8. 待ちぼうけ
拝殿では、白いローブを着た使者たちが三人、祭壇を前に待ち惚けをくらっていた。
「……一体、これは、どういうことか。
聖地<ハルディア>から遥々《はるばる》この辺境の地まで迎えに参ったというのに、肝心の<クラヴィス>がいないとは……我々を愚弄しているのか」
白いローブを着た女がモリスに向かって、高圧的な口調で言った。
仮面を被っていて表情は分からないが、その声には苛立ちと怒りの感情がある。
「滅相もございません。何分、自由奔放な幼い子供でございます。おそらく、近くの森で遊んでおるのでしょう。今、里の者たちに探させておりますので、今しばらくお待ちください」
モリスが青い顔で頭を下げた。
自分を呼びに来た里の若衆らに、今度は、アムルを探すよう言いつけてある。
ここは、森のことを熟知していて尚且つ肉体的にも体力のある彼らに任せるしかない。
白いローブの女は、声を低くして脅すように言った。
「もし、逃げ出したとなれば、貴殿の責任問題では済みませぬぞ。
世界の命運が懸かっているということ、御自覚されているだろうか」
モリスが弾かれたように顔を上げる。
「いえ、決してそのようなことはございません。
アムルは、この里の誰よりも清く、無垢な心を持つ者。だからこそ選ばれたのです。
まだ子供ではありますが、自身の役目をよく理解しております故、逃げるなどということは、ありえません」
断固たるモリスの口調に、白いローブの女は、何かを考えるように押し黙った。
すると、それまで黙って傍に控えていた、もう一人の白いローブを着た一人が一歩前に出る。
「ここは、代役の者を立てるべきでしょう。何かあってからでは、遅い」
少し掠れた男の声だった。
それを聞いたモリスは、慌てた。
「そ、その必要はありません。アムルは、必ずここへ参ります故……」
しかし、男の声が、モリスの言葉を途中で遮る。
「逃げた、逃げない、という問題ではないのですよ。世界には、<クラヴィス>が必要なのだ。
何らかの理由があって、その者がここへ来られない場合のことを考えるべきです」
男の言葉に、三人目の白いローブを着た人物は、同意するように無言で頷く。
それを見た白いローブの女が答えた。
「そうだな……よし。では、今すぐに代わりの者をここへ連れて来るように。
アムルという少女がここへ戻ってくれば、それでよし。
もし、彼女が何らかの理由で戻らない場合は、代役の者を連れて行く。
……それで良いかな」
白いローブの女が、モリスに向かって言い放つ。
言葉では問い掛けているようだが、他に選択肢はないと相手に思わせるような、有無を言わさぬ口調だ。
モリスは、項垂れるように頭を下げた。
「……は、はい。承知致しました」
「期限はいかがいたしましょう」
「日没までは待とう。代役の者に話をつけるのにも時間が必要だろう」
先に問い掛けた男が、姿勢を低くして頭を下げる。
声の様子からは、明らかに男の方が年配のようだが、三人のやり取りから見て、白いローブの女がこの中で一番地位が高いようだ。仮面の文様が一番複雑なのも、その証なのかもしれなかった。
モリスは、三人の使者に向かって頭を下げると、拝殿の外へと出て行った。
(ええ~い、アムルめっ、一体どこへ行ってしまったのじゃ。
まさかとは思うが……いや、アムルに限って、逃げ出すなどという選択肢は、念頭にもないじゃろう。
あるとすれば、ユースティスか……あやつは口が聞けぬ割に、頭はよく働く。
じゃが、アムルが嫌がることは決してせん筈じゃ。
……まぁ、あれこれと憶測を立てても詮無きことよ。今は、待つしかあるまい…………)
モリスは、この後の仕事のことを考えて、気が重くなった。
アムルの代役を決める、という辛い仕事だ。
昨日、アムルに告げた内容を、今度は、他の無垢な少女へ告げなくてはならない。
モリスの頭の中に候補となる者が数名浮かんだが、どれもまだ幼く、己の運命を受け止められるだけの許容があるとは思えなかった。




