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2.実家に帰らせていただきます


 翌日。

 なにを勿体ぶってるんだか、なんでも数代ぶりに現れた龍王族相手の『運命の番』なので、若様とその相手の初対面は吉日を選んで儀式として行うらしい。

 第一まだ会ってもいないそのお相手が『運命の番』だと判断されたのは、長老連中の占いの結果なんだって。余計なことをしてくれたもんだわ!


 そして更にその卜占で、吉日とやらは明日に決まったらしい。

 私という愛する婚約者がいるので、『運命の番』との対面など必要ないとラグナは長老達に言ったが、なんだかんだと説得されてしまい、対面の儀式だけは行われることになった。基本的には素直で優しい人なので、長老達の意見も無下に出来ないのだ。


 ラグナはお相手に会って、その人が本当に『運命の番』だったとしても私への気持ちは変わらない、必ず添い遂げると言ってくれてたが、どうなるかはまだ誰にも分からない。今のところ、敗色濃厚。

 そしてその儀式までの間、ラグナは仕方なく龍王族の若様としていつも通り仕事で忙しく過ごしている。間が空いて嫌じゃないのか、と聞いたら彼は非常に傷ついた顔をしていた。


 いや、だって、私なら処刑日を事前に教えられたら、指折り数えるとか嫌だなって思うし。まあたぶん事前に教えられたら、その日までに脱獄するけど。


 この半年間そうだったように、ラグナが仕事の間、私は若様の住居棟で彼の帰りを待つ。これまでは龍王族の嫁になるべく勉強したり仕事を教えてもらったりしていたが、今は実家へ戻る為の荷造りをしていた。

 まかり間違って若様が『運命の番』に見向きもしなかったらいいな、とは思っているけれど。予定通り運命に落ちてしまったら、私は即日着の身着のまま放逐されかねない。


「……実家に帰らせていただきますの準備してるって知ったら、また悲しい顔するんだろうなぁ、あの人」


 龍族の国に持って来たものは少ない。代わりに、ここに来てからラグナにプレゼントされたものがわんさかあった。


「こんなに持って帰れないよー……」


 いや、求婚の条件を『富』とか言った私が悪いんだけど、まさか相手が龍の王族とは思わないじゃない。超がつくほど生真面目で純朴な若様は、それはそれは惜しげもなく私に貢いでくれた。

 うん? 龍族の皆さまが私のことを悪女呼ばわりするのも、致し方ないのかしら?


「いやいや、愛ゆえなので……それはそれとして、金目の物はもらって帰ろう。換金……じゃなくて、愛のメモリーとして」


 小さくて高価なものからせっせと鞄に詰めていると、突然ノックもなしに部屋の扉が開かれた。


「オホホホホ! 言わんこっちゃないわね! 尻尾撒いて実家に帰るそうじゃないの!」

「こうなる前に自発的に帰りなさいって忠告しておいてあげたのに、ざまぁないわね! オホホホホ!」


 ばばーん! と登場したのは、私が現れるまで若様の婚約者候補だった令嬢達だ。

 龍族のそれに即して大層な美人だが、高飛車でいけない。


「出たな、嫌味小娘1号2号」

「ちょっと!? あなた、私達のことそんな呼び方してますの!?」

「あ、ネーミングセンスないのは、ほんとごめん……」


 ネーミングセンスが悪くてマジごめんって言うか本気でちょっと恥ずかしがると、二人はいきりたつ。


「謝ってほしいのはそこじゃありませんわ!」

「えー? 気難しいお年頃ね」

「年は関係ないでしょ!」


 うふふ、ちょっと私より年上なことを気にしてるんなんて、可愛いやつめ。年増なんて呼んだりしないわよぉ、私優しいし、うふ。

 ひとしきり怒鳴った1号2号はハアハアと息を切らせて、深呼吸して整える。この間に攻撃したら私が勝つんじゃない? いや肉弾戦じゃないけどさ。

 私がお優しく待ってあげていると、気を取り直した彼女達は威勢を取り戻してまた高らかに笑った。高飛車はいけない。


「ついに若様に『運命の番』が現れて、お払い箱になるそうじゃないの!」

「いい気味だわ」

「どんな時も嫌味を忘れないその精神は尊敬するけど、まだ若様が私にぞっこんの内にあんた達の名前リークしておいてあげるから、物理的に首洗って待ってなさいね」


 いーっ、と首を掻っ切るジェスチャーをすると、彼女達はぎょっとした。


「なんて残虐なことを言うのよ!」

「若様はこの女のどこがよかったのかしら!」

「顔かな?」


 見よ、この人族の凡人プリティフェイス。

 割と本気で言ったのだが、1号2号は元気いっぱいに高らかに笑った。何よ、若様は地味好みかもしれないじゃない。高飛車はお呼びじゃないのよ。


「オホホホホ! 抜かせこの野郎、ですわ!」

「はぁ……この半年、あんた達のおかげで退屈しなかったわよ、1号2号」

「その呼び方おやめなさい」


 住めば都、痘痕も靨。この二人の無駄に元気な笑い声も、聞き慣れれば九官鳥の囀りのようで可愛いと思う瞬間もあったかもしれない。うん、結果、なかった。

 なんにせよ、追い出される寸前の私を相変わらず完全無視一択の長老連中と違って、最後に嫌味を言いに来た二人に別れを告げることが出来るのは、いいことだ。


「あ、それと、若様の『運命の番』の子をいじめるのはやめときなね。私相手と違ってシャレになんないから」

「……あなた……」


 長老連中が直々に占い(不正かもしれないけど!)で見つけてきた『運命の番』サマサマだ。私に対するのと同じノリで嫌がらせをしたら、1号2号の方が危ないかもしれない。

 あ、でもしんみりとした別れは私達には似合わないから、ちゃんと言うべきことを言っておこう。


「それはそれとして、チクってはおくから夜道には気をつけなさいよね」

「あなた、本当にそういうトコですわよ!」



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