまだ熱くて触れない。他に出来ることもなくて、仕方なく話を続ける。


「私はあなたの謝罪を受け入れない。あなたのことを恨んで憎んで、ずっとずっと許さないわ。あなたは悪くないかもしれないけど、私だってなんにも悪くないのに無慈悲に愛する人を奪われるのよ。あなたがこれからするのは、そういうことなの」


 睨みつけてそう言うと、リリーローズも眦をつり上げて私を睨んできた。

 しばし、睨み合う。

 この楚々とした淑女と拳で喧嘩するなら私が勝つ自信はあるけど、ラグナの『運命の番』ではない私が最終的に負けることは分かり切ってる。

 負けると分かっていても、引けない時はあるのね。そう考えながらリリーローズを睨み続けていると、彼女がフッと挑発的に笑った。


「!?」


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