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1.初手、婚約破棄の危機

 

「私の運命の番が見つかった」

「うっそ、マジで。じゃあ私との婚約は破棄?」


 部屋に入ってきた婚約者に開口一番そう言われて、長椅子に座ってもりもり蜜柑の皮を剥いていた私は咄嗟にそう言った。

 皮はあとで掃除に使うよ! 出来る嫁アピールの為に。あ、今婚約破棄の危機だった!


 私がうにゃうにゃ葛藤している間に、彼は決然と首を横に振る。


「絶対に嫌だ」

「え、無理は体に良くないよ?」

「なんでそうなる」


 ここは龍の一族が治める国。

 領土は人族のそれよりも小さいが、自然が多く風光明媚だ。

 王都に白い石を使って造られた城塞は堅牢で、どこもかしこも広く天井が高い。私が今いる部屋の壁には美しいタペストリーが掛けられていて、裾に金のタッセルが下がっている。家具はどっしりと重く、磨き抜かれて飴色をしていた。

 華美ではないが、気品があり高級感のある設えだ。

 何故なら、この部屋の主であり私の婚約者は、龍族の王家の若様なのだ。


 ぬばたまの長い髪に爛と光る金の瞳。凛々しく美しい龍の王子様、ラグナ。

 祖先がリアル龍だという龍族は、めちゃくちゃ頑丈だったり、寿命が長かったり、ド美形が多かったりと、凡百の人族よりも色々規格外。

 気性としては何事にも非常に一途で、その最たるものが『運命の番』だ。

 その名の通り、出会った瞬間運命の恋に落ちたかのように、相手に惹かれずにはいられないという強い絆のことである。らしい。


 運命の番に会う確率は非常に低く、出会うことが出来ればその者の一族の繁栄と子宝に恵まれることは確定、人生薔薇色ハッピー! らしい。


 対するわたくし、赤金色の髪と紫の瞳の魔女・エマは、移り気で有名な人族出身。


 しかも妻帯者の父と、別の男性の人妻であるところの母、とのダブル不倫の末に出来た庶子。浮気者の星の下に生まれたかのような、浮気者のハイブリッドである。そんな星は爆発してしまうがよい。


 その所為で、龍族の国に若様の婚約者としてやってきて半年経った今でも、一族の皆さまには『今に浮気するに違いない!』という白い目で見られている。両親の所為でとんだ風評被害である。

 ちなみに父は第四夫人まで娶っている、天性の女好きだ。


 まあ、とにはかくにも。

 我が婚約者、我が恋人、我がスイートハニーにもその例の『運命の番』が現れてしまったらしい。こりゃ参ったね。それには龍族の者は抗えない、と散々聞いてるし。


「そもそも、何故エマはそんなにサラッと婚約破棄だなんて言うんだ。私のことを愛していないのか!」


 ラグナは隣に座ると、私の剥いていた蜜柑を奪いむきむきと皮を剥いて白い筋も丁寧に取り除いたものを私の口まで持ってきてくれる。好き。

 ちなみに、面倒なので私は白い筋はそのまま食べてた。

 この前厨房のおばちゃんから箱でもらったので、文字通り蜜柑が山ほどあるのだ。


「若様に『運命の番』が現れたらお前なんか秒で捨てられるわよ婚約破棄よオホホホ、て三日に一回ぐらいは誰かに言われてるから、つい……」

「誰だそいつ。布団針で口を縫ってやる」

「ラグナ、布団針とか知ってるのね」

「君が使ってたんじゃないか」

「だってここの布団、ふかふか加減が足らないんだもん」


 頑健な龍族仕様の布団は、柔な人族には硬いのだ。でもふかふかを足した布団はラグナも気に入ってたので、案外龍族の人達がふかふかを足すのを知らないだけなのかもしれない。


「とにかく、『運命の番』なんて関係ない。私は君と結婚するし、生涯君だけを愛すると他ならぬ君に誓っている」

「言い方を変えると、社会的保証のない口約束ってわけね」

「君、ひょっとして敵なのか?」

「なに言ってんの。世界中の人があんたの敵になっても、私だけは味方よ」

「うん……」


 彼はちょっと眉を寄せて困っている。

 凛々しいお顔で普段は泰然自若となさっているのに、私がちょっと引っ掻き回すようなことを言うと途端に眉を下げてクゥーン、て鳴く子犬みたいになるところが、たまらなく可愛い。可愛いので何度もやってしまうのは、愛ゆえです。


「そうじゃなくて、私とあんたの間だけの約束で、逆に言えば婚約破棄しても私さえ納得してれば『若様』に瑕疵は残りませんよってこと」

「君はどうして……そんなひどいことを言うんだ。私の言葉は、信じられないか?」


 しゅん、としたラグナが私を抱き寄せる。大人しく彼の腕の中におさまると、頭のてっぺんにスリスリと頬を押し付けられた。可愛い。


「信じてるわよ。あんたからの愛の言葉は、私の宝物だわ。この後運命の番に出会って若様がその人のことを好きになっても、私は今のあんたの言葉を頼りに生きて行けるから、気に病まなくていいわよって先に教えてあげてるんじゃない」


 よしよしとラグナの頭を撫でると、ますます押し付けられた。甘えため。

 例え彼の恋情が『運命の番』に移ったとしても、優しい『若様』は私に情を残してしまっているだろう。国から追い出すのを躊躇ったりしなくていいし、申し訳なく思う必要はないと伝えておきたかった。


 ちなみに浮気者の星の下に生まれたので、婚約破棄されて実家に帰っても父は全く気にしない自信がある。第一夫人は同情してくれると思うし。

 大丈夫と説明したのに、彼の眉は寄ったままだ。


「……私が、『運命の番』のことを愛してしまう前提で話すんだな」

「三日に一回言われてたので……」

「鉈を砥いでくるので、その者の名前を教えてくれ」


 ぱっ、と体を離してラグナが真剣な表情で聞いてくる。怒ると瞳孔が縦になってて、カッコイイ。


「えっと、リスト化するので時間がかかりますぅ」

「複数人だと……!」


 青褪めてもなおカッコイイので、美形ってすごい。


 いや勿論、『運命の番』? ふざけんなこの野郎、浮気者はそっちじゃないの! と詰りたい気持ちもあるけれど、さすがに三日に一回言われていれば、龍族が『そういうもの』なのだと飲み込むしかない。

 まして、理性で抗うのは不可能と言われている絆なのだ。私との愛を貫く為に、愛するラグナに精神的・肉体的な無理を強いたくはなかった。


 し、そもそも私を愛していない若様を見たくない。これは女の意地でもある。

 これが一番の理由かも。


「……私はエマと離れたくない」

「私も離れたくはないけど……」

「端から私が運命に屈すると決めつけているのも、気に食わない」


「ふふ、そういう負けず嫌いなところも好きよ」

「私も、エマが好きだ」

「うん……」


 もう一度隙間なく抱きしめられて、私もラグナの胸に頬っぺたをくっつけた。硬い胸板も、長くて逞しい腕も、若草みたいな香りも全部大好き。


 聞き分けのいいフリをしてるけど、私だって、本当は、絶対に、ラグナと離れたくない。


 私達だって運命みたいに出会って、色々あって、たくさん反対されて、この国に来てからも散々言われて嫌がらせされて……あ、だんだん腹が立ってきたな。

 とにかく、『運命の番』に負けないぐらい運命的な恋をしてきた自信があるけど。


 だけど、私の恋人は、龍なのだ。


 ちょっと信じられないけど、あの長い蛇の巨大版みたいな龍に変身出来る。空も飛べるし、青緑色の炎も吐ける。

 これは龍族の誰もが変身出来るわけではなく、先祖還りで特に血の濃い彼にだけ出来ることなのだとか。

 ちなみに人間体に戻った時に服も戻るのは何故なのか、一度聞いた時にすごく恥じらってたのが可愛かったので、答えは聞かずについ愛でてしまった。服の謎は謎のまま、サヨナラしなくてはならないようだ。


 つまり、そんな特別な人なので、『運命の番』なんてわけわからない絆が存在しても仕方がないのだ。特別な人で、彼を愛しているからこそ、手放すのだ。

 そうでも思わないと、やってらんないっつの。


「私のエマは、強がりが上手くて優しくて、泣き虫だ」

「泣いてませんけど?」

「あなたを泣かせるようなことはしない、絶対に。だから心配は無用だ」


 あーあ。本当に、やってらんない。愛してるよ、チクショウ。


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